仮想三国志

三國寿起

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 仮想三国志~蒼遼伝~第七話

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壺関での戦いが終わった日の夜、高幹が鍾繇の部下・上洛都尉の王琰に討ち取られたとの報せが入り、夜は勝利の宴で盛り上がった。
総大将の鍾繇以下、足の怪我の治療を終えた馬超も共に宴を楽しんでいた。馬超が蒼遼に向かって話しかける。
「士叡、今回の戦はお前に依る所が大きい。成公英殿から学んだことが活かされたな。」
馬超の言葉に鍾繇も頷く。
「うむ、馬超殿の仰る通りだ。蒼遼殿のお蔭で高幹を撃退することができた。これで、并州も平穏に向かうというもの。」
「いえ、私は作戦を立案したに過ぎません。皆さんのお力があってこそ今回の勝利が得られたのです。」
「謙虚な御仁だ。馬超殿は良い配下を持たれている。」
そう言うと、鍾繇は馬超と蒼遼に軽く会釈をし、他の諸将の所に向かって行った。
「ところで馬超殿。治療後、怪我の具合はいかがですか?」
「うむ、差し当たり問題ない。まあ、体に障らない程度に今日は早めに休む。じゃないと、士叡に怒られるからな。」
「馬超殿、私は真剣に言ってるんですから、からかわないでください。」
蒼遼が呆れたように首を振ると、馬超は笑った。
「いや、悪い。お前が余りにも心配するんでな。」
馬超は盃を置いた。
「士叡、馬岱と龐悳殿を呼んできてくれないか。あの二人にも労いの言葉を掛けてやりたいからな。二人を呼んだら、お前は兵たちに労いの言葉を掛けに行ってやってくれ。」
蒼遼は頷くと、馬超と別れた。
夜風に当たりつつ、兵士たちに声を掛けながら歩いていると、蒼遼は自分の幕舎の前に誰かがいるのに気が付いた。韓遂の娘で今回の戦で一兵士として参加していた韓玲だった。
「韓玲殿、なぜここに?」
「蒼遼様に祝辞を述べたくてお待ちしておりました。此度の戦、蒼遼様の作戦が勝利の要因だと聞きました。中原の軍隊を相手にお見事にございます。」
「いや、韓玲殿を含め皆が作戦成功のために尽力してくれた結果です。しかし、わざわざありがとうございます。韓玲殿もしっかり休んでください。私は、まだ残りの兵たちの様子を見て回るので。」
「お気遣いありがとうございます。蒼遼様もご自愛なさいますよう。」
韓玲の会釈に蒼遼は手を挙げて応えて次に向かった。

韓玲と別れた後、蒼遼は再び自軍の兵士の慰労に回っていた。そして、最後の軍営に着いたとき営舎の裏から剣で風を切る音とその息づかいが聞こえてきた。蒼遼が覗いて見ると、一人の兵士が黙々と剣の素振りを行っていた。
「ちょっと、そこの者。戦の後だというのに、剣術の鍛錬か?」
蒼遼が声を掛けると、兵士は剣を振る手を止めて蒼遼の方を振り返った。
「あなたは…蒼遼様ですか?何故、このような所に…。」
「馬超殿に頼まれて兵士達の慰労に回っていたのだ。いつも、今みたいに剣術の鍛錬に精を出しているのか?」
兵士は剣を収めながら言った。
「はい。いつ何時、今回のような戦が起きるかわかりませんから。今日は戦の後なので軽めの調整で終わらせるつもりですが。」
蒼遼は兵士の手と剣を見た。その手には多くの豆ができていた。そして剣の柄にまかれている布は擦り切れていた。それは、彼の努力が口先だけではないことを物語っていた。
「お前、名を何と言う?」
「私は王宣と申します。低い身分ではありますが、必ず武功を立てて両親に楽をさせてあげたい…。そう思い、馬超様の軍に馳せ参じました。」
「なるほど…。」
王宣の強い意志の宿った目を見て、蒼遼は頼もしさと芯の強さを感じ取った。その瞬間、蒼遼は王宣に向かって言っていた。
「王宣。お前を私の側付きにしたい。私に付いて来てくれないか?」
その言葉を聞いた王宣は目を見開き、一瞬言葉を失っていた。少しして、声を絞り出すようにして言った。
「それは…。私にとっては願ってもないお言葉ですが…私のような者が本当に宜しいのでしょうか?」
「お前の目を見たとき、私の心に感じるものがあった。お前と一緒に鍛錬をしたり、戦場を駆け回ったら面白いだろう…とな。馬超殿の許しが必要だが、馬超殿なら必ず許可してくださるであろう。涼州に戻ってからになるだろうが、その時まで少し待っていてくれ。」
蒼遼の言葉を聞いて王宣は平伏した。
「有難きお言葉にございます。正式にご命令が下りましたら、必ずや蒼遼様の元へ馳せ参じます。」
王宣は、蒼遼に対して誓いの言を述べた。

翌日、周りが陣営の片づけをしている中、蒼遼は馬超の元を訪れていた。昨日のことについて馬超に報告しに来たのだ。
「馬超殿、折り入って頼み事があります。」
蒼遼の問いに、馬超が不思議な顔をして答えた。
「何だ、士叡。お前が俺に頼み事をするとは珍しいな。一体どうした?」
「馬超殿の軍の兵士に王宣という者がいます。その者を、私の側仕えにすることを許可していただけないでしょうか。」
「我が軍の中に、お前の目に適う者がいたか…。良いだろう、許可する。俺の考えにも一致するところがあるしな。」
「一致するところ…ですか?」
「そうだ。実は涼州に戻ったら、父上にお前が一軍を率いるように取り計ろうと思っていた。その時に、信頼できる者がいれば心強いだろう。」
馬超の言った言葉に蒼遼は耳を疑った。
「私が一軍を…本当ですか?」
「昨日の戦を見て、一軍を任せても安心できると俺は確信した。この大任、受けてくれるな。」
「有難きお言葉にございます。馬超殿のご期待に沿えるよう、頑張ります。」
拱手した後、蒼遼は顔を上げた。その表情は新たな決意に満ち溢れていた。
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