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スーシリアム神皇国
40 サーシャとスルトの邂逅
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この日スルトは、定食屋の従業員らとともに、アンブリーテス皇子の視察巡行を見物するため、大通りまで出てきていた。
こういったイベントごとが好きな定食屋のオヤジさんたちは、みな一様に楽しそうにしているが、スルトの心境は複雑だった。
話を聞けば、セイドリックはサーシャの部隊に所属しているらしく、行けば必ずサーシャの姿を見ることになる。
以前騎馬隊を率いるサーシャの姿を見たときは、その後ひどく落ち込んだのだし、できれば行きたくはない。しかしセイドリックがわざわざ見にきて欲しいと言いにきてくれたおかげで、見に行かなくてはいけなくなった。
(セイドリックさんを見たら帰ろう)
見に行かなかったというとセイドリックががっかりしそうだ。どうせ店も閉めてしまったことだしセイドリックを見たらさっと帰ろうと、借りているアパート近くの路地に一人で立って見ていた。
アンブリーテス皇子の巡行は、それはそれは派手で立派だった。
王都は広く、街の外へ出る道も複数ある。普段なら庶民が多く住む場所として敬遠されがちなこの北通りのある街道方向の巡行は滅多になく、付近の住人らにとってはまるで英雄の凱旋パレードかのごとくの騒ぎだ。
みんなが楽しそうにしている中、スルトは巡行が来るのを一人でぼうっと待っていた。
しばらくすると人が溢れた街道の向こう、美しい紋章の入った装飾の立派な馬車を囲むようにして、隊列を組んだ神兵の騎馬隊が見え、ゆっくりと近づいてくる。
(あ、騎馬隊が見えた。セイドリックさんはどこだろう)
スルトはセイドリックの姿を探した。
かなり目立つ場所に配置されたと嬉しそうに言っていたのが思い浮かんだ。
しかし、セイドリックよりも先に目に入ったのは……
(サーシャ!)
似たようなシルエットの神兵らの中、一番に目に飛び込んできたのはなんとサーシャだった。スルトはセイドリックを見つけるよりも前にサーシャの姿を見つけてしまった。
目にも鮮やかな緋色のマントを纏った、一際体の大きな赤髪の武人。
思いもかけず目にする思い人の姿に、スルトは目が離せない。食い入るように見つめていると
————偶然なのか、サーシャがこちらに目を向けた。
サーシャはそれまでいかにも王族の護衛兵らしく眼光鋭く周囲を見据えていた。だが、スルトと目があった一瞬だけ、睨むように細めていた双眸を見開いた。
(あ……)
目があった。
この群衆の中、本当にサーシャが自分を認識したのか? だが目が合ったのはほんの一瞬だった。
スルトがひとり困惑し戸惑っている間、気がつくと波が引くようにスルトの前から人がいなくなっていた。
(え? あれ? なんで急に前に誰もいなくなったの?)
すぐに状況が分からずあたふたしていると、前方から巨大な馬が走ってくるのが見えた。
(うそ! ちょっ、馬!? こっちに向かってくる!)
スルトは驚いて思わずその場から走って逃げ出した。
最初はゆっくりだった馬もスルトが走り出した瞬間からスピードを増すのが分かり、スルトは馬が入れない路地に駆け込む。だが、路地を抜けた瞬間————。
「サ、サーシャ…………」
他の道から回り込んできたのか、もうすでに馬が出口を塞いでいた。そしてその背から降りてきたのは、緋色のマントを羽織ったサーシャ、その人だった。
スルトは怯え、体が硬直したまま動けない。怒っているのかなんなのか、サーシャの表情からはまったく感情が読めない。
スルトは狼狽え、自分を見据えたままカツカツと音を立てながら近づいてくるサーシャをただ見つめるしかできなかった。
周囲の者はいったい何事かまったく分からないまま、二人のことを固唾を飲んで見守っている。誰一人として近づいて来る者はいない。
——おそらくあの青年が何か粗相でもしたんだろうと、そう思っているのだろう。
スルトは一歩一歩近づいてくるサーシャを前に、ずりずりと後ずさる。とんっと壁に背があたった。もうこれ以上逃げ場はないと観念し、前に立ちはだかったサーシャを振り仰いだと同時に、大きな手が差し出され体が宙に浮いた。
(————え?)
強い力で抱きしめられ、スルトは目を見開く。そしてそのまま一言も言葉を紡ぐことなく唇を塞がれた。
(え? え?? なに)
訳もわからぬままに抱きしめられ強引に口づけをされている今の状況に、スルトは混乱し、どう反応すべきか判断ができず体が硬直した。太い腕で強く抱きしめられているので、抜け出すことすら不可能だ。
なかなか口を開けないスルトにじれたのか、サーシャの太い親指がスルトの口を強引に割ろうと唇の端をめくり歯列をなぞる。
「……ん、んんっ」
サーシャが何を考えているのか分からず、スルトは体をこわばらせたまま目だけを動かす。彼の髪と同じ赤い色のまつげがすぐ目の前にある。
サーシャはスルトが見ていることに気がつくと、ふと細めた目を弓形にし、目をつむった。
(…………サーシャ………………)
懐かし彼の笑み。それを見た瞬間、こわばっていたスルトの体からは力が抜けた。
そして抗うのをやめて目をつむり、太い親指を噛むように口を開け、熱く濡れた舌を受け入れた。
こういったイベントごとが好きな定食屋のオヤジさんたちは、みな一様に楽しそうにしているが、スルトの心境は複雑だった。
話を聞けば、セイドリックはサーシャの部隊に所属しているらしく、行けば必ずサーシャの姿を見ることになる。
以前騎馬隊を率いるサーシャの姿を見たときは、その後ひどく落ち込んだのだし、できれば行きたくはない。しかしセイドリックがわざわざ見にきて欲しいと言いにきてくれたおかげで、見に行かなくてはいけなくなった。
(セイドリックさんを見たら帰ろう)
見に行かなかったというとセイドリックががっかりしそうだ。どうせ店も閉めてしまったことだしセイドリックを見たらさっと帰ろうと、借りているアパート近くの路地に一人で立って見ていた。
アンブリーテス皇子の巡行は、それはそれは派手で立派だった。
王都は広く、街の外へ出る道も複数ある。普段なら庶民が多く住む場所として敬遠されがちなこの北通りのある街道方向の巡行は滅多になく、付近の住人らにとってはまるで英雄の凱旋パレードかのごとくの騒ぎだ。
みんなが楽しそうにしている中、スルトは巡行が来るのを一人でぼうっと待っていた。
しばらくすると人が溢れた街道の向こう、美しい紋章の入った装飾の立派な馬車を囲むようにして、隊列を組んだ神兵の騎馬隊が見え、ゆっくりと近づいてくる。
(あ、騎馬隊が見えた。セイドリックさんはどこだろう)
スルトはセイドリックの姿を探した。
かなり目立つ場所に配置されたと嬉しそうに言っていたのが思い浮かんだ。
しかし、セイドリックよりも先に目に入ったのは……
(サーシャ!)
似たようなシルエットの神兵らの中、一番に目に飛び込んできたのはなんとサーシャだった。スルトはセイドリックを見つけるよりも前にサーシャの姿を見つけてしまった。
目にも鮮やかな緋色のマントを纏った、一際体の大きな赤髪の武人。
思いもかけず目にする思い人の姿に、スルトは目が離せない。食い入るように見つめていると
————偶然なのか、サーシャがこちらに目を向けた。
サーシャはそれまでいかにも王族の護衛兵らしく眼光鋭く周囲を見据えていた。だが、スルトと目があった一瞬だけ、睨むように細めていた双眸を見開いた。
(あ……)
目があった。
この群衆の中、本当にサーシャが自分を認識したのか? だが目が合ったのはほんの一瞬だった。
スルトがひとり困惑し戸惑っている間、気がつくと波が引くようにスルトの前から人がいなくなっていた。
(え? あれ? なんで急に前に誰もいなくなったの?)
すぐに状況が分からずあたふたしていると、前方から巨大な馬が走ってくるのが見えた。
(うそ! ちょっ、馬!? こっちに向かってくる!)
スルトは驚いて思わずその場から走って逃げ出した。
最初はゆっくりだった馬もスルトが走り出した瞬間からスピードを増すのが分かり、スルトは馬が入れない路地に駆け込む。だが、路地を抜けた瞬間————。
「サ、サーシャ…………」
他の道から回り込んできたのか、もうすでに馬が出口を塞いでいた。そしてその背から降りてきたのは、緋色のマントを羽織ったサーシャ、その人だった。
スルトは怯え、体が硬直したまま動けない。怒っているのかなんなのか、サーシャの表情からはまったく感情が読めない。
スルトは狼狽え、自分を見据えたままカツカツと音を立てながら近づいてくるサーシャをただ見つめるしかできなかった。
周囲の者はいったい何事かまったく分からないまま、二人のことを固唾を飲んで見守っている。誰一人として近づいて来る者はいない。
——おそらくあの青年が何か粗相でもしたんだろうと、そう思っているのだろう。
スルトは一歩一歩近づいてくるサーシャを前に、ずりずりと後ずさる。とんっと壁に背があたった。もうこれ以上逃げ場はないと観念し、前に立ちはだかったサーシャを振り仰いだと同時に、大きな手が差し出され体が宙に浮いた。
(————え?)
強い力で抱きしめられ、スルトは目を見開く。そしてそのまま一言も言葉を紡ぐことなく唇を塞がれた。
(え? え?? なに)
訳もわからぬままに抱きしめられ強引に口づけをされている今の状況に、スルトは混乱し、どう反応すべきか判断ができず体が硬直した。太い腕で強く抱きしめられているので、抜け出すことすら不可能だ。
なかなか口を開けないスルトにじれたのか、サーシャの太い親指がスルトの口を強引に割ろうと唇の端をめくり歯列をなぞる。
「……ん、んんっ」
サーシャが何を考えているのか分からず、スルトは体をこわばらせたまま目だけを動かす。彼の髪と同じ赤い色のまつげがすぐ目の前にある。
サーシャはスルトが見ていることに気がつくと、ふと細めた目を弓形にし、目をつむった。
(…………サーシャ………………)
懐かし彼の笑み。それを見た瞬間、こわばっていたスルトの体からは力が抜けた。
そして抗うのをやめて目をつむり、太い親指を噛むように口を開け、熱く濡れた舌を受け入れた。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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