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4回目のリープ
55.マスター2
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「……ハルちゃんは、まあー……知らないだろうけどね。懐いてくれている子供に、わざわざ『おじさんはヤクザですよー』なんて言う必要ないだろう? 知ってる人は知ってるし、おじさんも隠して生活してるわけじゃないからね」
マスターはカウンターに置いてあったゴツいライターを取ると、シュボッと重い音を立ててタバコに火をつけ、タバコを燻らせた。
「で? 君はハルちゃんに近づくなってことが言いたいのかな。でもあの子が勝手に懐いてるだけだよ。おじさんは、もう来るなっていつも言ってるんだけどな」
「……俺は、鏑木がやっている仕事のことを知りたくて来ました。もし何か知っていたら、情報がほしいです」
マスターは片眉を上げ、考えるような仕草でタバコを吸うと、フーッと濃い煙を鼻と口から吐き出した。
「――君はさ、俺がヤクザだってどこ情報で知ったの? それでよくハルちゃんの仕事と俺が結びついたよね。俺はただの雇われマスターで、そっち関係の仕事はノータッチなんだけど」
やっぱりマスターは、鏑木の家のことを知っている。
「この辺一帯のビルが、暴力団関連の持ち物だというのを知ってピンときました。このバーのあるビルもそうですよね。それに鏑木はマスターにウリの話をしていない。それなのに今の話の流れだとマスターは知っているようにも聞こえました。無関係だとは思えないのですが」
マスターはへぇと少し驚いたような顔で俺を見た。
「それだけの情報で、俺をヤクザだと断定したのかい。無鉄砲で思い込みの激しい奴ってのは怖いねー」
なんだか楽しそうに、フーッとまたタバコの煙を吐いた。
ビルの話は、田崎から聞いた話だ。でもこのビルのことについては、実はただの推察で言っただけだったのだが……当たって良かった。
「そうだな。まあ、あながち間違いじゃあない。スナックるいの鏑木親子のことは俺も知ってる。同じ雇われマスター同士だしね。でもあっちと俺とじゃ立場が違うねぇ。俺は上納する側で、あっちは債権を回収される側だな」
「やっぱり知っていたんですか」
「まあね。だからといっていじわるする必要もないし、ウチの常連さんはハルちゃんを気に入っているしで、邪険にはできないでしょ」
マスターは知っていて、鏑木には知らないフリを装っていたのか。
「鏑木の仕事を、やめさせることはできませんか」
「何度も言うけど、俺はただの雇われマスター。俺に口出す権利はないね。それにやめさせてどうするんだい? 借金はどんどん膨れ上がるよ。下手したら、ウリなんかよりも、もっと悪い条件の仕事に就くはめになる」
それは田崎も言っていた。借金をどうにかしない限り、鏑木は逃げることができない。
「じゃあどうすれば……」
「これは鏑木の親子の問題であって、君がどうこう言える権利はないんだよ。高校生の君に何ができる? あの子の代わりに働くかい? 身内でもないのに? 君がしゃしゃり出たって、どうにもできないだろうね」
マスターも田崎と同じことを言う。やはりそうなのか。どうすることもできないのか。
俺の悩む姿を眺めながら、マスターは短くなったタバコの最後の一口を吸うと、煙を吐き出しながら灰皿でもみ消した。
「君が何を心配しているのか、俺にはよく分からないけどね。ウリが汚い仕事だとか、可哀想だとか、ろくでもない正義感を振りかざすなら、痛い目見る前にやめときなとしか言えないな。さ、もうそろそろ客が来る時間だ。もう帰ってもらえるかな」
気がつくと、俺のバイトの時間も迫っていた。
今日はもうこれが限界だ。これ以上何かを引き出せる気がしない。俺は「ありがとうございました」と一言残して、カウンターの席から立ち上がった。
「ああそうだ、一つ忠告だ。ハルちゃんが個人的に客を取らないよう注意しとけ」
「……どういうことですか?」
「ウチみたいに、ちゃんとバックがついて管理している店は、売り物を大切にする。何かあればちゃんと対応するし、危険な客かどうかあらかじめ選別している。だが個人で客を取り始めたら、管理しきれない」
「……」
「金銭もそうだし、ヤク中とか、変態気質な奴とかね。仲介料浮かそうと直引きしたり、逆にふっかけたりとかして、トラブって泣きつく奴らがわりと多いんだよ。ルールとかマナーとかあったもんじゃない。気ぃつけな。それだけだ。じゃあな坊主、もう来るなよー」
マスターはカウンターから出て来て扉を開けると、俺をグイッと外に押し出し、扉を閉めた。
――あの日、親父さんは他にも金を借りているということを言っていた。
(鏑木の親父さんは、他の取り立て屋とトラブルになっていたってことなのか。それならなぜ――)
ウリの仲介とは無関係のマスターが、なぜあの日あの場に来たのか。俺は階段を降りながら考えた。
もしかしてマスターたちは、死体処理に呼ばれたのではないだろうか。
親父さんが鏑木の死体の処理に困り、それをヤクザである彼らにお願いした。だからあの日、状況を確認するために彼らは訪れた。
――今思い起こせば、マスターがあの日俺にかけた声は、ひどく残念そうだった。
マスターは鏑木のことをいつも心配していた。今日マスターはあんなことを言ってはいたが、あれは絶対に、フリなんかじゃなかったと、俺は思う。
階段を降り外に出るともう周囲は暗くなっていて、街灯が薄暗く道を照らし始めていた。
俺はバイトに遅れないよう、走り出した。
マスターはカウンターに置いてあったゴツいライターを取ると、シュボッと重い音を立ててタバコに火をつけ、タバコを燻らせた。
「で? 君はハルちゃんに近づくなってことが言いたいのかな。でもあの子が勝手に懐いてるだけだよ。おじさんは、もう来るなっていつも言ってるんだけどな」
「……俺は、鏑木がやっている仕事のことを知りたくて来ました。もし何か知っていたら、情報がほしいです」
マスターは片眉を上げ、考えるような仕草でタバコを吸うと、フーッと濃い煙を鼻と口から吐き出した。
「――君はさ、俺がヤクザだってどこ情報で知ったの? それでよくハルちゃんの仕事と俺が結びついたよね。俺はただの雇われマスターで、そっち関係の仕事はノータッチなんだけど」
やっぱりマスターは、鏑木の家のことを知っている。
「この辺一帯のビルが、暴力団関連の持ち物だというのを知ってピンときました。このバーのあるビルもそうですよね。それに鏑木はマスターにウリの話をしていない。それなのに今の話の流れだとマスターは知っているようにも聞こえました。無関係だとは思えないのですが」
マスターはへぇと少し驚いたような顔で俺を見た。
「それだけの情報で、俺をヤクザだと断定したのかい。無鉄砲で思い込みの激しい奴ってのは怖いねー」
なんだか楽しそうに、フーッとまたタバコの煙を吐いた。
ビルの話は、田崎から聞いた話だ。でもこのビルのことについては、実はただの推察で言っただけだったのだが……当たって良かった。
「そうだな。まあ、あながち間違いじゃあない。スナックるいの鏑木親子のことは俺も知ってる。同じ雇われマスター同士だしね。でもあっちと俺とじゃ立場が違うねぇ。俺は上納する側で、あっちは債権を回収される側だな」
「やっぱり知っていたんですか」
「まあね。だからといっていじわるする必要もないし、ウチの常連さんはハルちゃんを気に入っているしで、邪険にはできないでしょ」
マスターは知っていて、鏑木には知らないフリを装っていたのか。
「鏑木の仕事を、やめさせることはできませんか」
「何度も言うけど、俺はただの雇われマスター。俺に口出す権利はないね。それにやめさせてどうするんだい? 借金はどんどん膨れ上がるよ。下手したら、ウリなんかよりも、もっと悪い条件の仕事に就くはめになる」
それは田崎も言っていた。借金をどうにかしない限り、鏑木は逃げることができない。
「じゃあどうすれば……」
「これは鏑木の親子の問題であって、君がどうこう言える権利はないんだよ。高校生の君に何ができる? あの子の代わりに働くかい? 身内でもないのに? 君がしゃしゃり出たって、どうにもできないだろうね」
マスターも田崎と同じことを言う。やはりそうなのか。どうすることもできないのか。
俺の悩む姿を眺めながら、マスターは短くなったタバコの最後の一口を吸うと、煙を吐き出しながら灰皿でもみ消した。
「君が何を心配しているのか、俺にはよく分からないけどね。ウリが汚い仕事だとか、可哀想だとか、ろくでもない正義感を振りかざすなら、痛い目見る前にやめときなとしか言えないな。さ、もうそろそろ客が来る時間だ。もう帰ってもらえるかな」
気がつくと、俺のバイトの時間も迫っていた。
今日はもうこれが限界だ。これ以上何かを引き出せる気がしない。俺は「ありがとうございました」と一言残して、カウンターの席から立ち上がった。
「ああそうだ、一つ忠告だ。ハルちゃんが個人的に客を取らないよう注意しとけ」
「……どういうことですか?」
「ウチみたいに、ちゃんとバックがついて管理している店は、売り物を大切にする。何かあればちゃんと対応するし、危険な客かどうかあらかじめ選別している。だが個人で客を取り始めたら、管理しきれない」
「……」
「金銭もそうだし、ヤク中とか、変態気質な奴とかね。仲介料浮かそうと直引きしたり、逆にふっかけたりとかして、トラブって泣きつく奴らがわりと多いんだよ。ルールとかマナーとかあったもんじゃない。気ぃつけな。それだけだ。じゃあな坊主、もう来るなよー」
マスターはカウンターから出て来て扉を開けると、俺をグイッと外に押し出し、扉を閉めた。
――あの日、親父さんは他にも金を借りているということを言っていた。
(鏑木の親父さんは、他の取り立て屋とトラブルになっていたってことなのか。それならなぜ――)
ウリの仲介とは無関係のマスターが、なぜあの日あの場に来たのか。俺は階段を降りながら考えた。
もしかしてマスターたちは、死体処理に呼ばれたのではないだろうか。
親父さんが鏑木の死体の処理に困り、それをヤクザである彼らにお願いした。だからあの日、状況を確認するために彼らは訪れた。
――今思い起こせば、マスターがあの日俺にかけた声は、ひどく残念そうだった。
マスターは鏑木のことをいつも心配していた。今日マスターはあんなことを言ってはいたが、あれは絶対に、フリなんかじゃなかったと、俺は思う。
階段を降り外に出るともう周囲は暗くなっていて、街灯が薄暗く道を照らし始めていた。
俺はバイトに遅れないよう、走り出した。
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