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番外編
番外編 アーヴァルとハクラシス3(完)
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アーヴァルがなぜルルーと付き合うことになったのか。
それはルルーがアーヴァルに一目惚れをし、そのことを相談するため、ハクラシスに声をかけたところから始まる。
あのハクラシスが他人に興味を持ち、そして相談ごとにまで首を突っ込むなどこれまでになかったことだ。
最初は親しくなった二人の仲を誤解したアーヴァルだったが、二人が話すきっかけになったのが自分のことだと知ると、溜飲を下げルルーに興味を持つようになった。
——意図的にそうしたのかは分からないが、ルルーがアーヴァルのことを相談する相手として、ハクラシスを選んだことは正しかったと言える。
顔が美しいことなど、アーヴァルからしてみれば取るに足らないことであり、
そんなことよりもあのハクラシスが心を寄せたからこそ、アーヴァルもまたルルーに関心を示すようになったのだ。
そして女性のような自分の容姿を嫌い、わざと地味にしていたルルーも、アーヴァルと付き合うようになる頃には、髪を切り整えてその美貌を晒すようになり、まるで蕾が花開いたように眩く変貌していた。
雄々しく逞しいアーヴァルとたおやかで儚げなルルーは、誰が見てもお似合いだったし、実際仲が良かった。
だが、閨を共にする相手ができたことでアーヴァルの放蕩ぶりも落ち着くかと思われたが、残念ながら実はそうではなく、ルルーはいつも心を痛めていた。
一見か弱く儚げで庇護欲をそそるルルー。彼を見守るハクラシスにとって、アーヴァルの奔放さはさすがに我慢できないことだった。
「——おいアーヴァル! ここを開けろ!」
それはルルーに内緒で開いたサロンでのことだった。
ルルーと付き合い始めてから、ハクラシスがアーヴァルの放蕩ぶりに苦言を呈するようになり、アーヴァルは表向き浮気をやめはしたが、密かにサロンだけは継続していた。
参加者だけにしか知らされない秘密のサロン。もちろんハクラシスとルルーにも秘密だ。
しかしこの日、どこでサロンのことを聞きつけたのか、サロン開催中にハクラシスが怒りの形相でアーヴァルの部屋に突撃してきた。
「アーヴァル! これはどういうことだ!? こういうことはもう、やめたんじゃなかったのか!?」
部屋から出てきたアーヴァルが意味深なガウン姿だったことで、ハクラシスの目はさらにつり上がった。
「——やめたとは言っていない。別にいいだろう貴様には関係ないことだ」
「部隊長ともあろう者が、こんなことをやっていて恥ずかしくないのか! 部下に示しがつかんだろう!?」
「別に部下に手を出しているわけじゃない。……もういいだろう、中でみんな待っている」
詰め寄られても悪びれないアーヴァルに、ハクラシスは怒りに任せて胸ぐらを掴み上げた。
「貴様は何度ルルーを泣かせたら気が済むんだ! 彼のためにももっと誠実になるべきだろう!?」
その言葉にアーヴァルの中で何かがプツンと切れる音がした。
掴まれた胸ぐらに手をやると、逆にハクラシスの手を捻り上げた。
「っ……!」
「いいかハクラシス。ルルーが何と言おうが、俺のやることに口出しするな。ルルーは確かに俺の恋人だ。だからといって、セックスの相手を一人に絞る気はない」
「————は?」
何を言っているんだといった顔のハクラシスを、アーヴァルは嘲り笑う。
「——ああ。ククッ、平民はそうか、恋人ができたら一人に絞るのか。だがな、ハクラシス。残念だが俺は貴族なんだ。こうやって遊ぶことも娯楽として世間では許されている。誰も咎めるヤツはいない。ルルーだってそんなことは重々承知だ。そうやって嫉妬に泣くのも、ただの牽制だ」
ハクラシスは、アーヴァルの腕を振りほどき睨みつけた。
「アーヴァル、ルルーは本気で傷ついているんだ。もう浮気はやめろ。これ以上悲しませるな」
まるでルルーの代弁者かのようなハクラシスの言葉に、アーヴァルの顔から笑みが消えた。
「——ハクラシス、いくらお前でも俺とルルーのことに口出しすることは許さない。あいつが傷ついているかどうかは俺が判断する」
「——アーヴァル。俺はお前が大人になれば、こんな馬鹿げたことなどしなくなると思っていた。だから今までも俺は何も言わなかった。ルルーのことはさておいても、お前は今や次期騎士団長候補の一人だ。もうそろそろ立場をわきまえろ」
「——ハッ」
アーヴァルが喉奥で笑う。
嫌な笑い方にハクラシスが眉をひそめた。
「……何がおかしい」
「ククッ……いや、俺を心配してくれているのかと思ってな。————そうだな、それなら俺にも考えがある。部屋に入れ」
「あっ! おい! アーヴァル!」
アーヴァルはハクラシスを逃さないように、上腕を掴んで部屋に引きずりこんだ。
部屋に入った瞬間、むせ返るような強く甘い香りにハクラシスは「うっ」と唸り、鼻にシワを寄せる。
「何だこの匂いは……!」
ハクラシスが鼻をつまむほど部屋に焚きしめられたこの匂いの正体は、異国から取り寄せた花の香だ。なんとその匂いには、媚薬成分が含まれている。
サロンでのいかがわしい行為を盛り上げるためにアーヴァルが用意したものだ。
かなり特殊なもので、嗅ぎなれていない者に、その甘く強い匂いはかなりキツイだろう。
片手で鼻を覆いつつ部屋に足を踏み入れたハクラシスだったが、今度は室内で繰り広げられている淫猥な光景に、唖然となった。
「……おい、アーヴァル、お前は部屋でいつもこんなことを……」
よその部屋よりも広いアーヴァルの部屋に置かれた幾つもの椅子やソファ。
その上では複数の男らが絡みあうように座り、淫靡な音を立てて椅子をギシギシと鳴らせていた。
異様な光景にハクラシスは驚きを通り越し、ただ呆然としていた。
しかしアーヴァルはそんなハクラシスに取り繕うこともせず、
「おい、お前たち、サロンはお開きだ! 続きは自分たちの部屋でやれ!」
そう部屋にいる者たちに怒鳴ると、ハクラシスを無理やり奥の部屋へと引っ張り込み、広いベッドの上にハクラシスを投げ、上から押さえつけた。
当のハクラシスは、いまだ状況が把握できていないのか困惑した表情のままアーヴァルを見上げ、ベッドの上で固まっていた。
——アーヴァルが、こんなふうにハクラシスを見下ろすのは初めてだった。
いつもの不機嫌そうな顰め面が、今は目を見開き、あんぐりと口を開け、無防備にアーヴァルを見上げている。
ハクラシスでもこんな表情をするのだ、そしてさせているのは自分なのだと、体の中からぞくぞくと湧き上がる得もいわれぬ快感に、アーヴァルは薄く笑った。
「——ハクラシス、お前は俺にこんなことはもうやめろと言ったな。では一つ提案だ。お前が代わりになれば、お前のいうその"低俗なこと"をやめてやろう」
「——代わりだと?」
何を言っているのか分からないといったように、ハクラシスは眉根を寄せた。
「お前が俺の相手をするんだ。そうすれば他の者とはしないと誓おう。ルルーには黙っていれば分からない。逆に俺の浮気癖が治ったと喜ぶだろうな。それこそお前の願い通りだ」
「————……!」
ハクラシスが意味を理解した瞬間、ハクラシスはアーヴァルの体の下から抜け出そうと急に身をよじり、腹を蹴り上げようとした。
だが残念なことにアーヴァルのほうが力が強く身体能力も高い。暴れる体を強い力ですぐに押さえ込み、抵抗などする隙を与えることなく、あっという間にうつ伏せにし、ハクラシスをベッドに沈ませた。
「…………くっ」
「甘いなハクラシス。体術で俺に勝てる者はいない。それはお前も知っているだろう?」
「——アーヴァル……! なぜいつもこんなことをするんだ! 嫌がらせにも程がある……!」
「嫌がらせ? ふん、まあそう思いたければそう思えばいい」
アーヴァルはもがくハクラシスのズボンを無理矢理脱がし、下着に手をかけた。
「アーヴァル! やめろ——!」
ハクラシスの悲鳴のような叫びに、アーヴァルはゴクリと喉を鳴らした。
勢いよく下着をずらすと、露わになった形の良い尻を割り開き、そこに自身の硬く張りつめたものをあてがった。
ハクラシスは部屋にたちこめた媚薬の効果が効きはじめたのか、それとも諦めたのか——暴れるでもなく、ぐったりとシーツに埋まっていた。
「————アーヴァル……」
「なんだ? 諦めたのか? それとも媚薬に酔ったか」
アーヴァルの名を小さく呟いたきり返事をしないハクラシスに、どうかしたのかとアーヴァルはハクラシスを仰向けに転がした。
——ハクラシスは泣いているわけでもなく、そして媚薬に酔ったわけでもなかった。
ハクラシスは落ち着いた目で、ただ静かにアーヴァルを見つめていた。
「……アーヴァル、お前の気がそれで済むなら、もうそれでいい。好きにしろ。だがもう以前のような関係には戻れない。俺はお前を友だと思っていた。だが——冗談でもそういう関係になれば、もう無理だ」
「——お前だって、隊の者と関係をもったじゃないか。それならば俺とも——」
「彼らとお前は違う。それに俺はルルーを騙したくない。——お前にとってこれは冗談程度のものかもしれないが、俺にとってはそうじゃない。もうお前の遊びには付き合いきれない。それでもお前がやりたいならやればいい。それならば俺はここを辞めて出て行く」
「ハクラシス……」
みっともなく抵抗し泣くでもなく、怒りをぶつけるでもなく、受け入れるでもなく……ただ淡々とアーヴァルを突き放すハクラシス。
いつもならそんなこと気にもせず行動に移すアーヴァルが、このハクラシスの言葉にはなぜだかひどく狼狽えた。
このままハクラシスを自分のものにしてしまえば、自分の欲を満たせる上、ルルーの目も誤魔化せる。何より彼を屈服させるこんなチャンスは二度とない。
いつも夢想していたではないか。いつも澄ましているこの男が、自分の下でどんな声で喘ぎ、どんな顔で達するのか。そして男娼のように媚びてねだる姿を。
——だが気がついたらあんなに興奮していたアーヴァルのペニスは、もうすっかりと萎え、だらしなく下に垂れ下がっていた。
◇
(そうだ。あの時初めて自分の中の想いが何か気がついたんだったな)
まだ自分の願いと引き換えに体を差し出すかどうか悩んでいるハクラシスを前に、アーヴァルは昔のことを思い出し、密かに含み笑いをした。
結局あの日はハクラシスに何もできなかったばかりか、下手に手を出すと愛想を尽かされ自分の元から去ってしまうかもしれないという恐怖に囚われた。
(なぜあんなにもハクラシスに執着していたのか、あの頃は分からなかったな)
あれのお陰で自分の気持ちを認識することができたのだが、そのせいでもうハクラシスに手を出せなくなり今に至る。
(あれも俺の性癖からくる嫌がらせの一つだと思っているのだろう。だからこそ今日の俺の告白も本気とは思っていないのだろうな)
だからこそハクラシスが願いの対価として、アーヴァルが言いそうなこととして思いついたのだろう。
まあどう思われようが、なんの弊害なくヤラせてくれるならそれでいい。願ったり叶ったりだ。
(まあハクラシスのことだから、あの時のことなどなかったことにしているかもしれんがな)
さてどうなるか。
アーヴァルは踊りだしそうになる気持ちを抑えながら、ほくそ笑んだ。
だが——
「……ありえん!」
結局ハクラシスの導き出した答えはこれだ。まあ、そうなるだろうなとはアーヴァルも思っていた。
(さすがにあの小僧のように簡単にはいかないか)
「なんだ交渉は決裂か?」
断れない状況だと知っているアーヴァルは、愉快そうにハクラシスを見ては煽る。
「…………キスまでだ」
「キス? なんだ、お前が伽だと言ったんだぞ」
口づけが譲歩とは。思わず吹き出しそうになる。
「キスまでだ!」
ハクラシスからすればキスすらも嫌だろう。だがアーヴァルからすれば、キスだけでも大きく進展したと言える。
「……ふん、不満ではあるが……お前からしてくれるのなら、それで手を打とう。交渉成立だ」
「くそっ」と口の中でぼやくハクラシスに、アーヴァルはククッと笑う。
「お前のその長く立派なモノを拝ませてもらえんとはつまらんな」
その言葉にハクラシスがギロッと睨む。
「——アーヴァル! そういう言い方をやめろ! あのときもそんなことを——!」
(なんだ覚えているじゃないか)
あの日少し空気を和ませようと、ハクラシスのペニスの大きさを褒めたのだが、かえってひどく不機嫌にさせたのだ。
「いつもそうやって俺を揶揄うのはやめろ!」
(あのときも別に揶揄っていた訳じゃないが……まあいい。ハクラシスからキスを貰えるのならな)
そうアーヴァルにしては珍しく、期待に胸を躍らせていたのだが——
結局貰えたのは軽い口づけのみ。
すぐに離れようとするハクラシスの頭を無理矢理押さえつけて舌をねじ込んだら、頭を叩かれて終わった。
(ルルーに言ったら大笑いされるだろうな)
願いの対価としては見合っていないが、まあそうやすやすとハクラシスを逃がすつもりはない。
(恩を売るに越したことはないしな)
そう含み笑いをしながら、怒りの形相で部屋を出て行くハクラシスの後をついて、アーヴァルも二人きりの部屋を出た。
それはルルーがアーヴァルに一目惚れをし、そのことを相談するため、ハクラシスに声をかけたところから始まる。
あのハクラシスが他人に興味を持ち、そして相談ごとにまで首を突っ込むなどこれまでになかったことだ。
最初は親しくなった二人の仲を誤解したアーヴァルだったが、二人が話すきっかけになったのが自分のことだと知ると、溜飲を下げルルーに興味を持つようになった。
——意図的にそうしたのかは分からないが、ルルーがアーヴァルのことを相談する相手として、ハクラシスを選んだことは正しかったと言える。
顔が美しいことなど、アーヴァルからしてみれば取るに足らないことであり、
そんなことよりもあのハクラシスが心を寄せたからこそ、アーヴァルもまたルルーに関心を示すようになったのだ。
そして女性のような自分の容姿を嫌い、わざと地味にしていたルルーも、アーヴァルと付き合うようになる頃には、髪を切り整えてその美貌を晒すようになり、まるで蕾が花開いたように眩く変貌していた。
雄々しく逞しいアーヴァルとたおやかで儚げなルルーは、誰が見てもお似合いだったし、実際仲が良かった。
だが、閨を共にする相手ができたことでアーヴァルの放蕩ぶりも落ち着くかと思われたが、残念ながら実はそうではなく、ルルーはいつも心を痛めていた。
一見か弱く儚げで庇護欲をそそるルルー。彼を見守るハクラシスにとって、アーヴァルの奔放さはさすがに我慢できないことだった。
「——おいアーヴァル! ここを開けろ!」
それはルルーに内緒で開いたサロンでのことだった。
ルルーと付き合い始めてから、ハクラシスがアーヴァルの放蕩ぶりに苦言を呈するようになり、アーヴァルは表向き浮気をやめはしたが、密かにサロンだけは継続していた。
参加者だけにしか知らされない秘密のサロン。もちろんハクラシスとルルーにも秘密だ。
しかしこの日、どこでサロンのことを聞きつけたのか、サロン開催中にハクラシスが怒りの形相でアーヴァルの部屋に突撃してきた。
「アーヴァル! これはどういうことだ!? こういうことはもう、やめたんじゃなかったのか!?」
部屋から出てきたアーヴァルが意味深なガウン姿だったことで、ハクラシスの目はさらにつり上がった。
「——やめたとは言っていない。別にいいだろう貴様には関係ないことだ」
「部隊長ともあろう者が、こんなことをやっていて恥ずかしくないのか! 部下に示しがつかんだろう!?」
「別に部下に手を出しているわけじゃない。……もういいだろう、中でみんな待っている」
詰め寄られても悪びれないアーヴァルに、ハクラシスは怒りに任せて胸ぐらを掴み上げた。
「貴様は何度ルルーを泣かせたら気が済むんだ! 彼のためにももっと誠実になるべきだろう!?」
その言葉にアーヴァルの中で何かがプツンと切れる音がした。
掴まれた胸ぐらに手をやると、逆にハクラシスの手を捻り上げた。
「っ……!」
「いいかハクラシス。ルルーが何と言おうが、俺のやることに口出しするな。ルルーは確かに俺の恋人だ。だからといって、セックスの相手を一人に絞る気はない」
「————は?」
何を言っているんだといった顔のハクラシスを、アーヴァルは嘲り笑う。
「——ああ。ククッ、平民はそうか、恋人ができたら一人に絞るのか。だがな、ハクラシス。残念だが俺は貴族なんだ。こうやって遊ぶことも娯楽として世間では許されている。誰も咎めるヤツはいない。ルルーだってそんなことは重々承知だ。そうやって嫉妬に泣くのも、ただの牽制だ」
ハクラシスは、アーヴァルの腕を振りほどき睨みつけた。
「アーヴァル、ルルーは本気で傷ついているんだ。もう浮気はやめろ。これ以上悲しませるな」
まるでルルーの代弁者かのようなハクラシスの言葉に、アーヴァルの顔から笑みが消えた。
「——ハクラシス、いくらお前でも俺とルルーのことに口出しすることは許さない。あいつが傷ついているかどうかは俺が判断する」
「——アーヴァル。俺はお前が大人になれば、こんな馬鹿げたことなどしなくなると思っていた。だから今までも俺は何も言わなかった。ルルーのことはさておいても、お前は今や次期騎士団長候補の一人だ。もうそろそろ立場をわきまえろ」
「——ハッ」
アーヴァルが喉奥で笑う。
嫌な笑い方にハクラシスが眉をひそめた。
「……何がおかしい」
「ククッ……いや、俺を心配してくれているのかと思ってな。————そうだな、それなら俺にも考えがある。部屋に入れ」
「あっ! おい! アーヴァル!」
アーヴァルはハクラシスを逃さないように、上腕を掴んで部屋に引きずりこんだ。
部屋に入った瞬間、むせ返るような強く甘い香りにハクラシスは「うっ」と唸り、鼻にシワを寄せる。
「何だこの匂いは……!」
ハクラシスが鼻をつまむほど部屋に焚きしめられたこの匂いの正体は、異国から取り寄せた花の香だ。なんとその匂いには、媚薬成分が含まれている。
サロンでのいかがわしい行為を盛り上げるためにアーヴァルが用意したものだ。
かなり特殊なもので、嗅ぎなれていない者に、その甘く強い匂いはかなりキツイだろう。
片手で鼻を覆いつつ部屋に足を踏み入れたハクラシスだったが、今度は室内で繰り広げられている淫猥な光景に、唖然となった。
「……おい、アーヴァル、お前は部屋でいつもこんなことを……」
よその部屋よりも広いアーヴァルの部屋に置かれた幾つもの椅子やソファ。
その上では複数の男らが絡みあうように座り、淫靡な音を立てて椅子をギシギシと鳴らせていた。
異様な光景にハクラシスは驚きを通り越し、ただ呆然としていた。
しかしアーヴァルはそんなハクラシスに取り繕うこともせず、
「おい、お前たち、サロンはお開きだ! 続きは自分たちの部屋でやれ!」
そう部屋にいる者たちに怒鳴ると、ハクラシスを無理やり奥の部屋へと引っ張り込み、広いベッドの上にハクラシスを投げ、上から押さえつけた。
当のハクラシスは、いまだ状況が把握できていないのか困惑した表情のままアーヴァルを見上げ、ベッドの上で固まっていた。
——アーヴァルが、こんなふうにハクラシスを見下ろすのは初めてだった。
いつもの不機嫌そうな顰め面が、今は目を見開き、あんぐりと口を開け、無防備にアーヴァルを見上げている。
ハクラシスでもこんな表情をするのだ、そしてさせているのは自分なのだと、体の中からぞくぞくと湧き上がる得もいわれぬ快感に、アーヴァルは薄く笑った。
「——ハクラシス、お前は俺にこんなことはもうやめろと言ったな。では一つ提案だ。お前が代わりになれば、お前のいうその"低俗なこと"をやめてやろう」
「——代わりだと?」
何を言っているのか分からないといったように、ハクラシスは眉根を寄せた。
「お前が俺の相手をするんだ。そうすれば他の者とはしないと誓おう。ルルーには黙っていれば分からない。逆に俺の浮気癖が治ったと喜ぶだろうな。それこそお前の願い通りだ」
「————……!」
ハクラシスが意味を理解した瞬間、ハクラシスはアーヴァルの体の下から抜け出そうと急に身をよじり、腹を蹴り上げようとした。
だが残念なことにアーヴァルのほうが力が強く身体能力も高い。暴れる体を強い力ですぐに押さえ込み、抵抗などする隙を与えることなく、あっという間にうつ伏せにし、ハクラシスをベッドに沈ませた。
「…………くっ」
「甘いなハクラシス。体術で俺に勝てる者はいない。それはお前も知っているだろう?」
「——アーヴァル……! なぜいつもこんなことをするんだ! 嫌がらせにも程がある……!」
「嫌がらせ? ふん、まあそう思いたければそう思えばいい」
アーヴァルはもがくハクラシスのズボンを無理矢理脱がし、下着に手をかけた。
「アーヴァル! やめろ——!」
ハクラシスの悲鳴のような叫びに、アーヴァルはゴクリと喉を鳴らした。
勢いよく下着をずらすと、露わになった形の良い尻を割り開き、そこに自身の硬く張りつめたものをあてがった。
ハクラシスは部屋にたちこめた媚薬の効果が効きはじめたのか、それとも諦めたのか——暴れるでもなく、ぐったりとシーツに埋まっていた。
「————アーヴァル……」
「なんだ? 諦めたのか? それとも媚薬に酔ったか」
アーヴァルの名を小さく呟いたきり返事をしないハクラシスに、どうかしたのかとアーヴァルはハクラシスを仰向けに転がした。
——ハクラシスは泣いているわけでもなく、そして媚薬に酔ったわけでもなかった。
ハクラシスは落ち着いた目で、ただ静かにアーヴァルを見つめていた。
「……アーヴァル、お前の気がそれで済むなら、もうそれでいい。好きにしろ。だがもう以前のような関係には戻れない。俺はお前を友だと思っていた。だが——冗談でもそういう関係になれば、もう無理だ」
「——お前だって、隊の者と関係をもったじゃないか。それならば俺とも——」
「彼らとお前は違う。それに俺はルルーを騙したくない。——お前にとってこれは冗談程度のものかもしれないが、俺にとってはそうじゃない。もうお前の遊びには付き合いきれない。それでもお前がやりたいならやればいい。それならば俺はここを辞めて出て行く」
「ハクラシス……」
みっともなく抵抗し泣くでもなく、怒りをぶつけるでもなく、受け入れるでもなく……ただ淡々とアーヴァルを突き放すハクラシス。
いつもならそんなこと気にもせず行動に移すアーヴァルが、このハクラシスの言葉にはなぜだかひどく狼狽えた。
このままハクラシスを自分のものにしてしまえば、自分の欲を満たせる上、ルルーの目も誤魔化せる。何より彼を屈服させるこんなチャンスは二度とない。
いつも夢想していたではないか。いつも澄ましているこの男が、自分の下でどんな声で喘ぎ、どんな顔で達するのか。そして男娼のように媚びてねだる姿を。
——だが気がついたらあんなに興奮していたアーヴァルのペニスは、もうすっかりと萎え、だらしなく下に垂れ下がっていた。
◇
(そうだ。あの時初めて自分の中の想いが何か気がついたんだったな)
まだ自分の願いと引き換えに体を差し出すかどうか悩んでいるハクラシスを前に、アーヴァルは昔のことを思い出し、密かに含み笑いをした。
結局あの日はハクラシスに何もできなかったばかりか、下手に手を出すと愛想を尽かされ自分の元から去ってしまうかもしれないという恐怖に囚われた。
(なぜあんなにもハクラシスに執着していたのか、あの頃は分からなかったな)
あれのお陰で自分の気持ちを認識することができたのだが、そのせいでもうハクラシスに手を出せなくなり今に至る。
(あれも俺の性癖からくる嫌がらせの一つだと思っているのだろう。だからこそ今日の俺の告白も本気とは思っていないのだろうな)
だからこそハクラシスが願いの対価として、アーヴァルが言いそうなこととして思いついたのだろう。
まあどう思われようが、なんの弊害なくヤラせてくれるならそれでいい。願ったり叶ったりだ。
(まあハクラシスのことだから、あの時のことなどなかったことにしているかもしれんがな)
さてどうなるか。
アーヴァルは踊りだしそうになる気持ちを抑えながら、ほくそ笑んだ。
だが——
「……ありえん!」
結局ハクラシスの導き出した答えはこれだ。まあ、そうなるだろうなとはアーヴァルも思っていた。
(さすがにあの小僧のように簡単にはいかないか)
「なんだ交渉は決裂か?」
断れない状況だと知っているアーヴァルは、愉快そうにハクラシスを見ては煽る。
「…………キスまでだ」
「キス? なんだ、お前が伽だと言ったんだぞ」
口づけが譲歩とは。思わず吹き出しそうになる。
「キスまでだ!」
ハクラシスからすればキスすらも嫌だろう。だがアーヴァルからすれば、キスだけでも大きく進展したと言える。
「……ふん、不満ではあるが……お前からしてくれるのなら、それで手を打とう。交渉成立だ」
「くそっ」と口の中でぼやくハクラシスに、アーヴァルはククッと笑う。
「お前のその長く立派なモノを拝ませてもらえんとはつまらんな」
その言葉にハクラシスがギロッと睨む。
「——アーヴァル! そういう言い方をやめろ! あのときもそんなことを——!」
(なんだ覚えているじゃないか)
あの日少し空気を和ませようと、ハクラシスのペニスの大きさを褒めたのだが、かえってひどく不機嫌にさせたのだ。
「いつもそうやって俺を揶揄うのはやめろ!」
(あのときも別に揶揄っていた訳じゃないが……まあいい。ハクラシスからキスを貰えるのならな)
そうアーヴァルにしては珍しく、期待に胸を躍らせていたのだが——
結局貰えたのは軽い口づけのみ。
すぐに離れようとするハクラシスの頭を無理矢理押さえつけて舌をねじ込んだら、頭を叩かれて終わった。
(ルルーに言ったら大笑いされるだろうな)
願いの対価としては見合っていないが、まあそうやすやすとハクラシスを逃がすつもりはない。
(恩を売るに越したことはないしな)
そう含み笑いをしながら、怒りの形相で部屋を出て行くハクラシスの後をついて、アーヴァルも二人きりの部屋を出た。
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Twitter企画『 #2020男子後宮BL 』参加作品でした。
※ムーンライトノベルズにも掲載
純情将軍は第八王子を所望します
七瀬京
BL
隣国との戦で活躍した将軍・アーセールは、戦功の報償として(手違いで)第八王子・ルーウェを所望した。
かつて、アーセールはルーウェの言葉で救われており、ずっと、ルーウェの言葉を護符のようにして過ごしてきた。
一度、話がしたかっただけ……。
けれど、虐げられて育ったルーウェは、アーセールのことなど覚えて居らず、婚礼の夜、酷く怯えて居た……。
純情将軍×虐げられ王子の癒し愛
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