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3 ラックの怒り
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それはラックにとってほんの出来心だった。
本当に、少し。そう、恋人が自分に隠し事をしているような気がして、そのモヤモヤとした気持ちをなんとかしたかった。
だからちょっとだけ、ラックはレイズンの引き出しを漁ってしまったのだ。
引き出しの奥から出てきたのは、真四角の薄い包み。贈り物としてきれいに包装された、未開封の包み——
誰に贈るものか分からないその包みを、思わずぐしゃぐしゃに握りつぶしそうになるのを、ラックは堪えた。
——最近、レイズンの様子がおかしい。
ラックはここのところレイズンの自分に対する態度が変わったような気がして、なんとなく落ち着かない気持ちで過ごしていた。
よそよそしいとか、冷たくなったとかそういうことではない。恋人であるラックだけが感じる、ほんの少しの違和感。
それはあの昼に中出しエッチをした日。午後の演習に遅刻しそうになり、彼を置いていったあの日からだった。
(俺のせいか? 謝ったぞ俺は)
あの日はちゃんと謝ったし、お願いしたら夜のエッチだって受け入れてくれた。ああいうことは普段からよくあることだったし、……まあ遅刻が見つかって怒られはしたけど、それでその話は終わりと思っていた。
——だが、あの日からなのだ。レイズンとの距離を感じ始めたのは。
表面上はいつもと変わらない。エッチだって求めれば応じてくれるし、嫌がる素振りもない。傍目から見ればいつもどおり、仲の良い二人に見えるだろう。しかし、どこかレイズンが距離を置こうとしている。二人の間に溝が生まれた、そんなふうに感じるのだ。
(レイズンは俺に嫌気がさしている? ははっそんなまさかな。それだったらエッチも拒否するだろ。それとも何か? レイズンのやつ倦怠期突入か?)
そう含み笑いし、違和感について気楽に考えようとした。
……だがもしかするとそうではないかもしれない。
このモヤモヤとした疑心暗鬼をどうにかしたかった。だめだと分かっていてもラックはつい、目についたレイズンの私物が入った棚の引き出しに手をかけた。
——そしてラックは見つけてしまった。
見覚えのないきれいな包み紙の贈り物。大事そうにレイズンが引き出しの中に入れていたものを。
いつからそこにあったのかは分からない。未開封のそれは貰ってから日数が経っているのか、きれいに包装された包みの表面にはシワが寄り、よれた跡がついていた。
(誰かに貰ったのか? 気に留める相手ではなかったからそのまま引き出しに入れて、貰ったことも忘れていたとか。だがレイズンの性格上、物を貰ったなら俺に言いそうだが。しかもこんなにきれいに包装されたものだ。誰からどういう経緯で貰ったのか、あいつなら嬉しげに俺に報告するだろう。……やましいことさえなければ、だが。それとも誰かに贈るためのものだったのか?)
この薄い包みはおそらく手巾か、レースの何かといったところだろう。中身を見れば相手のイニシャルでも縫い取りされているかもしれない。しかしさすがのラックも未開封のものを勝手に開けるのは躊躇した。
(俺に……とは考えられん。手巾などまともに使った試しがないからな)
使うとしたらレイズンのほうだ。レイズンだって使わないとわかっているのに、ラックにあげようとは思わないだろう。
(バカな。こんな小さいことを気にしてどうする)
これは些細なことだと、これが浮気の証拠になどならんだろと自分自身に言い聞かせようとしたが、小さな疑念はラックの心の中で大きく膨らむ一方だ。
気楽な付き合いを自分で望んでおきながら、ラックはレイズンの隠し事が許せなかった。これまで従順だったからこそ、尚更なのだろう。
(昨日だってあいつを抱いた。いつも通り散々ほぐして突っ込んでやったら、俺が好きだと、気持ちがいいと、ひいひい泣いてよがっていたじゃないか)
これは誰からだと、この包みをレイズンの前に突き出してやろうかとそう考えたが、勝手に引き出しを漁ったと非難されるのが目に見えていた。
ラックはそれを元の場所に戻すと、音が響くほど乱暴に引き出しを閉めた。
(レイズン、お前は俺のパートナーなんだぞ。それを……!)
ラックは腹立ち紛れに、贈り物の入った棚を思いっきり蹴りつけた。棚は蹴られた勢いで床を滑り、途中ガゴンッという大きな音を立て壁にぶつかると、少し斜めになって止まった。
その騒音に、廊下で誰かが「うるせぇぞ!!」と怒鳴ったが、ラックはそれには答えず小さくクソッとつばを吐いた。そして殴りつけるように、ベッドに倒れ込んだ。
「なー、ラック。お前俺の棚にぶつかったりしたか?」
「……知らん」
午後の仕事を終え部屋に戻ってきたレイズンは、自分の棚が斜めになっているのを見て、ベッドに寝転び本を読んでいたラックに尋ねた。
「本当にか? ……何だか端にヒビがいっているんだが。この部屋で誰かと取っ組み合いの喧嘩でもしたのか」
冗談半分、ちょっとからかうようにそう尋ねると、
「知らねーって言ってるだろうが! 俺のせいにするなよ」
ラックが不機嫌そうに吐き捨て、レイズンに背を向けた。
(え? なんで怒っているんだ? 昼までは機嫌よかったのに)
ラックの機嫌が恐ろしいくらいに悪い。レイズンはこれ以上言うと言いがかりをつけるなと喧嘩になりそうだと思い、追求するのをやめた。
「なあ、怒ってるのか。どうした? 午後の仕事で何かあったのか」
パートナーといえど、与えられる仕事によってはバラバラに行動する。ラックは武器の補修、レイズンは農作業と、今日は二人とも違う場所での作業を言い渡されていた。
とはいえラックが真面目に武器を磨いていたとは考えにくい。一緒に武器庫の担当になった者らと、ボードゲームか何かで賭け事をやって遊んでいたに違いない。そこで大負けしたとか、誰かがセコい手を使って勝ったとか、どうせそんなことだろうとレイズンは思った。
すぐに機嫌を直すだろうと、レイズンは棚の位置を元に戻すとラックのベッドの端に座り声をかけた。
「なあ、どうしたんだよ。何かあったのかって」
「…………」
宥めるように優しく問いかけて見たが、ラックは無視を決め込んでいるようだった。
「なあってば。……まさか俺のせい? 俺何かしたか?」
なんど問いかけても無視するラックに、もしかして原因は自分なのかと、レイズンは不安になってきた。
心当たりがないが、ここは謝っておくべきか。
「…………今日、お前誰といたんだよ」
背中を向けたまま、ラックが低い声を出した。不機嫌な声音だがやっと口をきいてくれたと、レイズンはそれでも少しホッとした。これで理由が分かれば、宥めて機嫌が直るからだ。
ラックはこれでも子爵家の三男坊で、甘やかされて育ったのか、少し傲慢で自己中心的なところがある。平民出身のレイズンからしてみれば、貴族のお坊ちゃんなんだからまあこんなもんだろという感じだ。
不真面目で大雑把。仕事は手を抜き、酒や賭け事大好きという騎士らしからぬ放蕩ぶりに、パートナーになった当初は扱いに困ったが、ようやく彼も落ち着き、仕事も訓練も真面目にやるようになっていた。
しかしたまに仲間といざこざを起こしては、こんなふうにレイズンを困らせるのだが、今日はいつもよりさらに輪をかけて機嫌が悪い。
「おい、誰といたか聞いてるんだ」
ラックは体を起こすと首を少しだけこちらに傾け、睨むような目でレイズンを見た。
「誰とかって、今日は畑での仕事だったからロイとリヒターと……あと、他の隊の奴らもいたけど、名前は知らん。それがどうしたんだ」
「……ふん、まぁいい」
「お前こそどうしたんだよ。仕事で何かあったんじゃないのか? 俺に言ってみろよ」
「…………」
なるべく優しく言ってみたつもりだったが、ラックは答えない。
「なあってば……あっ」
ラックの肩に手をやり、体をこちらに向けさせようとしたら、バシッと手を叩かれた。
「……舐めろ」
「は?」
「俺の機嫌を直したいんだろ? 俺のを舐めろと言ってるんだ」
「わ」
ラックは体をこちらに向けると、レイズンの頭をつかみ、無理やり自身の股間に向けて引き倒した。
彼の膝の上に頭を押さえ込まれ、やるしかない状況に抵抗は無駄と、内心大きくため息を吐いた。
レイズンは腕力でラックに勝てた試しがない。
そしてこんな日のラックは、エッチもいささか乱暴なのだ。
「わ、分かったよ、分かったから頭から手を離せ」
こうなったら彼の望むとおりにやってやるしかない。レイズンはあまり口でやるのは得意じゃない。
いつも下手くそだのなんだのと言い出し、最後は喉の奥に何度も突っ込まれて、吐きそうになってムセて終わる。
だからいつもは軽く慰めたら後ろに……という流れになるのだが、今日はラックが満足するまでやらされるだろうと覚悟を決めた。
レイズンが素直に従う意思を見せたのをみて、ラックはウエストの紐を緩め自身のペニスを引っ張り出した。
まだ半勃ちで、先が少し皮に覆われたそれをレイズンは手に取り、先端を露出させる。今日は喉の奥を乱暴に突いたりされませんようにと祈りながら、すべすべとした柔らかい先端を舌で絡めながら口に含んだ。
ーーーー
レイズンはラックからやっと解放されると、自身のベッドに疲れた体を潜り込ませた。
ラックは自分だけスッキリしたら、そのままイビキをかいて寝てしまった。
(あー……顎がいてえ。ラックのやつ、今日は力任せに喉の奥を突きやがって)
結局下手くそだなんだと文句を垂れながら、自分本位な動きでレイズンの喉奥を突き、オエッと吐きそうになっている涙でぐちょぐちょになったレイズンの口の中で果てたのだ。
いつものラックならここまではしない。だが自分が優位なのを見せつけるためか、たまにこういう無茶をする。
レイズンがオエッとなるたびに、喉が絞まるのが気持ちがいいそうだ。
しかし結局なんでラックが怒っていたのかは最後まで分からずじまい。ラックはラックで、レイズンが自分の言いなりになるのを見て満足し、勝手に納得して終わったようだった。
(俺、ラックを不安にさせるようなことしたかな……)
行為中何度も「俺のことを愛してるか」「好きなのは俺だけだよな」と聞いてくるラックに、口にペニスを入れたまま何度も繰り返し頷いた。
(やっぱり原因は俺なのか)
と考えてはみたが、思い当たることがない。
(誰かに何か吹き込まれたりしたのかなあ)
だとしたら合点がいく。それが何かは分からないが、誰かがラックを煽りでもしたのだろう。
(まったく、誰だよ。誰が後で機嫌をとると思ってんだ。いい迷惑だ)
ラックをそそのかした相手に腹を立てながらも、これだけ満足させたんだ、明日の朝は機嫌が直ってるだろう。そう思いながら、レイズンはまどろみに沈んだ。
翌日レイズンの予想通り、ラックの機嫌はすっかり直っていた。いつも通り朝起きるとおはようとキスをして、それから一緒に食堂へ朝食に行き、それぞれ仕事の持ち場へ向かった。武器庫のほうに去っていくラックの背中を見ながら、単純なやつで助かったなとレイズンは安堵し、今日の割り当てである畑のほうへ歩き始めた。
「なあ、レイズン。昨日ラック機嫌悪そうだったけど、お前大丈夫だったのか」
「おはようリヒター。なんでお前がラックの機嫌が悪いこと知ってんだ? あ! もしかしてラックの機嫌を損ねたのは、お前の相棒か!?」
リヒターのパートナーのレンは男爵家の次男で、ラックと肩を並べても遜色ない大柄な男だ。ラックとは相性が良いのか悪いのか、よくつっかかってはラックを怒らせ、喧嘩をしている。
「は? 違う違う! 昨日俺たちが部屋に戻ったら、レイズンたちの部屋から誰かが暴れるようなデカい物音がしたからさ。レイズンは俺よりも後に畑の作業を終えただろ? ラックが一人でかなり荒れてる感じだったから、あの後レイズン無事かなってレンと話してたんだ」
リヒターが慌てて首を振った。リヒターの話では、昨日ラックと同じく武器庫当番だったレンにも心あたりはないようだった。
「……てっきり武器庫の当番中に何かあったのかと思っていたんけど……違うのか」
「違うね。昼間は普通に働いてたってさ。レンが言っていた。最近真面目で穏やかになったってレンとも話してたのに。それでレイズンは大丈夫だったのか」
部屋からの騒音がよほどだったのだろう。心配するリヒターに、慰めるために散々口で奉仕させられたとはさすがに言えず、レイズンは「ははは大丈夫」と苦笑いでごまかした。
ともあれ、やはりレイズンの棚を暴れて壊したのはラックだと分かった。何かあって八つ当たりしたのだろうけど……
(何があったんだ? ラックのやつ)
レイズンはもやもやが残ったまま、鍬を手に仕事に取り掛かった。
本当に、少し。そう、恋人が自分に隠し事をしているような気がして、そのモヤモヤとした気持ちをなんとかしたかった。
だからちょっとだけ、ラックはレイズンの引き出しを漁ってしまったのだ。
引き出しの奥から出てきたのは、真四角の薄い包み。贈り物としてきれいに包装された、未開封の包み——
誰に贈るものか分からないその包みを、思わずぐしゃぐしゃに握りつぶしそうになるのを、ラックは堪えた。
——最近、レイズンの様子がおかしい。
ラックはここのところレイズンの自分に対する態度が変わったような気がして、なんとなく落ち着かない気持ちで過ごしていた。
よそよそしいとか、冷たくなったとかそういうことではない。恋人であるラックだけが感じる、ほんの少しの違和感。
それはあの昼に中出しエッチをした日。午後の演習に遅刻しそうになり、彼を置いていったあの日からだった。
(俺のせいか? 謝ったぞ俺は)
あの日はちゃんと謝ったし、お願いしたら夜のエッチだって受け入れてくれた。ああいうことは普段からよくあることだったし、……まあ遅刻が見つかって怒られはしたけど、それでその話は終わりと思っていた。
——だが、あの日からなのだ。レイズンとの距離を感じ始めたのは。
表面上はいつもと変わらない。エッチだって求めれば応じてくれるし、嫌がる素振りもない。傍目から見ればいつもどおり、仲の良い二人に見えるだろう。しかし、どこかレイズンが距離を置こうとしている。二人の間に溝が生まれた、そんなふうに感じるのだ。
(レイズンは俺に嫌気がさしている? ははっそんなまさかな。それだったらエッチも拒否するだろ。それとも何か? レイズンのやつ倦怠期突入か?)
そう含み笑いし、違和感について気楽に考えようとした。
……だがもしかするとそうではないかもしれない。
このモヤモヤとした疑心暗鬼をどうにかしたかった。だめだと分かっていてもラックはつい、目についたレイズンの私物が入った棚の引き出しに手をかけた。
——そしてラックは見つけてしまった。
見覚えのないきれいな包み紙の贈り物。大事そうにレイズンが引き出しの中に入れていたものを。
いつからそこにあったのかは分からない。未開封のそれは貰ってから日数が経っているのか、きれいに包装された包みの表面にはシワが寄り、よれた跡がついていた。
(誰かに貰ったのか? 気に留める相手ではなかったからそのまま引き出しに入れて、貰ったことも忘れていたとか。だがレイズンの性格上、物を貰ったなら俺に言いそうだが。しかもこんなにきれいに包装されたものだ。誰からどういう経緯で貰ったのか、あいつなら嬉しげに俺に報告するだろう。……やましいことさえなければ、だが。それとも誰かに贈るためのものだったのか?)
この薄い包みはおそらく手巾か、レースの何かといったところだろう。中身を見れば相手のイニシャルでも縫い取りされているかもしれない。しかしさすがのラックも未開封のものを勝手に開けるのは躊躇した。
(俺に……とは考えられん。手巾などまともに使った試しがないからな)
使うとしたらレイズンのほうだ。レイズンだって使わないとわかっているのに、ラックにあげようとは思わないだろう。
(バカな。こんな小さいことを気にしてどうする)
これは些細なことだと、これが浮気の証拠になどならんだろと自分自身に言い聞かせようとしたが、小さな疑念はラックの心の中で大きく膨らむ一方だ。
気楽な付き合いを自分で望んでおきながら、ラックはレイズンの隠し事が許せなかった。これまで従順だったからこそ、尚更なのだろう。
(昨日だってあいつを抱いた。いつも通り散々ほぐして突っ込んでやったら、俺が好きだと、気持ちがいいと、ひいひい泣いてよがっていたじゃないか)
これは誰からだと、この包みをレイズンの前に突き出してやろうかとそう考えたが、勝手に引き出しを漁ったと非難されるのが目に見えていた。
ラックはそれを元の場所に戻すと、音が響くほど乱暴に引き出しを閉めた。
(レイズン、お前は俺のパートナーなんだぞ。それを……!)
ラックは腹立ち紛れに、贈り物の入った棚を思いっきり蹴りつけた。棚は蹴られた勢いで床を滑り、途中ガゴンッという大きな音を立て壁にぶつかると、少し斜めになって止まった。
その騒音に、廊下で誰かが「うるせぇぞ!!」と怒鳴ったが、ラックはそれには答えず小さくクソッとつばを吐いた。そして殴りつけるように、ベッドに倒れ込んだ。
「なー、ラック。お前俺の棚にぶつかったりしたか?」
「……知らん」
午後の仕事を終え部屋に戻ってきたレイズンは、自分の棚が斜めになっているのを見て、ベッドに寝転び本を読んでいたラックに尋ねた。
「本当にか? ……何だか端にヒビがいっているんだが。この部屋で誰かと取っ組み合いの喧嘩でもしたのか」
冗談半分、ちょっとからかうようにそう尋ねると、
「知らねーって言ってるだろうが! 俺のせいにするなよ」
ラックが不機嫌そうに吐き捨て、レイズンに背を向けた。
(え? なんで怒っているんだ? 昼までは機嫌よかったのに)
ラックの機嫌が恐ろしいくらいに悪い。レイズンはこれ以上言うと言いがかりをつけるなと喧嘩になりそうだと思い、追求するのをやめた。
「なあ、怒ってるのか。どうした? 午後の仕事で何かあったのか」
パートナーといえど、与えられる仕事によってはバラバラに行動する。ラックは武器の補修、レイズンは農作業と、今日は二人とも違う場所での作業を言い渡されていた。
とはいえラックが真面目に武器を磨いていたとは考えにくい。一緒に武器庫の担当になった者らと、ボードゲームか何かで賭け事をやって遊んでいたに違いない。そこで大負けしたとか、誰かがセコい手を使って勝ったとか、どうせそんなことだろうとレイズンは思った。
すぐに機嫌を直すだろうと、レイズンは棚の位置を元に戻すとラックのベッドの端に座り声をかけた。
「なあ、どうしたんだよ。何かあったのかって」
「…………」
宥めるように優しく問いかけて見たが、ラックは無視を決め込んでいるようだった。
「なあってば。……まさか俺のせい? 俺何かしたか?」
なんど問いかけても無視するラックに、もしかして原因は自分なのかと、レイズンは不安になってきた。
心当たりがないが、ここは謝っておくべきか。
「…………今日、お前誰といたんだよ」
背中を向けたまま、ラックが低い声を出した。不機嫌な声音だがやっと口をきいてくれたと、レイズンはそれでも少しホッとした。これで理由が分かれば、宥めて機嫌が直るからだ。
ラックはこれでも子爵家の三男坊で、甘やかされて育ったのか、少し傲慢で自己中心的なところがある。平民出身のレイズンからしてみれば、貴族のお坊ちゃんなんだからまあこんなもんだろという感じだ。
不真面目で大雑把。仕事は手を抜き、酒や賭け事大好きという騎士らしからぬ放蕩ぶりに、パートナーになった当初は扱いに困ったが、ようやく彼も落ち着き、仕事も訓練も真面目にやるようになっていた。
しかしたまに仲間といざこざを起こしては、こんなふうにレイズンを困らせるのだが、今日はいつもよりさらに輪をかけて機嫌が悪い。
「おい、誰といたか聞いてるんだ」
ラックは体を起こすと首を少しだけこちらに傾け、睨むような目でレイズンを見た。
「誰とかって、今日は畑での仕事だったからロイとリヒターと……あと、他の隊の奴らもいたけど、名前は知らん。それがどうしたんだ」
「……ふん、まぁいい」
「お前こそどうしたんだよ。仕事で何かあったんじゃないのか? 俺に言ってみろよ」
「…………」
なるべく優しく言ってみたつもりだったが、ラックは答えない。
「なあってば……あっ」
ラックの肩に手をやり、体をこちらに向けさせようとしたら、バシッと手を叩かれた。
「……舐めろ」
「は?」
「俺の機嫌を直したいんだろ? 俺のを舐めろと言ってるんだ」
「わ」
ラックは体をこちらに向けると、レイズンの頭をつかみ、無理やり自身の股間に向けて引き倒した。
彼の膝の上に頭を押さえ込まれ、やるしかない状況に抵抗は無駄と、内心大きくため息を吐いた。
レイズンは腕力でラックに勝てた試しがない。
そしてこんな日のラックは、エッチもいささか乱暴なのだ。
「わ、分かったよ、分かったから頭から手を離せ」
こうなったら彼の望むとおりにやってやるしかない。レイズンはあまり口でやるのは得意じゃない。
いつも下手くそだのなんだのと言い出し、最後は喉の奥に何度も突っ込まれて、吐きそうになってムセて終わる。
だからいつもは軽く慰めたら後ろに……という流れになるのだが、今日はラックが満足するまでやらされるだろうと覚悟を決めた。
レイズンが素直に従う意思を見せたのをみて、ラックはウエストの紐を緩め自身のペニスを引っ張り出した。
まだ半勃ちで、先が少し皮に覆われたそれをレイズンは手に取り、先端を露出させる。今日は喉の奥を乱暴に突いたりされませんようにと祈りながら、すべすべとした柔らかい先端を舌で絡めながら口に含んだ。
ーーーー
レイズンはラックからやっと解放されると、自身のベッドに疲れた体を潜り込ませた。
ラックは自分だけスッキリしたら、そのままイビキをかいて寝てしまった。
(あー……顎がいてえ。ラックのやつ、今日は力任せに喉の奥を突きやがって)
結局下手くそだなんだと文句を垂れながら、自分本位な動きでレイズンの喉奥を突き、オエッと吐きそうになっている涙でぐちょぐちょになったレイズンの口の中で果てたのだ。
いつものラックならここまではしない。だが自分が優位なのを見せつけるためか、たまにこういう無茶をする。
レイズンがオエッとなるたびに、喉が絞まるのが気持ちがいいそうだ。
しかし結局なんでラックが怒っていたのかは最後まで分からずじまい。ラックはラックで、レイズンが自分の言いなりになるのを見て満足し、勝手に納得して終わったようだった。
(俺、ラックを不安にさせるようなことしたかな……)
行為中何度も「俺のことを愛してるか」「好きなのは俺だけだよな」と聞いてくるラックに、口にペニスを入れたまま何度も繰り返し頷いた。
(やっぱり原因は俺なのか)
と考えてはみたが、思い当たることがない。
(誰かに何か吹き込まれたりしたのかなあ)
だとしたら合点がいく。それが何かは分からないが、誰かがラックを煽りでもしたのだろう。
(まったく、誰だよ。誰が後で機嫌をとると思ってんだ。いい迷惑だ)
ラックをそそのかした相手に腹を立てながらも、これだけ満足させたんだ、明日の朝は機嫌が直ってるだろう。そう思いながら、レイズンはまどろみに沈んだ。
翌日レイズンの予想通り、ラックの機嫌はすっかり直っていた。いつも通り朝起きるとおはようとキスをして、それから一緒に食堂へ朝食に行き、それぞれ仕事の持ち場へ向かった。武器庫のほうに去っていくラックの背中を見ながら、単純なやつで助かったなとレイズンは安堵し、今日の割り当てである畑のほうへ歩き始めた。
「なあ、レイズン。昨日ラック機嫌悪そうだったけど、お前大丈夫だったのか」
「おはようリヒター。なんでお前がラックの機嫌が悪いこと知ってんだ? あ! もしかしてラックの機嫌を損ねたのは、お前の相棒か!?」
リヒターのパートナーのレンは男爵家の次男で、ラックと肩を並べても遜色ない大柄な男だ。ラックとは相性が良いのか悪いのか、よくつっかかってはラックを怒らせ、喧嘩をしている。
「は? 違う違う! 昨日俺たちが部屋に戻ったら、レイズンたちの部屋から誰かが暴れるようなデカい物音がしたからさ。レイズンは俺よりも後に畑の作業を終えただろ? ラックが一人でかなり荒れてる感じだったから、あの後レイズン無事かなってレンと話してたんだ」
リヒターが慌てて首を振った。リヒターの話では、昨日ラックと同じく武器庫当番だったレンにも心あたりはないようだった。
「……てっきり武器庫の当番中に何かあったのかと思っていたんけど……違うのか」
「違うね。昼間は普通に働いてたってさ。レンが言っていた。最近真面目で穏やかになったってレンとも話してたのに。それでレイズンは大丈夫だったのか」
部屋からの騒音がよほどだったのだろう。心配するリヒターに、慰めるために散々口で奉仕させられたとはさすがに言えず、レイズンは「ははは大丈夫」と苦笑いでごまかした。
ともあれ、やはりレイズンの棚を暴れて壊したのはラックだと分かった。何かあって八つ当たりしたのだろうけど……
(何があったんだ? ラックのやつ)
レイズンはもやもやが残ったまま、鍬を手に仕事に取り掛かった。
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