神官の特別な奉仕

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番外編

番外編 ノーマの腕輪2

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そんなある日の夜、いつものようにダイジュの部屋で治癒力訓練の成果を報告し、寄宿舎の部屋へ戻る途中、ノーマは人気のない薄暗い廊下でタルの恋人ジョイスと鉢合わせた。


「…………おっと。あれ、もしかしてノーマくん?」
「あ」


(タルの……? ここのところタルも真面目に勉強をしていたから、もう恋人は部屋に呼ぶことはないと思ってた……)

 もしかしてタルはこれまでも、ノーマがダイジュに会うため部屋を留守にしたときを見計らって、部屋に恋人を呼んでいたのかもしれない。

 それにしては、定期的とはいえ不在にするのはいつもだいたい半刻程度。逢引するには少々短すぎる気がするが……。


「……あ、今日はタルに…………?」
「あー、今日は実は君に会いに来たんだよね。さっきタルに聞いたらさ、こっちのほうの部屋にいるって言うからさ」

「え?」


 まさか待ち伏せ?

 なんでタルの恋人がノーマ自分に会いに来たんだ? タルと自分はそこまで仲良くもないのに、なんのために?

 ノーマの頭には疑問しかない。


「…………なんの御用でしょう」
「いやー、この前さ、部屋で見たとき君のこといいなーって思ってさ。ちょっとお話したくて」

「へ」


 タルの恋人ジョイスはにこにこしながら上からノーマ見下ろし、ノーマには理解できないことを言った。

 なんでタルの恋人が、ノーマをいいなんて思うのだろう。

 まったく理解できずぽかんとするノーマなどお構いなしに、ジョイスは勝手に話を進めていく。


「ここじゃあ何だからさ、俺の部屋へ来いよ。そっちは部屋にタルがいるだろ? タルとは君のために・・・・・別れたんだ。それにこっちは今同室のヤツいないからさ」
「………は?」


 ノーマはギョッとなった。

 何を言っているんだこの男は。君のために別れた?

 その言葉に、タルの『誑かさないで』とノーマに一方的に突き刺した言葉が蘇る。

(まさか)

 あの日、この男に目をつけられた……? そして、この男はタルを捨てて、今日はノーマを誘うためにここに……?

 背筋がゾッとし、肌が粟立った。


「あ、あの俺……部屋に戻るので…………」


 怯えていることを悟られないようにしつつ、なんとかこの場を去ろうとしたが、男は「まあまあ」と言いながら、ふんふんと鼻歌まじりにいきなりノーマを横抱きにして抱き上げた。


「……え? あ、ちょっと!?」


 そして抵抗するノーマなどものともせず、「君の匂いは甘くていい匂いだ」と嬉しげにノーマを抱きしめ、歩き始めた。

(ひっ)

 いい匂いだとかそんなこと、アンバー以外の人に言われても嬉しいはずがない。

 ノーマはすぐそばにある男の顔を避けるようにして身をよじり、持っていた鞄で懸命に顔を隠した。

(まずいまずいまずい!! 詰所に着くまでに、なんとか逃げなきゃ)

 そんなノーマの願いは虚しく、ノーマを軽々と抱えた男の歩みは早く、すでに詰所の近くまで来ていた。

 神殿と神兵の詰所の堺には、境域を示す大きな扉がある。

 その扉の取っ手に男が片手をかけ、開けたその瞬間、ノーマは男の首元をひっかき、その腕から転がり落ちるようにして飛び降りた。


「……! てっ!! あ、おい!!」


 そしてノーマは、男の制止も聞かず走り出した。

(しまった! こっちは神兵の寄宿舎のほうだ!)

 逃げる方向を間違えたのに気づいたが、追いかけてくる男の足は早い。元々は山の民で足の早いノーマであっても、現役の兵士には敵うわけがない。

(どうしよう! どうしよう!!)

 涙を浮かべながら、どこへ向かうべきかも判らないまま、廊下を走る。


 その時。


「おい!! 廊下を走るなと何度言えば分かる!? お前らは子供か!!」


 怒鳴り声とともにバンッと近くのドアが音を立て開いたと思ったら、中から男が出てきて、走るノーマの腕を勢いよく掴んだ。


「わっ」


 急に腕を引っ張られ、ノーマは片足がかろうじてついた状態でぷらんと宙に浮き、反射的にその男の方を見た。


「…………あ」
「…………ん?」

 腕を掴んだ男とノーマの目があうと、二人共一瞬ぽかんとした顔をした。そしてひと呼吸おいてから同時にお互いの名を呼んだ。


「あ、セ、セイドリックさん……?」
「まさか、ノーマ殿!?」


 顔見知りのセイドリックの登場に、ノーマはほっと安堵し、泣きそうになっていた顔をくしゃくしゃにした。


「……よかった……セイドリックさんだ……」
「なぜこんなところに!?」
「…………」


 ノーマがチラっと追いかけてきた男の方を見た。その視線を追うようにしてセイドリックがジョイスを見た。


「……何をしている。ジョイス」
「あーいや、セイドリック殿。いつものあれですよ。ほら、こういうことは見てみぬふりをするもんじゃないです?」


 このジョイスの一言、それですべてを悟ったセイドリックは、眉間にしわを寄せギロッと睨みつけたが、ジョイスは悪びれもせずしれっとした。




「セイドリックさん、セイドリックさん、痛い。痛いです」
「! これは申し訳ない!」


 セイドリックはノーマの訴えに、腕を掴んでいたままであったことに、ようやく気がついた。


「すまん、鬱血したりはしていないか………ん?」


 慌てて掴んでいた腕を離そうとしたとき、美しい銀の腕輪に目がいった。並の神官がもつには豪華すぎるほどの腕輪だ。しかも何やら紋様まで入っている。


「…………この紋様は!!」


 セイドリックはその紋様の意味を理解した途端、驚きのあまり目を見開いた。


「こ、これは! 申し訳ありません! ノーマ様」


 すぐに手を離すと、ノーマの前にセイドリックは膝をついた。そして睨むどころか鬼の形相でジョイスを見た。


「…………? どうしたんだ、セイドリック殿」


 そのただならぬ様子に、ジョイスがたじろぐ。


「おまえはなんということをしたんだ!! この方の腕に嵌っているのはアンブリーテス皇子の紋様だ!! お前は皇子のものに手を出したんだ!! その意味が分かるか!? ただではすまぬぞ!!」


 セイドリックの言葉がすぐには理解できなかったのか、ノーマを見、そしてノーマの腕に注視した。そしてセイドリックの言葉の意味をようやく理解し、ジョイスは真っ青になった。




「おい、レイル、いるか!?」
「ここだ」


 この大騒ぎに何ごとかと部屋から顔を出した野次馬の中から、セイドリックの同僚レイルがひょいと手を上げた。


「仔細は聞いていたな。大至急、隊長……はいないか。副隊長殿か部隊長殿に報告を。そして、誰か神殿へ使いをやってくれ。…………皇子宮には、我らからではまずい。上から報告をして頂こう」
「承知した」


 レイルは、廊下に顔を出したを者の中から1人選び副隊長へ伝令を頼むと、自身は神殿へと向かっていく。

 それを見届けると、呆然と立ち尽くすノーマの眼前で、セイドリックは周囲の者に「逃げるとは思えぬが、とりあえず拘束しておけ」と命じ、ジョイスを拘束した。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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