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「——は!? 尚人が!?」 

「うん。ユウジは自分と付き合うことになったから、お前はもうユウジにつきまとうなって。相当俺のことが目障りだったんだろーな。あの頃俺は、いつユウジに告白しようって毎日悩んでたからさ。尚人から見たら、隙あらば恋人を横取りしようと企む嫌なやつだったんだろーね」 


 まさか。あの尚人が? 人前で手をつなぐことすら嫌がったのに? 
 信じられねー。信じられねーけど…… 
 ヤバい、ちょっと顔がニヤつく。そっかー、あいつ、そんなに俺にこと好きだったのか。 


「……だから言いたくなかったんだよ。そのニヤニヤやめろよな。振られたんだろ」 

「うっせーな」 


 ニヤけた顔を隠すように、寝返りをうって黒木に背中を向けた。 

 付き合い初めの頃の尚人は、本当に優しくて大好きだった。 
 黒木を牽制するほど俺のこと好いてくれてたのに、結局は女をとったのか。 

 バイだったのは知ってたけど、まさか長年男と付き合ってたのに、女ともできるとはな。ほんとショックだよ。 

 俺のこと、いつから騙してたんだろ。……あの子、すげー幸せそうだった。あんな幸せな笑顔、俺には一生できないだろう。 


「——なあ、ユウジ」 

「ん?」 

「もし、もしなんだけどさ」 

「なんだよ」 

「尚人に復讐できるよって言ったら、したい?」 

「——え?」 


 思わず俺は起き上がって黒木を見た。 
 黒木は笑ってなかった。表情のない黒木のこんな顔、初めて見た。 


「できるよ。ここならなんでも。尚人をどうしたい? ユウジの気が済むまで、やりたいようにできるよ。階段から落としてみる? それとも車の事故でも起こしちゃう?」 

「な、なに言ってんだよ」  

「不運になるってのもいいよね。仕事でミスってクビとか、株で大損させるとかさ」 

「おい、黒木」 


 黒木の様子が変だ。 
 こんなことを言うやつじゃない。 


「……それかお腹の子供をどうにかしちゃう?」 

「やめろ! 黒木!!」 


 それまで澄明で真っ白だった空間が、どことなくどんよりと薄暗く淀んだ空気に変わったように感じていた。 


「なんで? 天罰だよ」 

「天罰って……お前おかしいぞ。そんな怖いこと……」 

「怖い? なんで。だってユウジのこと騙して捨てたんでしょ? そんでユウジは死んだ。ぜーんぶ尚人のせいじゃん。それ相応の罰は受けるべきだと俺は思うんだけど」 

「でも、そんなの俺は望んでない……!」 

「本当に?」 


 黒木の俺の心を見透かすような鋭い目に、ドキリとする。 

 たしかに俺は尚人のことを恨んでたかもしれない。 
 なんで俺がいるのに二股かけたんだって。しかも妊娠って……。 

 子供がそんなに欲しかったのか? 俺が男だから家族にはなれないって、そう思ってたのか? 俺とは遊びで、本気になれる相手を俺に隠れてずっと探してたのか? 

 ……もし俺が女で、俺に子供ができたなら、尚人は俺を捨てなかったのか——? 


「……俺が、尚人の望む人生を与えることができなかったから、尚人は俺を捨てたんだ」 

「……ユウジ。悪いのはユウジじゃない。全部尚人が悪い」 


 黒木が苦々しい顔で、俺を慰めるように抱きしめた。普通に生きてる人間みたいに柔らかい肉感。そして体温。死んだなんて思えない黒木の大きな身体。 


「なぁ、ユウジ。俺と子供作ろーぜ」 

「は?」 


 いきなりなに言ってんだ? 

 この状況で子供? ふざけてんのかって思ったけど、黒木の顔はやけに真剣さに満ちていて、俺には冗談なのか本気なのか、区別がつかない。 


「ユウジが望むなら、子供作れるよ」 


 黒木がそっと俺の腹を撫でる。 


「腹にさ、赤ん坊ができるように祈ればいい。そしたら子供ができるよ。——ここは神が俺に与えた空間だから。俺が望めばその通りのことがおきるんだ」 

「は……?」 

「本当だよ。復讐だって、赤ん坊だって、なんだってできる。ユウジが望むことなら、俺は何でも叶えてやるよ」 

「え、あ……、なんでもって、嘘だろ?」 

「嘘じゃない。ね、ユウジ。俺とセックスしよ。俺のものになってよ。ずっと待ってたんだ、ユウジに会えるの」 

「え? 黒木? ちょ、冗談……!」 


 痛いくらい黒木が俺を抱きしめ、クフッと肺から息が漏れる。 

 さすが登山で鍛えただけあるその身体は力強く、通勤くらいしか体を動かさない貧弱な俺が敵うはずもなく、そのまま押し倒されると、俺の後頭部にボフッとフワフワがぶつかった。 

 空気の淀みは酷くなり、眩しいくらい明るかった部屋は、灯りが必要なくらい薄暗い。 


「俺、本当にユウジのこと好きだったんだ。こうして2人にきりになって、キスして、エッチなことしてさ。俺だけにしか見せない表情を、俺は見たかった。なのに尚人が邪魔したんだ」 


 黒木の手が俺の腰を撫でる。腰から尻、そして太ももを黒木の手が這い、もうちょっとで股間に伸びるのを、必死で体をよじって逃げる。 
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