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11 ガーディアスの推察

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「——ランドス、あの娘の行方はどうなっている」

 ガーディアスは執務室で、今日も書類の束と格闘しながら、魔獣討伐の報告のために訪れたランドスにハルカ捜索について訊ねた。

「娘って偽聖女のことです? なに、殿下サマにせっつかれでもしましたー? まだ捜索始めたばっかなんすから、報告することなんかありませんって」
 
 せっつかれてなどいないと睨みつけても、しれっと悪びれない態度のランドスに、ガーディアスは呆れてため息を吐いた。

「昨日も言ったが、捜索は慎重にするようにと伝えろ。罪人である廃太子がいるこのサルースが、あの偽聖女を探していると目ざとい貴族どもに知られれば、反乱などという不確かな噂で、足をすくわれかねん」
「あいあい。わかってますって」

 ランドスはガーディアスの幼馴染で、付き合いも長く、副官としての信頼も厚い。だからこんな軽い返事でも許される立場にある。他の者がこのようなふざけた口調で返事でもしようものならば、ガーディアスは問答無用で殴り飛ばしているだろう。

「——ところでこの瘴気の発生場所だが。また少し範囲が広がっている気がするが……。ランドスはどう思う」

 ランドスが持ってきた魔獣討伐の報告を広げると、瘴気発生箇所の地図で気になる箇所をペンで指し示す。

「魔獣の発生率はいまのところ少ないのですがね。範囲が広がっていることは確かだと」
「あの聖女が復帰してからは、大型の魔獣が発生する頻度は減ったには減ったが、王都ほどの変化はこっちにはないな」

 王都にまで発生していた瘴気は、聖女の復帰によってきれいに祓われた。
 だがそれは王都内のことだけで、王都から離れた場所では、それほど高い影響は見受けらず、遠くなればなるほど、その影響は薄い。

「なんせ祈りの力が一回途切れましたからねー。殿下サマは、あの聖女の力は弱いと言ってたんですよね。だとしたら、まだ隅々まで聖女の力が届いていないのでは?」
「それならばいいが……。にしてもなぜこうもこの国ばかり瘴気の発生率が高いんだ。隣国などそこまでではないのだろう」
「そればかりは、俺も分かりかねますねー。王都の学者なんかは、土地柄的なことも言ってましたがね。隣と地続きなのにマジでそんなことある? って感じっすよねー」

 アハハと冗談めいてランドスは笑ったが、まったくもってその通りだった。
 隣国もその他の国も、瘴気は発生するがこの国ほど酷くはない。そして〝聖女〟という存在自体この国特有のもので、他国には存在しない。いや、似たような能力のある者はいるのかもしれないが、瘴気が少ないせいでその能力に気づいていない可能性がある。要はこの国以外では必要ない能力なのだ。

「……まるで国全体が呪われでもしているようだな」
「え? なんか言いました?」
「いや、何でもない」

 ガーディアスは、机の上に広げたランドスの報告書を最後にもう一度読み直すと、〝確認済み〟の箱に投げ入れた。

「ランドス、瘴気が広がっている場所については、ひとまず要警戒区域として様子をみてくれ。範囲がさらに広がるようなら、すぐに報告してくれ」
「りょーかい。……あ、そうそう聖女といえば」


 次の書類を手に取り、眉間にシワを寄せて眺めながら「聖女がどうした」と、ガーディアスは興味なさげに返事をした。

「殿下サマの亡くなった母君である王妃も聖女でしたよねー? と思って。結構早いうちに亡くなったし、そりゃ聖女に執着するわってカンジ……」
「なんだと?」

 思いがけない言葉に、ガーディアスは眺めていた書類から顔を上げ、目を見開いてランドスのほうを見た。

「アレの母親は亡くなっていたのか」
「あれ? まさかガーディアス知らなかった?」
「……知らなかった。今の王妃しか知らないな。しかも聖女だったとは驚きだ」
「はぁー? それマジで言ってる? どれだけ国に興味ないんだか。我が主とはいえ、めちゃ呆れるわ俺ー。今の王妃は第二王子の母君で、ふつーの人。殿下サマの母君は結構前に亡くなられてるんすよ。聖女って代替えするらしくって、そこで登場したのが今の聖女で、殿下サマの婚約者ってハナシ。まあ国益っすからね。王族で囲って国で保護するってことなんでしょうねー」
「……お前、よく知ってるな」
「いやいやいや、辺境伯の爵位をもらったくせに、なんで知らないんすか。興味なさすぎでしょ。つかほら一番最初に俺らが手柄たてたの、このときですよ。聖女だった王妃が亡くなって一時期瘴気が増えて、騎士団だけじゃ手に負えないからって、自警団だった俺らが傭兵として魔獣討伐に参加したやつ」
「ああ! 思い出した。思い出したぞ。そうか、あの葬儀……」

 当時盛大な国葬まで行われたのだが、聖女死去により国中に瘴気が発生し、ガーディアスらは傭兵として、王都から離れた場所の魔獣討伐に加わっていてそれどころではなかったのだ。

 それにいくら脳筋なガーディアスでも、あのとき亡くなったのが王妃だと認識してはいた。だが繋がりとして、ローレントがその息子であるということを、頭で理解できていなかった。

「……そうか、今の聖女の力が弱いって話は、母親と比べてってことか」
「ああ、そうかもしれないっすねー。たしかにあれ以前は、そこまで魔獣被害は酷くなかった気がしますね」
「……ふん、なるほどな」

 ガーディアスは、ローレントの異様なまでの聖女への執着がなんなのか、少し分かった気がした。
 おそらく、母親と同じ神聖力と比べ、今の聖女には物足りなさを感じていたのだろう。それほど亡くなった王妃の力は強かったとみえる。
 彼の中では、今の聖女よりも、あの偽聖女のほうが遥かに強い神聖力があるように感じているのだろうとみえる。

 そう考えると、もしかするとローレントは、ハルカに恋をしているのではなく、その神秘性に囚われてしまっているのかもしれない。
 父である王が母を得て国を平定したように、ローレントもまた、ハルカさえいればなにもかもがうまくいく、そんな幻想に囚われているのだ。

 だが、だとしてもだ。ベッドの中でああもハルカハルカと言われてしまうと、さすがのガーディアスもいい気はしない。
 おかげで、優しくしようとしているのに、どうにもうまくいかない。すべては、そのハルカという偽聖女のせいだ。

(いっそのこと、ハルカは死んだとでも言えば、なにか変わるのか)

 とっとと見つけ出して、その死骸を目の前に突きつけてやれば、目を覚ますだろうか。

 ガーディアスは唸りながら、持っていたペンで顎髭を掻いた。

「ランドス、もう報告は終わっただろ。そろそろ戻れ」
「あいあーい。……あ、そうだもうひとつ」

 ドアのほうに向かって歩き出したランドスが、思い出したように立ち止まり振り向いた。

「まだなにかあるのか」
「殿下サマの侍従の件なんだけど」
「侍従?」

 侍従といえば、あの自分に楯突いた侍従か。たしか王都に帰れと言ってもなかなか引き下がらず、他の者も困っていた。

「そういえば、侍従やめてこっちに移住したいって、申し出があったな」
「そう。その人、本当に殿下サマの専属にしなくていいんですか。今誰も付けてないでしょ。王族ひとりにしてマズくないすか」
「使用人なら居館に十分な人数がいる。それに着替えとか食事とか、つきっきりで面倒見る必要などないだろう。こっちじゃ誰だって自分でやる」
「いやいやいや、ふつー貴族って専属侍女とかいるもんでしょ。それに仮にも王族っすよ。護衛もつけていないし、なにかあったらどーすんですか」
「……なんでお前がそんなに貴族の家のことに詳しいんだ。まあいい。今この城の内郭にいるのは、信頼できる者ばかりだ。そうでなくても、このサルースで、俺の妻となる者に刃を向ける勇気のある奴などいるはずがなかろう。それに内郭に入るには門番のチェックも入る。城塞だったこの城に、そうやすやすと入り込めるものじゃないのは、お前も知っているだろう」
「そりゃそうですけどねー。じゃあ、あの侍従、どうします? 今は町で待機させてますけど」
「使用人の数も足りている。王都へ送り返せ」
「えー、学もありそうだし、もったいないって。どうせなら事務室の手伝いとかに回しちゃどうです? 人手が足りないって、いっつも言ってますからねー。それか、殿下サマの教育係だったみたいだし、子どもらの面倒でも見てもらいますか」
「事務仕事ができるような奴なのか」
「そりゃあ王宮で侍従をやってたような奴ですよ。しかも王子の教育係なんざ、賢くなきゃできませんって」

 ガーディアスはふいに、机の上にある書類の束に目をやった。

「……ふむ」
「どうします? 子どもらに、基本的なマナーとか勉強とか教えてもらうのもありだと思うんすけど。そういうの俺らじゃできないでしょ」
「あとで、そいつをここに連れてこい」
「え?」
「連れてこいと言ったんだ」
「すぐ? ここに? もしかして事務官にするんすか」
「どうするかはそいつ次第だ。いいから連れてこい」

 有無を言わさないガーディアスの態度に、ランドスは「はーい」とだけ答えて、肩をすくめた。
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