46 / 68
スーシリアム神皇国
44 ダイジュと皇子の謁見
しおりを挟む
「まだアンブリーテス皇子との謁見は叶わないのですか?」
謁見申請の進捗を聞きに神殿の事務を訪れたダイジュ監督官だったが、約束の半月を過ぎたというのに皇子側から返事はないということに、珍しく苛立ちを見せた。
「いったいどういうおつもりなのか。ノーマ殿との接点を持ちたがっておられたのはあちらだと思っておりましたがね」
数日前ノーマが城で皇子が女性と共にいる所を見てから、ノーマの訓練が滞っていた。動揺が尾を引き、なかなか調整がうまくできないのだ。
ダイジュとしては、アンブリーテス皇子のことで不安定になるノーマをなんとかしたい。それがあるからこちらから謁見を申し込んでいるのに、なかなか受理されないことに不満を抱いていた。
ダイジュは苛立ちに任せて、その場で今度はノーマではなく、自身の名でアンブリーテス皇子との謁見を申し込んだ。
どうせ忙しいからと通らないだろうと高を括っていたが、なんと予想に反し、今度はすんなり通り、翌日には謁見の日程が組まれることになってしまった。
ダイジュはあまりのスピード受理に驚いた。普通ならこんなにも早くに申請が通るものなのかと。
謁見の理由が『研究について』であることや希望時間が短いこともすんなり通った理由ではあるとは思うが……。
だがノーマの申請も希望時間が違うだけで、謁見理由は同じだ。
これではっきりした。
ノーマの名前が謁見の申請の妨げになっていたということが。
すなわちノーマ名義の謁見申請が、皇子に伝わることなく受付けの官吏のほうで握りつぶされていたということだ。
「なるほどなるほど」
ダイジュは合点がいったと顎を指で擦る。
せっかく申請が通ったのだ。
なかなかお会いできないアンブリーテス皇子と直接お会いする絶好の機会だ。ノーマのことも含め、しっかりお伺いさせていただこうではないか。
△△△
この日ダイジュは皇子宮の謁見の間に通された。はじめて入る皇子宮に多少緊張しつつも、その見事な内装にしばし見惚れた。
許された時間はたったの15分。
それでも愚痴を言うくらいには充分だ。
美しい装飾を眺めつつ、これまた立派な細工の施された椅子に腰掛けしばらく待っていると、皇子が現れた。
遠目からならいくらでも拝見したことがあったが、こう近くで見るとその姿に圧倒される。背筋の伸びた立派な体躯に波打つ黒髪、そして秀麗な顔立ちは、あまり人に関心のないダイジュでも思わず見惚れてしまう。
「アンブリーテス皇子。お初にお目にかかります。監督官のダイジュと申します。この度は貴重なお時間を私に頂き、誠に感謝致します」
ダイジュは椅子から立ち上がり、深く腰を折った。
「アンブリーテスだ。時間は少ない。用件を聞こう」
ダイジュはおや? と思った。
皇子が少し不機嫌そうなのだ。基本的に王族は人前で感情を露わにすることはない。顔色を相手に気取られ、政治利用されぬようそう教育されている。それに皇子は謁見も穏やかに対応されることで有名だ。
なんとなく気怠げに足を組み椅子に座る姿に、不敬ながらも声をかけた。
「失礼ながら、体調でもお悪いのですか」
「……何故そう思う」
「いえ、大変失礼を申しました。申し訳ありません……」
ピリッとした視線を投げかけられ、慌てて謝罪をした。皇子の体調が悪いのならさっさと切り上げたほうが良いだろうと思ったのだが、余計不機嫌にしてしまったようだ。
「用件を」
「はっ」
空気が重いが仕方がない。ダイジュはノーマの話を切り出した。
「皇子、ノーマ殿との謁見の話は聞いておられますか」
ノーマと聞き、皇子が目を見開きやや身を前に乗り出した。
「……聞いてはおらぬ」
「やはり。実はですね……」
そう切り出したとき、皇子が手をあげ人払いをした。
側に控えていた侍従が慌てて近づき「しかしながらお時間が……」と食い下がると、「延長だ。いいと言うまでさがれ」と言い放った。
「……宜しいのですか?」
「ああ、今は良い。それより続きを」
ダイジュはやや戸惑いつつも話を続けた。
ノーマの訓練のこと。ノーマが皇子のことで苦しんでいること。そして謁見を申し出たのに話が通っていなかったこと。
それらを話し終えたとき、皇子は顔に手を当て嘆息した。
「……ノーマのことで迷惑をかけてすまない。貴殿がノーマの面倒をみてくれていたとは。いろいろと勘違いしていたようですまなかった」
そう言うと、なんとダイジュに向かって頭を下げた。
「め、滅相もございません! ノーマ殿のことは監督官として私にも責任がございますので!」
「ノーマのことについては、この皇子宮にもあまり良く思わぬ者がいるようでな。まさか謁見申請を握りつぶしてくるとは」
苦々しそうに呟くと、先程の態度とはうってかわり、今度は申し訳なさそうにダイジュを見る。
その姿にダイジュは驚いた。ノーマのことで皇子がここまで気を落とすとは。
正直な話、美しくはあるがちょっと陰気で人付き合いの苦手なノーマが、華やかで男女ともに人気のあるアンブリーテス皇子と恋仲というのは、あまり現実味がないと感じていた。彼は旅先で皇子から情けをいただいただけで、それを勘違いしているのではないかと。
そこもはっきりさせたくて、今日はここに来たのだが……。
蓋を開ければ、お互いきちんとそれなりに想い合っているではないか。
これなら話は早い。
「失礼を承知でお伺いしますが、皇子はノーマ殿とどうなりたいですか」
あけすけな質問に皇子はぐっと言葉を詰まらせたが、ダイジュが大真面目なのを知ると彼をまっすぐ見据えて答えた。
「……ダイジュ殿も知っているとは思うが、最初から俺はノーマを伴侶として囲うつもりだった。神殿になどやらず共にここで暮らしたいのが本音だ」
その答えにダイジュもにっこりする。旅からお戻りになられたときに言われていたことは、同情からくるものではなかったのだとそうはっきり確信できた。
「なるほど。わかりました。皇子、夜にこっそりお会いできる時間などはございますか」
「……あるにはあるが」
訝しげにダイジュを見るが、次の言葉に皇子が思わず立ち上がった。
「ノーマ殿と会いたくはございませんか?」
謁見申請の進捗を聞きに神殿の事務を訪れたダイジュ監督官だったが、約束の半月を過ぎたというのに皇子側から返事はないということに、珍しく苛立ちを見せた。
「いったいどういうおつもりなのか。ノーマ殿との接点を持ちたがっておられたのはあちらだと思っておりましたがね」
数日前ノーマが城で皇子が女性と共にいる所を見てから、ノーマの訓練が滞っていた。動揺が尾を引き、なかなか調整がうまくできないのだ。
ダイジュとしては、アンブリーテス皇子のことで不安定になるノーマをなんとかしたい。それがあるからこちらから謁見を申し込んでいるのに、なかなか受理されないことに不満を抱いていた。
ダイジュは苛立ちに任せて、その場で今度はノーマではなく、自身の名でアンブリーテス皇子との謁見を申し込んだ。
どうせ忙しいからと通らないだろうと高を括っていたが、なんと予想に反し、今度はすんなり通り、翌日には謁見の日程が組まれることになってしまった。
ダイジュはあまりのスピード受理に驚いた。普通ならこんなにも早くに申請が通るものなのかと。
謁見の理由が『研究について』であることや希望時間が短いこともすんなり通った理由ではあるとは思うが……。
だがノーマの申請も希望時間が違うだけで、謁見理由は同じだ。
これではっきりした。
ノーマの名前が謁見の申請の妨げになっていたということが。
すなわちノーマ名義の謁見申請が、皇子に伝わることなく受付けの官吏のほうで握りつぶされていたということだ。
「なるほどなるほど」
ダイジュは合点がいったと顎を指で擦る。
せっかく申請が通ったのだ。
なかなかお会いできないアンブリーテス皇子と直接お会いする絶好の機会だ。ノーマのことも含め、しっかりお伺いさせていただこうではないか。
△△△
この日ダイジュは皇子宮の謁見の間に通された。はじめて入る皇子宮に多少緊張しつつも、その見事な内装にしばし見惚れた。
許された時間はたったの15分。
それでも愚痴を言うくらいには充分だ。
美しい装飾を眺めつつ、これまた立派な細工の施された椅子に腰掛けしばらく待っていると、皇子が現れた。
遠目からならいくらでも拝見したことがあったが、こう近くで見るとその姿に圧倒される。背筋の伸びた立派な体躯に波打つ黒髪、そして秀麗な顔立ちは、あまり人に関心のないダイジュでも思わず見惚れてしまう。
「アンブリーテス皇子。お初にお目にかかります。監督官のダイジュと申します。この度は貴重なお時間を私に頂き、誠に感謝致します」
ダイジュは椅子から立ち上がり、深く腰を折った。
「アンブリーテスだ。時間は少ない。用件を聞こう」
ダイジュはおや? と思った。
皇子が少し不機嫌そうなのだ。基本的に王族は人前で感情を露わにすることはない。顔色を相手に気取られ、政治利用されぬようそう教育されている。それに皇子は謁見も穏やかに対応されることで有名だ。
なんとなく気怠げに足を組み椅子に座る姿に、不敬ながらも声をかけた。
「失礼ながら、体調でもお悪いのですか」
「……何故そう思う」
「いえ、大変失礼を申しました。申し訳ありません……」
ピリッとした視線を投げかけられ、慌てて謝罪をした。皇子の体調が悪いのならさっさと切り上げたほうが良いだろうと思ったのだが、余計不機嫌にしてしまったようだ。
「用件を」
「はっ」
空気が重いが仕方がない。ダイジュはノーマの話を切り出した。
「皇子、ノーマ殿との謁見の話は聞いておられますか」
ノーマと聞き、皇子が目を見開きやや身を前に乗り出した。
「……聞いてはおらぬ」
「やはり。実はですね……」
そう切り出したとき、皇子が手をあげ人払いをした。
側に控えていた侍従が慌てて近づき「しかしながらお時間が……」と食い下がると、「延長だ。いいと言うまでさがれ」と言い放った。
「……宜しいのですか?」
「ああ、今は良い。それより続きを」
ダイジュはやや戸惑いつつも話を続けた。
ノーマの訓練のこと。ノーマが皇子のことで苦しんでいること。そして謁見を申し出たのに話が通っていなかったこと。
それらを話し終えたとき、皇子は顔に手を当て嘆息した。
「……ノーマのことで迷惑をかけてすまない。貴殿がノーマの面倒をみてくれていたとは。いろいろと勘違いしていたようですまなかった」
そう言うと、なんとダイジュに向かって頭を下げた。
「め、滅相もございません! ノーマ殿のことは監督官として私にも責任がございますので!」
「ノーマのことについては、この皇子宮にもあまり良く思わぬ者がいるようでな。まさか謁見申請を握りつぶしてくるとは」
苦々しそうに呟くと、先程の態度とはうってかわり、今度は申し訳なさそうにダイジュを見る。
その姿にダイジュは驚いた。ノーマのことで皇子がここまで気を落とすとは。
正直な話、美しくはあるがちょっと陰気で人付き合いの苦手なノーマが、華やかで男女ともに人気のあるアンブリーテス皇子と恋仲というのは、あまり現実味がないと感じていた。彼は旅先で皇子から情けをいただいただけで、それを勘違いしているのではないかと。
そこもはっきりさせたくて、今日はここに来たのだが……。
蓋を開ければ、お互いきちんとそれなりに想い合っているではないか。
これなら話は早い。
「失礼を承知でお伺いしますが、皇子はノーマ殿とどうなりたいですか」
あけすけな質問に皇子はぐっと言葉を詰まらせたが、ダイジュが大真面目なのを知ると彼をまっすぐ見据えて答えた。
「……ダイジュ殿も知っているとは思うが、最初から俺はノーマを伴侶として囲うつもりだった。神殿になどやらず共にここで暮らしたいのが本音だ」
その答えにダイジュもにっこりする。旅からお戻りになられたときに言われていたことは、同情からくるものではなかったのだとそうはっきり確信できた。
「なるほど。わかりました。皇子、夜にこっそりお会いできる時間などはございますか」
「……あるにはあるが」
訝しげにダイジュを見るが、次の言葉に皇子が思わず立ち上がった。
「ノーマ殿と会いたくはございませんか?」
0
※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる