バッドエンド・タイムリープ!

Bee

文字の大きさ
上 下
55 / 69
4回目のリープ

55.マスター2

しおりを挟む
「……ハルちゃんは、まあー……知らないだろうけどね。懐いてくれている子供に、わざわざ『おじさんはヤクザですよー』なんて言う必要ないだろう? 知ってる人は知ってるし、おじさんも隠して生活してるわけじゃないからね」 

 マスターはカウンターに置いてあったゴツいライターを取ると、シュボッと重い音を立ててタバコに火をつけ、タバコを燻らせた。 

「で? 君はハルちゃんに近づくなってことが言いたいのかな。でもあの子が勝手に懐いてるだけだよ。おじさんは、もう来るなっていつも言ってるんだけどな」 
「……俺は、鏑木がやっている仕事のことを知りたくて来ました。もし何か知っていたら、情報がほしいです」 

 マスターは片眉を上げ、考えるような仕草でタバコを吸うと、フーッと濃い煙を鼻と口から吐き出した。 

「――君はさ、俺がヤクザだってどこ情報で知ったの? それでよくハルちゃんの仕事と俺が結びついたよね。俺はただの雇われマスターで、そっち関係の仕事はノータッチなんだけど」 

やっぱりマスターは、鏑木の家のことを知っている。 

「この辺一帯のビルが、暴力団関連の持ち物だというのを知ってピンときました。このバーのあるビルもそうですよね。それに鏑木はマスターにウリの話をしていない。それなのに今の話の流れだとマスターは知っているようにも聞こえました。無関係だとは思えないのですが」 

 マスターはへぇと少し驚いたような顔で俺を見た。 

「それだけの情報で、俺をヤクザだと断定したのかい。無鉄砲で思い込みの激しい奴ってのは怖いねー」 

 なんだか楽しそうに、フーッとまたタバコの煙を吐いた。 
 ビルの話は、田崎から聞いた話だ。でもこのビルのことについては、実はただの推察で言っただけだったのだが……当たって良かった。

「そうだな。まあ、あながち間違いじゃあない。スナックるいの鏑木親子のことは俺も知ってる。同じ雇われマスター同士だしね。でもあっちと俺とじゃ立場が違うねぇ。俺は上納する側で、あっちは債権を回収される側だな」 
「やっぱり知っていたんですか」 
「まあね。だからといっていじわるする必要もないし、ウチの常連さんはハルちゃんを気に入っているしで、邪険にはできないでしょ」 

マスターは知っていて、鏑木には知らないフリを装っていたのか。 

「鏑木の仕事を、やめさせることはできませんか」 
「何度も言うけど、俺はただの雇われマスター。俺に口出す権利はないね。それにやめさせてどうするんだい? 借金はどんどん膨れ上がるよ。下手したら、ウリなんかよりも、もっと悪い条件の仕事に就くはめになる」 

 それは田崎も言っていた。借金をどうにかしない限り、鏑木は逃げることができない。 

「じゃあどうすれば……」 
「これは鏑木の親子の問題であって、君がどうこう言える権利はないんだよ。高校生の君に何ができる? あの子の代わりに働くかい? 身内でもないのに? 君がしゃしゃり出たって、どうにもできないだろうね」 

 マスターも田崎と同じことを言う。やはりそうなのか。どうすることもできないのか。 

 俺の悩む姿を眺めながら、マスターは短くなったタバコの最後の一口を吸うと、煙を吐き出しながら灰皿でもみ消した。 

「君が何を心配しているのか、俺にはよく分からないけどね。ウリが汚い仕事だとか、可哀想だとか、ろくでもない正義感を振りかざすなら、痛い目見る前にやめときなとしか言えないな。さ、もうそろそろ客が来る時間だ。もう帰ってもらえるかな」 

 気がつくと、俺のバイトの時間も迫っていた。 

 今日はもうこれが限界だ。これ以上何かを引き出せる気がしない。俺は「ありがとうございました」と一言残して、カウンターの席から立ち上がった。 

「ああそうだ、一つ忠告だ。ハルちゃんが個人的に客を取らないよう注意しとけ」 
「……どういうことですか?」  
「ウチみたいに、ちゃんとバックがついて管理している店は、売り物を大切にする。何かあればちゃんと対応するし、危険な客かどうかあらかじめ選別している。だが個人で客を取り始めたら、管理しきれない」 
「……」 
「金銭もそうだし、ヤク中とか、変態気質な奴とかね。仲介料浮かそうと直引きしたり、逆にふっかけたりとかして、トラブって泣きつく奴らがわりと多いんだよ。ルールとかマナーとかあったもんじゃない。気ぃつけな。それだけだ。じゃあな坊主、もう来るなよー」 

 マスターはカウンターから出て来て扉を開けると、俺をグイッと外に押し出し、扉を閉めた。 

 ――あの日、親父さんは他にも金を借りているということを言っていた。 

(鏑木の親父さんは、他の取り立て屋とトラブルになっていたってことなのか。それならなぜ――) 

 ウリの仲介とは無関係のマスターが、なぜあの日あの場に来たのか。俺は階段を降りながら考えた。 
 もしかしてマスターたちは、死体処理に呼ばれたのではないだろうか。 

 親父さんが鏑木の死体の処理に困り、それをヤクザである彼らにお願いした。だからあの日、状況を確認するために彼らは訪れた。 

――今思い起こせば、マスターがあの日俺にかけた声は、ひどく残念そうだった。 

 マスターは鏑木のことをいつも心配していた。今日マスターはあんなことを言ってはいたが、あれは絶対に、フリなんかじゃなかったと、俺は思う。 

 階段を降り外に出るともう周囲は暗くなっていて、街灯が薄暗く道を照らし始めていた。 

 俺はバイトに遅れないよう、走り出した。 
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

【BL】婚約破棄で『不能男』認定された公爵に憑依したから、やり返すことにした。~計画で元婚約者の相手を狙ったら溺愛された~

楠ノ木雫
BL
 俺が憑依したのは、容姿端麗で由緒正しい公爵家の当主だった。憑依する前日、婚約者に婚約破棄をされ『不能男認定』をされた、クズ公爵に。  これから俺がこの公爵として生きていくことになっしまったが、流石の俺も『不能男』にはキレたため、元婚約者に仕返しをする事を決意する。  計画のために、元婚約者の今の婚約者、第二皇子を狙うが……  ※以前作ったものを改稿しBL版にリメイクしました。  ※他のサイトにも投稿しています。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき
BL
 族の総長と副総長の恋の話。  アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。  その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。 「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」  学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。  族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。  何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

処理中です...