クズ男はもう御免

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46 不穏な知らせ

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 討伐部隊が出立して1週間が過ぎた。
 
 ハクラシスたちは計画通りに討伐を進めているようで、今のところ砦周辺の被害などはとくに報告されていないようだった。
 
 
「そういえば今回の討伐さ、魔獣の中にかなりデカい奴が混ざっているらしいな」
 
 みんなで夕食を取っている最中、ライアンがどこかの誰かからか聞いたであろう話をレイズンに振った。
 その噂はレイズンも聞いていた。
 
「ああ、そうみたいだな。砦の奴らはあれが出現したせいで、討伐要請を急がせたって聞いた。大丈夫かな」
 
「何言ってんだ、閣下と団長がいるんだぜ? 団長なんかこんなデカい獣の首を、剣で一刀両断できるって言うくらいだからよ。大丈夫だろ」
 
 ライアンがフォークを口に咥え、まるで子供が大人に説明するかのように手を広げ、そのデカい獣の大きさを表現してみせた。
 ライアンが両手を広げると2mくらいにはなるが、首幅がそれくらいあるという獣とは一体何の獣なのか。

 さすがのアーヴァル様もそんな太い首を切断できるようどでかい剣など持てないだろうし、さすがにそれは誇張しすぎだろうとレイズンは思った。
 
「ライアン、フォークを口に咥えるな。行儀が悪いぞ」
 
 隣で貴族の子息らしく行儀よく食べていたデリクが注意すると、ライアンは「へいへい」と咥えていたフォークでまた食事を再開させた。
 
「まあ魔気が抑えられれば溢れる魔獣も一段落するだろうし、それこそ魔獣が暴走的大発生スタンピードしない限りは、そのデカイ魔獣をやれたらそこで終わりだろ」
 
 碓かに発生源からの魔気を抑えられれば、あとは残りを効率よく討伐していけばいいだけだ。
 
(とっとと魔気がなくなって、討伐が早く終わればいいのになぁ)
 
 レイズンがライアンにうんうんと相槌を打っていると、食事を終えたデリクが唐突に「そういえば」と、レイズンに話を振った。
 
「レイズン、うちのリヒターとこの前何かあったのか」
 
 いきなりそんなことを聞かれ、レイズンは思わず口に入っていた塊肉をろくに咀嚼せずゴクンと飲み込んでしまい、喉に詰まりかけてゲホゲホッとむせた。
 
「——リ、リヒターが何か言ってたのか?」
 
「いや、なーんにもさ。でもあれから落ち込んでてさ。それで、リヒターと何かあったのかと思ってさ」
 
「ああ、それ、俺も気になってた。何があったんだよレイズン! 痴情のもつれか?」
 
「はあ!?」
 
「あーそれ、俺も思った! まさかレイズン、リヒターに言い寄ってフラれたとかじゃないだろうな」
 
「なんで俺がフラれてるんだよ」
 
「いや~リヒターじゃないだろ。フラれるとしたら。絶対レイズンのほうだって。……っいて」
 
 ライアンが茶化すように声をあげて笑ったのを、デリクがいい加減にしろとポカッと頭を叩いた。
 
「まあライアンの冗談は置いといて、あの日レイズンもおかしかったし、リヒターも元気ないしで、何かトラブルがあったなら俺が間に入ってやろうかなって思ったんだけど。俺が勝手にリヒターを連れてきたわけだし、気になっちゃってさ」
 
「——デリク……」
 
「なあレイズン。何かあったなら俺たちが相談にのるからさ。俺だってこう見えて、一応心配してるんだぜ?」
 
 さっきまで痴情のもつれとか面白おかしく茶化していたライアンも、本当はレイズンを心配してのことのようだ。
 なんでもないと突っぱねることもできるが……レイズンは少し考えてからリヒターとの関係を正直に話すことにした。
 
 なによりライアンに妙な思い込みをされても困る。
 
「——あー……実はさ、リヒターは前所属していた小隊の頃の仲間で……」
 
 それだけ言うとライアンとデリクは顔を見合わせた。
 
「……会いたくない理由って、過去のあの事件ことが関係しているのか? もしかして」
 
「……ま、まさかリヒターも何か関係しているのか?」
 
「あ、いや、そうじゃないんだ。ただ単に俺が昔の仲間のことを避けていただけで、リヒターは何も関係ないんだ。むしろ昔は仲良かったほうで……」
 
 二人の誤解を解くために、レイズンが慌てて訂正すると、デリクが少しホッとした顔をした。
 
「そうか……それならいいんだけどな。まあ、ただリヒターがさ、ちょっと気にしてたみたいだからさ。無神経なこと言ってるとは思うけど、何か力になれることがあればと思ってな」
 
「……」
 
 レイズンはハクラシスから聞いた話を思い出していた。
 リヒターは悪くない。むしろ助けて貰ったと言える。
 すべてはレイズンの心の問題だけなのだ。
 
「——リヒターには、またそのうち話ができるようになったら会いたいと伝えてくれ」
 
「うん、承知した」
 
「おい、レイズン、無理はすんなよ」
 
 二人はもうこの話はこれでお終いだというように、また次の話題で花を咲かせた。
 
 そんなふうにちょっとずつ居心地が良くなってきたこの騎士団での生活だが、それもハクラシスが戻ってくるまでだ。
 毎日討伐部隊の戦況を聞きながら、レイズンはいつもの日常となってしまった騎士団での生活を、ハクラシスの帰りを待ちながら過ごしていた。
 
 
 
 ーーーー
 
 
 
 それから半月が経ち、討伐は相変わらず順調で、大きな事件も起こらずそろそろ帰還の時期が見えてきたかという頃、砦から王宮に不穏な報告が上がってきた。
 
「何? 魔気の状況に暴走の兆しがあるとな」
 
 砦の使者からの報告をまとめ上申した副騎士団長セオドアに、王は眉を寄せた。
 
「はっ! 砦からの報告では、殲滅まであと僅かとのことでありますが、どうも魔気の抑制が思わしくなくスタンピードの兆しのようなものがあると」
 
「……ふむ。それでハクラシスはどのように言っておったか」
 
「閣下は魔獣の殲滅を急ぎ、魔気の封じ込めを強める方針だと伺っております。そのために至急、兵の補充を要請したいとのことです」
 
 半月もの間、連日戦ってきたのだ。そろそろ限界に近いだろう。
 実際本当にスタンピードが起こるかどうかは分からない。兵を無駄遣いするだけの可能性だってある。
 
 だが修練になればと送り出した第二王子のルナーセルのこともある。スタンピードに巻き込まれ何かあっても事だ。
 それならばスタンピードが発生する前に、送り出した騎士らと入れ替わりで帰還させればよいだろうと王は考えた。
 
「ではハクラシスの要請通りに兵を用意しろ。その代わり、第二王子をこちらに戻すよう伝えよ」
 
「はっ。仰せのままに」
 
 要請通り兵の補充が決まり、早急にハクラシスが事前に用意していた補助要員で部隊が組まれ、砦に送り出された。
 
 これで仮にスタンピードが起こったとしても、疲弊した騎士らの代わりにハクラシスの手足となり動けるだろう。
 討伐の期間が延びるだろうが、致し方ない。これまで順調だったのだから、無事魔獣を殲滅させて帰還するだろう、誰もがそう思っていた矢先だった。
 
「——何!? ハクラシス閣下が負傷だと!?」
 
 セオドアは夜中寝ているところを、緊急事態を知らせる砦からの使者によって叩き起こされた。
 
「一体何があった!? スタンピードか!」
 
「そ、それが……本日魔獣をほぼ殲滅させ、魔気封じを行なっていたところ、いきなり魔気が溢れ出し、討伐したばかりの大型魔獣が蘇ったか何かでルナーセル殿下が危機に見舞われ、それを閣下が……」
 
「ハクラシス閣下が殿下を庇ったのか!」
 
「ちょうど不意を突かれた形となり、閣下も防ぐことが精一杯だったようでこんなことに……!」
 
「それで容態は!?」
 
「……攻撃を剣ではじいたものの顔面の半分を抉られ、現在同行の治癒者と砦の治癒者や医師らで懸命の治療を行っているところです」
 
 セオドアは荒々しくダンッと座っていた椅子の肘置きを殴った。
 
「——意識は」
 
「私が出立した時にはまだ——」
 
 意識がないと表現するように首を振った。
 
「——そうか。討伐は今どのようなことになっている。必要であれば俺が出よう」
 
「今は騎士団長がルナーセル殿下と共に指揮をとっております。団長からは"案ずるな"という伝言を預かっております」
 
「ルナーセル殿下と? ——団長がそう言うならば、問題ないのだろう。俺はこちらにいよう」
 
 無能と呼ばれる王子に指揮権を与えたのは、何か策があってのことだろう。
 
 危機に直面しても動じず切り替えが早い。さすが我が崇高なる騎士団の団長殿だと、セオドアは改めてアーヴァルに敬服した。
 
「それで閣下はすぐにこちらに戻られるのか」
 
 傷を治すには辺境の砦よりは、この王都のほうがいいに決まっている。そんな酷い状態ならば、早めにこちらに戻し、腕のいい医者に任せたほうがいいだろう。
 
「それが、傷の具合からして動かすことが困難であるとの医師の判断でして、ある程度よくなるまではそのまま砦に残るそうです」
 
「……分かった。もしもの時は、——すぐに伝えよ。ではそのように陛下にはお伝えする。あらためて確認するが、閣下の代わりにルナーセル殿下も指揮をとられているということは、殿下も帰還されずあちらに残るということだな」
 
「そのようです」
 
「分かった。そちらも陛下に報告しておく。夜間にご苦労だった。お前も休んでから砦に戻れ」
 
「はっ」
 
 急ぎ王に報告しなければ。
 副騎士団長セオドアはすぐに王宮に使者をやった。
 
 
 
 ハクラシスが負傷したという話は、翌日すぐに騎士団内に広がった。
 
「……なんだ? 食堂が結構騒ついてるけど」
 
 朝イチで城壁での見張り仕事だったせいで何も知らないレイズンは、昼食をとるために食堂へ来て、はじめて周囲の騒ぎに気がついた。
 だが何事が分からないまま、レイズンはいつものように食べたいものを選び、席に着き、キョロキョロと落ち着かないまま、食事を始めた。
 
「おい、レイズン! 大変なことになったな」
 
 ちょうど食堂を訪れていたライアンがレイズンを見つけるなりかけ寄り、レイズンの隣にトレーを置いて座った。
 
「この騒ぎのことだろ? 何かあったのか」
 
「なんだ! まだ聞いてないのか!」
 
 相変わらず疎いレイズンに、ライアンは呆れたように声を上げた。
 
「仕方ないだろ、さっきまで城壁の上にいたんだ。食堂に来たらこの騒ぎでびっくりしたんだけど」
 
「いや、お前も聞いたら驚くって! あっちで大変なことが起こったんだよ!」
 
 まだ何も知らない者にこの話を伝えることができる興奮からか、ライアンの鼻息は荒い。
 
「あっち?」
 
 レイズンはちぎったパンを口に入れ、スプーンを手に取りスープをかき回した。
 
「ああもう! 砦だよ! 昨日の夜遅く、砦から使者が来て……」
 
「砦……!? は!? 何かあったのか!? まさかスタンピードとか……」
 
 レイズンは思わず噛んでいたパンをごくんと飲み込むと、目をむいてライアンの顔を見た。
 
「あ、いや、それもあるっぽいんだけどな、それより閣下が……」
 
「——ハクラシス、閣下が何か……?」
 
 急にハクラシスの名前が出て、レイズンはドキッとした。
 嫌な予感がする——。
 
「閣下が顔面損傷の大怪我をしたって」
 
 持っていたスプーンがガシャンと音をたててトレーに落ちた。
 
「——は、……嘘……マジ……なんで」
 
「詳しいことは知らねえけど、どうも第二王子殿下を庇ったってさ」
 
「——大怪我って、実際の怪我の様子は? 命に別状はないんだろうな!?」
 
「あ、ああ……いやでもまだ詳細は分からないって……おい、レイズン大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
 
 レイズンは急に目の前が真っ暗になり、片手で額を押さえた。

(顔面損傷の大怪我だなんて)

 ——ハクラシスを失うかもしれない恐怖に吐き気がした。
 
「どうした? 気分が悪いのか」
 
 顔をあげるとライアンが心配そうに覗き込んでいる。
 
「——すまん、ちょっとめまいがしただけだ。……閣下は大丈夫だよな」
 
「たぶん……。って、体調悪いなら午後はもう休めよ、な?  ほら、水持ってきてやる」
 
「いや、大丈夫だ。……ちょっと行くとこができた」
 
 レイズンはまだ食事の残ったままのトレーを残したまま、いきなり席を立った。
 
「フラフラじゃねーか! 部屋に戻るんじゃないのか!? 俺が付き添ってやるから部屋で休めよ」
 
「大丈夫だって」
 
 それでも手を貸そうとするライアンを、レイズンは振りほどいた。
 
「大丈夫だって言ってる! ——すまん、用ができたからちょっと出るな」
 
「……レイズン! ちょ、ちょっと待て!」
 
 いつもと様子の違うレイズンに呆気にとられながらも、ライアンは律儀にも二人分のトレーをカウンターに戻してから、慌てて後を追った。
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