バッドエンド・タイムリープ!

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3回目のリープ

42.3回目の終わり1

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※死についての残酷な描写があります。



「な、鏑木。2月の26日から3月5日までの一週間。俺んちでさ、学年末テストの合宿やんねーか?」 
「合宿?」 

 教室でだるそうに机に突っ伏してした鏑木が、驚いた声とともにガバッと顔を上げた。 

「何それ。めっちゃ楽しそうじゃん。ずっと木嶋んちで寝泊まりするってこと?」 
「そ。俺もその間バイト休んで、勉強に専念するし」 
「マジかー。めっちゃ本気じゃん」 
「だって鏑木、学年末落としたら留年だろ。ここはちゃんとやっとこうぜ。お前んち、スナックもあるし、あの部屋じゃ集中できねーだろ」 

 進級のための集中合宿。 
 それは建前で、何としてでも一時的にスナックから鏑木を避難させるため、俺なりに一生懸命考えぬいた作戦だ。 

  ただの勉強会ではなく、〝合宿〟というところがポイントだ。 遊びじゃなく本気っぽいのがいい。 

 それに12月の学期末テストは、俺が勉強を教えたことで、実際に鏑木は順位を上げた。俺の家で集中合宿することは、留年目前の鏑木には十分な理由づけになるはずだ。 

 しかし正直なところ、バイトを一週間も休むのはとても痛い。 翌月の生活に響くなんてもんじゃない。 
 でもそれも、〝3月4日を越えられたら〟の話だ。来月のことは、無事3月5日を迎えることができたときに考えればいい。 
 今はとにかく鏑木を助けることだけを最優先にする。 

「まあなー。親父も俺がずっと家を空けることに、何も言わねーとは思うけど。スマホあるし」 

 ほぼネグレクトなあの親父さんが、外泊程度のことで口挟むとは思えない。それよりも、急に連絡をいれてこられて、鏑木が勉強ではなくウリの仕事を優先させそうなのが、怖い。 

「その、鏑木……。合宿中はさ……」 
「ん? ――あー……」 

 教室でウリとか言えないし、そもそもその言葉自体が禁句のようなものであるため、はっきり言うことを憚られ口籠ると、鏑木が察したように、「……ああ、アレ? 入れない方がいい?」と言った。 

「……せっかくだし、集中してほしいしさ」 
「ん。……わかった。合宿中は勉強したいからって、親父に言っとく」 

 ひとまず、これで安心か。 

「じゃあ、26日は学校終わったら俺んちな」 
「メシは木嶋が作るんだよな。めちゃ楽しみー」 
「お前も手伝うんだよ。一緒に進級できるようにがんばろうぜ」 
「おー」 

 俺はその日の夜にバイト先で、バイトリーダーにシフトの調整をお願いした。 
 土日まるまる抜けられるのはキツイけど、試験前だし仕方ないねとOKを貰い、これでしっかりと合宿中の一週間は鏑木のそばにいられる。 

 鏑木も親父さんから了承を貰い、二人で合宿中に食べたいメシの話や、布団をどうするかとか、そんな話で盛り上がった。 
 焼きそばやチャーハン、シチューやパスタ。二人で金を出し合って、買い物に行き、二人でメシを作る。シチューは初めて作るが、カレーみたいなもんだし、ルーの箱に作り方が書いてあったから、多分大丈夫なはず。 

 そんなふうに、合宿のための準備を整える。 

(26日に鏑木を無事家に連れてくることさえできれば、あとは何とかなる) 

今回こそ無事3月4日を乗り越えられる。俺はそう確信していた。 

 

 合宿の日が近づく頃、鏑木が前回の時間軸同様に風邪をひき、前日の2月25日は熱が出て学校を休んだ。 

 だがその日の夜には熱も下がり、26日の朝には元気で、念の為学校を休むと言っていた鏑木のために、俺はこの日、授業を終えてすぐに家まで迎えに行った。 
 学校を出る前にメッセージを入れ、それから街へ向かった。いつものように繁華街を抜け、飲み屋街のほうへ急ぎ足で歩き、スナックのある路地に入る。 

(またスナックが閉店してるとか言わねーよな) 

 前の時間軸でスナックが閉店していたことを思い出し、少し心拍数が上がる。だがちょうど、スナックの赤いドアから男が三人出ていくのが遠目で見えて、ホッと胸をなでおろした。 

 ちゃんと店は開店しているようだ。 
 だが、開店していたらしていたで、一人で中に入るのはちょっと勇気がいる。 

「……すみません。鏑木は……」 

 そろっとドアノブに手をかけ、ドアを開ける。なぜか店内は薄暗い間接照明だけで、あの派手なレーザーライトはなく、客のいない店内に歌謡曲の爆音だけが響いていた。 

(あれ……まだ本当は開店前か?) 

「えーと、すみません……」 

 ドアを閉めて奥へ進むと、カウンターのところに人がいることに初めて気がつき、驚いた俺の体がビクッと跳ねた。 

(なんだよ、いるなら返事してくれよ……) 

「あ、すみません勝手に入って。鏑木の友達の木嶋です。鏑木を迎えに来ました」 
「…………」 

 そこにいたのはいつものウェイター姿の鏑木の親父さんだった。 
 俺の声には反応せず、カウンター内の背の高い椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと虚空を見つめている。 

「今日から一週間、鏑木をお借りします。それで、鏑木は……」 

 そう言うと、チラッとこっちに目だけ向け、二階を指差した。 
 相変わらず俺に無関心で、愛想はない。俺は会釈をして、奥の階段へ進んだ。 

「おーい、鏑木ぃ」 

 トントンと足音を響かせ、古めかしい赤い絨毯の敷かれた急な階段を上がる。 
 部屋へと続引き戸は開いていて、室内が暗いことは階段を上がっている最中に気がついた。 

(あれ? 寝てんのか) 

 相変わらず部屋は散らかり放題で、その入り口すぐの部屋には誰もいない。 
 いるとしたら、いつも布団が敷きっぱなしの和室のほうか。 
 俺は遠慮なく部屋に入り、床に散らかった物を踏まないよう注意しながら進むと、少し開いた襖に手をかけた。 

「鏑木ー? 迎えに来たぞー」 

 立て付けの悪い襖をガタッと揺らしながら開けると、なんともいえない生臭いにおいが鼻について、思わず顔をしかめた。うす暗い部屋の中で、布団の上に散らばる、鏑木の光る金髪が目に入った。 

「鏑木……?」 

 布団の上に横たわる鏑木を見た時、最初は寝ているのかと思った。

「鏑木」 

 布団の上でピクリとも動かない鏑木の肩を手で揺すった。 
 ゆさゆさと揺すっても、その金髪がただ少し跳ねるくらいで何の反応もない。 

「鏑木」 

 ――俺の中で、今何が起きているのか、まったく理解ができなかった。 

 布団の上で薄目のまま動かない鏑木。 
 口からは血の混じった泡。グシャグシャになった布団の上で、衣服のない骨の浮いたガリガリの体が横たわる――。 

「鏑木!」 

 パニックになった俺は、鏑木がなんで起きないのか分からず、何度も強く揺さぶった。 
 だが髪の毛が跳ねて溢れるだけで、鏑木の体は反応を返さない。 

「鏑木! 鏑木ぃ!! 目ぇ開けろって!! なんで息してねぇんだよ!!」 

 大声で呼んだが、鏑木からの返事はなかった。 
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