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4回目のリープ
58.ふたりの同居生活2
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そんなふうにして始まった鏑木との同居生活は、なかなか前途多難だった。
これまで自由気ままに過ごしていた鏑木は結構わがままでだらしがなく、Wi-Fiがないからスマホのギガ数が足りないって怒るし、テレビもないから暇すぎて死ぬとか文句をたれる。
その上これまでの食生活のせいか偏食も多く、野菜が嫌いで、白飯にはふりかけがないと食べられないとか言い出す始末。ふりかけがないならパンでいいとか、これまでどれだけ味の濃いものを食べてきたのかがよく分かる。
いわゆる子供舌ってやつで、どうりでチャーハンやオムライスを喜んで食べるわけだと納得。
あのガリガリの体に肉をつけるためには、ちゃんとしたものを食べさせなくてはいけないと、小さな子供をもつ母親のようにいろいろと料理を工夫するようになった。あらためて、居酒屋の厨房でバイトしといて良かったとマジで思う。
そして何より俺が一番頭を悩ませているのが、鏑木に届く、親父さんからのメールだった。
「わりぃ。親父からの呼び出し」
風呂にも入り、布団を敷き終え、さあこれから寝るぞというとき、鏑木のスマホから軽快な通知音が響いた。鏑木がため息交じりにスマホをタップする。
こんな感じで夕方だろうが、真夜中だろうがお構いなく、鏑木のスマホには親父さんからメッセージが届く。
「木嶋、気にせず寝といてー」
「いや、スナックまで送る」
「いいって」
鏑木がパジャマ用のスウェットを脱いで、いつもの黒いパーカーに着替え始める。もう12時近い。一人では行かせられないとコートを手に取ると、鏑木がすごく嫌な顔をした。
「だって一人じゃ危ないだろ」
「お前なー。この時間に一人で出歩くの慣れてっから大丈夫だって。それにこれから客んとこ行くのに、お前と同伴ってヤバすぎだろ」
「同伴……ってヤバいのか? それなら、店の近くまで送る。それならいいだろ」
「……ん。あんがと」
こんな時間に鏑木をひとりで外出させられない。俺も急いでジャンパーをはおり、2人で外へ出る。
なるべく音を立てないよう階段を降り、寒いなって白い息を吐きながらスナックへと歩く。
街にはネオンが煌めいているが、繁華街だというのに人通りはもうそんなに多くない。東京じゃこの時間でもまだすげー人がいるんだろうけど、田舎はこんなもんだって、鏑木が笑う。
街灯はついているが人通りのない商店街を抜け、スナックのある路地の手前に出ると、鏑木が立ち止まった。
「ここでいーよ。さみーのにあんがとな。気ぃつけて帰って。今日は、帰ってくるのも明け方かも。あ、でもあっちに泊まらず、ちゃんとこっちに帰ってくっからな」
「……分かった」
「そんな顔すんなってー」
鏑木は顔をくしゃくしゃにして笑うと、俺の顔を両手で挟んでチュッと音を立ててキスをした。
「……!」
「ほい、サービス。じゃ、行ってくる」
「……おまっ!」っと大きな声が出そうになって、慌てて口を押さえる。
「……誰かに見られるぞ!? いいのかよ!?」
「恋人同士って設定なんだから、いーんだよ」
「同伴だめとか言ってたくせに」
鏑木がおかしそうに声を落としたままヒャハハと笑う。
「……何かあったら絶対連絡しろ」
「わーってるって」
じゃーなと手を振って歩き出す鏑木。一度こっちを振り返り「さっさと帰れ」というようにシッシと手を振り、俺が分かったと合図し帰るフリをすると、またスナックのほうに歩き出す。ペタペタという靴音が遠ざかり、急にカラオケの音が路地に広がったと思うと、すぐ静かになった。
――もうすぐ二月も後半に差し掛かる。とうとうあの時期がやってくるのだ。鏑木をこの歪な生活から開放してやりたいのに、何もできない自分がひどくもどかしい。
「……俺はどうやったらお前を救えるんだろうな」
誰もいない暗い道には、少し離れた街のカラフルなネオンが反射し、より暗い影を道に落とす。俺は一人、街のネオンを背に受けながら、スナックのほうを見つめたまま、しばらく佇んでいた。
これまで自由気ままに過ごしていた鏑木は結構わがままでだらしがなく、Wi-Fiがないからスマホのギガ数が足りないって怒るし、テレビもないから暇すぎて死ぬとか文句をたれる。
その上これまでの食生活のせいか偏食も多く、野菜が嫌いで、白飯にはふりかけがないと食べられないとか言い出す始末。ふりかけがないならパンでいいとか、これまでどれだけ味の濃いものを食べてきたのかがよく分かる。
いわゆる子供舌ってやつで、どうりでチャーハンやオムライスを喜んで食べるわけだと納得。
あのガリガリの体に肉をつけるためには、ちゃんとしたものを食べさせなくてはいけないと、小さな子供をもつ母親のようにいろいろと料理を工夫するようになった。あらためて、居酒屋の厨房でバイトしといて良かったとマジで思う。
そして何より俺が一番頭を悩ませているのが、鏑木に届く、親父さんからのメールだった。
「わりぃ。親父からの呼び出し」
風呂にも入り、布団を敷き終え、さあこれから寝るぞというとき、鏑木のスマホから軽快な通知音が響いた。鏑木がため息交じりにスマホをタップする。
こんな感じで夕方だろうが、真夜中だろうがお構いなく、鏑木のスマホには親父さんからメッセージが届く。
「木嶋、気にせず寝といてー」
「いや、スナックまで送る」
「いいって」
鏑木がパジャマ用のスウェットを脱いで、いつもの黒いパーカーに着替え始める。もう12時近い。一人では行かせられないとコートを手に取ると、鏑木がすごく嫌な顔をした。
「だって一人じゃ危ないだろ」
「お前なー。この時間に一人で出歩くの慣れてっから大丈夫だって。それにこれから客んとこ行くのに、お前と同伴ってヤバすぎだろ」
「同伴……ってヤバいのか? それなら、店の近くまで送る。それならいいだろ」
「……ん。あんがと」
こんな時間に鏑木をひとりで外出させられない。俺も急いでジャンパーをはおり、2人で外へ出る。
なるべく音を立てないよう階段を降り、寒いなって白い息を吐きながらスナックへと歩く。
街にはネオンが煌めいているが、繁華街だというのに人通りはもうそんなに多くない。東京じゃこの時間でもまだすげー人がいるんだろうけど、田舎はこんなもんだって、鏑木が笑う。
街灯はついているが人通りのない商店街を抜け、スナックのある路地の手前に出ると、鏑木が立ち止まった。
「ここでいーよ。さみーのにあんがとな。気ぃつけて帰って。今日は、帰ってくるのも明け方かも。あ、でもあっちに泊まらず、ちゃんとこっちに帰ってくっからな」
「……分かった」
「そんな顔すんなってー」
鏑木は顔をくしゃくしゃにして笑うと、俺の顔を両手で挟んでチュッと音を立ててキスをした。
「……!」
「ほい、サービス。じゃ、行ってくる」
「……おまっ!」っと大きな声が出そうになって、慌てて口を押さえる。
「……誰かに見られるぞ!? いいのかよ!?」
「恋人同士って設定なんだから、いーんだよ」
「同伴だめとか言ってたくせに」
鏑木がおかしそうに声を落としたままヒャハハと笑う。
「……何かあったら絶対連絡しろ」
「わーってるって」
じゃーなと手を振って歩き出す鏑木。一度こっちを振り返り「さっさと帰れ」というようにシッシと手を振り、俺が分かったと合図し帰るフリをすると、またスナックのほうに歩き出す。ペタペタという靴音が遠ざかり、急にカラオケの音が路地に広がったと思うと、すぐ静かになった。
――もうすぐ二月も後半に差し掛かる。とうとうあの時期がやってくるのだ。鏑木をこの歪な生活から開放してやりたいのに、何もできない自分がひどくもどかしい。
「……俺はどうやったらお前を救えるんだろうな」
誰もいない暗い道には、少し離れた街のカラフルなネオンが反射し、より暗い影を道に落とす。俺は一人、街のネオンを背に受けながら、スナックのほうを見つめたまま、しばらく佇んでいた。
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