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37 王との謁見
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「ふむ、ハクラシスよ。それで余のほうから、お前を騎士団から罷免せよと申すか」
王は眼下で、片膝をつき深々と頭を下げるハクラシスを、片眉を上げ見た。
その表情からは何を考えているかを読み取ることはできないが、発せられた言葉から感じとれるのは明らかな "拒絶"だ 。
——レイズンと再会した翌日、ハクラシスはこの王都から後腐れなく離れることができるよう、王へ陳情書と共に自身の退役を願い出た。
退役については、以前辞めたつもりでいたのが自分の知らないうちに握りつぶされていたということがあり、だからこそハクラシスは今度こそ確実に受理されたことをしっかり見届けてからここを去ろうと考えたのだ。
実はアーヴァルはその日から1週間ほど騎士団を副団長に任せ、補佐官のベイジルを連れて国境にある砦へ定期調査に出向いており、今はいない。
だからことを起こすならアーヴァルという邪魔者がいない今しかないと踏んだのだのだが、陳情書と王への謁見申請が通ったのが提出から五日後とかなりギリギリだったが、この謁見で最後にしたいとハクラシスは意気込んで謁見に臨んだ。
しかし——王はいとも簡単に、ハクラシスの要求を撥ねのけた。
「ハクラシスよ、お前を総司令官へ任命するという話をすでに伝えているではないか。なぜそれを蹴ろうとする」
一段高いところに座する王は、眉を八の字にしてわざとらしく困ったような顔をした。
そういう大仰な仕草や表情がアーヴァルとよく似ていると、ハクラシスは眉をひそめた。
アーヴァルは前王弟の子で、現王とは従兄弟にあたる。見た目は全く似てない二人だが、こうしたさりげない仕草や表情が同じ血筋だと主張してくる。
「……私はすでに50を過ぎもう半ば、次は60を迎えようかという年齢でございます。先の短い私がそのような役目に就くよりは、若く力のある者を置いたほうが国のためになりましょう」
「アーヴァルはお前の友ではないか。その友と共にこの国を支えて欲しいと願う、余の心はわからんか」
「……アーヴァルも私より若いとはいえ、そろそろ後継を考える年になっております。先代の騎士団長がそうしたように、先を見据えて次代を担う者の育成に注力したほうが宜しいかと」
王はじっとハクラシスを見つめると、ふーっと息を吐き、がっかりだと言わんばかりに首を振った。
「どうしても嫌だと申すか」
「……内乱が終わった後、しばらく私はもう剣を振るう気力すらありませんでした。もし戦になって私が出征したとしても、もう陛下のお役に立てる気が致しません。司令塔としての役目も今の私には荷が重い。これまでの戦についての調査資料はまとめております。戦略・戦法など私の考えもそちらに記しておりますので、次代の者に引き継ぐ際お役立てください」
「敵によって残忍な仕打ちを受けたというお前の妻の件については聞き及んでいる。だが——その妻もアーヴァルによって助けられたのであろう? それならば……」
「——実は妻とは離縁するつもりでございます。そのことにつきましても承諾を得たいと存じます」
頭を下げたまま淡々と告げるハクラシスに、その真意が見えぬとばかりに王は片眉を上げた。
「お前が結婚したいと願い出たからこそ、この婚姻を許したというのに。伯爵家は反対しておったのだぞ。それにこちらに戻ってきてからも仲睦まじくやっておると聞いていた。それなのに離縁するのか」
(ルルーがここにいることは、さすがに王には筒抜けだったか)
ルルーがいる屋敷は、代々騎士団長を務める者に与えられる邸宅の一部だ。いわば国の持ち物であり、考えてみれば王が知らないわけがないのだ。
ルルーを助けたことはてっきりアーヴァルの独断による行動かと思っていたが、実はそうではないのかもしれない。
ルルーを助けたことについても、それを利用しハクラシスを王都に誘き寄せたことについても、すべては王の指示であり、アーヴァルはその指示通りに動いている可能性があることにハクラシスはようやく思い至った。
(本当にあいつは食えない奴だ)
ハクラシスはアーヴァルの気障ったらしい顔を思い出し、心の中で舌打ちした。
「妻を助けたのはアーヴァルでございます。そして妻が火にかけられた原因は私にあり、私は夫である資格がないと、そう結論づけました。伯爵家のためにも、離縁したほうが妻のためでもあります」
冷静を装うハクラシスのその言葉に、王はふむとしばし考えるような素振りを見せてから、口を開いた。
「——ハクラシスよ、先の内乱でのことだ。お前は知らぬことかもしれないが、あの時余に刃向かった者の中に、実は我が従兄弟であるアーヴァルの家門の者もいたのだ。もちろんアーヴァルは国の守護を司る騎士団の長であり、余の信頼も厚い。しかしことが事だ。奴は自身の尻に火がつき始めたと分かると、身の潔白を示すためすぐに我が妃の家門から妻を迎え、自身に降りかかる火の粉を払い除けたのだ。……奴は賢い。余が舌を巻くくらいにな」
ハクラシスは人知れず息をのんだ。
(アーヴァルの急な婚姻はそのためだったのか……!)
これがアーヴァルがルルーに何も言わず、いきなり結婚してしまった理由か。
アーヴァルは自身を守るため、ルルーを捨てたのだ。……いや、もしかすると本当にルルーとは別れるつもりなどなかったのかもしれない。
何があってもあんなに傍らで寄り添っていたルルーが怒って出ていくなど、アーヴァルにとってはそれこそ想定外の出来事だったのかもしれない。
「アーヴァルは見事内乱を鎮圧させ、他国に干渉させることなく王都を平和に導いた。——だがそれにはハクラシス、お前の活躍があってこそ。多くはお前の指揮あってのことだと聞いておる。……今貴族の中で、アーヴァルの家門が最も大きく幅を利かせている。このままではいつまた同じようなことが起きるか分からぬ。それをお前に阻んでもらいたいのだ」
王の言葉にハクラシスの背中に冷たいものが流れる。
「……アーヴァルが陛下に反旗を翻すと……?」
「本人にその気がなくとも、担ぎ上げようとする輩は多かろう。それだけ力もあり、奴についてくる者も多い。だからだハクラシス。どの派閥にも属していない平民であるお前だからこそ、アーヴァルと対等の立場でいることができる。そんなお前にしかこの役目はできない。分かるな」
「し、しかし……」
「——騎士団に余の二番目の息子がいることを知っているな」
「は、存じております。確か第二王子殿下には、小隊を率いて頂いているかと」
「お前も知っているようにあの子は武芸について今ひとつだ。頭の出来は悪くはないのだが……余としては文官ではなく、将来は騎士団長として騎士団を率い、我が国の守護の要となり、世継ぎである兄の王太子と共に国を支えてもらいたいと考えておる。……が、この先あれを騎士団のトップに据えたとして、例え逞しく成長したとしても、あのアーヴァルがいる限り息子に従う者などおらぬだろうな。そう思わんかハクラシス」
「——そ、そんなことは……」
ハクラシスは言葉を詰まらせた。
——王には二人の子がいた。
長子の王太子は、文武両道で最近学び始めた帝王学も教師が舌を巻くほどで、王の世継ぎとしての資質を充分兼ね備えており、将来は安泰だろうと言われていた。
そんな王太子に比べ、確かに今の第二王子に対する周囲の評価は芳しくない。体格も王太子ほど良くはなく、ヒョロリとしてややひ弱な印象がある。武芸も達者とは言い切れず、あの程度であれば騎士団にはいくらでもいる。だからいつまで経っても小隊長どまりなのだが、彼もまだ若いゆえ将来はどうなるかは分からない。
王からすれば、第二王子が騎士団長に相応しく成長したその時、アーヴァルがいると邪魔なのだ。
だからハクラシスに、総司令官としてアーヴァルから指揮権を取り上げ騎士団内での権威を失墜させよと、そして将来第二王子が騎士団長となった暁にはその下で献身せよと、そう言っているのだ。
(そんなことできるはずがないし、したくもない)
ハクラシスが口ごもると、王は口角を上げ薄らと笑みを作った。
「——そういえば今お前がひどく可愛がっている者がいるそうだな。弓の使い手だと聞いたが、お前やアーヴァルが目をかけるほど将来見込みのある者らしいな。どうだ、次の魔獣討伐で功績を残せたら爵位を与えるというのは……」
「——!」
いきなり王の口からレイズンの話が出て、ハクラシスは動揺し思わず大声をあげてしまいそうになるのを、グッと堪えた。
「……陛下。あの者はまだ若く未熟で、陛下にそこまで目にかけていただけるような者ではございません。爵位など……まだ早うございます」
「ふむ……そうか? だが本人は欲しがるかもしれんぞ」
レイズンを爵位という鎖で王都に縛り、ハクラシスの足枷にでもしようというのか。あんなにも小屋に帰りたがっているレイズンがそんなもの欲しがるものかと、ハクラシスは内心憤った。
「……そう本人が望むのであれば。ですがあの者はまだ下位の騎士。爵位をいただける立場ではございません」
「ではすぐにでも上位騎士の試験でも受けさせれば良かろう。あとで部隊長に申し渡しておくよう伝えておこう。ではこの話はもういいな。ハクラシス、これからも余のために忠義を尽くせ」
「っ……は、失礼致します」
こうして王への謁見が終わり、謁見の間から出ていくハクラシスの足取りはひどく荒い。
怒りでこめかみには青筋が浮き出たその形相は凄まじく恐ろしく、すれ違う者はみな一様にギョッとした顔でハクラシスを避けるように立ち止まった。
だが怒りの頂点のハクラシスはそんなことまったく構うことなく、執務室まで早足で向かう。そして部屋に着いた早々、まだドアが閉まりきってもいないにもかかわらず大きな声で「クソッ」と怒鳴った。
ハクラシスとしてもやすやすと罷免して貰えるとは思っていなかったが、まさかここまで事態が悪化するとは思っていなかった。
王は妻であるルルーだけではなくレイズンまでも人質にし、ハクラシスを脅してでもここに留めようとしてきた。しかもレイズンが自分だけではなく、アーヴァルと関係を持っていることも知っているかのような口振りで、監視の目がレイズンにまで向けられていることに、ハクラシスは苛立ちを隠せなかった。
王は抵抗できないハクラシスを傀儡とし、騎士団の指揮権をアーヴァルから奪い取り失権させようと企んでいる。
そのためにレイズンを……と思うと、この部屋にあるものを全てぶち壊し、大声で叫びたいくらいの激情に襲われる。
(アーヴァルはこのことを知っているのか? ……もしそうなら、戻ってきたらどうなるか覚悟しておけ)
ハクラシスはあまりのやるせなさに、目の前にある自身にあてがわれた重厚な机を勢いよくドンッと拳で殴りつけた。
そして机の前に置かれた椅子にドカッとやかましい音を立てて乱暴に座ると、レイズンの名を呟きながら両手で頭を抱えた。
王は眼下で、片膝をつき深々と頭を下げるハクラシスを、片眉を上げ見た。
その表情からは何を考えているかを読み取ることはできないが、発せられた言葉から感じとれるのは明らかな "拒絶"だ 。
——レイズンと再会した翌日、ハクラシスはこの王都から後腐れなく離れることができるよう、王へ陳情書と共に自身の退役を願い出た。
退役については、以前辞めたつもりでいたのが自分の知らないうちに握りつぶされていたということがあり、だからこそハクラシスは今度こそ確実に受理されたことをしっかり見届けてからここを去ろうと考えたのだ。
実はアーヴァルはその日から1週間ほど騎士団を副団長に任せ、補佐官のベイジルを連れて国境にある砦へ定期調査に出向いており、今はいない。
だからことを起こすならアーヴァルという邪魔者がいない今しかないと踏んだのだのだが、陳情書と王への謁見申請が通ったのが提出から五日後とかなりギリギリだったが、この謁見で最後にしたいとハクラシスは意気込んで謁見に臨んだ。
しかし——王はいとも簡単に、ハクラシスの要求を撥ねのけた。
「ハクラシスよ、お前を総司令官へ任命するという話をすでに伝えているではないか。なぜそれを蹴ろうとする」
一段高いところに座する王は、眉を八の字にしてわざとらしく困ったような顔をした。
そういう大仰な仕草や表情がアーヴァルとよく似ていると、ハクラシスは眉をひそめた。
アーヴァルは前王弟の子で、現王とは従兄弟にあたる。見た目は全く似てない二人だが、こうしたさりげない仕草や表情が同じ血筋だと主張してくる。
「……私はすでに50を過ぎもう半ば、次は60を迎えようかという年齢でございます。先の短い私がそのような役目に就くよりは、若く力のある者を置いたほうが国のためになりましょう」
「アーヴァルはお前の友ではないか。その友と共にこの国を支えて欲しいと願う、余の心はわからんか」
「……アーヴァルも私より若いとはいえ、そろそろ後継を考える年になっております。先代の騎士団長がそうしたように、先を見据えて次代を担う者の育成に注力したほうが宜しいかと」
王はじっとハクラシスを見つめると、ふーっと息を吐き、がっかりだと言わんばかりに首を振った。
「どうしても嫌だと申すか」
「……内乱が終わった後、しばらく私はもう剣を振るう気力すらありませんでした。もし戦になって私が出征したとしても、もう陛下のお役に立てる気が致しません。司令塔としての役目も今の私には荷が重い。これまでの戦についての調査資料はまとめております。戦略・戦法など私の考えもそちらに記しておりますので、次代の者に引き継ぐ際お役立てください」
「敵によって残忍な仕打ちを受けたというお前の妻の件については聞き及んでいる。だが——その妻もアーヴァルによって助けられたのであろう? それならば……」
「——実は妻とは離縁するつもりでございます。そのことにつきましても承諾を得たいと存じます」
頭を下げたまま淡々と告げるハクラシスに、その真意が見えぬとばかりに王は片眉を上げた。
「お前が結婚したいと願い出たからこそ、この婚姻を許したというのに。伯爵家は反対しておったのだぞ。それにこちらに戻ってきてからも仲睦まじくやっておると聞いていた。それなのに離縁するのか」
(ルルーがここにいることは、さすがに王には筒抜けだったか)
ルルーがいる屋敷は、代々騎士団長を務める者に与えられる邸宅の一部だ。いわば国の持ち物であり、考えてみれば王が知らないわけがないのだ。
ルルーを助けたことはてっきりアーヴァルの独断による行動かと思っていたが、実はそうではないのかもしれない。
ルルーを助けたことについても、それを利用しハクラシスを王都に誘き寄せたことについても、すべては王の指示であり、アーヴァルはその指示通りに動いている可能性があることにハクラシスはようやく思い至った。
(本当にあいつは食えない奴だ)
ハクラシスはアーヴァルの気障ったらしい顔を思い出し、心の中で舌打ちした。
「妻を助けたのはアーヴァルでございます。そして妻が火にかけられた原因は私にあり、私は夫である資格がないと、そう結論づけました。伯爵家のためにも、離縁したほうが妻のためでもあります」
冷静を装うハクラシスのその言葉に、王はふむとしばし考えるような素振りを見せてから、口を開いた。
「——ハクラシスよ、先の内乱でのことだ。お前は知らぬことかもしれないが、あの時余に刃向かった者の中に、実は我が従兄弟であるアーヴァルの家門の者もいたのだ。もちろんアーヴァルは国の守護を司る騎士団の長であり、余の信頼も厚い。しかしことが事だ。奴は自身の尻に火がつき始めたと分かると、身の潔白を示すためすぐに我が妃の家門から妻を迎え、自身に降りかかる火の粉を払い除けたのだ。……奴は賢い。余が舌を巻くくらいにな」
ハクラシスは人知れず息をのんだ。
(アーヴァルの急な婚姻はそのためだったのか……!)
これがアーヴァルがルルーに何も言わず、いきなり結婚してしまった理由か。
アーヴァルは自身を守るため、ルルーを捨てたのだ。……いや、もしかすると本当にルルーとは別れるつもりなどなかったのかもしれない。
何があってもあんなに傍らで寄り添っていたルルーが怒って出ていくなど、アーヴァルにとってはそれこそ想定外の出来事だったのかもしれない。
「アーヴァルは見事内乱を鎮圧させ、他国に干渉させることなく王都を平和に導いた。——だがそれにはハクラシス、お前の活躍があってこそ。多くはお前の指揮あってのことだと聞いておる。……今貴族の中で、アーヴァルの家門が最も大きく幅を利かせている。このままではいつまた同じようなことが起きるか分からぬ。それをお前に阻んでもらいたいのだ」
王の言葉にハクラシスの背中に冷たいものが流れる。
「……アーヴァルが陛下に反旗を翻すと……?」
「本人にその気がなくとも、担ぎ上げようとする輩は多かろう。それだけ力もあり、奴についてくる者も多い。だからだハクラシス。どの派閥にも属していない平民であるお前だからこそ、アーヴァルと対等の立場でいることができる。そんなお前にしかこの役目はできない。分かるな」
「し、しかし……」
「——騎士団に余の二番目の息子がいることを知っているな」
「は、存じております。確か第二王子殿下には、小隊を率いて頂いているかと」
「お前も知っているようにあの子は武芸について今ひとつだ。頭の出来は悪くはないのだが……余としては文官ではなく、将来は騎士団長として騎士団を率い、我が国の守護の要となり、世継ぎである兄の王太子と共に国を支えてもらいたいと考えておる。……が、この先あれを騎士団のトップに据えたとして、例え逞しく成長したとしても、あのアーヴァルがいる限り息子に従う者などおらぬだろうな。そう思わんかハクラシス」
「——そ、そんなことは……」
ハクラシスは言葉を詰まらせた。
——王には二人の子がいた。
長子の王太子は、文武両道で最近学び始めた帝王学も教師が舌を巻くほどで、王の世継ぎとしての資質を充分兼ね備えており、将来は安泰だろうと言われていた。
そんな王太子に比べ、確かに今の第二王子に対する周囲の評価は芳しくない。体格も王太子ほど良くはなく、ヒョロリとしてややひ弱な印象がある。武芸も達者とは言い切れず、あの程度であれば騎士団にはいくらでもいる。だからいつまで経っても小隊長どまりなのだが、彼もまだ若いゆえ将来はどうなるかは分からない。
王からすれば、第二王子が騎士団長に相応しく成長したその時、アーヴァルがいると邪魔なのだ。
だからハクラシスに、総司令官としてアーヴァルから指揮権を取り上げ騎士団内での権威を失墜させよと、そして将来第二王子が騎士団長となった暁にはその下で献身せよと、そう言っているのだ。
(そんなことできるはずがないし、したくもない)
ハクラシスが口ごもると、王は口角を上げ薄らと笑みを作った。
「——そういえば今お前がひどく可愛がっている者がいるそうだな。弓の使い手だと聞いたが、お前やアーヴァルが目をかけるほど将来見込みのある者らしいな。どうだ、次の魔獣討伐で功績を残せたら爵位を与えるというのは……」
「——!」
いきなり王の口からレイズンの話が出て、ハクラシスは動揺し思わず大声をあげてしまいそうになるのを、グッと堪えた。
「……陛下。あの者はまだ若く未熟で、陛下にそこまで目にかけていただけるような者ではございません。爵位など……まだ早うございます」
「ふむ……そうか? だが本人は欲しがるかもしれんぞ」
レイズンを爵位という鎖で王都に縛り、ハクラシスの足枷にでもしようというのか。あんなにも小屋に帰りたがっているレイズンがそんなもの欲しがるものかと、ハクラシスは内心憤った。
「……そう本人が望むのであれば。ですがあの者はまだ下位の騎士。爵位をいただける立場ではございません」
「ではすぐにでも上位騎士の試験でも受けさせれば良かろう。あとで部隊長に申し渡しておくよう伝えておこう。ではこの話はもういいな。ハクラシス、これからも余のために忠義を尽くせ」
「っ……は、失礼致します」
こうして王への謁見が終わり、謁見の間から出ていくハクラシスの足取りはひどく荒い。
怒りでこめかみには青筋が浮き出たその形相は凄まじく恐ろしく、すれ違う者はみな一様にギョッとした顔でハクラシスを避けるように立ち止まった。
だが怒りの頂点のハクラシスはそんなことまったく構うことなく、執務室まで早足で向かう。そして部屋に着いた早々、まだドアが閉まりきってもいないにもかかわらず大きな声で「クソッ」と怒鳴った。
ハクラシスとしてもやすやすと罷免して貰えるとは思っていなかったが、まさかここまで事態が悪化するとは思っていなかった。
王は妻であるルルーだけではなくレイズンまでも人質にし、ハクラシスを脅してでもここに留めようとしてきた。しかもレイズンが自分だけではなく、アーヴァルと関係を持っていることも知っているかのような口振りで、監視の目がレイズンにまで向けられていることに、ハクラシスは苛立ちを隠せなかった。
王は抵抗できないハクラシスを傀儡とし、騎士団の指揮権をアーヴァルから奪い取り失権させようと企んでいる。
そのためにレイズンを……と思うと、この部屋にあるものを全てぶち壊し、大声で叫びたいくらいの激情に襲われる。
(アーヴァルはこのことを知っているのか? ……もしそうなら、戻ってきたらどうなるか覚悟しておけ)
ハクラシスはあまりのやるせなさに、目の前にある自身にあてがわれた重厚な机を勢いよくドンッと拳で殴りつけた。
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