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セイドリックの災難2

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「お、気がついたようだな」
 
 あのまま慎重に馬を走らせ、俺は気絶した状態の彼を街の大きな病院まで連れて行った。
 以前、賊に襲われ大怪我をしたコウさんを診てもらっていた、あの病院だ。
 
 連れてきたのはいいが、なかなか目を覚まさず、頭の打ちどころが悪かったのかと心配をしていたところで、ようやく目を開けた。
 
「あんまりにも長く気を失っているから気を揉んだ。俺の馬のせいで申し訳ないことをした。怪我の状態は、右腕手首の骨折と親指の捻挫だそうだ。あと右足首もすこし捻っているみたいだ。馬を避けようと転んだときに足を捻ったせいで、変な手の着き方をしたんだろうということだ。ん? どうした?」
 
 目を開けた男は、ただ驚いたような顔で俺の顔を見ていた。
 
「どうしたんだ? 話はできるか?」
 
 医者の話だと、頭を打ったあと、意識障害や記憶障害などが起こることがあるらしい。
 もしかすると、彼もそうなのではと内心焦った。
 
「名は言えるか? 年は? おい大丈夫か。……誰か来てくれ! 起きたんだが様子がおかしい!!」
 
「あ、あの! 俺、名前言えます! 大丈夫です!」
 
 慌てて起き上がった男が、医者を呼ぼうとする俺の袖を引っ張り制止した。
 
「そうなのか? 本当に大丈夫か?」
 
 俺の声を聞きつけた看護師が駆けつけてくれたが、申告どおり本当になんともないようで安心した。
 
「それで、あの、なんでセイドリックさんが……」
 
「なんで俺の名を知っているんだ」
 
 彼が俺の名を知っていることに驚いた。
 自己紹介などしただろうか。
 
「あ、あの。俺、ロクって言います。覚えていないでしょうか。前に工事の現場で声をかけさせてもらったんです」
 
「あ!」
 
 そういえば、前レイルと現場に行ったとき、背の低い作業着の男に声をかけられた。
 それを思い出し、目の前にいる男の顔をまじまじとみた。
 
「あのときの……顔を覚えておらず、すまなかった」 
 
 そう、あのときはコウさんのこともあり、せっかく礼を言ってくれたのに、礼などいらぬと無情にも突っぱね、ろくに顔も見ず冷たくあしらってしまったのだ。
 
「ああ! そんないいんですよ! セイドリックさんはあのときたくさんの者を助けて下さいましたから、一人ひとり礼を言われていたらキリがないですもんね。それにセイドリックさんも仕事中だったのに、声をかけてしまった俺が悪かったんです」
 
 そう言われるとちょっと心苦しい。
 あのとき声をかけてきた相手がコウさんだったなら、喜んで会話をしていただろうから。
 
 シュンとした彼の顔を見ると、ちょっと心が痛む。
 
「あ、そ、そうだ。ロクさん、家はどこだ? 足も痛むだろうし、俺が送って行こう。医者も意識が戻れば家に帰ってもいいと言っていた」
 
「…………」
 
「どうした?」
 
「……家はないんです。工事の仕事が決まったときに、借りていた家は引き払ってしまいまして……。契約が終わるまでは、現場に住まわせてもらう予定でした」
 
「そうなのか。近くにしばらく面倒を見てくれそうな、兄弟や身内はいないのか」
 
「いません。……いえ、いるにはいるのですが、縁を切られてしまいまして」 
 
 ロクさんは気まずそうに俯いてしまった。
 これは……今は聞かぬほうが良いか。
 
 
 うーん。どうしたものか。
 
 本来であれば、あのままあそこの医者に任せ、後のことは現場の者に任せればいいのだが、レイルの制止も聞かずにここまで連れてきてしまったのはこの俺だ。
 
 今日の現場の雰囲気では、このロクさんという男、ちょっと厄介者扱いされているような気がしてならない。
 
 そもそもあそこは工事の現場であり、怪我した者を介護してくれるような場所でもなく。風邪程度ならまだしも、怪我で長期間働けない者に、充分な飯を食わしてくれるのか? ……いや、ありえんだろうな。
 
 ——仕方がない。そもそもは馬を管理できていない俺の責任だ。
 
「……そうか。それでは仕方がない。仕事に復帰できるようになるまで、俺の屋敷でしばらく療養するか」
 
「え!?」
 
「そこは俺の所有だし、俺も普段は神兵の兵舎にいるから、気兼ねなく過ごせる。それにその怪我では1人だと大変だろう。世話係もつけさせるから安心して療養できるぞ」
 
「え、いいんですか!? 俺なんかのために……」
 
「ロクさんに怪我をさせた馬は俺の所有の馬だ。治るまでは俺が責任をとろう」
 
「いや、いやいやいや悪いですよ! ここまで連れてきてもらっただけでも有難いのに!」
 
「では、1人でどうするんだ。現場でその怪我でやっていけるのか? そもそもあそこは使えない者を置いてくれるのか?」
 
「……」
 
「なら決まりだ」
 
 ひどく遠慮する彼を、そう無理矢理納得させた。
 
 ——『お人好しも程々にしろよ』
 
 レイルの言葉が蘇るが、こればっかりは仕方がない。
 
 コウさんのためにきれいにした屋敷だが、客室も使えるようにしておいて良かった。管理人に連絡しておかないといけないな。
 
 ついでに彼の面倒を見てくれる下女や使用人を口利きして貰おう。
 
 彼にはもう少しここで寝ているように伝えると、治療費の精算とロクさんを迎える準備をするため、俺は病室を出た。
 
 
 
 △△△
 
 
 
「おい。セイドリック。お前なー。俺、お前のそういうところ、あまり好きじゃないぞ」
 
 翌日、事務室で俺がロクさんを家で保護したことを伝えると、レイルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 
「……そう言うな。仕方ないだろうが。間接的にとは言え、俺の馬が暴れたことで起こったことだ。それに動けない者を放置できるか? できないだろう」
 
「あのな。俺は言っただろうが。現場の医者に任せておけと。お前がやることは治療費を払うところまでだ。家の面倒まで見る必要はない」
 
 レイルの考え方はこんな風にいつもドライだ。合理的すぎて非情なところがある。俺はレイルのそんなところが嫌いじゃないが、苦手なところでもある。
 
「怪我が治るまでだ。長くても1カ月ほどだと医者も言っている。治れば現場に復帰できるし、そうなれば俺ももう手を貸すつもりはない」
 
「コウさんはどうするんだ。休みになれば屋敷に顔を出すんだろう」
 
「コウさんの部屋は別にある。それに同じ仕事場の者同士だ。普段顔を付き合わせているんだろうし、そこは問題ないだろう」
 
 レイルは「はあ?」と呆れた顔で俺を見たが、そこがなぜ引っかかるのか理解できない。知り合い同士だし、そこは別にいいだろう。
 
「ともかく、今日からしばらくは屋敷からここに通うことになる。仕事終わりの鍛錬も付き合えなくなる。アンリにもそう言っておいてくれ」
 
 もう返事をするのも嫌だと言わんばかりに、レイルはそっぽを向いて手をヒラヒラと振った。
 
 
 
 その日、俺はさっさと仕事を終え、食堂で食事を済ませると、屋敷へと向かった。
 
 雇ったばかりの下女が出迎えてくれたが、俺の所有とはいえ、馴染んでいない家で見知らぬ下女の出迎えは、他人の家に帰ったようで居心地悪い。
 
「今日は怪我のせいかお熱が出まして。ハイ。高熱ではないのですが、一日寝ておられました。食事も食欲がないのか手をつけられず、これが本日最初の食事です」
 
「そうか。今日は食事をとれていないのか。ならば今日は食事に同伴しよう。俺の分は用意しなくていい」
 
 俺はロクさんに寝室として用意した1階の客間に足を向けた。
 下女が声をかけたが返事はなく、扉を開けると朝と同じように寝台の上で眠っていた。
 
 いかにも労働者といった日に焼けた顔に、色の薄い長い髪は少しアンバランスに見える。労働者で色素の薄い髪色の者が珍しいからだろうか。
 
「ロクさん。起きられるか」
 
「……ん……あ、セイドリックさん!」
 
 声をかけると、ハッと目を覚まし、驚いたように跳ね起きた。
 
「驚かせてすまない。気分はどうだ? これから食事だそうだな。随分遅いな」
 
「セイドリックさん、おかえりなさい! すみません、ちょっと長く寝てしまったようで……」
 
 俺が急に現れたせいで、慌てさせてしまったようだ。
 
 興奮してまた熱が上がっていないか心配になり、俺はロクさん寝台の横に座り、額に手をやる。
 彼の熱が手に伝わる。
 
「ふむ。まだ熱っぽいな。昨日の今日だ。仕方ない。食事はどうだ。食欲はあるのか」
 
「あ、はい」
 
 下女が用意したミルクでふやかした粥のようなものが入った皿を盆ごとロクさんの膝の上に乗せると、彼は使えない利き手右手の代わりに左手でスプーンを子供のように握った。
 
 だがロクさんは、左手でうまくスプーンを扱えず、口に運ぼうとするとダラッとこぼしてしまう。 
 
「あっ! ……すみません。きれいなシーツにこぼしてしまいました……」
 
「気にするな。洗えば済む。……どれ貸してみろ」
 
 俺はロクさんからスプーンを奪うと、もったりとした粥をすくい、ロクさんの口へ運ぶ。
 
「ほら。食わせてやる。口を開けろ」
 
 ロクさんはきょとんとした顔をしていたが、おずおずと口を開けた。俺はそこにすかさず、すくった粥を流し込む。
 
「あ、あっつ」
 
 ホフホフと熱そうにするロクさんに、しまった熱かったかと思いつつ、まあ大丈夫だろうと次をすくう。
 
「ほら。ちゃんと食え。全部平らげるまで終わらないぞ」
 
 強引に次から次へと口へ運ぶのを、熱そうにしながらもロクさんはちゃんと全部食べきった。
 空になった皿を見て、俺の中で妙な達成感が生まれる。
 
 これで今日は安心だ。彼のことは俺が責任をもって面倒をみなければな。
 
 空の皿を下げようと目をやると、彼の胸元のシーツには先ほどこぼした粥がこびりついている。
 シーツを替えてもらうため、俺は皿の載った盆を持って立ち上がり、下女を呼びに出た。
 
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