神官の特別な奉仕

Bee

文字の大きさ
上 下
44 / 68
スーシリアム神皇国

43 夢のようで夢ではなく

しおりを挟む
「………………サーシャ?」

 ふと気がつくと、真っ暗な部屋でひとり寝ていた。いつもの自分の部屋。
 部屋はシーンと静まり、誰もいない。

 おかしいな。あれはもしかして夢だったのかと、あの恐ろしいほどの多幸感から一気に心が沈んでいく。ひどい喪失感に耐えきれない。
 涙を堪えるように枕に顔を押し付けた。

「う……うう………………」

 あれはひどく幸せな夢だった。彼の肌、匂いすべてが妄想だったのだろうか。
 彼の愛撫、彼の唇、舌の熱さに…………

 ————いやまて、下半身に残るこのだるさと何かが入っていた後のこの感じ。これはまさしく現実だ。

 ガバッと飛び起きて、寝台から出ようとするが足腰が立たず、バランスを崩し寝台から転がり落ちる。
 ドタッと床に体を打ちつけ、いてててと唸っていると、ガチャッと扉が開いた。

「…………スルト?」

 扉から顔を出したのは、サーシャその人だった。
 服はもう神兵の隊服ではなく、私服なのかゆったりとした上着を着ている。
 やや慌てたようにして近づき、ひょいとスルトを持ち上げる。
 涙で濡れた顔を見て、眉根を寄せた。

「どうした? 泣いておったか」
「…………どこ行ってたの」

 その言葉にああと納得したように頷き、寝台にスルトを抱いたまま腰をおろした。

「すまぬな。寂しかったのか。馬を戻しに行っていた」

 馬が外に繋ぎっぱなしになっていたのを戻しに行ったのだという。隊所有の馬なので、個人所有の馬に乗り換えてきたということだった。

「…………夢だったのかと思ったんだ。起きたら真っ暗で……」

 サーシャが満足げに目を細めると顔を寄せ、涙の跡をベロリと舐め取る。

「寝台から落ちたところは大丈夫か」

 裸のスルトの腕を持ち上げ、肩や背中、膝などをじろじろと検分する。

「……少し痩せたか」

 確かに娼館にいた頃から比べると痩せたかもしれない。
 毎日お店で動き回っているから、娼館でお茶を挽いていた頃よりは運動量が増えたはずだ。でもその分、定食屋の高カロリーな賄いも食べているはずなのに。

「うーん、言われてみたら確かにそうかも。でもサーシャは太くなったね」

 贅肉じゃなくて筋肉がね、と、ペタペタと目の前で隆々と盛り上がる胸筋を触る。サリトールにいたときも凄かったが、今はさらに太く分厚くなっている気がする。抱き込まれると柔らかくて気持ち良いが、この狭い部屋では圧迫感がすごい。

「毎日兵らと鍛えておるからな。やつらと同じ時間鍛えるなら、倍動くことになる」

 そうニヤリと笑った。
 よほど過酷なしごきをするのだろう。うちの隊長は鬼の如く怖いと言っていたセイドリックを思い出した。あの鬼のような隊長とはサーシャのことなんだなと思い至る。
 そういえば、昨日はサーシャのことで精一杯でセイドリックの姿を見ることはできなかった。申し訳ないことをしたとスルトは心の中で謝った。

「スルト、真面目な話だが、これから先のことを話したい」
「これからのこと?」

 サーシャがこれまでにないほど真面目くさった顔でそう切り出した。

「そうだ。俺はお前を我が邸宅に呼び寄せるつもりでいる」

 ……邸宅とはあの大豪邸のことだろうか。

「お前のことは屋敷の者にはもう伝えてある。部屋の用意も済んでおるからな。あとはお前が身一つでくれば良い」
「ちょ、ちょっと待って!」 

 もう決定事項とばかりに話が進むのを焦って中断させる。

「……なんだ? 一緒に済むのは嫌か」
「あ、嫌とかそうじゃなくて! サ、サーシャには婚約者がいるんでしょ? 俺が一緒に住んでいたらマズイんじゃないの? あ、愛人が一緒に住むとかおかしくない??」

 それを聞いたサーシャが一瞬変な顔をした。

「……確かに婚姻は結べぬとは言ったが……。お前は伴侶として迎える。屋敷の者にもそう伝えてあるから心配するな。……婚約は、いらぬと申すのに勝手に向こうが言ってくるだけだ」
「え?」

「伝え方がまずかったか。あのときは国に戻らなければどうなるのかはっきりとは分からなかった故に、曖昧な言い方をしてしまったのはすまなかった。次期皇子候補を産み育てるための種馬の役割を担う可能性があったのでな」

「……」

 アンバーとサーシャの父親が担っていた役目をサーシャが引き継ぐ。種馬と自身で揶揄する役目をやらなくてはならないのか。
 サーシャが自分の知らない誰かと結婚することは覚悟していた。しかし種馬となると、子を孕ませるため複数の知らない女性と交わることになる。

 スルト自身が男娼として働いていたことをサーシャは許容してくれている。だから自分も受け入れなければと思うのだが、こう目の前に突きつけられると……受け入れられるか不安だった。

「だがな、婚姻も種馬役もするつもりはない」
「え」

 つい俯いてしまった顔を上げると、サーシャが口の端だけをあげて笑った。

「そうできるの?」
「まあな」

 そう言ってスルトの手を自身の股間に添えた。

これ・・は、並の女では入らぬ。おそらく見た途端、怯えるな」

 くくくっと喉で笑うのを、スルトは呆けて見た。
 ああ、確かに。長く男娼やってた自分ですら怯んだくらいだからなと、変に納得してしまった。

「あまりしつこいようなら一度くらいは相手をしてやっても良いがな」

 サーシャは誰かを思い出すようにしてボソリと呟いたが、あんまりにも険のある言い方で、なんとなくだがしつこい相手がいるんだなと察した。
 このサーシャが険のある言い方をする女性というのも気にはなるが……。

「先ほどの往来での抱擁が噂になっている頃だろう。“名門シュタウ家のサハル=ディファが街の青年と恋に落ちた”とな。だからお前が我が邸宅にくるのは自然なことだ」
「え!? う、噂に!?」
「うむ。だからお前は、もうこのサハル=ディファのものだ。スルト」

「お前は俺のものだ」もう一度そう呟くとサーシャは唇を重ねた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

処理中です...