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17 地下室への潜入

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「地下への扉?」
「はい」

 翌朝、事務官長サシの報告に、ガーディアスは訝しげに眉根を寄せた。

「……地下の扉とは、もしかして廊下奥のあの扉か」
「さようです」

 たしかに1階の奥には、妙な飾り扉がある。その扉は壁に埋め込まれたような形で取り付けられており、誰も開けたことがないし、そもそも開けることができなかったものだ。

 最初試しに開けようとしたが、ガーディアスでも開けることができなかったから、これは開かない飾りのようなものだと、そう捉えていた。が、まさか、あれが地下室へと続く扉だったとは。

「……まさかあれを殿下が開けたのか!?」
「そのようです。こっそりとつけた監視人が、殿下がその扉を開けるところを見ております」

 絶句。としか言いようがない。自分でも開けることができなかったものを、どうやってあの扉を開けたのか。まさか開かぬ扉をむりやりこじ開けたとも思えない。

「その者は、中を見たのか」
「それが、殿下が地下へと下りていくところまでは見届けたそうですが、恐ろしくなり出てくるまで外で待っていたそうです」
「地下へと下りた殿下をそのままにしてか」
「ただの使用人ゆえ、申し訳ありません……」

 サシは監視人の代わりに頭を下げ、謝罪をした。
 
 もしこれが、好奇心旺盛で怖いもの知らずな軍の部下であれば、続いて入っていっただろう。だが、訓練もしていないただの使用人が、後先考えず中に入れば、なにかあったとき対処できなくなる。そう考えれば、賢い選択であるといえる。

「いや、いい。嫌味を言って悪かった。それで戻ってきたときの様子は」
「少しぼんやりとなさっていたようですが、ふらついたりつまずいたりすることなく、そのまままっすぐお部屋へとお戻りになられたとか」
「……今日は、まだ殿下は部屋だな」
「はい。領主様自ら追跡されますか」
「ああ。中でなにをやっているのか、気になるからな。殿下が地下へと下りたら、俺も向かう」
「では、なにかあったときのため、私もご一緒させていただきます」
「分かった。では殿下に動きがあれば呼んでくれ」

 隠れていた先が、まさか地下とは。
 しかも誰も下りたことがない地下だ。どこに繋がっているかも分からない。

(まさか殿下があの地下を使い、外部の者と密通しているなんてことはないだろうな)

 ガーディアスの頭に、ハルカという見知らぬ少女の名が浮かぶ。
 もしあの人を誑かすことに長けた娘が、賊軍を率いて地下に潜伏していたとしたらどうする。

 そんなこと、あるはずがないが、絶対ないという確信もない。

 あの地下への扉の先が、戦などで王族を逃がすための地下道であるならば、それを利用されてもおかしくない。
 ガーディアスもこの地を隅々まで把握しているわけではない。
 もし、誰にも知られていない抜け道が、どこかにあったとしたら。偶然それを知ったローレントが、恋しい娘を手引したとしたら——。

 ローレントを虜にする異世界の少女の存在が、ガーディアスの心に不信を呼び、悩ませる。

「……ひとまず、地下になにがあるか、だな。……まったく殿下にこうも振り回されるとはな」

 ガーディアスは天井を見上げ、フッと皮肉げに笑った。

 
 それからしばらくは何事もなく、昼食をとり終えた頃に、ようやくサシから報告がきた。

「動いたか」
「はい。監視人が地下へと向かう殿下を確認いたしました。行くなら今かと」
「わかった行こう。……ところで、なぜお前がいる。新入り」

 ガーディアスは立ち上がると同時に、ドアの横に立つ人物へ睨むように目をやった。

 そこにいたのは、あのローレントの侍従であったラミネットだった。そう、あの辺境伯秘書官に任命された新入りとは、ラミネットのことだったのだ。

 今はもうあの上品な侍従服ではなく、この地に暮らす男たちと同じ、質素なチュニック姿だ。

「お前には、ほかの仕事があるはずだが」
「誠に勝手ながら領主様。彼には私からお願いしました。万が一何かあった場合、殿下を説得できる人物が必要かと思いまして。……それに仮に誰かと密会でもしていた場合、相手が王都の者か判断できるのも、彼しかおりません」

 ガーディアスが懸念していることを、サシもまた同じく懸念しているようだった。
 サシの言う通り、もしローレントに裏切り行為があった場合、その場でなだめ引き止める役にはこのラミネットが一番適任だった。

「……分かった。同行を許そう。その代わり、必ず俺の指示に従え。今、お前の主はこの俺であることを忘れるな」
「……ははっ」

 ラミネットは、深く頭を下げた。


 1階へ下りると、使用人がひとり廊下の奥に立っていた。その者が今回の監視人だろう。3階を任せている使用人のひとりだ。その者は、ガーディアスを見ると、深くお辞儀をした。

「……殿下は中か」

 そう小声で訊くと、使用人は無言で頷いた。
 そっと扉を押すと、ギッと音を立てて開いた。
 あれほど開かなかった扉があまりにも簡単に開き、ぎょっとする。そして、中は真っ暗だった。

「……本当に、こんなところに殿下が入っていったのか?」

 下から上がってくるこの臭い。カビ臭いというか生臭いというか、なにかどこか嗅いだことのある、嫌な臭いがする。誰もなにも感じないのだろうか。なんだか嫌な感じだ。

 使用人に外の見張りを任せると、ガーディアスはランタンを持ち、サシとラミネットとともに中に入った。地下に続く狭い石の階段は、ガーディアスにはいささか窮屈で、肩をつっかえさせながら、慎重に下りていく。

 ここに何があるのか。地下で何をやっているのか。
 大きな討伐の前ですら緊張することのないガーディアスの手が、今は少しばかり汗ばんでいた。

「……明かりだ」

 S字に下りた先に、明かりが見えた。
 まさか。ここは地下だ。これほど明るく採光できる明り取りの窓であれば、外からでも分かるほどのサイズなはずで、それならば絶対に誰かが地下の存在に気づいていたはずだ。

「あり得ない」
「……あり得ませんね」

 背後からサシの同意する呟きが聞こえた。なにかがおかしい。
 ガーディアスは、手に持ったランタンの灯りを消すことなく、腰の剣に手を当て、慎重に地下への入口をくぐった。

 中に入った瞬間、ガーディアスは目が眩むほどの光に包まれ、思わず目を手で覆った。

「——な、なんだ!?」

 それは外の光などではなく、煌々としたシャンデリアの明かりで、暗闇に慣れた目ではあまりにも眩しすぎた。そして目が慣れ、周囲を見渡したとき、3人はさらに驚き絶句した。

「りょ、領主様、ここはいったい……」

 驚くべきはシャンデリアだけではない。色鮮やかなタイルに、見事な壁面彫刻や装飾布。
 遺跡と化したこの城の内部とは思えないほど、鮮やかで美しい前世代の意匠で飾られた室内に、3人は思わず息を呑んだ。

 いつも冷静なサシですら、驚き困惑し、ラミネットも呆然と周囲を見回している。

「こ……これは、サルース王国時代の装飾そのものですよ」
「なに?」

 ラミネットの呟きに、ガーディアスとサシが驚いてラミネットを見た。

 当然だろう。この城を拠点と決めたとき、放置されていた城の内装はすでにボロボロで、誰ひとりとして、この城本来の姿を見た者は誰もいない。それなのに、なぜラミネットが知っているのか。

「……私はここに来る前、殿下のために、この地に関する古い文献などを漁り、文書にまとめておりました。その際、建築様式なども調べておりました」

 王宮で働く侍従というものは、主のためにそこまでやるのかと、ガーディアスはあっけにとられてラミネットを見た。

 この地を治めるガーディアスですら、過去のことなどほとんど知らないし、終わってしまった時代のことなど知る必要もないと、忙しさにかまけて調査すらしていないというのに。

 使用人風情と舐めていたが、古い文書を読み解けるなど、サシの言うとおりどうやら貴重な人材のようだ。最初はローレントと結託し、横暴な態度をとられては困ると思ったが、一度引き離して雇い入れたのは正解だったのかもしれない。

 そう密かに感心していると、遠くで物音が聞こえ、我に返った3人は慌てて階段の暗がりに隠れた。

「……殿下か?」

 この地下は思ったよりも広いらしく、小部屋のように区切られている場所もあるようだ。どこにいるのか見当もつかず、影に潜んで、聞き耳を立てる。
 しばらくじっとしていると、奥の部屋から笑い声とともにローレントが出てくるのが見えた。

「……あれは誰だ」

 ローレントの肩を抱き、笑いかける白い髭の男。上等そうな服を纏い、遠目でも分かるほど気品ある佇まい。あんな男、これまで見たことがない。

「……知っているか」

 サシに尋ねるが、サシは無言で首を振った。そしてラミネットを見ると、ラミネットだけは険しい顔で、ローレントと男を見つめていた。
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