クズ男はもう御免

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7 小屋での幸せな生活

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 レイズンが住み始めてから、ハクラシスの生活は一変した。
 
 レイズンと約束した通り、家を改築し部屋数を増やしたということもあるのだが、レイズンは畑を作ったり、料理をしたりと何かと世話を焼き、ハクラシスの生活もかなり人間味溢れるものになった。
 
 レイズンは人懐こく、最初こそハクラシスに気を使い言葉遣いもぎこちなかったが、しばらくすると物おじしなくなり、多少怒鳴ってもポカンとするだけですぐに笑顔になった。それが潤滑剤となったのか、人嫌いだったはずのハクラシスとの生活も不思議とうまくいった。
 
 
 
 
「小隊長殿! 朝ご飯ができましたよ」
 
 朝はこのレイズンの一声から始まる。
 改築したとはいえ元は部屋が一つしかない小さな小屋だ。中央のキッチンがついた広い部屋を挟んで、右がハクラシス、左がレイズンと2部屋を左右に継ぎ足す形で改築したのみ。これ以上改築するなら建て替えたほうが早いと建築家に言われ、この形で収まった。
 
「ほら! 今日は上手く焼けました!」
 
 ハクラシスがテーブルに着くと、レイズンは焼いた野菜の何かを皿に盛って置くと、上から色の悪いソースをかけた。パンに至っては薄切り……と見せかけたでこぼこの不揃いな切れ端をカゴに並べている。
 
 レイズンは自分から言い出したわりに料理が下手で、これでもようやく形になってきたほうなのだ。ハクラシスはそれを黙って食べる。レイズンはそんなハクラシスを嬉しそうに眺め、自身で作っておきながら不味いと言いつつ食べるのだ。
 
 そして午前中はレイズンが畑の世話をして、ハクラシスは狩りで使う道具の手入れを。昼にはまた下手なレイズンの手料理を食べて、午後は二人で自由に過ごすか、狩りに行くのだ。
 
  
 
 
「小隊長殿! 今日はうまく獣が狩れたら街へ行きませんか」
 
 レイズンが午前中に畑で採ってきた野菜でまた何か分からないメニューの昼食を作り、それをハクラシスが黙って食べているときだった。
 切り方が下手くそなせいでボロボロになったパンを頬張りながら、レイズンは抜群に良い提案をしたという顔でハクラシスを見ている。
 
「……街か」
 
「はい! 小隊長殿にはこの前家を改築してお金を使わせてしまったし、俺は手持ちの金もほぼ尽きてしまっているので、少し蓄えを増やしたいなと思いまして」
 
 これまでは獲物は自分達で解体して食料にしていたが、今日はそれを売って金にしようと言うのだ。
 
 だが着の身着のままで旅に出たおかげで金のないレイズンとは違い、これまで騎士団でも高給取りだったハクラシスは、密かに腐るほど金があったりする。だからこんな小さな家の改築の金ごとき端金ではあるのだが、そんなことレイズンには言えない。
 
「……そうだな」
 
「ね、行きましょう! 俺、果物とか食べたいです! 売った金で買いましょうよ!」
 
(今金を蓄えると言った口が、もう金を使う話をしている)
 
 ただ単に自分が街へ行きたいだけなのだろう。それなのにもっともらしい言い分で説得しようとするレイズンが、ハクラシスはおかしくて仕方がなかった。
 
「自分が街へ行きたいだけなら、連れて行ってやるからはっきりそう言え」
 
「へへ。しかしながら小隊長殿、俺には今手もちの金がないので、街へ行っても買えるものないんですよ。だから獲物を売って金にしたいんです!」
 
「うーん、よし、いいだろう。売れそうなものが獲れたらだがな」
 
「やった!!」
 
 レイズンは大袈裟にはしゃいで見せた。
 
(ここが騎士団だったら、『小隊長が笑った』と大騒ぎになっていただろうな)
 
 はしゃぐレイズンに口元を緩ませたハクラシスを見て、レイズンは今となっては懐かしい小隊にいた頃を思い出していた。
 
 少し前までは思い出すだけでも苦しかった騎士団での日々。
 
 だがハクラシスとの生活でレイズンの心は癒され、まだ口に出してあの頃の話をするのは厳しいが、今ではこうやって楽しかったことを思い出せるくらいまでは回復した。
 
 悪夢を見る頻度も減り、自分の悲鳴で目が覚めることも今はない。夜中にハクラシスに迷惑をかけることもなくなった。
 
 ——いつもレイズンが悪夢にうなされるたびに、起きて落ち着くまで見守ってくれていたハクラシス。何も聞かずただ寄り添ってくれる彼に、レイズンは深い信頼と愛情を寄せるようになっていた。
 
「……どうした? 黙り込んで。街で買うものでも悩んでいるのか?」
 
 さっきまではしゃいでいたのに急に黙り込んだレイズンに、ハクラシスが冗談めいて声をかけた。
 
「あ……、へへっ、俺欲しいものいっぱいあるんですよね~! 生活用品も買わないといけないですし。そうだ、あのハム買ってくださいよ! あの美味しいやつ! もうないんですよ。俺あれが食べたいです」
 
「なんだあれをもう全部食べてしまったのか? 備蓄用だったんだが……お前つまみ食いでもしていたのか?」
 
 ジロッと睨まれたがレイズンはへへへと笑って誤魔化す。
 
「……ふん、まあそうだな。今日の狩りの結果次第だな」
 
「よし! つまみ食いしてもバレないくらいたくさん買ってもらえるよう頑張ります!」
 
「ああ」
 
 思わぬところでハムのつまみ食いがバレたレイズンだったが、よく食べられるようになったことは良いことだと、ハクラシスも呆れながら許してくれた。
 
(なんだかんだと言って小隊長殿は俺に甘い)
 
 厳しい面も昔と変わらずあるが、レイズンのお願いには弱いらしく、こうして最後には折れてくれる。
 再会があんなふうだったから、自分に気を使ってくれているのだろう。そうレイズンは思っていた。
 
(……いつか、同情が愛情に変わる日がくることはあるのかな) 
 
 目の前で自分の作った不恰好な飯を黙々と食べるかつての上司を、食事をするふりをしながら眺める。
 
 彼は自分のこと、本当はどう思っているんだろうか。本当は邪魔なのではないのか。彼に必要としてもらえるにはどうしたらいい?
 
 ——しかしそんなこと、考えても詮ないことだ。
 
 レイズンは皿に残ったソースをちぎったパンで絡め取り口に放り込み、今日の狩場はどこにしようかなと思いを巡らせた。
 
 
 
 
 ーーーー
 
 
 
 
「おじさん、このハム! 大きい塊のやついくら?」
 
 レイズンは店にある目当てのハムの中で、一番大きな塊を指差した。
 今日はうまいこと狩りもできたし、おかげで好物のハムも買える。レイズンはニコニコ顔で肉屋の店主からハムの代金を聞くと、ハクラシスのほうに振り返った。
 
「小隊長殿! この大きいやつでもいいです?」
 
「……レイズン。街で小隊長はやめろ」
 
 ばつが悪そうにハクラシスが小声でたしなめる。もう騎士団とは縁を切っているのに、さすがに小隊長はない。誰かに聞かれ関係を説明しなくてはいけなくなるのも面倒だ。
 
「へ? でも……」
 
 レイズンが困ったように眉をハの字にした。
 
「……ハクラシスでいい」
 
「ハ……ハクラシス、さん、ですか」
 
「そうだ」
 
 二人でこそこそとそういうやりとりをしていると、ハムを用意していた肉屋の店主が朗らかに声をかけた。
 
「親父さんと買い物かい? いいねえ。年がいってもこうして親子で買い物できるってのは。ウチなんか寄り付きもしねえ。肉屋はダサいんだってよ」
 
 そうガハハハと笑い、ハクラシスが差し出した代金を受け取り、はいよとハムの包みを手渡した。
 
「また来ておくれよ! ウチはこのハム以外もうまいんだからさ!」
 
 ありがとうございました! という店主の言葉を背に、二人は歩き出した。
 
「……レイズン、俺たちは親子に見えるらしいな」
 
「まあそうですね。年齢的にも仕方がないかもしれないですね」
 
「お前いくつだ」
 
「あー……今年で23になります」
 
「俺は53だ」
 
「ちょうど30違いですね」
 
「……そんなに違うか。完全に親子だな」
 
「……ブフッ……そ、そうですね」
 
 レイズンは吹き出すのを堪えながらも肩を揺らした。
 
 小隊にいた頃のハクラシスは年齢よりも確かに若く見えていた。しかしさすがに今のように髭が生えていると年齢よりも上に見えてもおかしくはない。以前街ではハクラシスを爺さんと呼んでいた者がいたくらいだ。祖父と孫に間違われなかっただけ、まだマシだった。
 
「しょうた……ハクラシスさん、帰ったら髭を剃りましょうか。そしたら少しは若く見られますよ」
 
「……考えておく」
 
 ため息混じりにそうハクラシスが答えると、レイズンはクククッと顔を隠して笑った。ツボに入ったのかレイズンは笑いが止まらず、脇を小突かれながらもしばらく笑い続けていた。
 
 
 
 
「ああそうだ。ほら、レイズンこれをやろう」
 
 街からそろそろ出ようかという時になって、ハクラシスが何やらレイズンに手渡した。
 
「何です?」
 
「菓子だ。子供にはこれが一番だろう?」
 
 ハクラシスがそう嫌味を言い、ニヤッと笑った。「もう」と笑いながら袋を開けると、中には飴や干菓子などの小さい子供が食べる駄菓子に混じって、柔らかな布で包まれた硬くて細長い塊が入っていた。
 
「……これは?」
 
「狩猟用のナイフだ。お前の持っているやつは狩猟用にしてはちょっと小さかっただろう。一緒に狩りをしていて、それじゃあやり辛いだろうと思ってな」
 
 立ち止まって布を開くと、鞘に美しい彫刻が施されたシースナイフが出てきた。鞘を直接ベルトに固定できるようになっていて、刃も長く使い勝手が良さそうだった。
 
「……これ……」
 
「さっきちょうど店を見つけてな。お前が他の店を見ている間に、ちょっと覗いてみたらこいつがあった。お前にやろう」
 
「……俺なんかがもらっていいんですか? 俺、ずっと小隊長殿に面倒みてもらって迷惑かけているのに」
 
 レイズンは慎重にナイフを鞘にしまうと、大事そうに手で撫でた。そしてずずっと鼻をすすると、片手で目元を拭った。
 
「そんな言い方をするな。迷惑だと思っていたらとっくに追い出している。信頼できる相手だと思っているから狩りにも連れて出ているんだ。もっと腕を磨け。弓ももっと練習しないとな」
 
 ぼたぼたと涙が落ち、ナイフを包んでいた淡い色の布に濃い色のシミができる。ずずーっと鼻水をすする音がして、レイズンはハクラシスに向かって顔を上げた。
 
「へへ、俺、これ大事にします! ありがとうございます! しょうた……ハクラシスさん!」
 
 涙で濡れていたが、その顔にあったのは眩しいくらいの笑顔だった。
 
 ハクラシスは思わず目を細めた。
 
 彼はよく泣いたが嬉し涙はこれが初めてで、これまで見た中でこれが一番の笑顔だった。
 
 レイズンは涙にまみれた顔を袖で拭うと、今度は自分の鞄から小さな包みを出した。
 
「あの、これ……」
 
 照れたようにハクラシスに突き出されたのは、男ものの手巾の入った包みだった。
 
「……これは?」
 
「こんないいものもらって今更これを出すのは気が引けたのですが……。その、昔小隊長殿の手巾を汚してしまったことがあったでしょう。あのとき新しいやつを受け取って貰えなかったのが、いまだに気になっていてですね。今日こそお返ししようとさっき買ったんです……安物ですみません」
 
「まだ気にしていたのか……」
 
 へへへと照れ笑いをするレイズンに、仕方なくハクラシスも呆れつつ礼を言って今度は受け取った。
 
 レイズンは、ラックとのことは思い出さないよう頭の奥のほうに追いやり鍵をかけていた。だからこそ小隊長との思い出は際立って光り、いつまでも覚えていた。
 
 ……まああんな衝撃的な出来事を忘れろというほうがどだい無理で、それでもハクラシスが手巾のことを覚えていてくれたことは嬉しかった。
 
 レイズンは、小隊長からもらったこのナイフを高く掲げて飛び上がって喜びたいのを堪えながら、そっと布に包みなおして袋にしまった。
 
「ね、お菓子食べながら帰りましょう! これとか子供の頃よく食べましたよ。懐かしいな」
 
「……お前に買ってやったんだから一人で食えばいいだろう」

「俺に冗談を言うためだけに、よく菓子屋でこれを買ってきましたね! 小隊長殿がこれを買う姿を想像すると……くく」
 
 菓子屋の店先で子供に混じって、アレコレ小さい菓子を買い求めるハクラシスの姿を想像すると堪らなくおかしい。レイズンは吹き出しそうになるのを堪えた。
 
「ふん。まあ子供に菓子を買ってやるのも親の務めだからな。……まあ俺の場合、そういうこともできなかったが」
 
 ハクラシスは過去に妻と子供を亡くしていた。それをレイズンも今更ながら思い出した。
 
(そうだった……。小隊長殿は子供を亡くされたんだった)
 
 少ししんみりしてしまった空気を払拭しようと、レイズンは袋から赤い棒付きの飴を取り出して口に放り込んだ。そして今度はピンク色のものを取り出してハクラシスの前に突き出す。
 
「ほら! 小隊長殿! あーんしてください!」
 
 あーんと言いながらレイズンは口元がついニヤけてしまう。大の男が年上の、しかも元上司に向かって言う言葉ではない。
 
「……なんだ」
 
 ハクラシスも眉を寄せて嫌な顔をする。
 
「ふへへ、こういうときは親も子と一緒に食べるもんなんですよ! ほら、あーん」
 
 口に飴をいれモゴモゴしながら喋るレイズンに渋い顔をしながらも、ハクラシスは嫌そうに口を開けた。
 
 そこにカポッと飴を突っ込むと、レイズンは嬉しそうにへへっと子供のように笑った。
 
 いかつい男が若い男と二人で棒付きの飴を舐める。それはさすがないだろうと思いながらも、レイズンの笑顔には勝てなかったのかハクラシスも大人しく棒を咥え、カチカチと歯を立てながら飴を舐めた。
 
 飴は色のわりに酷い味ではなく、優しい砂糖の甘みが口に広がった。長く舐められるようにということなのか、飴は硬く、多少歯を立てたくらいじゃ砕けなかった。
 
 仕方なくしばらく棒を咥えたままハクラシスは、次はどれを食べようかと終始ご機嫌なレイズンを連れて帰路についた。
 
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