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1.はじまりは断罪から
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それはアストラレイリア王ロンダールによる断罪から始まった。
「アストラレイリア王国第1王子ローレント・レイク・ソワイエキュールは、本日これをもって廃嫡とす」
しんと静まり返った石造りの大広間に、王ロンダールの声が響く。その鋭い目は、息子ローレントの目をしっかりと見据えている。これは冗談などではない。
先ほどまでこの国の王太子であったはずのローレントは、信じられないと、その宝石のように深い青の目を見開いた。
「父上……!」
弁明しようにも、こうして口を開くと、両脇にいる騎士がローレントを剣で制止する。
「……我が息子ローレントよ。私はこれまでお前に多大なる期待を寄せておった。幼き頃から賢く、武芸に秀で、近い将来我が右腕となり、この王冠をお前の頭に乗せる日がくることを夢見ていた。だが、もうその日は訪れない。その偽者の聖女が現れてから、お前のなにもかもが変わってしまった」
王の鋭い目が、ローレントの隣にいた少女に向けられた。
——ハルカ。彼女の名はササダハルカ。遠い異世界からこの地に舞い降りた、聖女だった。そしてローレントの恋人でもある。
彼女もまたローレントと同じく騎士に捕らえられ、そのあどけなさの残る顔を悲痛なほど真っ白にして、呆然と王を見つめている。
「お前が愚かにもその偽聖女に惑わされ、本物の聖女であるマリアーナ嬢を貶め、あげく追放などしなければ、この国はここまで危機には及ばなかったであろう」
——ササダハルカは、1年前にこの国の〝聖なる泉〟に現れた。
聖なる泉とは、かつてこの国にこつ然と現れた最初の聖女が、この国に蔓延していた死病をその泉の水で治療したことから、その名がつけられた。
聖女と深い縁の泉に突然現れたその少女は、よその世界から来たと言い、見たこともない不思議な衣服を身に纏い、聖女の証である聖なる魔法を使う。市中を回り、魔力が尽きることも厭わず病気の者を治癒するその慈悲深き姿に人々は感銘を受け、彼女こそかつての聖女の再来だともてはやした。
そしてこの国の王太子であるローレントは、偶然彼女と出会い、必然的に恋に落ちた。
幼げな顔で明るく前向きなハルカ。異世界から突然この地に飛ばされ、たったひとりでなんとか生きようと健気に頑張る姿がなんとも愛らしく、ローレントの庇護欲をそそった。そしてそれはローレントだけではなく、ローレントの周囲の者も彼女を愛し慈しんだ。
だが一方で、婚約者のマリアーナもまたこの国唯一の聖女であり、魔物を生む瘴気から国を守るため日々浄化の祈りを捧げていた。しかしローレントから見て、その力は貧弱で、人々を癒やす治癒の力もない。祈りを捧げど瘴気は依然とどこかで湧き続け、とてもこの国を守れるものではなかった。だから、この国のため、そして健気なハルカのため、ローレントはマリアーナではなく、ハルカを選んだのだ。
——それも、ローレントがハルカを選んだ嫉妬心により、ハルカをいじめ貶めたとして、断罪してまで。
結果、マリアーナは婚約破棄後、家族とともに自ら王都を去った。
ローレントは新しい聖女の誕生と、去ったマリアーナの代わりにハルカを王太子妃候補とすることを父王に報告し、輝かしい未来の第一歩をハルカとともに踏み出そうとしたその時、国に思いもよらない大災厄が起こった。
恐ろしいほどの大量の瘴気が、国のあちこちから吹き出し始めたのだ。
それまでは魔物が出る地域は決まっていた。そのため定期的に騎士団が討伐に出るだけで済んでいたのだが、それだけでは間に合わなくなったのだ。めったに魔物が出ない王都にすら、魔獣と呼ばれる魔物が現れ始め、あっという間に国は滅亡の危機に陥った。
——それはマリアーナが祈りをやめてから、1ヶ月足らずの出来事だった。
そう、ローレントは選択を誤ったのだ。
「……お前が放逐したマリアーナ嬢を探すのは大変だったのだよ。まさか他国に行ってしまったのではないかと、冷や汗が出た。しばらくして魔物の発生が極端に少ない地域の報告が上がり、もしやと思い騎士を向かわせれば、案の定そこにマリアーナ嬢がいたのだ。それが3日前のことだ」
王が視線で合図をすると、奥からマリアーナが進み出た。そしてその手をとっているのは——ローレントの異母弟である第二王子カミアスだった。
「……カミアス……!?」
「殿下、なりません」
驚きのあまり前のめりになるローレントを、騎士が引き戻す。
「マリアーナを探すのを手伝ったのはこのカミアスだ。これまで王宮の奥の宮に閉じこもりきりで、いささか心配であったが、マリアーナ嬢を取り戻すため、率先しマリアーナ嬢の行いについて探索を行ってくれた。密かにマリアーナ嬢を慕っていたというカミアスの希望もあり、マリアーナ嬢をカミアスの婚約者に据えることとした」
マリアーナとカミアスが初々しく互いに目を合わせ、恥ずかしそうに微笑む。
「マリアーナの浄化の祈りで、ようやく魔物一掃の目処がついた。復興が進み一段落した頃、2人の婚姻式を執り行う。そしてそれと同時にカミアスの立太子の儀も行う予定だ」
カミアスが王太子だって? これまで王宮の奥に引きこもり、誰とも会話をせず、帝王学だって投げ出したような奴が? 剣も魔法も使えない、国民を守る術を一切持たないそんな男が王太子に?
ローレントは信じられなかった。これまで将来の王太子妃として教育されてきたマリアーナはともかく、カミアスが次代の王とは考えられない。出自も才能もすべて自分よりも劣る弟が王太子になるなど、信じられなかった。
——だが、この場にいる者全員——宰相や大臣の誰もが反対の意を唱えない。自分をこれまで支持してきた貴族たちもだ。
これは自分が廃嫡したことで、失脚を恐れた貴族たちが全員第二王子側についたことを意味した。
がっくりと頭を垂れるローレントに、王は無情な言葉を投げかける。
「ローレントよ。廃嫡したお前を牢に繋ぐのは忍びない。かといって王都は肩身が狭かろう。そこで、降嫁先を用意した」
こうか? 降下ということは、爵位を与えるからどこか田舎の領地にでも引っ込んでいろということか。
それならば、ハルカとともにその地でひっそりと暮らすのも良いだろう。明るく前向きなハルカとなら、どんな場所でも怖くない。ローレントは覚悟を決めた。
「お前の嫁ぎ先は、サルース領のガーディアス・バドリウス辺境伯だ。今回の魔物制圧で一番功績を上げた功臣だ。王族との繋がりを求めておる。お前よりもやや年上だが、懐の深い男だ。きっとお前の罪も寛容に受け入れるだろう」
「……は?」
とつぎさき?
一瞬ローレントの頭の中に、疑問符が湧いて出た。先ほど王は〝嫁ぎ先〟と言わなかったか。
「ち、父上、私の聞き間違いではいかと思うのですが、嫁ぎ先とは……?」
「嫁ぎ先は嫁ぎ先だ。お前を臣下に降嫁させることにした。姫を所望だったが、王子でも異論はなかろう」
「いや、その、私は」
「ローレントよ。お前の意見など聞いておらぬ。相手が男だからなんだ? これは決定事項だ。サルース領をこの国そのものだと思い、彼の地を夫とともに立派に治めてみせよ。そして偽聖女ササダハルカよ。お前は王子ローレントをそそのかし、国に混乱を招いた者としてこの王都から追放とす。もしお前が本物の聖女であれば、瘴気多き森でも魔物を討伐し生き抜けるはずだ。打首とせぬだけ感謝いたせ」
「ち、父上!?」
「連れてゆけ」
「ローレント様!!」
「ハルカ!!」
ローレントは引き離されるハルカの手を握ろうと、必死で手を伸ばした。だが無情にも騎士らによってその手も払われ、ローレントとハルカは手を触れることもなく、とうとうこれが別離となってしまった。
かつてその美貌と佇まいからアストラレイリアの宝石と謳われたローレントは、それから間もなく、王族のものとは思えぬほどみすぼらしい小さな馬車に乗せられ、追われるように城を去った。
「アストラレイリア王国第1王子ローレント・レイク・ソワイエキュールは、本日これをもって廃嫡とす」
しんと静まり返った石造りの大広間に、王ロンダールの声が響く。その鋭い目は、息子ローレントの目をしっかりと見据えている。これは冗談などではない。
先ほどまでこの国の王太子であったはずのローレントは、信じられないと、その宝石のように深い青の目を見開いた。
「父上……!」
弁明しようにも、こうして口を開くと、両脇にいる騎士がローレントを剣で制止する。
「……我が息子ローレントよ。私はこれまでお前に多大なる期待を寄せておった。幼き頃から賢く、武芸に秀で、近い将来我が右腕となり、この王冠をお前の頭に乗せる日がくることを夢見ていた。だが、もうその日は訪れない。その偽者の聖女が現れてから、お前のなにもかもが変わってしまった」
王の鋭い目が、ローレントの隣にいた少女に向けられた。
——ハルカ。彼女の名はササダハルカ。遠い異世界からこの地に舞い降りた、聖女だった。そしてローレントの恋人でもある。
彼女もまたローレントと同じく騎士に捕らえられ、そのあどけなさの残る顔を悲痛なほど真っ白にして、呆然と王を見つめている。
「お前が愚かにもその偽聖女に惑わされ、本物の聖女であるマリアーナ嬢を貶め、あげく追放などしなければ、この国はここまで危機には及ばなかったであろう」
——ササダハルカは、1年前にこの国の〝聖なる泉〟に現れた。
聖なる泉とは、かつてこの国にこつ然と現れた最初の聖女が、この国に蔓延していた死病をその泉の水で治療したことから、その名がつけられた。
聖女と深い縁の泉に突然現れたその少女は、よその世界から来たと言い、見たこともない不思議な衣服を身に纏い、聖女の証である聖なる魔法を使う。市中を回り、魔力が尽きることも厭わず病気の者を治癒するその慈悲深き姿に人々は感銘を受け、彼女こそかつての聖女の再来だともてはやした。
そしてこの国の王太子であるローレントは、偶然彼女と出会い、必然的に恋に落ちた。
幼げな顔で明るく前向きなハルカ。異世界から突然この地に飛ばされ、たったひとりでなんとか生きようと健気に頑張る姿がなんとも愛らしく、ローレントの庇護欲をそそった。そしてそれはローレントだけではなく、ローレントの周囲の者も彼女を愛し慈しんだ。
だが一方で、婚約者のマリアーナもまたこの国唯一の聖女であり、魔物を生む瘴気から国を守るため日々浄化の祈りを捧げていた。しかしローレントから見て、その力は貧弱で、人々を癒やす治癒の力もない。祈りを捧げど瘴気は依然とどこかで湧き続け、とてもこの国を守れるものではなかった。だから、この国のため、そして健気なハルカのため、ローレントはマリアーナではなく、ハルカを選んだのだ。
——それも、ローレントがハルカを選んだ嫉妬心により、ハルカをいじめ貶めたとして、断罪してまで。
結果、マリアーナは婚約破棄後、家族とともに自ら王都を去った。
ローレントは新しい聖女の誕生と、去ったマリアーナの代わりにハルカを王太子妃候補とすることを父王に報告し、輝かしい未来の第一歩をハルカとともに踏み出そうとしたその時、国に思いもよらない大災厄が起こった。
恐ろしいほどの大量の瘴気が、国のあちこちから吹き出し始めたのだ。
それまでは魔物が出る地域は決まっていた。そのため定期的に騎士団が討伐に出るだけで済んでいたのだが、それだけでは間に合わなくなったのだ。めったに魔物が出ない王都にすら、魔獣と呼ばれる魔物が現れ始め、あっという間に国は滅亡の危機に陥った。
——それはマリアーナが祈りをやめてから、1ヶ月足らずの出来事だった。
そう、ローレントは選択を誤ったのだ。
「……お前が放逐したマリアーナ嬢を探すのは大変だったのだよ。まさか他国に行ってしまったのではないかと、冷や汗が出た。しばらくして魔物の発生が極端に少ない地域の報告が上がり、もしやと思い騎士を向かわせれば、案の定そこにマリアーナ嬢がいたのだ。それが3日前のことだ」
王が視線で合図をすると、奥からマリアーナが進み出た。そしてその手をとっているのは——ローレントの異母弟である第二王子カミアスだった。
「……カミアス……!?」
「殿下、なりません」
驚きのあまり前のめりになるローレントを、騎士が引き戻す。
「マリアーナを探すのを手伝ったのはこのカミアスだ。これまで王宮の奥の宮に閉じこもりきりで、いささか心配であったが、マリアーナ嬢を取り戻すため、率先しマリアーナ嬢の行いについて探索を行ってくれた。密かにマリアーナ嬢を慕っていたというカミアスの希望もあり、マリアーナ嬢をカミアスの婚約者に据えることとした」
マリアーナとカミアスが初々しく互いに目を合わせ、恥ずかしそうに微笑む。
「マリアーナの浄化の祈りで、ようやく魔物一掃の目処がついた。復興が進み一段落した頃、2人の婚姻式を執り行う。そしてそれと同時にカミアスの立太子の儀も行う予定だ」
カミアスが王太子だって? これまで王宮の奥に引きこもり、誰とも会話をせず、帝王学だって投げ出したような奴が? 剣も魔法も使えない、国民を守る術を一切持たないそんな男が王太子に?
ローレントは信じられなかった。これまで将来の王太子妃として教育されてきたマリアーナはともかく、カミアスが次代の王とは考えられない。出自も才能もすべて自分よりも劣る弟が王太子になるなど、信じられなかった。
——だが、この場にいる者全員——宰相や大臣の誰もが反対の意を唱えない。自分をこれまで支持してきた貴族たちもだ。
これは自分が廃嫡したことで、失脚を恐れた貴族たちが全員第二王子側についたことを意味した。
がっくりと頭を垂れるローレントに、王は無情な言葉を投げかける。
「ローレントよ。廃嫡したお前を牢に繋ぐのは忍びない。かといって王都は肩身が狭かろう。そこで、降嫁先を用意した」
こうか? 降下ということは、爵位を与えるからどこか田舎の領地にでも引っ込んでいろということか。
それならば、ハルカとともにその地でひっそりと暮らすのも良いだろう。明るく前向きなハルカとなら、どんな場所でも怖くない。ローレントは覚悟を決めた。
「お前の嫁ぎ先は、サルース領のガーディアス・バドリウス辺境伯だ。今回の魔物制圧で一番功績を上げた功臣だ。王族との繋がりを求めておる。お前よりもやや年上だが、懐の深い男だ。きっとお前の罪も寛容に受け入れるだろう」
「……は?」
とつぎさき?
一瞬ローレントの頭の中に、疑問符が湧いて出た。先ほど王は〝嫁ぎ先〟と言わなかったか。
「ち、父上、私の聞き間違いではいかと思うのですが、嫁ぎ先とは……?」
「嫁ぎ先は嫁ぎ先だ。お前を臣下に降嫁させることにした。姫を所望だったが、王子でも異論はなかろう」
「いや、その、私は」
「ローレントよ。お前の意見など聞いておらぬ。相手が男だからなんだ? これは決定事項だ。サルース領をこの国そのものだと思い、彼の地を夫とともに立派に治めてみせよ。そして偽聖女ササダハルカよ。お前は王子ローレントをそそのかし、国に混乱を招いた者としてこの王都から追放とす。もしお前が本物の聖女であれば、瘴気多き森でも魔物を討伐し生き抜けるはずだ。打首とせぬだけ感謝いたせ」
「ち、父上!?」
「連れてゆけ」
「ローレント様!!」
「ハルカ!!」
ローレントは引き離されるハルカの手を握ろうと、必死で手を伸ばした。だが無情にも騎士らによってその手も払われ、ローレントとハルカは手を触れることもなく、とうとうこれが別離となってしまった。
かつてその美貌と佇まいからアストラレイリアの宝石と謳われたローレントは、それから間もなく、王族のものとは思えぬほどみすぼらしい小さな馬車に乗せられ、追われるように城を去った。
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