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お強請りには弱く
しおりを挟むそれからというもの、セシリアはリュシエールが自分からのお強請りに弱いのだと知った。
毎日顔を見せに来る新たな婚約者に、『仮面を外して』とお願いしていた。
「考えても私が社交場で男性と話せる機会が少な過ぎて思い出せないのです!……リュシー様、仮面を外して下さい!」
「駄目ったら駄目!」
もう、お互いに意地である。
「それなら紋章を見せて下さい!」
「それも駄目」
「…………では、狩猟祭のハンカチの刺繍はしません!」
「それ迄にリアが私の正体を暴けばいいんだよ」
「分からないんですもの!」
「賢いリアなら分かるって」
そんなやり取りが繰り返されていた。
「何方も意固地ですからね」
「煩い、ヴェル」
「まぁ、私や父はセシリアが暴かない方が面白いですが」
「…………それは寂しい……」
「天邪鬼ですねぇ」
「お兄様、教えて下さい!」
「おや?セシリアはもう降参するのかい?」
「っ!………しません!」
ぷいっと、幼い少女の様な素振りを見せたセシリア。拗ねて、リュシエールとヴェルリックから目線を逸した。その隙に、ヴェルリックから耳打ちされるリュシエール。
『殿下……プライドをへし折ると、あんな風になりますから、覚えておいて損はないですよ』
『なるほど………いい事聞いた』
漸く、会話が出来る様になったセシリアとリュシエールなのだ。分からなかった性格が、分かるようになった事や、まだ分からない事もある。
『2人きりにしてくれ』
『は?』
『口説きたい』
『…………複雑ですが、殿下が結婚出来ないと困りますから、退散しますよ』
ヴェルリックはマーシャと話し、マーシャを連れ出した。
「リア」
「……………何ですか?……あれ?お兄様もマーシャは何処に?」
「用事を思い出したらしい」
「そうですか………」
「リアは可愛いね」
「なっ!………い、いきなり何を……」
「今のふくれっ面が、幼く見えて可愛かった」
「!」
あまり、口説かれた事がないセシリアは、ちょっと口説くだけで赤くなる。
部屋の隅でふくれっ面をしていたセシリアに近付いていたリュシエールに戸惑いながらいつの間にか逃げ場を無くされていた。
「………あ、あの……これは……」
「え?何?」
「さ、最近近付き過ぎではないですか?」
「そう?………リアが可愛くて触りたいなぁ、て思ってるから、近くに来たくなるかもね」
もう、息がお互いに掛かるぐらいに詰め寄られ、なるべくリュシエールに触れない様にしているセシリアが、純情過ぎてリュシエールは面白い玩具を見つけた様に、ワクワクしていそうだった。
「こ、困ります!」
「何故?」
「い、意識するんです!………あ、あの……疼くというか……心拍数上がるというか………火照るというか………」
「…………参った………」
「え?」
「もう我慢出来ない!」
「っ!」
あまりにも可愛い事を言うセシリアに、堪らずリュシエールは抱き締めてしまう。
「好き過ぎて………如何しようもなく好きなんだけど、私は如何したらいい?………多少の触れ合いなんて、私には酷過ぎる…………」
「そ、そんな事を私に仰られても………」
「リア………」
「っ!」
はっきりとセシリアにリュシエールをどう思っているかは聞かされていた訳ではない。だが、意識していると分かった今、如何してもリュシエールはセシリアに触れたくて、顔を上げる。
徐々に近付く息遣いに、セシリアは固まってしまう。どうしていいかも分からず、だがリュシエールが見せる行動が何かを理解したセシリアは、恐る恐る目を閉じ掛けた。
「おや?お邪魔でしたか?」
「「!」」
突如、リュシエールの背後から声がし、中断したリュシエールが振り向くと、カーター伯爵と後ろで申し訳なさ気な顔をして立っていたヴェルリックとマーシャが居たのである。
❆❆❆❆❆❆❆
「何でいい所で……」
「同意の様でしたが?」
「…………多分……」
執務室にリュシエールが不貞腐れながら、ヴェルリックとカーター伯爵に連れて来られて、セシリアと離れ離れになり、益々不機嫌で執務机に向かい座っている。
「娘には、今の心境を確認しておきますので」
「何故、私が確認してはいけない?」
「気持ちに流されては困りますから」
「…………」
「娘はいずれ、公妃の身になるかもしれません。情に流されては、公妃として素質は無いと見なされます………時には情を捨てなければなりません」
「それは分かっているが、色恋沙汰に情が存在しなければ、夫婦関係に支障が来る」
「まだ婚姻関係ではありませんよ、殿下」
「…………はぁ………もう少しだったのに……」
肘を立て、顎を乗せたリュシエールはそれだけをみればまだまだ若い青年だ。セシリアの1つ年上の、恋愛をしたがる年頃なのだ。
「殿下!」
「……………私だって、理想の治世がある……セシリアに公妃の素質があると分かっていて、そして惹かれた………焦ったのは謝る……だが、理性と欲に平等では居られない」
「殿下は分かっておいでです………あとはセシリアが貴方様と同じ目線で見られるかが、今大事なのですから」
「…………分かったから……我慢…………したくない………」
今度は理性と欲の狭間で揺れ動き、机に突っ伏している。
「もう直ぐ、狩猟祭です………数多くの令嬢達が殿下にハンカチを渡しに来るでしょう。娘に殿下の紋章を教えておきます……仮面で隠していても取って会えば、娘も流石に気付く筈」
「ハンカチの刺繍は頼んでいる……私の正体が分かれば渡してくれる筈だが」
「…………両方頼めば良いのです……殿下個人の紋章と公国のエヴァーナ家の紋章と……私はエヴァーナの紋章を娘に縫わせましょう……殿下は個人の紋章を娘に伝えるのです」
「……………それで?」
「娘が仮面を付けていない状態で、個人の紋章を殿下に渡せば………」
「…………なるほど……いい考えだな」
エヴァーナ家の紋章は国旗にも書かれているぐらい誰でも知る赤い獅子の紋章だった。
古くから伝わる伝説で、近隣の国を跨ぐ程、赤い獅子を神と崇める土地柄だった。隣国グレイシャーランド国にも赤い獅子を崇められていて、現国王はその名が付いている。親交もあり、元は同じ種族ではあったが、大きな山脈を隔てて、魔法が残るエヴァーナの土地と、魔法が衰退した土地で別れてしまった。
そして、そのエヴァーナ家の紋章は個人でも用意されていて、リュシエールの紋章は風の精霊だった。
「どうでしょう、殿下」
「分かった………私は個人の紋章をリアに伝える」
「…………リアとは……また懐かしい……では、私はそのリアに赤い獅子を縫わせましょう」
そして、狩猟祭の日に向けて、リュシエールは動き出した。
「テトラフィールド、ですか?」
「………そう……コレが私の素性が分かるヒントだ」
―――テトラフィールド?何処の家系かしら……初めて見るわ……風の精霊……リュシー様らしい紋章だけど………
「なかなか、私の正体に気が付かないからね、仕方ないからヒントを出すよ」
「し、仕方ないって………分からないのですから、仕方ないでは………あ………」
「プッ………本当、時々天然を見せてくれて、私は楽しいよ」
「…………知りません!………当日迄に刺繍させて頂きます!」
そして、父のカーター伯爵からも刺繍を頼まれたセシリア。
「え?公子殿下に、ですか?」
「そうだ………殿下からご依頼があった」
「…………公子殿下には、沢山の令嬢から刺繍を渡されると思うのですが……」
「そろそろ、身を固めたいのだそうだ………セシリアの事が耳に入ったそうで、年も近いし妃候補として考えておられるかもしれない」
「で、でも私は………リュシー様の婚約が決まっているのでは……」
「それはまだ内々だ………公子殿下はご存知ないかもしれない………探りは入れるが、くれぐれもリュシー様の耳には公子殿下にハンカチをお渡しする事を黙っているようにな」
―――ど、如何すれば………私は……リュシー様との婚約を破棄する事になってしまうの?………公子殿下かは婚姻を望まれたら……お父様は承諾してしまう………
同一人物だとは、微塵にも思わなかったセシリアは、狩猟祭が憂鬱なものになっていった。
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