失恋した神兵はノンケに恋をする

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セイドリック、記憶をなくす6

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 『このバカセイドリック!!』
 
 俺はぼんやりとコウさんの拳骨を思い出していた。
 
 さっきの衝撃はコウさんの拳骨に似ていた。コウさんはいつも俺に容赦ない。
 鍛錬を怠らない俺でも、さすがに頭に拳骨を食らうと痛い。とくにコウさんの拳はなぜか硬くて痛い。拳に何か仕込んでるのかと思うほどだ。
 
 そう、コウさんは怒ったら怖いのだ——
 
 
 
 
「い、いてててててて」
 
 やけに頭が痛い。後頭部がズキズキする。
 ひどい痛みに、目が覚めると当時に俺はうなり声を上げた。何か夢を見ていたような気がするが、痛みで忘れてしまった。
 
 頭を押さえ起き上がると、頭からボテッと濡れた布の塊が滑り落ちてきた。
 頭を触ると少し腫れていて、たんこぶができている。
 
「セイドリック!? 起きたのか!」
 
 すぐ横で寝ていたらしいコウさんが、俺が起きたのを察して飛び起きた。
 
「何があったんだ? やけに頭が痛いぞ」
 
 ズキズキと波打つような痛みを少しでも和らげるため、腫れた頭に布を当て直す。
 
「痛むか? あんたが腰を振ってる最中に、棚から瓶が落ちてきて頭に当たったんだ。死んだかと思って焦ったが、生きていて良かった。そら見せてみろ」
 
「いててて」
 
 コウさんが濡れた布をめくり、コブを確かめた。
 ぶよぶよと腫れたところを触られると痛い。
 
「変な腫れ方はしてないみたいだな。朝がきたら念の為医者へ行こう」
 
 布を俺に乗せ直すと、コウさんは俺に向き直り、あぐらをかいた。
 そして膝に肘をついて頬杖をつくと、眉を寄せ、訝しげに俺を見た。
 
「それで、セイドリック。何か思い出したのか?」
 
「何がだ」
 
「ここ一年のことだ。セイドリック、……俺のコンプレックスが何か言ってみろ」
 
「……? コウさんにコンプレックスなんかあるのか?」
 
「ああ。あんたにはあって、俺には足りないものだ」
 
 変な質問だ。俺にはあってコウさんに足りないものだと?
 俺よりずっと男前で、不器用な俺と違い何でも器用にこなすコウさんに、コンプレックスなどあるのか?
 
 俺にはあって、コウさんに足りないもの……。あるとしたしたら……
 
「き、……筋肉、とか……?」
 
 筋肉量であれば俺のほうが多い! さすがのコウさんでも、筋肉では俺に敵わんだろう!
 
 それを聞き、コウさんがレイルばりにハーッと盛大なため息をついた。
 
「まあそりゃそうだが。あー、……衝撃で戻ったかと期待したんだがな。まあ仕方ない。やはり時間が解決するしかないのか」
 
 ひどくがっかりした様子のコウさんに、何となく申し訳ない気持ちになる。
 
「すまん」
 
「まあ、あんたが無事ならそれでいいんだ。今日はここで寝よう。朝になったら屋敷に帰って、医師に頭を診てもらおう。その後のことは、それから考えよう」
 
「ああ」
 
 その日は、二人とも少し狭い寝台で背中合わせに横になり、夜が明けるとそっとアパートを出た。
 
 
 
 
 △△△
 
 
 
 
 
「で、結局、お前記憶戻ってないのか」 
 
 朝の事務室で、復帰の挨拶がてらこれまでの状況を説明した俺に、レイルがあからさまに迷惑そうな顔をした。
 レイルだけは俺の知っているレイルのままで、安心する。
 
「仕事の邪魔だから、記憶が戻るまで戻ってくるなといったはずだ。それにまだ一週間だ。休みは二週間にしたはずだぞ」
 
「はは、まあ、そういうなよ」
 
 
 そうあれから結局、記憶は戻らないまま、俺は仕事に復帰した。
 
 あの日アパートで作ったたんこぶはただのたんこぶで、その後とくに異常はなかった。だが短期間で何度も強打した頭を心配して、しばらく様子をみたほうがいいからとコウさんが一週間、ずっと一緒にいてくれた。
 
 朝から晩まで、夜寝るときに至るまで、ずっとだ。
 
 朝は横で寝ているコウさんの匂いで目覚め、夜はコウさんの匂いを感じながら寝る。
 
 とはいえ性的な触れ合いは一切ない。ただ本当に共寝するだけなのだ。
 夜一緒の寝台で眠る以外は、普通に仲の良い友と過ごすような生活だった。
 
 ときには大量の酒を買って、二人でどちらのほうが酒が強いか飲み比べし、力尽きてその場に倒れ込むようにして眠ったり、またときには市場でどちらのほうが荷をたくさん運べるか力比べをしようと大量の芋を大袋ごと買い、勇んで運んだのはいいものの休み中芋料理を食べ続けなくてはならなくなったりなど、コウさんと過ごした一週間は楽しかった。腕相撲だってやったし、二人で遊びのような組手もやった。
 
 だが記憶が戻る決定打は何もなく、このままのんびり過ごしていても意味はないだろうと、二人とも仕事に戻ることにしたのだ。
 
 
「ま、セイドリックが戻ったなら、アンリは用無しだな。まあアイツも頑張ってくれたが、お前の十分の一ほども使えなかった。今日からはアンリの尻拭いも頑張ってくれ」
 
 なんだと? 尻拭い……?
 机の上の書類の山は、一週間前と同じ量どころか、休んだ分が加算されているようにしか見えないのだが。
 アンリが毎日処理したのではないのか?
 
「まあ分からんことばかりだと思うが、頑張ってくれ。こっちはアンリがミスしたやつが戻ってきている。心配するな、俺も手伝うから、分からんことは聞いてくれ」
 
「…………はぁ」
 
 俺はこれからこの慣見れぬ数字の山に格闘することを覚悟し、書類を一枚手に取った。
 
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