神官の特別な奉仕

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スーシリアム神皇国

45 スルトとの再会

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『ノーマ殿、皇子と話をつけてきました。神殿に裏の古い礼拝堂があるのはご存じですか? 五日後の夜にそちらに来て頂けるように話をしています。皇子とちゃんと話をしてきてくださいね』

 自分だけ皇子との謁見を終えたダイジュに、いきなりそれだけを伝えられ、ノーマはおおいに戸惑っていた。

 なぜ早くから申請していた自分との謁見ではなく、ダイジュ監督官が直接謁見することになったのか。
 そこの事情はよくわからないが、とりあえず個人的に会えるよう交渉してくれたのは確かだ。研究のためとはいえ、いつもこうやって自分のために動いてくれることはとてもありがたい。

 だが実は、謁見を希望していたにもかかわらず、ノーマはいまだに心の準備ができていなかったりする。

 五日後のことを考えるとまったく何も手がつかず、ノーマは祈りの儀式の教本を胸に、意味もなく足を動かすことで落ち着かない心を鎮めようとしていた。

 広い神殿の中を無意識に足を動かしてあちこち行ったり来たりし、傍目からみたら何やってんだと思われているとは思う。しかしこう歩いていないと落ち着かないのだ。
 そうやって無闇矢鱈に歩き続け、気がつけば普段あまり近寄らない、神殿の敷地内にある神兵らの詰所近くまで来てしまっていた。

(しまった。こっちには来ないように言われていたんだった)

 神殿奥の西に伸びる廊下の先は、神兵用の詰所の他、彼らが使う野外の鍛錬場に繋がっている。
 鍛錬場の廊下からは直接外に出られるため、これからここを使うであろう神兵たちが、あちこちで体を動かしたり、数人で立ち話をしていたりしている。先程までの神殿特有の穏やかで静かな空間とは異なり、空気は動き、人の声で賑やかだが少しピリッとした空気が漂う。

 神兵は気性の荒い者も多く、神官に絡んでくる者もいるため、こちらには近づかないようにと言われていた。
 長居は危険だ。早く立ち去ろうとふと回りを見ると、廊下の向こうにサーシャの姿を捉えた。

 どっしりとした体躯に日の下でも映える赤い髪は、似たような隊服の中にいてもかなり目立つ。
 これから指導をするのだろう、彼は腕を組みこれから訓練を始める兵士らを見据えていた。

 不安な気持ちを抱えている今、声などかけられない相手だと分かっていても、知りあいの姿を見ると何となくほっとしてしまう。

 ずっと立ち止まって視線を投げかけているとさすがにあちらも気づいたようで、片方の眉を上げてこちらを見た。そして片目をすがめてうっすらと笑った。何やら後ろ手で合図をしてきたが、よく分からないまま首を傾げていたら、次は早く戻れと手で追い払うような仕草をされた。

「神官様、何かご用で?」

 頭上から声をかけられ、そこで数人の神兵に囲まれていたのに、ようやく気がついた。自分より体が倍くらいある者らが、上からニヤニヤと笑って見ている。

「いえ、もう戻るところです」
「えー何か用事があるから見てたんじゃねえの?」

 慌てて踵を返すが、前を塞がれ出られない。こういうことがあるから、絡まれる確率の高い見習い神官、とくにノーマは行かないようにと言われていたのだ。


「お、これはまたおきれいな神官様だな」

 ひとりが屈み込みノーマの顔を覗き込んできたので、とっさに俯いた。

「見かけない顔だな。最近入ったのか? 見習いだなこの服」
「へえ、いいな。戻るなら送っていってやろう。どこの所属だ?」

「結構です。ひとりで戻れますので」

「あまり人慣れしていないのもいいね。今度遊びに行かないか? 君名前は?」

 本人たちはからかって楽しいのかもしれないが、ノーマからすると筋肉の塊に囲まれ、圧迫感が半端ない。

「……っ」

 誰かがノーマの尻に触った。驚いて触った人物の方を見ると、悪びれもせず逆に嬉しそうにノーマを見る。

「反応もかわいいな。これから鍛錬が始まるんだが、見ていかないか?」
「おい、本気で口説くつもりか? 自分の良いところを見せて格好つけるつもりかよ」
「はあ? 悪いかよ。美人の神官様のお相手ができるなら俺はがんばるぜ」

 肩をぐいっと引き寄せられ、思わず胸に抱いた教本で振り払おうとしたら、背後から制止する声が聞こえた。

「おい、お前らいい加減にしろ」

 回りを囲んでいた神兵らの視線がそちらに向く。

「神殿に来るたび、いちいち神官をからかうな。隊長が睨んでるぞ」
「はっ。申し訳ありません、セイドリック殿! 失礼します」

 上官なのか、セイドリックと呼ばれる体の大きな男に注意されると、彼らの態度が変わった。そして隊長の名前が出るとすぐにノーマから体を離し、鍛錬場のほうに足早に去っていった。
 ただひとり名残惜しそうにノーマを見たが、それは無視した。

「うちの者が失礼した。隊長に助けてやれと言われましてな」

 神兵にしては見たところ穏やかで気の良さそうな男で、眉尻を下げ申し訳なさそうに謝る姿にノーマもほっと緊張がとけた。大事な教本を傷めるようなことにならずに助かった。

「ここからの戻り方はご存じですか」

 ノーマが首を縦に振ると、それならばとまるで護衛でもするかのように付き添い、神兵らの姿が見えなくなるところまで彼はノーマを送ってくれた。クマのような図体の割にとても紳士だ。サーシャが人畜無害な人選をしてくれたようで、ノーマはとても助かった。

「ここまでで結構です。ありがとうございます」

 ノーマが頭を下げ、その場を退出しようとすると、男が隊長から伝言がありますと伝えてくれた。
 それは今悩みを抱えて人恋しくなっているノーマにとって、とても嬉しい内容だった。

『明日、スルトを寄越す』






「ノーマ! 会いたかったー!」
「……! スルト!」

 面会室の扉を開けると、満面の笑みをたたえたスルトが待っていた。

 本当に翌日、伝言通り急に面会が入り、展開の早さにノーマは面食らったが、いざ対面すると懐かしい顔に涙が出そうになる。

 最後に会ったときよりも少し痩せたように見える。髪を伸ばしているのか後ろできれいにまとめていて、スルトの美しい顔にそれがよく似合っていた。
 そして側に控えているのはサーシャ……ではなく、なぜか昨日ノーマを送ってくれた紳士な大男だ。

「あ、彼はサーシャの隊の方でセイドリックさん。ここまで連れてきてくれたんだ」

 背後に控えるセイドリックがノーマに会釈をしたので、ノーマもそれに軽い会釈で答える。
 スルトの付き添いまで任されるとは、よほどの信頼があるんだろう。

「それで? 何を悩んでるんだノーマは」

 ……さす目敏いサーシャが寄越しただけある。ただ近況報告をするのではなく、スルトはノーマからの悩みを聞くために、わざわざここに来たと言うわけだ。

 サリトールの地で、スルトにはまるで兄弟のように世話になった。ここでの生活で辛い日々が続き、スルトに会いたくて仕方のなかったノーマは、この一言で本当に涙をこぼしてしまった。

 後ろでセイドリックがギョッとした顔で、おろおろとしているのが見えて、ちょっとだけ心がなごみ笑みが出たが、スルトは手を伸ばし、そんなノーマの涙を指ですくった。

「泣くほど何かあった?」

 その言葉にノーマは首を振る。

「……スルトはサーシャ様とうまくいってるんだろう? 俺もアンバー様とそうなりたい。今、治癒の訓練をしてるんだ。治癒の訓練もちゃんとこなして、将来アンバー様の隣に立っても恥ずかしくない立派な神官になりたい。でも……」
「でも?」

 ノーマは俯いた。

「自信がない」

 スルトは静かに立ち上がると、すぐ横まで来てノーマの肩を抱いた。ノーマの気持ちを推し量るように髪を何度も撫でた。

「アンバー様の横に立つ自信がない。こんな俺をアンバー様が好いてくれるなんて、そんなおこがましいこと……」
「アンバー様と話はしたの?」

 ノーマは俯き、ボトボトと涙を膝に落としながら横にゆるゆると首を振った。

「……今度二人だけで話をするんだ。会って何を言われるか……怖くて仕方がない」

 スルトは嗚咽するノーマを抱き寄せて、まるで赤子をあやすように背中をトントンと叩いた。

「……俺が知ってるアンバー様は、ノーマのことを大事に思ってるよ。サーシャもここに帰ってからも俺を思ってくれていた。アンバー様もそうだよ。誰もなにも変わってない。俺も、ノーマも。そうだろ?」

 ノーマがこくこくと頷く。セイドリックから渡された手巾でスルトがノーマの顔を拭くと、目元を真っ赤にしたノーマの顔が現れた。

「アンバー様なら大丈夫」

 でももし、とスルトが続ける。

「もし違ったなら俺がサーシャに言いつけてやる」

 目を吊り上げて拳を握りしめたスルトに、ノーマは破顔した。

 それから二人はお互いの近況報告をしあい、スルトとサーシャの街の噂や現在一緒に住んでいる話など、なぜかセイドリックが耳を塞いでいたが、それもまた含め楽しい時間を過ごした。

 スルトの言うとおり、今のアンバーはサリトールのときのアンバーであり、彼はあのときからすでに皇子だったわけだから何も変わらないということだ。

 自分の気持ちをきちんと伝えて、気持ちを整理しよう。そう心に決めた。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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