上 下
2 / 24

2

しおりを挟む
「ねぇ、ヨウくん。もうすぐ僕の誕生日なんだけど」 

「んー? あー、覚えてるって」 


 あのパーティから数日経ち、いつものようにヒカルと学校帰りに最寄りの駅で待ちあわせて一緒に帰る途中、ヒカルが俺にそう話を切り出した。 


 婚約者のヒカルとは、通う学校は違えど小学校からずっと一緒にいて、その流れで婚約までしたくらいなんだから、誕生日くらい俺だって覚えてる。 


「んで?」 

「え、と、今年はさ、その日僕といっしょに映画行かないかなって。それで、その後はさ……」 


 俺の顔色をうかがいながら、口をモゴモゴと動かすヒカル。 

 付き合ってるんだから誕生日に一緒にいるなんて当たり前だろ! ……と言いたいところなんだけど、ちょっとその気になれないでいた。 

 その原因は、あのパーティで出会った花咲斗貴哉のこと。 

 俺はいまだに美しい彼のことが心に残っていて、気持ちが落ち着かず、それどころじゃなかった。 
  

 ——あの日、親父に背中を押されて挨拶をした。斗貴哉様は凛とした美しい花のような人で、俺のぎこちない挨拶にも優雅に微笑んでくれた。 

 別に彼とどうこうしたい訳じゃない。でもあの日の斗貴哉様のことで頭がいっぱいで、俺の気持ちは揺らいでて、もうすぐヒカルの誕生日だっていうのに、わざとその話題に触れずスルーしていた。 
  

 (すげー美人だったし、ちょっとした所作とか仕草もキレーだったし。それだけじゃなくって、オーラというか雰囲気がなんか圧倒されるというか) 


 俺の隣で精一杯の愛想をするヒカルの顔を見た。  

 毎回毎回、どんなに俺がそっけない態度を取っても、怒りもせずニコニコ顔のヒカル。 


 (やっぱヒカルとは全然違げーよなー……) 


 俺はそんなヒカルに、ため息をついた。 

  

 ◇ 

  

『いつもニコニコのヒカルくん』 

 それがヒカルのあだ名。本当にいつもニコニコしてるから、近所のおばちゃんたちからそう呼ばれるようになった。 

 こいつがマジで怒ったり泣いたりしたのを、俺も見たことない。まぁ出会ったばっかりの頃はよく泣いてたけど、いつの間にか泣かなくなって、大きくなってからは見たことない。 


 怒られようが、いじめられようが、とにかくどんな理不尽なことがあっても、ヒカルはいつもニコニコしてる。 


 ヒカルがオメガであることを周囲にカミングアウトしたのは、高校に入ってからだ。俺との婚約のこともあって公にすることになったのだ。 

 だからそれまであったヒカルへのいじめは、" オメガだから" というわけではなかった。 

 小学校から名家の子息令嬢が通う市立の学校に通っていた俺は、公立の学校に通うヒカルが、まさかいじめられているとは思ってもみなかった。 


(だっていつもニコニコしてるだぜ? 何を聞いても「だいじょーぶ!」って言うしさー) 


 中学の時、ある日たまたま学校終わりに近所をぶらぶらしていたら、偶然いじめの現場に遭遇し、俺はそれで初めてヒカルがいじめられていることを知った。 

 カバンの中身を道にぶちまけられて、教科書を拾おうとすると肩を足で蹴られ、それでも笑ってるヒカル。 

 さすがの俺も腹が立って、思わずそいつらに向かっていったが、ヒカルが「大丈夫だから」って俺を止めた。 


 オメガであることをカミングアウトしてなかったヒカルは、その軟弱で女々しい見た目から、よくいじめを受けていたらしい。 

 いじめだけじゃない。他にも小さなころから変態に付け狙われたり、いたずらされそうになったりしたこともあったらしいし、オメガだとバレていたら、もっと酷い目にあっていた可能性だってある。だから、当時はそれで正解だったのかもしれない。 
  

 それなのにヒカルはニコニコして、その状況を受け入れてた。 


 ヒートが発情が来るまでは平気だしってヒカルは言ってたけど、そんなワケねーだろって今の俺なら思う。でも正義感あふれる当時の俺は、そんなヒカルを守ってやんなきゃって思ったらしい。 

 だからあの後すぐくらいに、俺たちは付き合い出した。 
  

 それにあの頃はヒカル以外のオメガも見たことなかったし、まだ純粋だった俺は『オメガはアルファが守ってやらなきゃならない存在』って信じてたしな。 


『不憫で弱っちくて可哀想なオメガ』 


 それが俺の中にあるヒカルのイメージであり、世の中すべてのオメガへのイメージだった。 


 だから斗貴哉様を見たときの衝撃は凄かった。 


 周囲のそうそうたるアルファが霞んでしまうほどの、高貴で美しいオメガ。 

 俺の中でのオメガという性への認識が大きく覆ったほどだ。 

 ……俺とあの人が”運命の番”だったら良かった。そしたら婚約者なんか、いてもいなくてもそんなの関係なく結婚できたのになーなんて、さすがにそんな酷いこと、いくらニコニコのヒカルにでも、絶対に聞かせらんないけどね。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

処女姫Ωと帝の初夜

切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。  七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。  幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・  『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。  歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。  フツーの日本語で書いています。

凶悪犯がお気に入り刑事を逆に捕まえて、ふわとろま●こになるまで調教する話

ハヤイもち
BL
連続殺人鬼「赤い道化師」が自分の事件を担当する刑事「桐井」に一目惚れして、 監禁して調教していく話になります。 攻め:赤い道化師(連続殺人鬼)19歳。180センチくらい。美形。プライドが高い。サイコパス。 人を楽しませるのが好き。 受け:刑事:名前 桐井 30過ぎから半ば。170ちょいくらい。仕事一筋で妻に逃げられ、酒におぼれている。顔は普通。目つきは鋭い。 ※●人描写ありますので、苦手な方は閲覧注意になります。 タイトルで嫌な予感した方はブラウザバック。 ※無理やり描写あります。 ※読了後の苦情などは一切受け付けません。ご自衛ください。

出産は一番の快楽

及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。 とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。 【注意事項】 *受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。 *寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め *倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意 *軽く出産シーン有り *ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り 続編) *近親相姦・母子相姦要素有り *奇形発言注意 *カニバリズム発言有り

鬼騎士団長のお仕置き

天災
BL
 鬼騎士団長のえっちなお仕置きの話です。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

巣作り下手なΩくん

ゆあ
BL
新婚ほやほやで仲の良い番になったが、初めての巣作りが上手くいかず... 表紙: 天宮叶様@amamiyakyo0217 に描いて頂きました

刑事は薬漬けにされる

希京
BL
流通経路がわからない謎の薬「シリー」を調査する刑事が販売組織に拉致されて無理やり犯される。 思考は壊れ、快楽だけを求めて狂っていく。

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

処理中です...