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3回目のリープ
26.松永の絵1
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そんなことを考えていた日から6日ほど経った頃、俺に松永の絵を見るチャンスが訪れた。
その日の放課後、たまたま外廊下を一人で歩いていると、大きな荷物を抱えた松永に出くわした。
何やら紐で括られた大量の箱や、パンパンに物が詰まった紙袋を両手いっぱいに抱え、前が見えにくいのかふらふらし、背の低い松永は見るからに大変そうで、思わず声をかけた。
このとき俺は絵のことなどさっぱり頭になく、松永を慕う純粋な気持ちから、手伝ってやろうと声をかけたのだ。
「先生! 俺、持ちます」
「え、あー木嶋。すまんな。すぐそこまでだと思って、欲張ってしまってね。助かるよ」
俺が近づいて申し出ると、松永はちょっと気恥ずかしそうに笑った。
「これ、どこまで持っていきます?」
「美術部で使おうと思ってるやつだから、美術準備室までなんだけど、運ぶのお願いしてもいいかい?」
「ああ、いいっすよ」
松永の手から箱の束をひょいと持ち上げた。
思ったよりも軽い。
紙袋の中は大量のファイルだったから、そっちのほうが重かったのかもしれないと思いつつ、積まれた箱で前が見えないよりはマシだろうと考えた。
「その箱、中は額縁なんだ。三年生の作品で一番いいやつを額にいれて、卒業前に渡してやろうと思ってね。こっちは三年の授業でポートフォリオを作ろうと思って注文していたファイル。思ったより重くて助かったよ」
「……ポートフォリオ?」
「作品集のことだよ。君たちにも来年作ってもらうよ」
松永はそうニコニコして言いながら、美術準備室のほうに向かった。
吹奏楽部の楽器の音が響く特別教室棟に入り、美術室までくると、松永が準備室の鍵を開けた。ドアをくぐると、冷えた空気と油絵具の匂いが鼻を刺す。
「あーごめんね、重かったろう。そこに置いてくれるかな」
「ここでいいっすか」
「うん、そこで」
壁に沿って配置された棚の空きスペースに、持っていた額縁の束を置いた。
「あーありがとう木嶋。本当に助かったよ。お茶出すから飲んでいきなさい」
「あー……いや、俺、ちょっと俺約束が」
鏑木と一緒に帰る約束をしているから、そろそろ教室に戻らないとなと思いつつ、ふとあの布のかけられたイーゼルが目に入った。
「先生、これ、先生が描いたやつなんですか?」
イーゼルにかけられた布は四角く角張っていて、誰が見てもキャンバスがこの下にはあると、そう思うはずだ。よし、俺のこの問いは不自然じゃない。
「見ていいっすか」
「えー、あーうん。って、ちょ、木嶋! ちょっと待った……!」
松永はお茶を淹れようとしていたからか、最初こちらを見ずに「うん」と言い、その後すぐに慌てたように訂正した。だがもう遅かった。
そのときすでに、俺はイーゼルに掛けられた布を取り払ってしまっていた。
「え、……これ……」
何が描かれているんだろう。花瓶とか花とかかな。それとも抽象画だろうかと、ワクワクしながら布を取った俺は、見た瞬間、目を疑った。
キャンバスに描かれたもの。それは――男性のヌードだった。
写実的に描かれたその絵の人物は、気だるそうい横向きで、足を広げ寝転がっている。
髪の毛は金髪で、細い肢体の男性。頭から太ももまでが描かれ、あろうことか性器までもがはっきりと描かれていた。
ヌードなど芸術の世界では当たり前のものかもしれない。でも芸術と無縁な俺は、例え同性のものであろうとも、なんだか見てはいけないものを見てしまったように思い、すぐに布を戻そうとした。だが――。
その日の放課後、たまたま外廊下を一人で歩いていると、大きな荷物を抱えた松永に出くわした。
何やら紐で括られた大量の箱や、パンパンに物が詰まった紙袋を両手いっぱいに抱え、前が見えにくいのかふらふらし、背の低い松永は見るからに大変そうで、思わず声をかけた。
このとき俺は絵のことなどさっぱり頭になく、松永を慕う純粋な気持ちから、手伝ってやろうと声をかけたのだ。
「先生! 俺、持ちます」
「え、あー木嶋。すまんな。すぐそこまでだと思って、欲張ってしまってね。助かるよ」
俺が近づいて申し出ると、松永はちょっと気恥ずかしそうに笑った。
「これ、どこまで持っていきます?」
「美術部で使おうと思ってるやつだから、美術準備室までなんだけど、運ぶのお願いしてもいいかい?」
「ああ、いいっすよ」
松永の手から箱の束をひょいと持ち上げた。
思ったよりも軽い。
紙袋の中は大量のファイルだったから、そっちのほうが重かったのかもしれないと思いつつ、積まれた箱で前が見えないよりはマシだろうと考えた。
「その箱、中は額縁なんだ。三年生の作品で一番いいやつを額にいれて、卒業前に渡してやろうと思ってね。こっちは三年の授業でポートフォリオを作ろうと思って注文していたファイル。思ったより重くて助かったよ」
「……ポートフォリオ?」
「作品集のことだよ。君たちにも来年作ってもらうよ」
松永はそうニコニコして言いながら、美術準備室のほうに向かった。
吹奏楽部の楽器の音が響く特別教室棟に入り、美術室までくると、松永が準備室の鍵を開けた。ドアをくぐると、冷えた空気と油絵具の匂いが鼻を刺す。
「あーごめんね、重かったろう。そこに置いてくれるかな」
「ここでいいっすか」
「うん、そこで」
壁に沿って配置された棚の空きスペースに、持っていた額縁の束を置いた。
「あーありがとう木嶋。本当に助かったよ。お茶出すから飲んでいきなさい」
「あー……いや、俺、ちょっと俺約束が」
鏑木と一緒に帰る約束をしているから、そろそろ教室に戻らないとなと思いつつ、ふとあの布のかけられたイーゼルが目に入った。
「先生、これ、先生が描いたやつなんですか?」
イーゼルにかけられた布は四角く角張っていて、誰が見てもキャンバスがこの下にはあると、そう思うはずだ。よし、俺のこの問いは不自然じゃない。
「見ていいっすか」
「えー、あーうん。って、ちょ、木嶋! ちょっと待った……!」
松永はお茶を淹れようとしていたからか、最初こちらを見ずに「うん」と言い、その後すぐに慌てたように訂正した。だがもう遅かった。
そのときすでに、俺はイーゼルに掛けられた布を取り払ってしまっていた。
「え、……これ……」
何が描かれているんだろう。花瓶とか花とかかな。それとも抽象画だろうかと、ワクワクしながら布を取った俺は、見た瞬間、目を疑った。
キャンバスに描かれたもの。それは――男性のヌードだった。
写実的に描かれたその絵の人物は、気だるそうい横向きで、足を広げ寝転がっている。
髪の毛は金髪で、細い肢体の男性。頭から太ももまでが描かれ、あろうことか性器までもがはっきりと描かれていた。
ヌードなど芸術の世界では当たり前のものかもしれない。でも芸術と無縁な俺は、例え同性のものであろうとも、なんだか見てはいけないものを見てしまったように思い、すぐに布を戻そうとした。だが――。
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