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暴かれた事実
しおりを挟むセシリアが移動して来てから、かなりの時間が経っていた。1人で居る訳ではないので、暇を潰すには困らなかったが、部屋を見渡すと、数多くの書物やセシリアが手持ち無沙汰にならない様に、チェスやトランプ等のゲームや、刺繍道具等置いてある。
―――私の趣味をご存知なのか、お兄様やお父様が用意したのかしら
「お嬢様、お茶のおかわりは如何ですか?」
「もう、いいわ……身体を動かしてもいないから、お腹が張っちゃうし」
先程からお茶を飲み過ぎて、もう飲めないセシリアは、本を読もうと本棚へと向かう。
コンコン。
本を吟味始めると、部屋の扉がノックされ、マーシャが対応に行く。
―――お兄様かしら
本を持ってはいたが、その本を戻し、扉の方へと身体を向けたセシリアは、ヴェルリックとは違う青年が立っている事に戸惑った。
その青年は、目元を仮面で隠し、金髪のサラサラした髪をした上級貴族の装いの見知らぬ男だったからだ。
マーシャと言葉を交わしてはいるが、マーシャはその青年が誰か知っているのか、深々と頭を下げ、部屋を出て行ってしまう。
―――え!マーシャ?私を1人にして何処に行くつもり?
兄ではなく、父でもなく、見知らぬ男に言葉も出ない。
「君が無事で良かった、セシリア嬢」
「あ、あの………貴方様は……?」
「君の新しい婚約者と思ってくれていい………随分待たせてしまったかな?ヴェルリック卿と共に来てくれたのに、直ぐに来れなくて退屈だったろう?」
「…………い、いえ……」
「座っても?」
今迄、セシリアが座っていた椅子の向かいの椅子に手を添え、青年はセシリアに了解を獲ようとする。短い話にはならなさそうな予感をさせた。
「は、はい………」
青年は返事を聞くと、直ぐに座り、セシリアも座る様に、椅子を促す。
「…………し、失礼します」
おずおずと、正体不明の青年の前に座るセシリア。マーシャは戻ってくる気配もない様で、緊張感が走る。
「やはり、君は緑が似合う………君の瞳も緑なのに、いつも青系色の不釣り合いの物を身に付けていたから、余程コンラッド卿への想いが強いかと思っていたんだ」
「…………このネックレスは貴方様が?」
「あぁ、君への想いが募り過ぎて、実らないだろう恋心なのに、作ってしまった悲しいネックレスだったが、漸く私にチャンスが巡って来たので、想いと共に君に贈った」
「…………あ、あの……私は貴方様を何とお呼びすれば良いのでしょう?……仮面を付けられておられるので、私には何方か分からないのです」
正体不明の青年に、恋心とプレゼントをいきなり向けられて、セシリアはどう返していいか分からない。
「…………まだ明かせないな……とりあえず、私の事は愛称で呼んで貰うとするかな……リュシーと呼んでくれ」
「…………リュシー様……分かりました」
―――聞きなれない愛称だわ……一体何方かしら
「頭の中で、私の正体を暴こうとしてるね?セシリア」
「っ!………も、申し訳ありません…」
「いや、いいよ………賢い君の事だ、その内私が誰か等直ぐに分かるだろう」
リュシーは楽しそうに、仮面の下の目が言っている。彼の瞳はセシリアが身に付けているエメラルドのネックレスと同じ色の瞳。
―――このネックレスと同じ色……
仮面に隠されてよくは見えないが、エメラルドというより、コバルトグリーンの様な色の瞳だ。一見エメラルドグリーンと思っていたが、光の具合で色が明るく見える。
「それにしても、コンラッド卿のやり方は許せないね」
「は、はい………」
リュシーの目の色に気を取られて、重要な事を忘れていたセシリアは慌てて返事を返す。
「何?私が気になるかい?」
「そ、それは………何方か分からな過ぎて……」
「はははっ………それは、自分で紐解いてくれ………大事な事を先に説明させてくれるかな?」
そうなのだ。何故セシリアが娼館で監禁されたのをリュシーが関わっていたのかも分からないままだったのだ。
「は、はい」
「先程も言ったが、私がセシリアに恋心が芽生えた時には、既に君はコンラッド卿と婚約していた、と話をしたよね?」
「はい………」
「幸せになるなら、私は諦めるつもりだったが、いろいろとコンラッド卿の良くない噂が耳に入ってくる様になってね………それで片恋の君はコンラッド卿と結婚して幸せになれるのか、と私は探っていたんだよ」
「…………私は………父に、コンラッド様との婚約破棄を願い出ておりました」
「…………うん、そうだってね……カーター伯爵は、やっとその話を私にしてくれたよ」
リュシーの複雑な表情が、セシリアの気持ちを代弁するかの様だった。
「苦痛でした……それが一生続くのだと思うと……」
「…………コンラッド卿はね、セシリアとの婚約破棄は望んではいなかったんだ……女遊びを繰り返し、セシリアに嫉妬心を向けさせたかったんだ」
「意味が分かりません」
「私もだよ………私ならセシリアが婚約者なら、必死で想いを繋ぎ止めようとして、他の令嬢には見向きしないけどね………カーター伯爵はそれが元で、コンラッド卿の父上、ドラグーン伯爵に婚約破棄を以前から申し立ててはいたんだ」
「な、何も私は聞いて無かったです……」
それなら、もっと早く婚約破棄が出来る筈ではないのか、とも思うが、決まらない内にセシリアに話す訳にはいかなかったのだろう。体裁が悪いから婚約破棄は出来ない、とセシリアは思っていたのに、違ったらしい。
「それで、私は1つカーター伯爵に提案した」
「提案ですか?」
「セシリアとコンラッド卿の婚約破棄を手伝う代わりに、私の妻としてセシリアを求める、という提案だよ」
「え!」
「そんなに驚かせたかな……」
「わ、私は何処の何方か分からない方と結婚なんて出来ません!」
「それは君が私を暴けばいい事じゃないか」
「…………そ、そうかもしれないですが……」
「私は、自分から正体を明かすつもりは無いからね、君への謎解き問題にしよう」
とても面白そうにするリュシーに対し、もしセシリアが思っていた人物ではなかったら、如何するつもりなのか、とは思わないのだろうか。セシリアは青褪めていく。
「君なら分かるさ、きっとね………それでだ」
「…………は、はい」
「コンラッド卿の遊び相手の令嬢達に、ちょっとばかり知恵を与えてね……コンラッド卿に動いて貰って隙を作らせた……どんな方法を使うか分からなかったが、思いの外、君を助け出すのに手間取ってしまって、1週間も娼館に閉じ込めさせて悪かったね」
「…………ゔっ……」
セシリアは気を張り詰めていた箍が外れた。娼館での辱めを思い出し、初対面の青年の前で涙が溢れた。
「…………」
さり気なく、リュシーは自分のハンカチをセシリアに差し出す。何も言わず、ただセシリアが泣き終わる迄、無言で待ってくれていた。
「………申し訳……ありません……泣いてしまって……」
「我慢してた様だったから、吐き出さないと壊れてしまうよ、セシリア」
兄ヴェルリックの前でも、マーシャの前でも泣けずにいたが、リュシーは悪くないのに謝罪をされた事で、何故か気を抜く事を思い出した様だ。
「………はい………もう……大丈夫です……」
「でも、まだ安心してはいけない状況なのは知っておいて欲しい…………コンラッド卿は、セシリアとの婚約破棄を承認していないからね」
「それで、私はリュシー様に匿われている、という事ですね?」
「そういう事………あわよくば、その間に私は君を口説けるというオマケ付き」
「それはいつまで続くのでしょう」
「それは、コンラッド卿がセシリアを諦め他の令嬢と結婚するか、セシリアが私を好きになり、結婚を了承するか、かな………少なくとも、君が成人したら結婚式を挙げるつもりでいるから、準備も進めているけどね」
「な、何故平行で物事が進むのですか!」
「このままコンラッド卿と婚約していたとしても、成人後に結婚は決まっていただろう?それなら、私と結婚してもいいだろう、とね………私の両親も、君との婚約は大歓迎だから、その点は心配しなくていいよ」
よくも知らない初対面の青年に助けられ、そしていきなり婚約も決められ、結婚式の日取りさえも決まってしまっている話に、セシリアの頭の回転が間に合わなくなっていた。
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