仮想三国志

三國寿起

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 仮想三国志~蒼遼伝~第九話

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「私は幼い時に母を亡くし、そのあとは父が男手一つで育ててくれました。父は徐州の低い階級の役人で、生活は豊かではなかったですが、平穏に過ごしていました。ですが…。」
蒼遼は唇を噛み締めた。
「今から約十年前、この前共闘した曹操軍が徐州に大挙して攻め寄せてきました。当時の徐州牧だった陶謙の部下が曹操の父親を殺害してしまったため、その敵討ちのための進軍でした。父はこの戦いで命を落としました。私は曹操軍が攻め寄せる前に父の知人で徐州では名を知られた豪商・麋竺様の下に身を寄せました。麋竺殿のところに居れば安心だ。これが、父からの最後の言葉になりました。」
蒼遼は一度言葉を切った。静寂が部屋を包んでいた。龐悳は腕を組み目を瞑った状態で聞き、馬岱は蒼遼の顔をじっと見ていた。馬超はうつむいていたが、そのこぶしは固く握られていた。蒼遼は話を続けた。
「麋竺様の下には私以外にも何人か孤児がいました。その中で私は簡瑜と法季という二人の友を得ました。私は二人とともに勉学や武術を学びました。簡瑜は経済に敏く、法季は軍略に明るかったのを覚えています。私は経済には疎く、軍略は人並みよりはできる自信はありましたが、法季には及びませんでした。なので、二人が苦手な武術を磨いて友が持っていない部分を補おうと思いました。今の私があるのは友のお蔭と言っても過言ではありません。その後、陶謙の次に徐州牧になった劉備様の下に仕えようと三人で向かいました。しかし、劉備様から許可いただけませんでした。」
「この乱れた世だ、人材は多いに越したことはないはず。なぜ、劉備は仕官を許さなかったんだい?」
馬岱が前かがみになって問いかけた。
「それは、劉備様から若いうちは見聞を広げた方が良いと言われたからです。ただ、私の考えでは徐州は地理上、多勢力に囲まれているため保持するのが難しい。実際、劉備様は今流浪の身です。もしかしたら、こうなることを予見していたのかもしれません。私も友人二人も残念な気持ちでしたが、劉備様に言われた通り見聞を広げ、自分の能力を上げることに決め、一人前になったら会おうと約束して別れました。」
「なるほどな、父親のことは悲しかっただろうし、悔しかっただろう。俺もお前の話を聞いて、何とも言えない気持ちになった。」
馬超は握っていたこぶしを解いた。
「しかし、お前が故郷を出た理由は分かったが、涼州まで来たのはなぜだ?我が軍としては、お前のような人材が仕官してきたのは嬉しいが、ここは漢人と異民族が住む辺境の地だ。それに、我が軍が根拠地としてる場所の手前には大都市の長安がある。長安に留まる選択肢もあったはずだが、徐州出身のお前が長安を越えてまで来たのはどういう理由からだ?」
「確かに馬超殿の言う通り、私は初め長安を目指しそこで自らを磨くつもりでいました。しかし、長安の近くまで来たときに涼州の馬騰様と馬超殿の勇名と成公英先生の名声を聞きました。その時、涼州に行けば自らを高められると思い、この地までやってきました。また、涼州は異民族が多くいる地。異文化に触れることは見聞を広めるには良いと考えたのも、ここまで来た理由の一つです。」
ずっと蒼遼の話に聞き入っていた龐悳が口を開いた。
「なるほど、そのような経緯があったとは。蒼遼殿の知勇が先の戦で花開いたのも頷ける。貴殿の持っている向上心の賜物であろう。」
「龐悳殿の言う通りです。蒼遼殿の様な方がいると、自分も頑張らねばと刺激を受けます。」
馬岱が龐悳の言葉に頷いた。

蒼遼の昇進から一週間後、李恢に呼び出された蒼遼は彼の部屋に向かっていた。外は穏やかな晴れ間が広がっていた。
蒼遼が部屋の扉を叩くと、李恢がいつもと変わらぬ笑顔で友を出迎えた。
「待っていたぞ、蒼遼。中に入ってくれ。」
蒼遼は李恢に促されるままに椅子に腰掛けた。
「今日は、お前に俺の決意を聞いてもらおうと思ってな。」
李恢は蒼遼に対面すると、さっきまで浮かべていた笑みを消し、真剣な顔で言った。
「蒼遼。俺は明日、故郷の益州に帰ることに決めた。」
予想外、というより急な言葉だった。唖然としている蒼遼を見つつ、李恢は続けた。
「士叡の活躍を聞いていて、俺もやらなきゃいけない、と決意したんだ。ここで、お前と一緒に頑張るという選択肢もあったけど、やっぱり故郷のために力を尽くしたいという思いが強くてな。」
李恢の決心の固さは、目を見ただけで分かった。蒼遼は一呼吸おいた。
「…そうか。徳昂、お前が決めたことだ。俺が止める理由もないだろう。一緒にできないのは残念だが、お前の活躍を楽しみにしているぞ。」
そう言うと、蒼遼は李恢に向かって手を差し出した。
「今までありがとう、徳昂。お前がいてくれたから、俺はここまでこれた。礼を言うぞ。」
「俺からも礼を言う。これが今生の別れになるかもしれない。だが、お前とはまたどこかで会える…そんな気がする。もし、そんな機会があったらまた一緒に酒を酌み交わそう。」
二人は固い握手を交わした。窓から吹き抜けた風が二人の髪を揺らしていた。


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