失恋した神兵はノンケに恋をする

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コウの失踪1

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 俺が腕輪を渡してから、すでに2年が経つ。
 コウさんとは昔と変わらず仲睦まじく、お互いの休みごとに会うという生活を今でも続けている。
 贈った腕輪はコウさんの引出しの中に仕舞われたまま、まだ一度も身に着けて貰ってはいないが、それでもコウさんは俺のことが好きだし、俺も変わらず愛していることには変わりない。
 
 普段離れているからこそ、お互い隠し事はせず、信頼できる関係を築いている自信はある。
 
 コウさんが俺に秘密を持つはずなど絶対ない。ましてや黙って俺の前からいなくなるなど、絶対にあり得ない。
 
 ——この時まで俺はそう信じていた。
 
 
 
 
「は? コウさんが現場の仕事を休んでるだと?」
 
 午前中コウさんが働く工事の現場へ行っていたレイルが、わざわざ俺を引き止め、コウさんが長期で休んでいることを知っているかと聞いてきた。
 
「やっぱり知らなかったか。もう3日も前からだそうだ。今日どこにもコウさんの姿が見えないからさ、おかしいなと思って現場の者に聞いてみたんだ。そしたら3日も前から休んでるって言うもんだからさ。そんな長期の休みならお前も有頂天になって仕事を休むとか言い出しそうなのに、いつもと変わらず屋敷に戻らず呑気に宿舎にいるし、もしやと思ってな」
 
 知らぬも何も当のコウさんから聞いている次の休みは、この4日後。期間は2日間だ。そんな3日も前から長期の休みをとっているなど、聞いてない。
 
「……俺は知らんぞ。現場の詰所にもいないのか。体調を崩して休んでいるとか、そういうことではないのか?」
 
 休みと言っても体調を崩している可能性だってある。もしそうなら今からでも迎えに行って、屋敷で療養させてやりたい。
 3日も寝込むなどおおごとじゃないか。
 
「いや、普通に事前に申請を出していたみたいだ。そちらもちゃんとあっちの文官に確認した。どこかに出たままで、詰所にはいないみたいだな」
 
 俺は愕然とした。
 事前申請してあるだと?
 
 病気でないのならそれはそれで良かったが……。しかしまさか、コウさんが俺に黙って休みをとるなんざ信じられん。普段いつも忙しくて長期の休みなんか取れるもんかといつも言っているのに……。
 
 何かあったとしか思えん!!
 
 もしや俺にも言えないようなトラブルに巻き込まれているとか……?
 ……コウさんに限ってそんな危ないことに巻き込まれるようなヘマはしないと思うが、正義感の強い男だ。誰かを助けるためとか、そういうことも考えられる。
 
「レイル、最近コウさんから何か相談とか受けていないのか!?」
 
「は? 俺がか? あるわけないだろう。するとしたらお前にだろうが」
 
「俺に言えないような何かトラブルに巻き込まれている可能性があるだろう!? レイルも何も聞いてないとすると、余計心配だ。もしかすると屋敷に戻っている可能性もある。……気になって仕事が手につかないから、俺は一度屋敷に戻ってくる」
 
「……おい。浮気の可能性もるだろうが。他の男、まあ女でもいいがそいつとどこかにしけこんでるってことは考えないのか」
 
 レイルが言う通り、俺もチラッとその考えが頭をよぎった。だが——
 
「コウさんが俺以外の者とヤッて満足するとは思えん!! それにもし仮に浮気相手と一緒にいたとしてもだがな、その後俺とも約束しているんだぞ!? 浮気相手と俺と、連続していたすなど体がもたんだろうが!!」
 
 俺の勢いにレイルも圧倒されたのか、珍しく目を丸くさせて俺を見ていた。
 
「……お前、本当にコウさんのことになるとバカになるな」
 
「お前だって何かあったと思ったから俺に言ったんだろう? コウさんは浮気などしない! ということは何かあったとしか思えん」
 
 俺は上着を取ってこようと事務室のほうへ踵を返し、急足で向かった。
 背後でレイルの「何かあれば俺に言え」という声が聞こえた。
 
 
 
 
 こっそり仕事を抜けだし屋敷に戻ったがいいが、当然中は静かで、誰もいない。
 コウさんが戻れば鍵を預かる管理人から連絡があるはずだし、それがないということはコウさんは戻っていないということだ。
 
 ちなみにだが、屋敷の鍵はコウさんの分ももちろん用意してある。だが、現場にここの鍵を持って出て紛失や盗難があると怖いとコウさんが言うので、いまだに管理人に管理してもらっている。断じてコウさんに鍵を渡していないということではない!
 
 念のため、室内にコウさんが来た痕跡がないか確かめた。コウさんの部屋はもちろん、コウさんが出入りしそうな部屋、台所や俺の寝室、トイレやシャワー室などすべて確認した。しかしコウさんの寝台のシーツはピシッときれいに張られたままだったし、どの部屋も掃除し整えられた後に誰かが使用した形跡はなかった。
 
 だが、ひとつだけ気になることがあった。
 
 それはコウさんの部屋の小引出しに中にいれてあった腕輪が、箱ごと消えていたのだ。
 そう、俺が渡した俺の花紋入りの腕輪だ。
 
「おかしいな。ずっとここに入っていたのに」
 
 俺は引出しを上から順に棚から全部引き出して確かめた。もしかすると、コウさんが他の場所に入れ直したかもしれなかったからだ。
 
 ——あの腕輪はコウさんに渡してから一度も身につけて貰えなかったが、何も仕舞いっぱなしだったというわけでもなかった。密かにコウさんが夜中に俺が寝た後、そっと取り出しては眺めていたのを俺は知っている。
 
 コウさんはあれを大事そうに眺めては、また元の場所に仕舞って、満足そうに俺に寄り添って寝るのだ。
 
 最初なかなか腕輪を身につけてくれないことに、押し付けがましく迷惑だったかと内心不安だったが、コウさんはコウさんなりにちゃんと考えていてくれているのだと知ってからは、俺もあまり腕輪について話さなくなった。あの腕輪を大事にしてくれているのなら、それでいい。
 
(少し前の夜も眺めていたようだったが……)
 
 他の場所に保管場所を移したのかもしれない。そう思ったのだが、寝室にも衣装部屋にもどこにもなかった。
 
 まさかコウさんがあの腕輪を持ち出すとは思えないが……。
 盗人が盗んだとするなら納得いく。しかし腕輪以外なくなったものはなく、屋敷の様子から侵入者があったとも思えない。
 
 それにアレを売り払っても、この国では足がつく。どこに売っても捨てても、花紋入りを見つけた者は必ず届け出を出す義務があり、そこから花紋の持ち主に連絡がいく仕組みだ。腕輪を売った者はすぐに捕縛され、俺に連絡がくる。敬遠こそすれ、いくら高価なものでも売れない物を盗むやつはいない。
 
 
(では、自ら腕輪を持ってコウさんが失踪?)
 
 あり得ない。何のために?
 それに失踪かどうかはまだ分からない。予定している休日にはここに戻ってくるかもしれないのだ。だから今はまだ行方不明なだけで、明らかな失踪ではない。
 
(俺に隠れて浮気しているのか?)
 
 レイルにああ言ったものの、本当は少しばかり心のすみっこで疑っている自分がいる。だがあの実直なコウさんが、俺に悟られずに他の誰かと関係をもつなんて考えられない。
 それにもし他に好きな人がいたと仮定しても、やはり腕輪を持ち出す意味がない。
 
 腕輪をわざわざ持ち出したことに何か意味があるのではないのか? 例えば、金目のものを寄越せと脅されて、俺が気づくようわざとアレを持って出たとか、もしくは暗にコウさん自身に身の危険が及んだことを匂わせているとか……。
 
「ぐっやはり何かあったとしか思えん!」
 
 俺はいても立っていられなくなり、屋敷を飛び出した。
 
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