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セイドリック、記憶をなくす8
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「よし、アンリ。俺をまたここから突き落とせ」
「はぁ? できるわけないじゃないですか!? しかも俺はセイドリック殿を突き落としてませんし!?」
俺は今、自分が落ちたという、例の階段の上にいた。
記憶を取り戻すにはどうすればいいか。俺は有識者をかき集め——とは言っても知り合いの下っ端文官や司書官などしかいないのだが。
彼らに聞いてみた結果、『同じ状況で同じことをすれば元に戻るのでは』という答えに辿り着いた。いくつもの本を読み漁った司書官や、学識高い文官がそういうのだから間違いない。
俺は彼らの叡智を信じて今、アンリを従えて、この階段の上に立ったのだ。
だが当のアンリは半ギレで泣い嫌がっている。
「やれ。命令だ」
「勘弁してくださいよ!! わざとそんなことできませんよ!!」
「俺を好きならやれ」
「ひいっ! ひどい! そんな命令ないですよ!?」
アンリは俺のことが好きらしく、寄宿舎に戻るなり、落とした責任をとるから面倒みさせろとしつこいのだ。だからそれを逆手に取ってやった。
だが、そんなアンリでもこの命令には従えないと頑なに拒否をする。
「アンリ、それで俺の記憶が戻るのかもしれないぞ? それならやってみる価値はあるだろうが」
「うっ、た、確かに……」
アンリが迷っている。あともうひと押しだ。
「俺の記憶が戻ったら、何かいいことかあるやもしれんぞ」
「!!!」
その瞬間、猪の如くアンリは俺に体当たりを食らわした。
「ふぐっ」
俺は不意打ちをくらい、階段を転げ落ちた。いや、途中で体制を変えるくらいの余裕は本当はあった。しかし、頭を打たなくては話にならない。俺は受け身を取るのをやめた。
「あだっ」
結果、頭を強打し、ゴワンと頭に衝撃が響く。頭が何かにめり込んだような感覚だ。
それにしてもかなり痛い。頭がへこんだんじゃないか?
「いっ! ……でででででででで」
「セ、セイドリック殿~~!!! 無事ですか!?」
半泣きのアンリが駆け下りてくる。
「あ!! 頭から血が出てます!!」
「血!? ……前は? 前のとき出血はあったのか?」
「……なかったです」
し、失敗か……。しかも失神もしていない。完全に頭を打ち損だ。記憶もこれまで通りだ。
まずい。こんなことコウさんに知られたら怒られる。
こんなこと——
(ん?)
その時俺は、既視感を覚えた。
同じようなことがあった気がするのだ。
「わー! セイドリック殿!! 血が!! 血が溢れて垂れてきてますよ!?」
アンリが騒いでいるがそれどころじゃない。何か思い出しそうなのだ。
——コウさんに叱られる
そうだコウさんに拳骨で怒られると思ったんだ。
何に対して?
そうだ確か同じようにヘマをして怪我をしたよな。今のように階段を落ちて……そうだ!!
エッチなコウさんのことばかり考えてて、階段から落ちたんだ!!!
「お、思い出したーーーーーーー!!!!」
「へ? セ、セイドリック殿!? セイドリック殿ーーーーー!!」
あまりの歓喜に叫んだ瞬間、頭からピュッと血が吹き出して、俺はそのまま倒れた。
そして、気がついたらまた病院の寝台の上だった。
「……おい。セイドリック、お前またアンリを使って階段落ちをやらかしたそうだな」
前回のときは心配してくれたレイルだったが、今回ばかりは目が覚めると、心配どころか蔑んだ目で俺を見下ろしていた。
「今回は早くに目が覚めたから良かったが……。しかし今回は血も出てるし、死んだらどうすんだこのマヌケめ」
額に青筋を立ててレイルが怒るのを、上半身を起こしつつハハハと笑いながらやり過ごす。
後頭部に違和感があり手をやると、ガーゼが貼り付いていた。
血を止めるのに神官の治癒力を使ったのか、血は止まっているようだし痛みもない。
「いや、すまんすまん。おかげで記憶は戻った」
「何? 本当か!」
さっきまで怒っていたレイルも、俺の言葉には目を丸くさせ食いついてきた。
「本当だ。書類の中身も思い出したから、もうスムーズに処理できるはずだ」
「そうか! 良かった!」
レイルが嬉しそうに胸を撫で下ろす。そうかそんなに嬉しいか。
「これで俺はいつもの仕事に戻れるな!」
俺の体のことはもういいらしい。もう大丈夫だろうと、レイルはニコニコしながら、退院の手続きをしてくれた。
まあ頭も痛みはないし、治癒をして貰えたなら悪化もしないだろうと、寄宿舎に戻る準備をしていると、レイルが声をかけてきた。
「あ、セイドリック、頭を打ったんだから、3日ほどは安静にしとけよ。仕事は復帰したら、残業でもなんでもして処理してくれればいいからな」
残業確定なのか。
まあそうは言っても、休んだ日の分はレイルが何とかしてくれるだろう。……いや、記憶喪失の間の分は、溜まっていたな……。
俺は仕事に後ろ髪を引かれつつも、休暇申請を出し、部屋の前で待ち構えていたアンリをかわしつつ屋敷に戻った。
「はぁ? できるわけないじゃないですか!? しかも俺はセイドリック殿を突き落としてませんし!?」
俺は今、自分が落ちたという、例の階段の上にいた。
記憶を取り戻すにはどうすればいいか。俺は有識者をかき集め——とは言っても知り合いの下っ端文官や司書官などしかいないのだが。
彼らに聞いてみた結果、『同じ状況で同じことをすれば元に戻るのでは』という答えに辿り着いた。いくつもの本を読み漁った司書官や、学識高い文官がそういうのだから間違いない。
俺は彼らの叡智を信じて今、アンリを従えて、この階段の上に立ったのだ。
だが当のアンリは半ギレで泣い嫌がっている。
「やれ。命令だ」
「勘弁してくださいよ!! わざとそんなことできませんよ!!」
「俺を好きならやれ」
「ひいっ! ひどい! そんな命令ないですよ!?」
アンリは俺のことが好きらしく、寄宿舎に戻るなり、落とした責任をとるから面倒みさせろとしつこいのだ。だからそれを逆手に取ってやった。
だが、そんなアンリでもこの命令には従えないと頑なに拒否をする。
「アンリ、それで俺の記憶が戻るのかもしれないぞ? それならやってみる価値はあるだろうが」
「うっ、た、確かに……」
アンリが迷っている。あともうひと押しだ。
「俺の記憶が戻ったら、何かいいことかあるやもしれんぞ」
「!!!」
その瞬間、猪の如くアンリは俺に体当たりを食らわした。
「ふぐっ」
俺は不意打ちをくらい、階段を転げ落ちた。いや、途中で体制を変えるくらいの余裕は本当はあった。しかし、頭を打たなくては話にならない。俺は受け身を取るのをやめた。
「あだっ」
結果、頭を強打し、ゴワンと頭に衝撃が響く。頭が何かにめり込んだような感覚だ。
それにしてもかなり痛い。頭がへこんだんじゃないか?
「いっ! ……でででででででで」
「セ、セイドリック殿~~!!! 無事ですか!?」
半泣きのアンリが駆け下りてくる。
「あ!! 頭から血が出てます!!」
「血!? ……前は? 前のとき出血はあったのか?」
「……なかったです」
し、失敗か……。しかも失神もしていない。完全に頭を打ち損だ。記憶もこれまで通りだ。
まずい。こんなことコウさんに知られたら怒られる。
こんなこと——
(ん?)
その時俺は、既視感を覚えた。
同じようなことがあった気がするのだ。
「わー! セイドリック殿!! 血が!! 血が溢れて垂れてきてますよ!?」
アンリが騒いでいるがそれどころじゃない。何か思い出しそうなのだ。
——コウさんに叱られる
そうだコウさんに拳骨で怒られると思ったんだ。
何に対して?
そうだ確か同じようにヘマをして怪我をしたよな。今のように階段を落ちて……そうだ!!
エッチなコウさんのことばかり考えてて、階段から落ちたんだ!!!
「お、思い出したーーーーーーー!!!!」
「へ? セ、セイドリック殿!? セイドリック殿ーーーーー!!」
あまりの歓喜に叫んだ瞬間、頭からピュッと血が吹き出して、俺はそのまま倒れた。
そして、気がついたらまた病院の寝台の上だった。
「……おい。セイドリック、お前またアンリを使って階段落ちをやらかしたそうだな」
前回のときは心配してくれたレイルだったが、今回ばかりは目が覚めると、心配どころか蔑んだ目で俺を見下ろしていた。
「今回は早くに目が覚めたから良かったが……。しかし今回は血も出てるし、死んだらどうすんだこのマヌケめ」
額に青筋を立ててレイルが怒るのを、上半身を起こしつつハハハと笑いながらやり過ごす。
後頭部に違和感があり手をやると、ガーゼが貼り付いていた。
血を止めるのに神官の治癒力を使ったのか、血は止まっているようだし痛みもない。
「いや、すまんすまん。おかげで記憶は戻った」
「何? 本当か!」
さっきまで怒っていたレイルも、俺の言葉には目を丸くさせ食いついてきた。
「本当だ。書類の中身も思い出したから、もうスムーズに処理できるはずだ」
「そうか! 良かった!」
レイルが嬉しそうに胸を撫で下ろす。そうかそんなに嬉しいか。
「これで俺はいつもの仕事に戻れるな!」
俺の体のことはもういいらしい。もう大丈夫だろうと、レイルはニコニコしながら、退院の手続きをしてくれた。
まあ頭も痛みはないし、治癒をして貰えたなら悪化もしないだろうと、寄宿舎に戻る準備をしていると、レイルが声をかけてきた。
「あ、セイドリック、頭を打ったんだから、3日ほどは安静にしとけよ。仕事は復帰したら、残業でもなんでもして処理してくれればいいからな」
残業確定なのか。
まあそうは言っても、休んだ日の分はレイルが何とかしてくれるだろう。……いや、記憶喪失の間の分は、溜まっていたな……。
俺は仕事に後ろ髪を引かれつつも、休暇申請を出し、部屋の前で待ち構えていたアンリをかわしつつ屋敷に戻った。
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