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閑話 冬の日の生活
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外に出られない日が続き、暇を持て余したレイズンは、この日は朝から街の女性たちに教わったお菓子作りにチャレンジしていた。
うわ~とか、あれ? とか、あちっとか何かブツブツ言いながらも、生地をこねくり回しなんとか作業を進めている。
この小屋のストーブにはオーブン機能がついていて、レイズンは一度使ってみたいと思っていたのだ。街の女性たちに相談すると、最初はクッキーがおすすめよと、レシピとオーブンの使い方を丁寧に教えてくれた。
「小隊長殿~! できました! ジャム入りクッキーです!」
やり遂げたとばかりに満面の笑みのレイズンだったが、部屋の中は焼き菓子の甘くいい匂いに混じって、焦げた匂いも充満している。
これはまた失敗かとハクラシスが覚悟を決めてテーブルに座ると、表面が焦げて一部黒く炭化したクッキーが皿に乗せられていた。
「へへ、ちょっと焦げたけど、中は綺麗です」
ハクラシスは炭化した表面を爪先で少しこそげると、口に入れた。
ジャリジャリと口に残るものがあるが、味は悪くない。水分のとんだジャムは濃厚でねっとりとし、ほどよい酸味が甘いクッキーとよく合った。
「そういえば小隊長殿、もしかして雪がやんでませんか。なんだか窓の外が明るい気がします」
レイズンがゴリゴリとフォークで焦げを削ぎ落とし、いびつになったクッキーを口に放り込みながら窓の方を見遣った。
戸板の隙間からわずかに光が差し、窓枠が細く輝いている。
雪が完全にやむにはまだ少し早いはずだが、こうやって降ってはやんでを繰り返して、本格的な雪解けを迎えるのかもしれない。
二人はクッキーを平らげてからオーバーを羽織り外に出た。外はすっかり雪はやみ、一面の銀世界が広がる。
まっさらな雪に太陽の光が反射し、あまりの眩しさにレイズンは思わず目の上に手をやり影を作った。
「レイズン、雪の季節にしか獲れない獣を狩りにいくか」
ハクラシスが急にそんなことを言い出した。
「雪山にしかいない獣がいるんですか」
「普段なかなか顔を出さない警戒心の強いロブアンドラという兎が、この時期だけ警戒を解いて活発に活動するんだ。お前も見たことはないだろう。とても白く美しい毛の小さな兎だ」
確かにレイズンはこれまで、そのロブアンドラという獣を見たことがなかった。
山には兎がいるとは聞いていたが、レイズンたちが狙う獣はそれよりも大きいもので、弱く小さな獲物をわざわざ探してまで狩ろうと思っていなかったからだ。
「へえ! 見てみたいです! 弓を持っていけばいいですか? 小さい獣に当てられるか自信はありませんが……」
「いや、ロブアンドラは罠猟だ。矢で射ると血で毛皮を汚してしまうからな。それに小さくて食べる肉もない。こいつは生け捕りにする。観賞用だ」
食べない獲物は狩らない。それは山で糧を得る者のルールだ。だから今回の猟は、傷をつけないやり方で捕獲するということらしい。
朝は太陽の光が雪に反射し眩しいからと、少し日が翳った時を狙って二人は急いで林に入り、足跡を見つけた場所に箱罠を仕掛けた。
「また明日見に来るんですか?」
「ああ、明日見に来て餌だけ取られているようなら、罠の調整をしなくてはいけない。それにもし罠にかかっていれば、早めに出してやらないと死んでしまう。食べもしないのに、それは流石にかわいそうだからな」
かわいそうだといいながらも罠を仕掛けるのは、それだけレイズンにその愛らしい生き物を見せてやりたいのだろう。
「明日掛かってるといいですね。俺も見てみたいです」
「そうか」
よしよしと頭を撫でられ、へへへと笑うレイズンにハクラシスは目を細めた。
二人は雪上の足跡を辿り、4カ所に罠を設置して帰った。
翌朝、空は晴れ渡り雪はやんでいた。
「今日も雪、降ってませんよ!」とレイズンが朝からはしゃいだように、ハクラシスを叩き起こした。
ハクラシスが起き抜けに天候を確認する。
ここはきれいに晴れているが、遠くの空がやや曇っている。風に乗って雲がこちらに動き、そのうち雪が降りだすかもしれないが、まだ猶予はありそうだ。罠を仕掛けたところを確認する程度の時間であればもつだろう。行くなら今のうちだ。
そう予定を決めると、朝食を食べ終えてすぐに、二人は家を出た。
「兎が罠にかかってるといいですね」
曇っているせいか今日は昨日よりも気温が低く、鼻を真っ赤にさせたレイズンがズズズと鼻を啜った。だがその表情は期待に満ち、寒さに負けじと楽しそうに雪の中をザクザクと進む。
「あ、一つ目の罠がありましたよ!」
レイズンがはしゃいだ声でハクラシスを呼ぶ。
しかし残念なことに、この罠にはかかった形跡はなく、次の罠も同じだった。
「ふん、なかなか警戒心が強いな」
ハクラシスはひとつひとつ罠を点検し、蓋がちゃんと閉じるかを確認すると、新しい餌をつけ直した。
「よし、次だ」
また次の、少し離れたところに設置した罠のほうに移動する。するとレイズンが、「小隊長殿! 罠に何かがかかってますよ!」と、嬉しそうにハクラシスよりも先に雪の中を飛び跳ねるようにして駆け寄った。
「ほらっ」
レイズンは一足早く到着すると、嬉しそうに罠を持ち上げて見せた。
中には小さく白い獣が蹲っている。
「わーすげえ小さい! フワフワだ!!」
罠の中を覗き込み、その愛らしい姿にかわいいかわいいとはしゃぐレイズンを、ハクラシスも微笑ましく見ていた。
「さて、こいつをどうするか」
「うーん、家で飼うのは難しそうですし、毛皮を取るのもかわいそうかも。それに食べられないんじゃなあ。……ちょっとだけ遊んで逃してあげてもいいです?」
ハクラシスは空を見上げて天候を見ると、少し考え「少しだけだぞ」と頷いた。
野生とはいえ、ハクラシスもこんな小さな獣を、どうこうしようなどとは思っていない。捕獲後はレイズンに見せ満足したら逃すつもりだったし、情がわかない程度であれば、多少遊ぶくらい構わない。
レイズンは手袋をはめた手に、この小さくフワフワとした白い獣を乗せると、近くでまじまじと観察した。
「ははっ、かわいい!!」
兎というよりも毛玉に近い。顔は毛に埋もれ、耳も手も足もどこにあるかすぐには分からない。だがモコモコと動く姿はとても愛らしく、レイズンは頬擦りしたいくらいだった。
雪の上に置くと、兎というだけあってピョンピョンと高く跳ねて移動する。縦への跳躍力はすごいが、横移動は難しいのかちょっとずつ移動するのを、レイズンが笑いながら雪を踏んでついて回る。
「おい、周囲を確認して動け」
まっさらな雪に足跡を残し愛らしく跳ね回る兎を、レイズンも楽しそうに追いかけては足跡をつけて回る。
だがふんわりと積もった雪は一見段差もなく安全そうに見えるが、分厚い雪の層の下には何があるか分からない。
崖でもあれば落ちてしまうと、心配になったハクラシスが声をかけた。
だが時すでに遅し。
「は……」
返事とともに振り返ったと思った瞬間、レイズンの体が音もなく雪に吸い込まれるようにして消えた。
「レイズン!!」
慌ててハクラシスが近くまで走り寄ると、レイズンが先程まで立っていた場所にはポッカリと穴が開き、その周りをロブアンドラが楽しげにピョンピョンと跳ねていた。
(しまった!!)
ハクラシスは、ロブアンドラの習性を今になって思い出した。
ロブアンドラはそのかわいい仕草で敵を誘き寄せ、罠にかけるのだ。そう、こうやって落とし穴や崖に誘いこむ。
普段は身の危険を感じた時のみ行う防衛行動で、人間にはしないはずなのだが……。罠にかけてしまったせいで、迂闊にも敵認定されてしまったようだ。
「レイズン!! 大丈夫か!?」
穴がどの程度の広さであるのか分からないから、迂闊には近づけない。他に穴ぼこが無数にある可能性だって考えられる。
ハクラシスは近くの木の枝を折り、手に持った。その枝で雪を刺しては深さを確認し、足元をドンドンと踏みながら、雪の下が安全か確認して前に進む。
慎重に穴に少しずつ近づいていくと、ハクラシスは穴近くを跳ねているロブアンドラを片手で掴んで遠くへ投げつけた。
やはり獣は獣。情けをかけるべき相手ではなかった。
毛で覆われたロブアンドラは雪に大きく跳ねて、そのままどこかへ消えていった。
ハクラシスが急いで穴の中を覗き込むと、穴の底で雪にまみれて、呆然とへたり込んでいるレイズンがいた。
(崖でなくてよかった)
穴は思ったよりも浅く、手を伸ばせば届く深さで、その気になればすぐにでも抜け出せそうではある。しかしきっといきなりのことで驚いたのだろう。レイズンは雪の上に尻から落ち、腰が抜けたようになっていた。
「……レイズン?」
ハクラシスの声に気がつくと、頭に雪を乗せたまま間抜けな顔でへへへと笑った。
その無事な様子に、ハクラシスは一気に力が抜けた。
レイズンに怪我はなく、自分で這い上がることもできたことは幸いだった。
きっとあれはロブアンドラのいたずらで、遊びの範疇だったのかもしれない。だからあの程度で済んだのだ。もし本気で怒らせていたら、レイズンはロブアンドラに崖下に落とされていたのではないか。
やはり野生の獣に近づくものではない。もうこれに懲りてロブアンドラに近づくことはやめようと、罠も全部回収し帰路についた。
「すまなかったな、レイズン。俺の注意が足りなかった」
「いえ、あんなかわいいものはじめて見たし、俺は楽しかったですよ!」
「しかしもう少しで怪我を負わせるところだった」
「なんのこれしき! 俺の身体能力を舐めないでくださいよ」
そういうとレイズンは胸を張り、へへっと得意そうに笑った。
(穴の下でへたりこんでいたくせに)
本当は雪で体勢を崩して尻から落ちたのだから、受け身も何もあったもんじゃなかったはずだ。強がりを言うレイズンがおかしくて仕方がない。
「帰ったら尻に湿布だな」
「えっ、大丈夫ですって!」
ハクラシスがパンッとレイズンの尻を叩くと、「ひぎゃっ」と悲鳴をあげてよろけた。
「そらみろ」
「本当に大丈夫ですって」
「後で見せてみろ」
「ベッドの中でです?」
レイズンが尻を押さえながらにまっと笑うと、ハクラシスも口の端を上げて笑う。
「ベッドの中で生尻を叩けばいいのか?」
「それだけは勘弁してください~!」
戯れ合うようにして、2人は雪の中、家を目指した。
彼らが家に辿り着き、温まるためストーブに火を入れ、お茶を沸かし始めた頃、外ではまた雪が舞い始めていた。
うわ~とか、あれ? とか、あちっとか何かブツブツ言いながらも、生地をこねくり回しなんとか作業を進めている。
この小屋のストーブにはオーブン機能がついていて、レイズンは一度使ってみたいと思っていたのだ。街の女性たちに相談すると、最初はクッキーがおすすめよと、レシピとオーブンの使い方を丁寧に教えてくれた。
「小隊長殿~! できました! ジャム入りクッキーです!」
やり遂げたとばかりに満面の笑みのレイズンだったが、部屋の中は焼き菓子の甘くいい匂いに混じって、焦げた匂いも充満している。
これはまた失敗かとハクラシスが覚悟を決めてテーブルに座ると、表面が焦げて一部黒く炭化したクッキーが皿に乗せられていた。
「へへ、ちょっと焦げたけど、中は綺麗です」
ハクラシスは炭化した表面を爪先で少しこそげると、口に入れた。
ジャリジャリと口に残るものがあるが、味は悪くない。水分のとんだジャムは濃厚でねっとりとし、ほどよい酸味が甘いクッキーとよく合った。
「そういえば小隊長殿、もしかして雪がやんでませんか。なんだか窓の外が明るい気がします」
レイズンがゴリゴリとフォークで焦げを削ぎ落とし、いびつになったクッキーを口に放り込みながら窓の方を見遣った。
戸板の隙間からわずかに光が差し、窓枠が細く輝いている。
雪が完全にやむにはまだ少し早いはずだが、こうやって降ってはやんでを繰り返して、本格的な雪解けを迎えるのかもしれない。
二人はクッキーを平らげてからオーバーを羽織り外に出た。外はすっかり雪はやみ、一面の銀世界が広がる。
まっさらな雪に太陽の光が反射し、あまりの眩しさにレイズンは思わず目の上に手をやり影を作った。
「レイズン、雪の季節にしか獲れない獣を狩りにいくか」
ハクラシスが急にそんなことを言い出した。
「雪山にしかいない獣がいるんですか」
「普段なかなか顔を出さない警戒心の強いロブアンドラという兎が、この時期だけ警戒を解いて活発に活動するんだ。お前も見たことはないだろう。とても白く美しい毛の小さな兎だ」
確かにレイズンはこれまで、そのロブアンドラという獣を見たことがなかった。
山には兎がいるとは聞いていたが、レイズンたちが狙う獣はそれよりも大きいもので、弱く小さな獲物をわざわざ探してまで狩ろうと思っていなかったからだ。
「へえ! 見てみたいです! 弓を持っていけばいいですか? 小さい獣に当てられるか自信はありませんが……」
「いや、ロブアンドラは罠猟だ。矢で射ると血で毛皮を汚してしまうからな。それに小さくて食べる肉もない。こいつは生け捕りにする。観賞用だ」
食べない獲物は狩らない。それは山で糧を得る者のルールだ。だから今回の猟は、傷をつけないやり方で捕獲するということらしい。
朝は太陽の光が雪に反射し眩しいからと、少し日が翳った時を狙って二人は急いで林に入り、足跡を見つけた場所に箱罠を仕掛けた。
「また明日見に来るんですか?」
「ああ、明日見に来て餌だけ取られているようなら、罠の調整をしなくてはいけない。それにもし罠にかかっていれば、早めに出してやらないと死んでしまう。食べもしないのに、それは流石にかわいそうだからな」
かわいそうだといいながらも罠を仕掛けるのは、それだけレイズンにその愛らしい生き物を見せてやりたいのだろう。
「明日掛かってるといいですね。俺も見てみたいです」
「そうか」
よしよしと頭を撫でられ、へへへと笑うレイズンにハクラシスは目を細めた。
二人は雪上の足跡を辿り、4カ所に罠を設置して帰った。
翌朝、空は晴れ渡り雪はやんでいた。
「今日も雪、降ってませんよ!」とレイズンが朝からはしゃいだように、ハクラシスを叩き起こした。
ハクラシスが起き抜けに天候を確認する。
ここはきれいに晴れているが、遠くの空がやや曇っている。風に乗って雲がこちらに動き、そのうち雪が降りだすかもしれないが、まだ猶予はありそうだ。罠を仕掛けたところを確認する程度の時間であればもつだろう。行くなら今のうちだ。
そう予定を決めると、朝食を食べ終えてすぐに、二人は家を出た。
「兎が罠にかかってるといいですね」
曇っているせいか今日は昨日よりも気温が低く、鼻を真っ赤にさせたレイズンがズズズと鼻を啜った。だがその表情は期待に満ち、寒さに負けじと楽しそうに雪の中をザクザクと進む。
「あ、一つ目の罠がありましたよ!」
レイズンがはしゃいだ声でハクラシスを呼ぶ。
しかし残念なことに、この罠にはかかった形跡はなく、次の罠も同じだった。
「ふん、なかなか警戒心が強いな」
ハクラシスはひとつひとつ罠を点検し、蓋がちゃんと閉じるかを確認すると、新しい餌をつけ直した。
「よし、次だ」
また次の、少し離れたところに設置した罠のほうに移動する。するとレイズンが、「小隊長殿! 罠に何かがかかってますよ!」と、嬉しそうにハクラシスよりも先に雪の中を飛び跳ねるようにして駆け寄った。
「ほらっ」
レイズンは一足早く到着すると、嬉しそうに罠を持ち上げて見せた。
中には小さく白い獣が蹲っている。
「わーすげえ小さい! フワフワだ!!」
罠の中を覗き込み、その愛らしい姿にかわいいかわいいとはしゃぐレイズンを、ハクラシスも微笑ましく見ていた。
「さて、こいつをどうするか」
「うーん、家で飼うのは難しそうですし、毛皮を取るのもかわいそうかも。それに食べられないんじゃなあ。……ちょっとだけ遊んで逃してあげてもいいです?」
ハクラシスは空を見上げて天候を見ると、少し考え「少しだけだぞ」と頷いた。
野生とはいえ、ハクラシスもこんな小さな獣を、どうこうしようなどとは思っていない。捕獲後はレイズンに見せ満足したら逃すつもりだったし、情がわかない程度であれば、多少遊ぶくらい構わない。
レイズンは手袋をはめた手に、この小さくフワフワとした白い獣を乗せると、近くでまじまじと観察した。
「ははっ、かわいい!!」
兎というよりも毛玉に近い。顔は毛に埋もれ、耳も手も足もどこにあるかすぐには分からない。だがモコモコと動く姿はとても愛らしく、レイズンは頬擦りしたいくらいだった。
雪の上に置くと、兎というだけあってピョンピョンと高く跳ねて移動する。縦への跳躍力はすごいが、横移動は難しいのかちょっとずつ移動するのを、レイズンが笑いながら雪を踏んでついて回る。
「おい、周囲を確認して動け」
まっさらな雪に足跡を残し愛らしく跳ね回る兎を、レイズンも楽しそうに追いかけては足跡をつけて回る。
だがふんわりと積もった雪は一見段差もなく安全そうに見えるが、分厚い雪の層の下には何があるか分からない。
崖でもあれば落ちてしまうと、心配になったハクラシスが声をかけた。
だが時すでに遅し。
「は……」
返事とともに振り返ったと思った瞬間、レイズンの体が音もなく雪に吸い込まれるようにして消えた。
「レイズン!!」
慌ててハクラシスが近くまで走り寄ると、レイズンが先程まで立っていた場所にはポッカリと穴が開き、その周りをロブアンドラが楽しげにピョンピョンと跳ねていた。
(しまった!!)
ハクラシスは、ロブアンドラの習性を今になって思い出した。
ロブアンドラはそのかわいい仕草で敵を誘き寄せ、罠にかけるのだ。そう、こうやって落とし穴や崖に誘いこむ。
普段は身の危険を感じた時のみ行う防衛行動で、人間にはしないはずなのだが……。罠にかけてしまったせいで、迂闊にも敵認定されてしまったようだ。
「レイズン!! 大丈夫か!?」
穴がどの程度の広さであるのか分からないから、迂闊には近づけない。他に穴ぼこが無数にある可能性だって考えられる。
ハクラシスは近くの木の枝を折り、手に持った。その枝で雪を刺しては深さを確認し、足元をドンドンと踏みながら、雪の下が安全か確認して前に進む。
慎重に穴に少しずつ近づいていくと、ハクラシスは穴近くを跳ねているロブアンドラを片手で掴んで遠くへ投げつけた。
やはり獣は獣。情けをかけるべき相手ではなかった。
毛で覆われたロブアンドラは雪に大きく跳ねて、そのままどこかへ消えていった。
ハクラシスが急いで穴の中を覗き込むと、穴の底で雪にまみれて、呆然とへたり込んでいるレイズンがいた。
(崖でなくてよかった)
穴は思ったよりも浅く、手を伸ばせば届く深さで、その気になればすぐにでも抜け出せそうではある。しかしきっといきなりのことで驚いたのだろう。レイズンは雪の上に尻から落ち、腰が抜けたようになっていた。
「……レイズン?」
ハクラシスの声に気がつくと、頭に雪を乗せたまま間抜けな顔でへへへと笑った。
その無事な様子に、ハクラシスは一気に力が抜けた。
レイズンに怪我はなく、自分で這い上がることもできたことは幸いだった。
きっとあれはロブアンドラのいたずらで、遊びの範疇だったのかもしれない。だからあの程度で済んだのだ。もし本気で怒らせていたら、レイズンはロブアンドラに崖下に落とされていたのではないか。
やはり野生の獣に近づくものではない。もうこれに懲りてロブアンドラに近づくことはやめようと、罠も全部回収し帰路についた。
「すまなかったな、レイズン。俺の注意が足りなかった」
「いえ、あんなかわいいものはじめて見たし、俺は楽しかったですよ!」
「しかしもう少しで怪我を負わせるところだった」
「なんのこれしき! 俺の身体能力を舐めないでくださいよ」
そういうとレイズンは胸を張り、へへっと得意そうに笑った。
(穴の下でへたりこんでいたくせに)
本当は雪で体勢を崩して尻から落ちたのだから、受け身も何もあったもんじゃなかったはずだ。強がりを言うレイズンがおかしくて仕方がない。
「帰ったら尻に湿布だな」
「えっ、大丈夫ですって!」
ハクラシスがパンッとレイズンの尻を叩くと、「ひぎゃっ」と悲鳴をあげてよろけた。
「そらみろ」
「本当に大丈夫ですって」
「後で見せてみろ」
「ベッドの中でです?」
レイズンが尻を押さえながらにまっと笑うと、ハクラシスも口の端を上げて笑う。
「ベッドの中で生尻を叩けばいいのか?」
「それだけは勘弁してください~!」
戯れ合うようにして、2人は雪の中、家を目指した。
彼らが家に辿り着き、温まるためストーブに火を入れ、お茶を沸かし始めた頃、外ではまた雪が舞い始めていた。
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