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夜間の訪問者
しおりを挟むカーター伯爵家は、夜間でも落ち着かなかった。
まだ、主人であるカーター伯爵と嫡男であるヴェルリックが帰宅していない中、突然の来客でバタバタとしていたのだ。
「夜分に申し訳ありません、夫人」
「コンラッド様、如何されましたか?」
「カーター伯爵にお会いしたいのです」
コンラッドが帰宅した直後、ドラグーン伯爵家に届けられた手紙についてだろう。
『我が娘、セシリアと貴殿の嫡男、コンラッド殿との婚約について、破棄を願う』と、カーター伯爵がドラグーン伯爵に願い出たからだ。それについてコンラッドが意義を申し立てる可能性もあり、前もってカーター伯爵家内には知らされていた。
「旦那様は、まだ城ですわ……今夜は遅いかもしれません、このままお引き取りをされた方が宜しいかと」
「夫人は心配ではないのですか!」
「………まぁ、何がでしょう?」
「セシリアが行方不明なのですよ?それなのに、私と婚約破棄等と………私はセシリアの帰りを待っているのに、破棄だなんて!」
ドラグーン伯爵宛に出した手紙をコンラッドを持っていたが、その手紙を握り潰していた。
玄関ホールで騒ぐコンラッドの気を落ち着かせようと、ドラグーン伯爵家の従者達はオロオロとはしていたが、カーター伯爵家の従者達は落ち着いている。
この差は滑稽な風景ではあるが、コンラッドは興奮している様で、気に留めてもいない。
「旦那様は、セシリアが見つからない以上、ドラグーン伯爵家の皆様に申し訳ない、と申しておりましたわ……見つかったらまた状況は変わる筈………今、我がカーター伯爵家に出来得る限りの対処だった、と思って頂きたい、と」
「私は待ちますよ!セシリアが戻って来る迄!ですから破棄だなんて言わないで頂きたい!」
「私からでは何とも言えませんわ、コンラッド様」
セシリアの母であるカーター伯爵夫人は、困った顔をしながら対応する。まだ帰宅しない主人と息子の代理としてしっかり勤めていた。
「何を待つ、て?コンラッド」
「!………ヴェル!お前は知っていたか?俺とセシリアの婚約破棄を!」
「助言したのはこの私だからな、当たり前じゃないか」
「何だと!お前、幼馴染の幸せを祝福していたんじゃないのか!」
コンラッドはヴェルリックの胸ぐらを掴み、詰め寄っていく。
「祝福していたのは、セシリアが幸せであるなら、の意味だ……最近のお前を見ていてはセシリアが幸せにならないと分かったからな………誘拐されて、無事に戻って来るかも分からないし、無事に帰ってきたとしてもセシリアの気持ちも変わるかもしれない……傷物になり、心も傷付いて修道女になる、と言ったら如何するんだ?お前はその意思を無視してでも結婚すると言うのか?」
胸ぐらを掴まれ、ヴェルリックはコンラッドの手首を掴むと力を込める。
「セシリアが修道女になる訳がないだろう!俺がさせない!」
必死に掴まれた手を我慢しているコンラッドだが、ヴェルリックの力が強かったのか放してしまう。
「セシリアの気持ちがお前にあるとは思えん………婚約破棄はカーター伯爵家ではもう決定事項だ……セシリアが戻って来たとしても、覆せると思うなよ、コンラッド」
「セシリアに俺は好かれてる!」
「……………は?」
勘違いにも程がある、とでも言ってしまいたいぐらいに、ヴェルリックとカーター伯爵夫人は首を傾げた。
「好かれてる、て?何処がだ?………嫌われていて、セシリアはお前に無関心だったんだぞ?」
「嘘だ!ドラグーン伯爵家の仕事もしに来て、俺の好物をいつも差し入れし、約束した日に必ず会いに来る律儀なセシリアが俺を嫌いな訳ないじゃないか!」
「…………はぁ……それは、婚約破棄したいと、父や私に何度も言ってきていたが、私達が留めていたからであって、決められている様にしていた日課としてしかセシリアは見ていない」
「好物はセシリアの手作りじゃないか!」
「我が家の料理人が作っていて、セシリアは少し手を加えていただけだ」
「な、ならドラグーン伯爵家の領地の仕事は!」
「お前がやらないから、やらされてるだけだと何故分からない?それに領地管理はセシリアも勉強になるからやっていただけだ……分かったら今日は帰れ!」
従者達に目配りしたヴェルリック。コンラッドを帰らせようとしている。
「ま、待ってくれ!ヴェル!セシリアが居なくなったんだぞ!心配じゃないのか!」
「お前に心配されなくても、私達はお前以上に心配している……余計なお世話だ」
「さ、探すのを手伝うぞ?」
「目星は付いている」
コンラッドを屋敷から追い出したヴェルリックにカーター伯爵夫人は話掛けた。
「ヴェル、セシリアは?」
「元気でしたよ……疲れは見えてましたが」
「…………あぁ……良かった……」
「手紙を書かせます………お分かりの通り、コンラッドがまた来てしまうかもしれませんから」
「………そうね……噂は耳にはしていたけれど、あの様な方だったとは……」
「交流を控えられた方が宜しいかと………ドラグーン伯爵夫妻は良い方達なのに、非常に残念です」
「帰ったぞ………今、ドラグーン伯爵家の馬車とすれ違ったが、やはり来たのだな」
「あなた………」
「父上、おかえりなさい……えぇ、追い返しましたよ」
「よくやった、ヴェルリック……日々、公子殿下のお相手で鍛えている事が役に立ったな」
一足遅く、カーター伯爵が帰宅し、コンラッドを追い返したヴェルリックを褒めている。
「殿下に聞かせたくないですね、その言葉……まぁ、毎日相手をしていたら、口も達者になりますよ」
「セシリアは?」
「元気でしたよ、魔力が不安定で暴走しかねないので、制御出来る部屋で大人しくしてもらってます」
「殿下との婚約については、何か言っていたか?」
「………それが、殿下の悪戯心に火が着きまして……」
「何があった?」
「素性をセシリアの前で、隠してます」
「………それなのに結婚式の準備も平行させてるのか!」
「そうなのです………それについては口出しするな、と言われてます」
仮面を着けて、セシリアに会ったリュシエール。それがちょっとしたリュシエールの悪戯心なのだが、振り回される臣下の者は、一緒になって隠していかなければならないのだ。
「それでセシリアの心が動くと思っているのか、殿下は………」
「口説き落とすと豪語してましたよ」
「………私も、殿下のお気持ちを知った時には、殿下であればあの馬鹿息子の数百倍、いや数千倍はセシリアを幸せにして頂けると思って協力を仰いだのに、この期に及んで悪い癖が………」
「殿下ですから……」
「殿下だからな………」
「あなた、ヴェル、私には分からないですわ、ご説明頂けます?」
エヴァーナ公国の公子のリュシエールは貴公子と名高く、利発で頭脳明晰、剣術の腕も秀でていて、魔力も高く、リュシエールの公妃になりたがる貴族の令嬢が多いのだが、決まった相手が未だに居らず、何か理由があるのでは、とエヴァーナ公国内では心配の声が出ていたぐらいだったのだ。
それが、最近になりリュシエールからカーター伯爵に、娘のセシリアの婚約を心配している、と言われ、婚約者コンラッドの事の噂迄知っているリュシエールの気持ちを打ち明けられてしまっては、カーター伯爵も、コンラッドよりリュシエールを選ぶのは親の心理では当たり前の事だった。
政治利用と思われたく無かったカーター伯爵だったのだが、望まれているなら、と了承したのだ。ただ、セシリアの意思も尊重して欲しい、と願い、発表する機会はコンラッドとの問題が解決したら、と決めていた。
「まぁ……公子殿下は可愛らしい事をされるのですね」
「可愛らしいものではないですよ、母上」
「そうだ……可愛くはない……ただ面白いと思うと折れて下さらず、全うする迄続ける方だ……臣下はそれによく巻き込まれる………恐らく、セシリアも振り回されるだろうな」
「え、でも婚約は内定してしまったのですよね?」
「内々にな……まだ決定ではないが、その殿下の行動でセシリアが許せばいいが、あの娘も頑固だ……許せねば、結婚は出来ぬな………2度も破棄になっては、嫁ぎ先が決まるとは思えん」
「…………それは……そうなったらあの娘は如何するんでしょう……」
「それこそ、修道女になる、と言いかねんな………」
貴族の令嬢が結婚出来ないという、レッテルが貼られるのは汚点となってしまう。妻に、と望まれなくなる可能性もあり、もし望まれても、コンラッドより相手に恵まれない可能性もあるのだ。
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