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その後、どうやって部屋に戻ってきたのは覚えていない。
気がついたら俺は自分の部屋にいて、ぼんやりとヒカルと出会った頃のことを思い出していた。
ヒカルと初めて出会ったのは、小学生の頃。俺の性判定でアルファであることが確定し、そのお祝いに家族4人でレストランにディナーに行った帰りだった。
家の近くの公園に1人佇む少年がいるのを、俺は車の中から見つけた。
もう周囲は真っ暗で、公園にはチカチカと暗い外灯の明かりだけが灯る。そんな暗い公園で彼はとても寂しそうにみえた。
母の「あらあら、鍵でも忘れちゃったのかしらね。お家に誰もいないから入れないのかしら」という声に、俺は手に持っていたクッキーの袋をギュッと握りしめた。
家に入れないということは、まだきっとご飯を食べていないのだろう。そう思いながら手にしたクッキーを見つめた。
今持っているクッキーは今日行ったレストランの人が小学生の陽太郎にと、厚意でもたせてくれたものだ。あのレストランに行った人しか貰えない、ちょっと特別なクッキー。しかも今日のは陽太郎の好きなチョコのやつ。
(俺はアルファだ。アルファはみんなよりも上にいるんだから、弱い奴を守ってやんなきゃ。じゃないとカッコ悪い)
「……俺、あの子にクッキーあげてくる」
「あら、いいの? 陽太郎知らない子でしょう?」
うなずくと母が「じゃあ一緒に行って、どこの子か聞いてみましょうね」と言った。
母は以前から地域のボランティア活動に熱心で、民生委員やら地域活動に携わっていたから、虐待の可能性もあると考え、どこの子か把握しておきたかったんだと思う。
母と車を降り、その子に近づくと、彼は驚いた顔でこっちを見た。
ボサボサの髪によれた服。うわーすっげー貧乏な家なんだろうなーなんて思いながら、汚い身なりのその子供の顔を見て、俺はあんぐりと口をあけた。
だってものすごく可愛かったんだ。
男の子のはずなのに、クラスで一番人気のみさちゃんなんかよりずっとずっと可愛くて、まるで暗闇にポッと現れた、おとぎ話に出てくる妖精のお姫様のようだった。
公園の外灯の光が反射してキラキラと光るその大きな瞳に見つめられると、まるで金縛りにでもあったみたいになっちゃって、俺はその場に固まってしまった。
「——名前は保本ヒカルくんね。ああ、あのアパートの。お母さんはもうすぐ帰ってくるの? ——ほら、陽太郎クッキーあげるんでしょ」
母に急かされて、ようやく手に持ったクッキーを渡した。
そのときのヒカルの笑顔。
それはまっ暗い公園にパッと光り輝く星が落ちたような衝撃で、小学生だった俺は運命だと思った。
——そう、俺はヒカルにそのとき一目惚れをしたんだ。
だからヒカルがオメガだと聞いたとき、俺は飛び上がるくらい嬉しかったはずなのに。
それからずっと一緒にいるのが当たり前になって、ヒカルの可愛さよりも女々しさや鈍臭さのほうが鼻につくようになってしまって、ヒカルへの想いを忘れてしまっていたんだ。本当は大好きだったのに。
弱っちいヒカルを俺は守ってやってて、ヒカルも俺がいないとだめで。だからヒカルが俺に愛想をつかしてどこか行ってしまうことがあるなんて、思ってもみなかった。
(宮前が気にしていた甘い匂いってのは、きっとヒカルの匂いのことだったんだ)
たぶんヒカルの残り香が俺についていたんだろう。
運命の番の匂いを、宮前は本能で感じ取っていたんだ。
——あいつは俺を介してヒカルを見ていた。ヒカルを俺から奪うために俺に近づいたんだ。
「なーんも気づいてなかったな、俺。すげーみっともねー……」
俺は今日からオメガに捨てられたアルファで、目の前で他のアルファに恋人を奪われて何もできなかった無能な男だ。
何もかもが虚しい。
虚しくて悔しくて、俺は近くにあったものを掴んで投げた。やたらめったら投げて蹴って壊し、壁を殴って穴を開けた。
……でもめちゃくちゃになった部屋を見てもスッキリなどするはずもなく、さらに心は虚しくなる。だから物に当たるのも、すぐにやめた。
ヒカルとはその後、すぐに婚約解消になった。
ヒートも来ていないヒカルとは元々仮での婚約ではあったんだけど、大学卒業したら結婚に向けて動く予定だったし、もう決まっていたようなものだ。
両親もそのつもりでいたし、ヒカルの親だってそのつもりだったはずだ。
——両家、そして宮前の家とどういうことを話し合ったのかは俺は知らない。ただわかっているのはヒカルが宮前の家に行ったってこと。そしてヒカルの両親も、この街に居づらくなったのか、引っ越してどこかへ行ってしまったから、もうこの街で保本家の人間と会うこともない。
なんだかもう誰にも会いたくなくて友人たちとも連絡を絶ち、俺は卒業式にも出ず、しばらく家に引きこもってた。
気がついたら俺は自分の部屋にいて、ぼんやりとヒカルと出会った頃のことを思い出していた。
ヒカルと初めて出会ったのは、小学生の頃。俺の性判定でアルファであることが確定し、そのお祝いに家族4人でレストランにディナーに行った帰りだった。
家の近くの公園に1人佇む少年がいるのを、俺は車の中から見つけた。
もう周囲は真っ暗で、公園にはチカチカと暗い外灯の明かりだけが灯る。そんな暗い公園で彼はとても寂しそうにみえた。
母の「あらあら、鍵でも忘れちゃったのかしらね。お家に誰もいないから入れないのかしら」という声に、俺は手に持っていたクッキーの袋をギュッと握りしめた。
家に入れないということは、まだきっとご飯を食べていないのだろう。そう思いながら手にしたクッキーを見つめた。
今持っているクッキーは今日行ったレストランの人が小学生の陽太郎にと、厚意でもたせてくれたものだ。あのレストランに行った人しか貰えない、ちょっと特別なクッキー。しかも今日のは陽太郎の好きなチョコのやつ。
(俺はアルファだ。アルファはみんなよりも上にいるんだから、弱い奴を守ってやんなきゃ。じゃないとカッコ悪い)
「……俺、あの子にクッキーあげてくる」
「あら、いいの? 陽太郎知らない子でしょう?」
うなずくと母が「じゃあ一緒に行って、どこの子か聞いてみましょうね」と言った。
母は以前から地域のボランティア活動に熱心で、民生委員やら地域活動に携わっていたから、虐待の可能性もあると考え、どこの子か把握しておきたかったんだと思う。
母と車を降り、その子に近づくと、彼は驚いた顔でこっちを見た。
ボサボサの髪によれた服。うわーすっげー貧乏な家なんだろうなーなんて思いながら、汚い身なりのその子供の顔を見て、俺はあんぐりと口をあけた。
だってものすごく可愛かったんだ。
男の子のはずなのに、クラスで一番人気のみさちゃんなんかよりずっとずっと可愛くて、まるで暗闇にポッと現れた、おとぎ話に出てくる妖精のお姫様のようだった。
公園の外灯の光が反射してキラキラと光るその大きな瞳に見つめられると、まるで金縛りにでもあったみたいになっちゃって、俺はその場に固まってしまった。
「——名前は保本ヒカルくんね。ああ、あのアパートの。お母さんはもうすぐ帰ってくるの? ——ほら、陽太郎クッキーあげるんでしょ」
母に急かされて、ようやく手に持ったクッキーを渡した。
そのときのヒカルの笑顔。
それはまっ暗い公園にパッと光り輝く星が落ちたような衝撃で、小学生だった俺は運命だと思った。
——そう、俺はヒカルにそのとき一目惚れをしたんだ。
だからヒカルがオメガだと聞いたとき、俺は飛び上がるくらい嬉しかったはずなのに。
それからずっと一緒にいるのが当たり前になって、ヒカルの可愛さよりも女々しさや鈍臭さのほうが鼻につくようになってしまって、ヒカルへの想いを忘れてしまっていたんだ。本当は大好きだったのに。
弱っちいヒカルを俺は守ってやってて、ヒカルも俺がいないとだめで。だからヒカルが俺に愛想をつかしてどこか行ってしまうことがあるなんて、思ってもみなかった。
(宮前が気にしていた甘い匂いってのは、きっとヒカルの匂いのことだったんだ)
たぶんヒカルの残り香が俺についていたんだろう。
運命の番の匂いを、宮前は本能で感じ取っていたんだ。
——あいつは俺を介してヒカルを見ていた。ヒカルを俺から奪うために俺に近づいたんだ。
「なーんも気づいてなかったな、俺。すげーみっともねー……」
俺は今日からオメガに捨てられたアルファで、目の前で他のアルファに恋人を奪われて何もできなかった無能な男だ。
何もかもが虚しい。
虚しくて悔しくて、俺は近くにあったものを掴んで投げた。やたらめったら投げて蹴って壊し、壁を殴って穴を開けた。
……でもめちゃくちゃになった部屋を見てもスッキリなどするはずもなく、さらに心は虚しくなる。だから物に当たるのも、すぐにやめた。
ヒカルとはその後、すぐに婚約解消になった。
ヒートも来ていないヒカルとは元々仮での婚約ではあったんだけど、大学卒業したら結婚に向けて動く予定だったし、もう決まっていたようなものだ。
両親もそのつもりでいたし、ヒカルの親だってそのつもりだったはずだ。
——両家、そして宮前の家とどういうことを話し合ったのかは俺は知らない。ただわかっているのはヒカルが宮前の家に行ったってこと。そしてヒカルの両親も、この街に居づらくなったのか、引っ越してどこかへ行ってしまったから、もうこの街で保本家の人間と会うこともない。
なんだかもう誰にも会いたくなくて友人たちとも連絡を絶ち、俺は卒業式にも出ず、しばらく家に引きこもってた。
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