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コウの失踪3

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 悶々とした日々が過ぎ、コウさんとの約束の休日を迎えた。
 結局俺は翌日から屋敷での寝泊まりを再開させ、この日も朝からどこにも行かず、ずっと屋敷の中にいた。
 
 いつもなら運動がてら外へ走りに出たり、コウさんを迎えるために食べるものを買いに出たりするのだが、今日はそんな気にはなれなかった。
 
 ——彼が帰ってきたら、俺はどんな顔で迎えればいいのか。
 
 何事もなかったかのように笑顔で出迎えることなんざ、今の俺には無理だ。
 
 問い詰めて怒りにまかせ怒鳴り上げたりしやしないか、興奮すると自制がきかないところがあるだけに、不安だった。
 頭に血が上ったとしても、絶対にコウさんに手を上げるんじゃないぞと俺は自分自身に言い聞かせた。
 
 
 悶々とした時間が過ぎていく。
 
 しかし昼を過ぎてもコウさんは戻らない。
 物音がするたびに俺はビクッとし、そっとカーテンの隙間から窓の外を見やっては、安堵とも落胆ともつかぬ溜息をつく。
 
 そんな何も手につかず気が張るだけの時間を過ごしているうち、瞼が次第に重くなってきた。
 
(なんだか眠い……。昨晩も眠れなかったせいか)
 
 考えすぎているせいか頭痛までしてきた。
 俺は座っていた長椅子の肘置きに足を投げ出して横になり、目を瞑った。
 
 もし起きたとき、部屋は真っ暗でコウさんが帰っていなかったら俺はどうしたらいい?
 
 眠りたいのに眠りたくない。そんな矛盾と葛藤しながらも瞼は固く閉じられていく。頭が痛い。
 ——そのまま俺の意識は微睡みの中に消えた。
 
 
 
 
 
 ガタッバタンッ
 
 静かな屋敷に大きな音が響き、俺は飛び起きた。
 
(扉の音だ!)
 
 部屋は真っ暗な上、起きたばかりで夜目がきかないのも構わず、俺は部屋にある机や椅子を蹴散らしながら飛び出した。
 ドタドタと床を鳴らし、玄関に通じる大きな階段を一目散に駆け下りる。
 
 L字を曲がり、一階部分に差し掛かったとき、玄関扉前に荷を肩から下ろし、服の汚れをパンパンと払い除けながら立っているコウさんが見えた。
 
「——…………コウさん……」
 
 彼は俺に気がつくと
 
「セイドリック! 戻ったぞ! 遅くなってすまなかったな」
 
 と嬉しそうに笑った。
 ——無邪気なコウさんの笑顔。
 しかしそれも俺の表情を見るなり色を失い、一転戸惑いの表情で固まった。
 
 俺は今どんな顔をしているんだろうか。もしかしてひどく怖い顔をしているのかもしれない。たぶんそうだ。コウさんの表情が物語っている。
 
 しかし自分では本当はどんな顔をしているか分からないため取り繕うこともできず、——ただ顔は痛いほど引きつっていた。
 
 俺は無言のまま階段を飛び降りると、そのままコウさんのほうに走り寄った。
 俺から発する緊迫した雰囲気に、警戒したコウさんが身構える。
 しかしそんなことなど構うことなく、俺はコウさんに手を伸ばした。
 
「セ、——……セイドリック?」
 
 俺はコウさんの肩を引き寄せ、力の限り抱きしめた。
 さっきまでの悶々とした複雑な感情など、コウさんの笑顔ですべて吹き飛んでしまった。コウさんが帰ってきてくれたことに安堵し、何も言えずただただ抱きしめた。
 
 ——これでは俺がまるで、帰りの遅い母親を待つ無力な子供みたいじゃないか。
 
「……セイドリック、どうした? 遅くなったから寂しくなったのか? 甘えたがりだな」
 
 ほっと力を抜いたコウさんの戸惑うような声が、すぐ耳のそばで聞こえる。
 彼の全身からは土埃と垢じみた汗の臭い、そしていつもの爽やかなコウさんの匂いが入り混じり、彼が長く外を歩いて来たことを物語っていた。
 
「コウさん……どこに行ってたんだ。探したんだぞ、俺は」
 
「ん——? ……あ、なんだバレてたのか。そうか、探してくれたのか。黙って行ってすまなかったな」
 
 頬を擦り寄せ、鼻先をぐりぐりと首筋に押し当てると、くすぐったそうに笑って宥めるように俺の肩をパンパンと叩いた。
 
「ははっ、おい、今日は臭うからやめろ。3日風呂に入ってないから汚いぞ」
 
 そういって俺を押しのけた腕には、あの消えたはずの腕輪が光っていた。
 
 
 
 
 
「そうかそんなに心配してくれていたのか、悪かったな」
 
 ガシガシとスポンジで俺に磨かれているコウさんが、申し訳無さそうに言った。
 俺は無言で洗剤入りの湯が入ったタライにジャバッとスポンジを浸け、またコウさんのカラダに押し当てる。
 
 コウさんは床に胡座をかき、俺にされるがまま体を洗われている。俺は体を洗ってやりながら、傷が増えていやしないか、変な跡などないかこっそり確認する。
 
 毛のほとんど生えていないまるで子供のような脇を洗ってやりながら、どこにも不審な点は見当たらないことにひとまず安堵した。
 
「……で、一週間もどこに行ってたんだ」
 
 ゴシゴシと洗いながら、感情的に聞こえないようにと、できるだけ落ちついた声音に抑えて言った。
 
「あ——……そうだな。うーん、ここで話すことじゃないな。風呂が終わったら話す。さ、もういいぞ。洗ってくれてありがとうな。あとは自分で洗う」
 
 そう言って立ち上がろうとしたコウさんの手を掴み、引き寄せると、急に手を取られ体制を崩したコウさんが、俺の腕の中に倒れ込んできた。
 
「おい、危ないぞ。セイドリ……んん……あ……ちょ、おい、……くっ」
 
 唇を強引に重ね、胸の先端に指を這わせ突起をつねると、痛みで体をのけぞらした。
 
「……後ろがまだだろう」
 
 後ろの孔に指を一本差し込むと、俺の腕の中でコウさんが小さく声を漏らす。
 
「あ……セイドリック、今日はまず、先に話をしたい」
 
「話……」
 
「ああ、セイドリックに話したいことがあるんだ」
 
 話?
 俺とヤルよりもしたい話とはなんだ?
 拒否をされたということではないことは分かっている。だが心の中でレイルとした話がこだまする。まさか本当に浮気とか? 本命ができたとか、そんな話だったら? 引っ越し先を決めてきたとか、そんな話かもしれない。頭の中を妙な考えがぐるぐる回る。
 
 その後コウさんが何か言っていたが、ちょっと覚えていない。
 気がついたら俺はキッチンのいつもの椅子に座ってて、コウさんはこざっぱりとした服に着替え、いつものようにお茶を淹れていた。
 
「セイドリック? さっきから黙ってしまったが、……その、俺の言い方が悪かったな。あんたとやりたくないってことじゃなかったんだ。大丈夫か? 聞こえているか?」
 
 大丈夫だし聞こえているが、正直どんな話が出るのか気が気じゃない。
 とりあえずこれを飲めというように、俺の目の前に茶が置かれた。
 だがいつものお茶とはちょっと香りが違う。
 いつものよりもちょっと香ばしい、どこか温もりを感じる茶の匂い。
 
 俺が茶を手に取って啜り、ホッと息をつくと、コウさんも安堵したように息をついた。
 
「その、迷惑をかけたようですまなかった。実は実家に戻っていた。そのお茶は村の特産だ」
 
「は——? 実家? それならなんで俺に言わなかったんだ」
 
 実家に行くのなら土産を持たせてやりたかったし、なんなら俺もついていきたかった。
 
「——その、ちょっと言いづらくてな。あ——……なんというか、その、俺の見合いの話だったんだ」
 
「み、見合い!?」
 
 見合い!?
 コウさんが俺に隠れて見合いをしたというのか!?
 
「じょ、女性と、ってことか……?」
 
「あ——まあ、そろそろこっちに戻って身を固めろ、そういう話だ。俺もこっちで結構な額を貯めたからな。もう一人前だから、村に戻って独立して仕事をすればいいって、親父が言ってきた」
 
「身を固めるって、け、けっこん……」
 
「そういうことだ。俺の村では男は独立して、結婚して子供を作って、家族一丸となって仕事をすることが当たり前なんだ。俺はまだ親父の下で働いていることになっていて、今は出稼ぎのような形になってる。だから独立の許可を与えるから、村に帰って結婚しろって。相手も見つけてやるからって」
 
「あ、相手は……?」
 
「ああ、行ったらもう村に来ていた。背は小さいが豊満で、丈夫な子供を産みそうな人だった」
 
「ほ、豊満……」
 
 確かコウさんの好みは豊満な女性だったはず……。
 
「そ、それで、どうしたんだ」
 
 人のいいコウさんだから、もしかして断れなかったとか、そんなこと言わないよな……?
 
「セイドリック。それでどうしたもこうしたもないだろう。俺にはあんたという恋人がいるんだぞ? 俺をみくびるな。きっちり断ってきた」
 
 俺は感激のあまり思わず立ち上がって「コウさん!!」と叫んでしまった。
 だがそんな俺を、コウさんはジトッと睨んだ。
 
「その反応からして、俺のことを他の者に目移りするような男だと思っていたのか? 心外だなセイドリック」
 
「ウッ! す、すまん……」
 
 いや、俺は信じていた! 信じていたが、レイルのせいでちょっと心が揺らいだんだ。
 だから俺に湧いた疑念は、全部レイルのせいだ。
 
 コウさんはオロオロしている俺を見て、ちょっと笑った。
 
「……うちの村は恋愛も結婚も異性と、というのが普通でな。だから親父もまさか俺がこっちで同性の恋人を作るとは思っていなくて、実はいろいろ画策されてな、なかなか村を出れなかった」
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