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番外編
番外編 アーヴァルとハクラシス2
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アーヴァルは長くハクラシスの"親友"であった。
それについてハクラシスがどう思おうとも、アーヴァルは無理やりそれで押し通していた。
睨んだり怒鳴ったり、それは他人に無関心なハクラシスがアーヴァルにしか見せぬ顔だ。
ハクラシスがそんな顔を見せるたび、自分はこの男の”特別な存在"なのだという、これまで感じたことのない優越感に浸ることができるのだ。
——だが残念なことに、これが純粋な友情とは程遠いことを、これまで対等な友人などいなかったアーヴァルには分からなかった。
愛なのか友情なのか、ねじ曲がってしまった感情は、解けることなどなくそのまま複雑にからみつき、アーヴァルの中に居座り続け、そしてそれはさらにねじ曲がっていく。
絡みついてもう解けなくなってしまった感情は、アーヴァルの中でいびつなものに変わり、やがて抑えのきかない状況になっていく。
——事の発端は、アーヴァルが行き場のない性欲を発散させるため、密かに開いていたサロンでのことだ。
アーヴァルの開くサロンは、よくあるくだらない雑談をするだけのかわいらしいものではなく、酒とともにいかがわしい行為に耽る秘密のサロンだ。
秘密の、とはいえ貴族の間ではそんな集まりはよくあるものであり、アーヴァルからしてみれば大したものじゃない。
風紀がどうこう言われても他に楽しみのない閉鎖的な騎士団で、『外部にさえ漏れなければこれくらい許されて当然だ』というアーヴァルの主張の元開催されるサロンには、参加希望者が日に日に増えていった。
勿論アーヴァルはハクラシスにも開催のたび当然のごとく誘いをかけていたが、毎回即答で『そんなくだらない集まりに出ていられるか』と無碍に断られていたから、いつも来ないものとして形だけ声をかけていた。
そんなある日の夜、いつものように厳選されたメンバーによる、アーヴァル主催のサロンが開かれていた。
その日サロンでは、アーヴァルにいいところを見せようとちょっといい酒を持ち込んだ者がいた。
いい酒が入るといつもより盛り上がる。
その騒ぎがきっと外にも漏れてうるさかったのだろう。
みんながいい感じに酔い始めてきた頃、その苦情を告げるノック音が響いた。
ダンダンと大きく不躾なノック音に「一体誰だ」と訝しげにアーヴァルがドアを開けると、そこに立っていたのはハクラシスだった。
彼はいつものように眉間に皺を寄せ、愛想の一つもせず「静かにしてくれないか」とだけ言い放った。
「なんだ、呆れたな。それを言いにわざわざきたのか。仲間に入りたくて来たのかと思ったぞ」
「こんな低俗な集まりの仲間になぞ入るわけがないだろう。いい加減静かにしないと、上官が呼ばれてくるぞ」
いつも適当で享楽的なアーヴァルと違い、堅物で真面目なハクラシスは上官の覚えもいい。
きっと彼が呼べばすぐに誰かしら飛んでくるだろう。だが、相手はアーヴァルだ。注意はされど、処罰などされることはない。
「ふん。呼びたければ呼べばいい。——ああ、そうだハクラシス。今日は上モノの強い酒があるぞ。お前酒が好きじゃなかったか」
いつだったかハクラシスが酒が好きだと言っていたのを、アーヴァルは覚えていた。
(あのときは、俺が甘い酒が好きだと言ったら、『酒は辛いに限る。お前とはそりが合わない』と酒の誘いをぞんざいに断られたんだったか)
だが今日持ち込まれた酒はかなりいいもので、味もおそらくハクラシス好みのはず。
この機を逃す手はない。物は試しと、いい酒があることを匂わせてみると、思った通りハクラシスが興味を示した。
「……そんなにいい酒があるのか」
(しめた。思ったとおり相当な酒好きだな)
「まだ残っているぞ。やや辛めだが芳醇でなかなかいい。まあハクラシス、お前がもし飲みたいというなら、中に入れてやってもいい」
「……本当か」
「ああ、俺とお前の仲じゃないか。さあ入れ。————おい、みんな一人増えたぞ。ハクラシスだ」
「おいアーヴァル、俺はまだ……」
アーヴァルは、上機嫌であることを気取られないよう気をつけつつ、まだ返答に窮しているハクラシスの腕を掴むと半ば無理矢理部屋に連れ込んだ。
ハクラシスが部屋に現れると、思いがけないゲストの登場に、参加者らはややざわつき困惑した空気が流れたが 、それもアーヴァル自らがハクラシスに酒を注いだことですぐに消えた。
あの堅物で人付き合いの悪いハクラシスが、こんなサロンに参加し、ソファにくつろぎうまそうに酒を飲んでいる。その姿に最初はみんな呆気に取られていたが、酒が進むにつれ次第に会話が戻り、引き気味だった彼らの興味はハクラシスに向けられ声をかける者も出てきた。
「ハ、ハクラシス。隣いいかな。俺同じ隊の……」
「君もこういうところに来るんだね。驚いたよ」
「ねえ、ハクラシス。この前の演習の時さ……」
「こっちの酒も美味いよ。これは我が領地の北部にしかない貴重な酒で……」
一人が声をかけると、次々に声をかけ始める。
いつもとっつきにくく、ハクラシスもろくに相手にもしないためか、ハクラシスは上位騎士になってからも仲間からはやや遠巻きにされていた。
だがその手腕は誰しもが認めるほどであり、一目置かれていることも確かだ。
ハクラシスが質問攻めにあっているのを、アーヴァルは面白そうに眺めていた。
ハクラシスは言葉少なく頷きながら、うまそうに次々と酒を飲み干していく。
そしてみんなも変わるがわる、空いたカップに注いでいった。
「おい、ハクラシス、そんなに飲んで大丈夫か」
言われてはじめてハクラシスはテーブルに置かれた空き瓶の数に気がついた。そしてしまったとばかりに、すぐ手に持っていたカップを置いた。
「アーヴァルすまない。飲みすぎてしまった。すまなかったなみんな、邪魔をした。そろそろ俺は抜けるから、いつものように過ごしてくれ」
「あ、おい、ハクラシス、もう行くのか」
「ああ。みんなは続けてくれ。それとさっきのように静かにしてくれると助かる。アーヴァル、美味い酒をありがとう」
ハクラシスは慌てて席を立ち、アーヴァルが止めるのも聞かず出て行った。
ハクラシスがいなくなるとすぐ参加者の空気も安堵したように緩み、いつもの怠惰で猥雑なものに変わっていく。アーヴァルもまた酔いにまかせて周囲の者と戯れ始めた。
ハクラシスが部屋に来たことで興奮していたのか、この日は酔いが回るのも早く、アーヴァルにしては珍しく酩酊していた。
そのせいでハクラシスを追って部屋を出た者がいたことに、アーヴァルが気がつくことはなかった。
その翌朝。
ハクラシスの部屋から男が一人出ていくのを見た者がいた。
明け方意味深にこっそりとハクラシスの部屋を出ていく男。
最初はただの噂だと思っていた。
しかしそれが事実と分かると、アーヴァルはその者を探し出した。
その者はアーヴァルが招待したメンバーの一人で、アーヴァルの取り巻きではなく最近サロンに加わった新参者であった。
元々ハクラシスのことを気に入っていて、あの日酔ったハクラシスを見てチャンスと思ったのだという。
その者はアーヴァルがハクラシスと親しいことを知っていた。だからアーヴァルに呼び出された時、サロン外でハクラシスに手を出したことを咎められるのではと怯えていた。
しかし実際は、アーヴァルは制裁どころか甘い言葉で誘惑し、その者を自分のものにしたのだ。
相手も平民のハクラシスより、地位も見目も良いアーヴァルのほうが良いに決まっている。ちょっと誘えば思惑通り、ほいほいと乗ってきた。
正直いってアーヴァルにとってこの男の価値は、"ハクラシスと寝た"ということだけであった。
この男がどのようにハクラシスに媚びて甘え、そして酔ったハクラシスがこの男をどんなふうに抱いたのか。それを妄想しその男を犯すと、ひどく興奮した。
(あいつがまさか遊びで男と寝るとはな)
あの堅物が、性欲など微塵もないという顔でこの男を抱いたのかと、想像するだけで体がこれまでにないほど興奮しゾクゾクした。
その後ハクラシスが一夜限りの相手をしたという噂が広まると、ハクラシスの元にこっそりと夜這いする者が現れ始めた。
ハクラシスもやはり性欲には勝てないのか、それとも押し負けているのかは分からない。そのうちの何人かとは関係を持ち、その都度アーヴァルが寝取るということを繰り返していた。
ハクラシスもアーヴァルが片っ端から寝取っていることを知っていただろう。しかしハクラシスはなぜか表立ってアーヴァルを咎めることはしなかった。
それからしばらくしアーヴァルは部隊長に昇格、次期騎士団長候補と言われるまでになり、ハクラシスもその後ろに続いて昇格していった。
二人がルルーと出会ったのは、ちょうどその頃だった。
アーヴァルがあまり縁のない事務官であるルルーを認識したのは、ハクラシスが「事務室に女性がいる」と言い出したことがきっかけだった。
「女? 事務官で? 王宮側の事務官ならまだしも……ありえんだろう。文官も一応騎士団員だそ? 女性が入団しているとは聞いたことがない」
騎士団の事務官は騎士団員の中から選出される。だからいくら事務員とはいえ、女性がいるはずがない。
それにアーヴァルはこれまで何度も事務室に出入りしたが、そんな者は見たことなかった。
しかし男性にしろ女性にしろ、あの他人に無関心なハクラシスが目を留めたのだ。よほど美人に違いない。そう思い次に書類を提出しに行った時、じっくりとこれまでにないほど事務室を眺めたアーヴァルだったが、やはり女性らしき者などどこにもいない。
出入りの王宮の事務官と見間違えたんじゃないのかとハクラシスに尋ねると、確かにいるのだと言う。
そこで今度はハクラシスも一緒に事務室へ行き、件の女性がいたら合図するように言った。
「ほら、あれだ。あの隅にいる女性だ」
コソコソと耳打ちされ、ハクラシスが指し示すほうを見ると、そこにいたのは確かに華奢だが、銀髪でかなり地味で陰気な感じの男だった。
「……おい、あれは男だ。なぜ女だと思った」
「いや、だいぶ体が細いぞ。肩幅も狭い。それに俺はあんな綺麗な男を見たことがない。絶対に女性だ」
確かに体の線は細いが……。だがどう見てもごつごつした男の体付きだ。
ハクラシスが褒めちぎる肝心の顔は、席が受付から遠く、終始俯いているのでよく見えない。
そう思いしばらく観察していると、二人の男の視線に気がついたのかその事務官も顔を上げてこちらを見た。
「——ほら女性だろう?」
ハクラシスは自信満々にそう言ったが、やはり男だ。
だが、確かに顔の造作は美しい……気がする。長い前髪のせいで肝心の顔がよく見えないのだ。
事務官はアーヴァルと目が合うと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
(どう見ても男だが……。ハクラシスは女性と縁がなさすぎて、見分けがつかないのだろうな)
実際ハクラシスは幼い頃から父親と山に篭りっぱなしで、女性と縁があるとは言えなかった。だから男性とは思えぬほど線が細く繊細な美しさを持つその事務官、つまりはルルーを最初女性だと思い込んだのだった。
しかし正直いくら顔が綺麗でも、今のアーヴァルはハクラシス以外関心がない。だからその時は「へえ」くらいで、事務室を離れると忘れてしまっていた。
それについてハクラシスがどう思おうとも、アーヴァルは無理やりそれで押し通していた。
睨んだり怒鳴ったり、それは他人に無関心なハクラシスがアーヴァルにしか見せぬ顔だ。
ハクラシスがそんな顔を見せるたび、自分はこの男の”特別な存在"なのだという、これまで感じたことのない優越感に浸ることができるのだ。
——だが残念なことに、これが純粋な友情とは程遠いことを、これまで対等な友人などいなかったアーヴァルには分からなかった。
愛なのか友情なのか、ねじ曲がってしまった感情は、解けることなどなくそのまま複雑にからみつき、アーヴァルの中に居座り続け、そしてそれはさらにねじ曲がっていく。
絡みついてもう解けなくなってしまった感情は、アーヴァルの中でいびつなものに変わり、やがて抑えのきかない状況になっていく。
——事の発端は、アーヴァルが行き場のない性欲を発散させるため、密かに開いていたサロンでのことだ。
アーヴァルの開くサロンは、よくあるくだらない雑談をするだけのかわいらしいものではなく、酒とともにいかがわしい行為に耽る秘密のサロンだ。
秘密の、とはいえ貴族の間ではそんな集まりはよくあるものであり、アーヴァルからしてみれば大したものじゃない。
風紀がどうこう言われても他に楽しみのない閉鎖的な騎士団で、『外部にさえ漏れなければこれくらい許されて当然だ』というアーヴァルの主張の元開催されるサロンには、参加希望者が日に日に増えていった。
勿論アーヴァルはハクラシスにも開催のたび当然のごとく誘いをかけていたが、毎回即答で『そんなくだらない集まりに出ていられるか』と無碍に断られていたから、いつも来ないものとして形だけ声をかけていた。
そんなある日の夜、いつものように厳選されたメンバーによる、アーヴァル主催のサロンが開かれていた。
その日サロンでは、アーヴァルにいいところを見せようとちょっといい酒を持ち込んだ者がいた。
いい酒が入るといつもより盛り上がる。
その騒ぎがきっと外にも漏れてうるさかったのだろう。
みんながいい感じに酔い始めてきた頃、その苦情を告げるノック音が響いた。
ダンダンと大きく不躾なノック音に「一体誰だ」と訝しげにアーヴァルがドアを開けると、そこに立っていたのはハクラシスだった。
彼はいつものように眉間に皺を寄せ、愛想の一つもせず「静かにしてくれないか」とだけ言い放った。
「なんだ、呆れたな。それを言いにわざわざきたのか。仲間に入りたくて来たのかと思ったぞ」
「こんな低俗な集まりの仲間になぞ入るわけがないだろう。いい加減静かにしないと、上官が呼ばれてくるぞ」
いつも適当で享楽的なアーヴァルと違い、堅物で真面目なハクラシスは上官の覚えもいい。
きっと彼が呼べばすぐに誰かしら飛んでくるだろう。だが、相手はアーヴァルだ。注意はされど、処罰などされることはない。
「ふん。呼びたければ呼べばいい。——ああ、そうだハクラシス。今日は上モノの強い酒があるぞ。お前酒が好きじゃなかったか」
いつだったかハクラシスが酒が好きだと言っていたのを、アーヴァルは覚えていた。
(あのときは、俺が甘い酒が好きだと言ったら、『酒は辛いに限る。お前とはそりが合わない』と酒の誘いをぞんざいに断られたんだったか)
だが今日持ち込まれた酒はかなりいいもので、味もおそらくハクラシス好みのはず。
この機を逃す手はない。物は試しと、いい酒があることを匂わせてみると、思った通りハクラシスが興味を示した。
「……そんなにいい酒があるのか」
(しめた。思ったとおり相当な酒好きだな)
「まだ残っているぞ。やや辛めだが芳醇でなかなかいい。まあハクラシス、お前がもし飲みたいというなら、中に入れてやってもいい」
「……本当か」
「ああ、俺とお前の仲じゃないか。さあ入れ。————おい、みんな一人増えたぞ。ハクラシスだ」
「おいアーヴァル、俺はまだ……」
アーヴァルは、上機嫌であることを気取られないよう気をつけつつ、まだ返答に窮しているハクラシスの腕を掴むと半ば無理矢理部屋に連れ込んだ。
ハクラシスが部屋に現れると、思いがけないゲストの登場に、参加者らはややざわつき困惑した空気が流れたが 、それもアーヴァル自らがハクラシスに酒を注いだことですぐに消えた。
あの堅物で人付き合いの悪いハクラシスが、こんなサロンに参加し、ソファにくつろぎうまそうに酒を飲んでいる。その姿に最初はみんな呆気に取られていたが、酒が進むにつれ次第に会話が戻り、引き気味だった彼らの興味はハクラシスに向けられ声をかける者も出てきた。
「ハ、ハクラシス。隣いいかな。俺同じ隊の……」
「君もこういうところに来るんだね。驚いたよ」
「ねえ、ハクラシス。この前の演習の時さ……」
「こっちの酒も美味いよ。これは我が領地の北部にしかない貴重な酒で……」
一人が声をかけると、次々に声をかけ始める。
いつもとっつきにくく、ハクラシスもろくに相手にもしないためか、ハクラシスは上位騎士になってからも仲間からはやや遠巻きにされていた。
だがその手腕は誰しもが認めるほどであり、一目置かれていることも確かだ。
ハクラシスが質問攻めにあっているのを、アーヴァルは面白そうに眺めていた。
ハクラシスは言葉少なく頷きながら、うまそうに次々と酒を飲み干していく。
そしてみんなも変わるがわる、空いたカップに注いでいった。
「おい、ハクラシス、そんなに飲んで大丈夫か」
言われてはじめてハクラシスはテーブルに置かれた空き瓶の数に気がついた。そしてしまったとばかりに、すぐ手に持っていたカップを置いた。
「アーヴァルすまない。飲みすぎてしまった。すまなかったなみんな、邪魔をした。そろそろ俺は抜けるから、いつものように過ごしてくれ」
「あ、おい、ハクラシス、もう行くのか」
「ああ。みんなは続けてくれ。それとさっきのように静かにしてくれると助かる。アーヴァル、美味い酒をありがとう」
ハクラシスは慌てて席を立ち、アーヴァルが止めるのも聞かず出て行った。
ハクラシスがいなくなるとすぐ参加者の空気も安堵したように緩み、いつもの怠惰で猥雑なものに変わっていく。アーヴァルもまた酔いにまかせて周囲の者と戯れ始めた。
ハクラシスが部屋に来たことで興奮していたのか、この日は酔いが回るのも早く、アーヴァルにしては珍しく酩酊していた。
そのせいでハクラシスを追って部屋を出た者がいたことに、アーヴァルが気がつくことはなかった。
その翌朝。
ハクラシスの部屋から男が一人出ていくのを見た者がいた。
明け方意味深にこっそりとハクラシスの部屋を出ていく男。
最初はただの噂だと思っていた。
しかしそれが事実と分かると、アーヴァルはその者を探し出した。
その者はアーヴァルが招待したメンバーの一人で、アーヴァルの取り巻きではなく最近サロンに加わった新参者であった。
元々ハクラシスのことを気に入っていて、あの日酔ったハクラシスを見てチャンスと思ったのだという。
その者はアーヴァルがハクラシスと親しいことを知っていた。だからアーヴァルに呼び出された時、サロン外でハクラシスに手を出したことを咎められるのではと怯えていた。
しかし実際は、アーヴァルは制裁どころか甘い言葉で誘惑し、その者を自分のものにしたのだ。
相手も平民のハクラシスより、地位も見目も良いアーヴァルのほうが良いに決まっている。ちょっと誘えば思惑通り、ほいほいと乗ってきた。
正直いってアーヴァルにとってこの男の価値は、"ハクラシスと寝た"ということだけであった。
この男がどのようにハクラシスに媚びて甘え、そして酔ったハクラシスがこの男をどんなふうに抱いたのか。それを妄想しその男を犯すと、ひどく興奮した。
(あいつがまさか遊びで男と寝るとはな)
あの堅物が、性欲など微塵もないという顔でこの男を抱いたのかと、想像するだけで体がこれまでにないほど興奮しゾクゾクした。
その後ハクラシスが一夜限りの相手をしたという噂が広まると、ハクラシスの元にこっそりと夜這いする者が現れ始めた。
ハクラシスもやはり性欲には勝てないのか、それとも押し負けているのかは分からない。そのうちの何人かとは関係を持ち、その都度アーヴァルが寝取るということを繰り返していた。
ハクラシスもアーヴァルが片っ端から寝取っていることを知っていただろう。しかしハクラシスはなぜか表立ってアーヴァルを咎めることはしなかった。
それからしばらくしアーヴァルは部隊長に昇格、次期騎士団長候補と言われるまでになり、ハクラシスもその後ろに続いて昇格していった。
二人がルルーと出会ったのは、ちょうどその頃だった。
アーヴァルがあまり縁のない事務官であるルルーを認識したのは、ハクラシスが「事務室に女性がいる」と言い出したことがきっかけだった。
「女? 事務官で? 王宮側の事務官ならまだしも……ありえんだろう。文官も一応騎士団員だそ? 女性が入団しているとは聞いたことがない」
騎士団の事務官は騎士団員の中から選出される。だからいくら事務員とはいえ、女性がいるはずがない。
それにアーヴァルはこれまで何度も事務室に出入りしたが、そんな者は見たことなかった。
しかし男性にしろ女性にしろ、あの他人に無関心なハクラシスが目を留めたのだ。よほど美人に違いない。そう思い次に書類を提出しに行った時、じっくりとこれまでにないほど事務室を眺めたアーヴァルだったが、やはり女性らしき者などどこにもいない。
出入りの王宮の事務官と見間違えたんじゃないのかとハクラシスに尋ねると、確かにいるのだと言う。
そこで今度はハクラシスも一緒に事務室へ行き、件の女性がいたら合図するように言った。
「ほら、あれだ。あの隅にいる女性だ」
コソコソと耳打ちされ、ハクラシスが指し示すほうを見ると、そこにいたのは確かに華奢だが、銀髪でかなり地味で陰気な感じの男だった。
「……おい、あれは男だ。なぜ女だと思った」
「いや、だいぶ体が細いぞ。肩幅も狭い。それに俺はあんな綺麗な男を見たことがない。絶対に女性だ」
確かに体の線は細いが……。だがどう見てもごつごつした男の体付きだ。
ハクラシスが褒めちぎる肝心の顔は、席が受付から遠く、終始俯いているのでよく見えない。
そう思いしばらく観察していると、二人の男の視線に気がついたのかその事務官も顔を上げてこちらを見た。
「——ほら女性だろう?」
ハクラシスは自信満々にそう言ったが、やはり男だ。
だが、確かに顔の造作は美しい……気がする。長い前髪のせいで肝心の顔がよく見えないのだ。
事務官はアーヴァルと目が合うと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
(どう見ても男だが……。ハクラシスは女性と縁がなさすぎて、見分けがつかないのだろうな)
実際ハクラシスは幼い頃から父親と山に篭りっぱなしで、女性と縁があるとは言えなかった。だから男性とは思えぬほど線が細く繊細な美しさを持つその事務官、つまりはルルーを最初女性だと思い込んだのだった。
しかし正直いくら顔が綺麗でも、今のアーヴァルはハクラシス以外関心がない。だからその時は「へえ」くらいで、事務室を離れると忘れてしまっていた。
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