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セイドリック、プロポーズする
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「お、セイドリック。今日はやけに機嫌がいいな」
午前中に街の巡回を終え、鼻歌混じりで事務室に戻った俺にレイルが声をかけてきた。
「ふふん、まあな。これを見ろ」
俺は懐から出した箱をレイルに見せた。
俺の手のひらくらいの大きさのその箱は、美しい艶やかなビロードに覆われ、いかにも高級なものが入ってますと言わんばかりだ。
「お、何だ? セイドリックにしては珍しいな。アクセサリーか?」
「俺のじゃないぞ。コウさんに贈ろうと思ってな」
「へえ」とレイルが目を丸くして手を伸ばし、蓋を開けた。
あの騒動があって以降、俺はずっとコウさんに、詫びと称して何かしたいと考えていた。
コウさんには何をあげたら喜ぶのか。
何が好きで何が似合うのか。着る物がいいのかそれとも珍しい食べ物がいいのか。家か、仕事道具か、はたまた立派な馬か。
俺は悩んだ。
コウさんは基本的に、普段あまり金を使わない。
着るものも食べるものも最低限で、贅沢はしないし、だいたいいつも同じ。
唯一嗜好品といえるものは、お茶くらいで、それについても飲む銘柄は決まっていて、茶器もこだわることもなく何でもいいらしい。
こだわってるといえば褌くらいなのだが、それをいきなり贈られても困るだろう。
俺はこのところずっと悩みに悩み、散々悩んだ結果がこの箱の中身、というわけだ。
「……これ本当に渡すのか」
「ああ。見事な細工だろう! 街で評判の細工師に作らせたんだ。ほらここに俺の花紋が入っているだろ。裏にはコウさんの名も入れたからな」
ウキウキと説明する俺を遮るように、レイルがパタンと箱の蓋を戻した。その顔面は何故だかかなりの渋っ面だ。
「お前、コウさんはコレの意味を知っているのか」
「どうだろうな。これ自体の意味は知っていると思うのだが」
俺の能天気な答えに、レイルが大袈裟にため息を吐いてみせた。
レイルがこう言うのも、実は訳がある。
箱の中身はというと、俺が特注で作らせた腕輪だ。もちろんただの腕輪ではない。街一番の細工師に頼み、コウさんをイメージしいろいろと拘った品物だ。
だがレイルが気にしているのは腕輪そのものではない。腕輪に刻ませた俺の花紋のことだ。
花紋というのは、貴族に生まれた者であれば誰でも持っている、個人を識別するための紋だ。普通は自分の持ち物、とくに大事なものに名を入れる代わりに刻印する。
また提示することで身分証明にもなるため、公的文書のサインにも使う。
普通はこうした文書や物にしか使わないのだが、稀に人間相手にも使うことがある。
例えば、婚約の証としてお互いに自身の花紋の入ったものを贈りあったり、また専属の使用人に主人の花紋を身につけさせたり、という具合だ。
まあ広い意味での『所有物の証』というわけだ。
しかしこの花紋については、所有者の許可なく使用することは厳罰であり、もし花紋入りの物を売ったり盗んだりしようものならどうなるか……。
ましてや花紋を贈られた相手に手を出すような輩がいれば、それはもう大変なことになる。
貴族にとって花紋とは、それほど重要な意味を持つものなのである。
恥ずかしながら我が神兵隊にも、過去にこの花紋を持つ者に手を出したせいで、退役に追い込まれ、傭兵として僻地に飛ばされた者がいる。
レイルはそれを知っているから、平民であるコウさんに何か不利益なことが起こるのではないかと、心配しているのだろう。
だがもう時代は変わった!!
若い貴族の恋人同士の間では、“ふたりの花紋を一緒に入れることで『自分はこの人の物だ』と周囲にアピールできる恋愛グッズ”として、今流行りに流行っているのだ!!
俺はこれをコウさんに渡し、もし今後同じようなことが起きたとき、コウさんが俺の恋人だとはっきりと誰も疑う余地のないようにしておきたいのだ!!
「いや、疑っていたのはセイドリック、お前だけだから」
ぐぬう……そうではあるが、これがあれば俺自身、同じようなことが起こってももう疑心暗鬼に陥ることはないだろう!
そう、これはただの浮かれた恋愛グッズではない。俺の戒めの品でもあるのだ。
……コウさんには本当に心配をかけてしまった。
不可抗力とはいえたくさん傷つけて、辛い思いをさせてしまったと、心から悔やんでいる。
記憶が戻ってイチャイチャも最高潮だったあの日ですら、俺は行為中に頭から血を噴き出させ、安心させるはずが余計にコウさんを心配させてしまった。
媚薬入りの香油を使ったとはいえ、神官の治癒で塞がったはずの傷口がまさか開くとは。どれだけ俺はコウさんに興奮したんだ。
もう2度とコウさんをあんな目に合わせないための戒めとして、そしてコウさんへの愛の誓いとして、これを渡そう!!
「……お前、ほんと思いこみ激しいよな……。コウさん、なんでお前がいいんだろうか。心配になるわ」
「悔しかったらお前も恋人を作れ」
「ハハッ、ま、プロポーズ頑張ってくれ」
レイルが椅子の背に凭れかかり、ニヤッと笑った。
「プ、プロポーズ!?」
「こんな厄介なもの渡すんだ、実質プロポーズだろ? 警戒されず受け取って貰えることを祈っとくわ」
俺はレイルの言葉で、初めて自分がやろうとしていることの意味に気がついた。
た、確かに……これはプロポーズだな。
だが今回のことで俺もコウさんに対する思いはすでに固まっている。コウさんはこのまま一生俺の側にいて欲しい人だ。
今すぐではなくとも、婚姻できたらどんなに幸せか。
手の中にある美しいビロードの箱を見つめた。
屋敷のあの台所で、この腕輪を嵌めて美味そうに茶を飲むコウさんが目に浮かぶ。
よし、俺の考えは間違ってはいない!
俺は次のコウさんの休みに、プロポーズ大作戦を実行することを心に決めた。
「花屋ならいいところ知っているぞ」
「紹介しろ! コウさんに似合いの花をすぐ手配する!」
「あんまり気張るなよ。フラれたときショックが大きい」
ハハッまさか、フラれるなんてことはないだろう。記憶喪失だった俺に、黙って寄り添ってくれたコウさんだぞ?
躊躇されることはあっても、まさかフラれるなんてことは……
そのまさかだった。
「……セイドリック、気持ちは嬉しい……が、さすがに気が早すぎる。それにその腕輪、値段的にも意味あい的にも俺には重い。なかったことにしてくれ」
コ、コウさん~~~!!?
花束を差し出す俺の手から、透き通るように美しい青い花びらがはらりと落ちた。
——気まずい時間が流れる。
だが……だが俺は、俺は諦めないぞ!!
受け取って貰えるまで、コウさんが一生一緒にいてもいいと思って貰えるまで、俺は努力してみせる!!
——こうやって俺は一生、コウさんの周りをウロチョロするんだろう。そして根負けしたコウさんが、仕方ないなと俺の手を取り、ずっと横にいてくれるんだろうな。
俺にはそんな未来が見える。
「コウさん、俺は諦めないからな! 覚悟してくれ!!」
大真面目にそう告げた俺を見て、コウさんは破顔した。
午前中に街の巡回を終え、鼻歌混じりで事務室に戻った俺にレイルが声をかけてきた。
「ふふん、まあな。これを見ろ」
俺は懐から出した箱をレイルに見せた。
俺の手のひらくらいの大きさのその箱は、美しい艶やかなビロードに覆われ、いかにも高級なものが入ってますと言わんばかりだ。
「お、何だ? セイドリックにしては珍しいな。アクセサリーか?」
「俺のじゃないぞ。コウさんに贈ろうと思ってな」
「へえ」とレイルが目を丸くして手を伸ばし、蓋を開けた。
あの騒動があって以降、俺はずっとコウさんに、詫びと称して何かしたいと考えていた。
コウさんには何をあげたら喜ぶのか。
何が好きで何が似合うのか。着る物がいいのかそれとも珍しい食べ物がいいのか。家か、仕事道具か、はたまた立派な馬か。
俺は悩んだ。
コウさんは基本的に、普段あまり金を使わない。
着るものも食べるものも最低限で、贅沢はしないし、だいたいいつも同じ。
唯一嗜好品といえるものは、お茶くらいで、それについても飲む銘柄は決まっていて、茶器もこだわることもなく何でもいいらしい。
こだわってるといえば褌くらいなのだが、それをいきなり贈られても困るだろう。
俺はこのところずっと悩みに悩み、散々悩んだ結果がこの箱の中身、というわけだ。
「……これ本当に渡すのか」
「ああ。見事な細工だろう! 街で評判の細工師に作らせたんだ。ほらここに俺の花紋が入っているだろ。裏にはコウさんの名も入れたからな」
ウキウキと説明する俺を遮るように、レイルがパタンと箱の蓋を戻した。その顔面は何故だかかなりの渋っ面だ。
「お前、コウさんはコレの意味を知っているのか」
「どうだろうな。これ自体の意味は知っていると思うのだが」
俺の能天気な答えに、レイルが大袈裟にため息を吐いてみせた。
レイルがこう言うのも、実は訳がある。
箱の中身はというと、俺が特注で作らせた腕輪だ。もちろんただの腕輪ではない。街一番の細工師に頼み、コウさんをイメージしいろいろと拘った品物だ。
だがレイルが気にしているのは腕輪そのものではない。腕輪に刻ませた俺の花紋のことだ。
花紋というのは、貴族に生まれた者であれば誰でも持っている、個人を識別するための紋だ。普通は自分の持ち物、とくに大事なものに名を入れる代わりに刻印する。
また提示することで身分証明にもなるため、公的文書のサインにも使う。
普通はこうした文書や物にしか使わないのだが、稀に人間相手にも使うことがある。
例えば、婚約の証としてお互いに自身の花紋の入ったものを贈りあったり、また専属の使用人に主人の花紋を身につけさせたり、という具合だ。
まあ広い意味での『所有物の証』というわけだ。
しかしこの花紋については、所有者の許可なく使用することは厳罰であり、もし花紋入りの物を売ったり盗んだりしようものならどうなるか……。
ましてや花紋を贈られた相手に手を出すような輩がいれば、それはもう大変なことになる。
貴族にとって花紋とは、それほど重要な意味を持つものなのである。
恥ずかしながら我が神兵隊にも、過去にこの花紋を持つ者に手を出したせいで、退役に追い込まれ、傭兵として僻地に飛ばされた者がいる。
レイルはそれを知っているから、平民であるコウさんに何か不利益なことが起こるのではないかと、心配しているのだろう。
だがもう時代は変わった!!
若い貴族の恋人同士の間では、“ふたりの花紋を一緒に入れることで『自分はこの人の物だ』と周囲にアピールできる恋愛グッズ”として、今流行りに流行っているのだ!!
俺はこれをコウさんに渡し、もし今後同じようなことが起きたとき、コウさんが俺の恋人だとはっきりと誰も疑う余地のないようにしておきたいのだ!!
「いや、疑っていたのはセイドリック、お前だけだから」
ぐぬう……そうではあるが、これがあれば俺自身、同じようなことが起こってももう疑心暗鬼に陥ることはないだろう!
そう、これはただの浮かれた恋愛グッズではない。俺の戒めの品でもあるのだ。
……コウさんには本当に心配をかけてしまった。
不可抗力とはいえたくさん傷つけて、辛い思いをさせてしまったと、心から悔やんでいる。
記憶が戻ってイチャイチャも最高潮だったあの日ですら、俺は行為中に頭から血を噴き出させ、安心させるはずが余計にコウさんを心配させてしまった。
媚薬入りの香油を使ったとはいえ、神官の治癒で塞がったはずの傷口がまさか開くとは。どれだけ俺はコウさんに興奮したんだ。
もう2度とコウさんをあんな目に合わせないための戒めとして、そしてコウさんへの愛の誓いとして、これを渡そう!!
「……お前、ほんと思いこみ激しいよな……。コウさん、なんでお前がいいんだろうか。心配になるわ」
「悔しかったらお前も恋人を作れ」
「ハハッ、ま、プロポーズ頑張ってくれ」
レイルが椅子の背に凭れかかり、ニヤッと笑った。
「プ、プロポーズ!?」
「こんな厄介なもの渡すんだ、実質プロポーズだろ? 警戒されず受け取って貰えることを祈っとくわ」
俺はレイルの言葉で、初めて自分がやろうとしていることの意味に気がついた。
た、確かに……これはプロポーズだな。
だが今回のことで俺もコウさんに対する思いはすでに固まっている。コウさんはこのまま一生俺の側にいて欲しい人だ。
今すぐではなくとも、婚姻できたらどんなに幸せか。
手の中にある美しいビロードの箱を見つめた。
屋敷のあの台所で、この腕輪を嵌めて美味そうに茶を飲むコウさんが目に浮かぶ。
よし、俺の考えは間違ってはいない!
俺は次のコウさんの休みに、プロポーズ大作戦を実行することを心に決めた。
「花屋ならいいところ知っているぞ」
「紹介しろ! コウさんに似合いの花をすぐ手配する!」
「あんまり気張るなよ。フラれたときショックが大きい」
ハハッまさか、フラれるなんてことはないだろう。記憶喪失だった俺に、黙って寄り添ってくれたコウさんだぞ?
躊躇されることはあっても、まさかフラれるなんてことは……
そのまさかだった。
「……セイドリック、気持ちは嬉しい……が、さすがに気が早すぎる。それにその腕輪、値段的にも意味あい的にも俺には重い。なかったことにしてくれ」
コ、コウさん~~~!!?
花束を差し出す俺の手から、透き通るように美しい青い花びらがはらりと落ちた。
——気まずい時間が流れる。
だが……だが俺は、俺は諦めないぞ!!
受け取って貰えるまで、コウさんが一生一緒にいてもいいと思って貰えるまで、俺は努力してみせる!!
——こうやって俺は一生、コウさんの周りをウロチョロするんだろう。そして根負けしたコウさんが、仕方ないなと俺の手を取り、ずっと横にいてくれるんだろうな。
俺にはそんな未来が見える。
「コウさん、俺は諦めないからな! 覚悟してくれ!!」
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