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スーシリアム神皇国
34 コウとスルト
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「すみません、一人なんですが席空いてますか?」
「いらっしゃいませ! お一人ですか? 詰めてもらいますからこちらどうぞ」
仕事終わりで空腹だったコウは、北通りに差し掛かったところで、うまそうな匂いにつられてある定食屋の前で立ち止まった。
この匂いからして絶対味に間違いはないだろう。そう躊躇いなく店の入り口を開けると、ここはかなりの人気店らしく、まだ夕食には早い時間なのにすでに混んでいた。
酒が入り盛り上がる賑やかな店内。混み合った狭い席の間をすり抜け、奥の席に案内されると、コウはなるべく他の客の邪魔にならないように椅子ごと端に寄って座り直した。
元はサリトール近くの村で人足仕事を請け負っていたコウだが、アンバーがサーシャやノーマとこの国へ戻るときに荷物持ちのポーターとして雇われ、ともにこの国へやって来た。
いつもなら復路での仕事を見つけて村へ帰るのだが、今回ばかりは羽振り良いこの国でちょっと一旗揚げようとこの街に居残り、アンバーから支払われた賃金を元手に土木作業や運搬などの人足業を請け負う仕事を始めたのだが……。さすが大国。
コウへの依頼は途切れることなく順調に舞い込み、今日だって遠方での運搬仕事を終えて約半月ぶりにこの国へ戻ってきたところだ。
しかし家に帰り着くまでの間、空腹に耐えきれず、ふらふらと匂いにつられて入ったのがこの店だった。
「ご注文は何にされますか?」
注文を取りにきた従業員を見て、コウはおおっと目を見張った。
(へえーこういう庶民の定食屋にしては、結構キレイな子だな)
やっぱり大きな街だと、こんな定食屋にもそれなりにキレイな子がいるんだなぁとついニヤけた。
「えーっと、おすすめは」
「そうですねぇ、お酒はどうします? お酒を飲まれるなら、これとかおすすめですよ」
「じゃあそれと、飯モノでおすすめありますか?」
「あ、ならこれおすすめです。俺好きなんですよ。お客さんたちにも人気なんです」
「じゃあそれでお願いします。お酒はこれで」
「はい! ではすぐお持ちしますね」
その従業員は慌ただしい中でも接客は丁寧で愛想もいい。終始笑顔なのもすごくいい。
(この店の看板ってとこだなぁ)
コウは目の保養とばかりに、注文を取り終えて去っていく従業員を目で追いながらニマニマしていると、隣の席に座る常連らしい客に気安く声をかけられた。
「兄ちゃん、スーちゃんかわいいだろ!この店のアイドルだぜ」
「スーちゃん?」
「そうそう、さっきの子! えーっと名前はスルトだっけ? みんなスーちゃんって呼ぶから、忘れちまったなぁ」
そう言うとガハハと隣の客は大口を開けて笑い、酒をガブガブと飲み干した。
コウは従業員の名前を聞いて、あれ?と思った。
スルト? スルトって名前ってどこかで……。
記憶を辿りつつしばし考え、そうだ、サーシャさんだ! とコウははっと思い出した。
(サーシャさんが待ってた人の名前が、確かスルトさんだったはず)
コウも三人の話を横から聞いていただけなので、ややうろ覚えだが、おそらく、いや名前はスルトで間違いはない。人に対して無頓着なイメージのサーシャが気にしていた人物の名前だったこともあり、コウはその名前が頭に残っていた。
(ひえ、サーシャさんの想い人か! こんなところで巡り会うとはなあ)
ちゃんとサーシャと会えたのか知りたくて、コウはスルトに声をかけようとしたが、少し考えてやめた。
(うーん。でも本当にサーシャさんの探しているスルトさん本人かどうかも分からないし。声かけて違っていたら嫌だしなあ)
悶々としつつ、きびきびと働くスルトを眺めていると、またもや先程の客が話しかけてきた。
「兄ちゃん、スーちゃんに惚れてもだめだぜ。スーちゃん男追っかけてここに来たらしいからな。待ってる相手がいるんだ。狙ってもムダムダ」
そう牽制するとまたガハハと笑った。
それを聞いてコウは思わず声を上げそうになった。
(あーーーー絶対そうだよ! 待ってるてことはもしかして、まだ会えていないのか?!)
サーシャはもうとっくの昔にこの地に戻ってきているのに、まだ会えていないという事実にコウは唖然とした。
道中の会話を聞く限りでは、サーシャは表にこそ出さなかったがスルトと合流できることを待ち望んでいたように見えたのだが。
常連客の様子だとスルトがこの店に来て結構日が経っているみたいなのに、なぜまだ会えていないのか。
(ぐう~~~気になる! ああああでもとっくにサーシャさんたちとの縁が切れた自分が首を突っ込んでもなあ)
このまま無視してもいいのだが、どうにもこうにも気になってしまう。仕事も終えたばかりで懐も温かいし、遠方の仕事はしばらく控え、コウはひとまずしばらくこの店に通って、興味がそれるまでスルトの様子を見てみることにした。
△△△
「コウさん、今日も人足の帰りかい? 今日はあいにくスーちゃんもう仕事終わって帰ったところなんだよ」
コウは中距離の運搬の仕事が入っていたため、2週間ぶりにこの店に訪れた。
あれから仕事帰りには必ずこの定食屋に顔を出し、来たら来たで毎回スルトをジロジロと眺めるので、今ではすっかりスルト目当ての常連客として定着してしまった。
もちろん変な意味はなく目の保養だと、店の者や他の常連には言い訳をしている。
(あー今日はちと遅すぎたか)
今日は予定外に帰りが遅くなったせいで、スルトはもう仕事を上がってしまったようだ。
それでは長居は無用とばかりに持ち帰りを頼むと「コウさんはほんとスーちゃん目当てなんだねぇ」と呆れられたが、面倒なので言い訳せず、笑ってごまかした。
コウは夜食用にと持ち帰り用のおかずを詰めて貰うと店を出た。
家にはまだ酒もある。これをアテに酒でも呑んで寝るかと、いつものように自宅に向かって路地に入ったところで、人が争うような声がしたのをコウは聞き逃さなかった。
(ん? 喧嘩か? 何事だ?)
一人はやや甲高い若い男の声にもう一人は低く野太い男の声。よく聞くと若い男は嫌がっているようだ。人足仕事で、ある程度腕っぷしには自信のあるコウは、助太刀せんとばかりに声の方へ向かった。
「ちょ、ちょっとやめて下さい! 離して! 離せ!」
「ほら送って行くだけだって。な、家にちょっと上がらせてくれりゃいいんだからさ」
どうやら痴話喧嘩っぽいが……と、コウは一旦物陰で様子を窺うことにしたが、どう考えても相手は嫌がっている。やはりここは止めるべきだろうと、物陰から飛び出すと男の腕を掴み、捻り上げた。
「もういい加減にしておけ! 嫌がっているではないか! 見苦しいぞ」
「いててててててッ」と痛がる男の顔を見て、コウはあれ? と思った。
(こいつ、定食屋の常連だ)
振り向くとコウが庇ったのは、なんとスルトだった。
「な、なんだよ! コウさんじゃねえか。あててて離せよ!」
相手が思わぬ知り合いだったため、コウは手を離してしまった。
「一体何があったんだ」
「へへ、コウさんもスーちゃん好きなんだろう? だったらさ今がチャンスだぜ? スーちゃんもさ、もう会えねえ男なんか忘れて他に男作っちまいなって。だから俺が今日は慰めてやるっての」
ヒックと赤い顔をしながら、なおも男はスルトに迫ろうとしていた。
それを見てコウは男の腕を掴み上げると、容赦なくその体を地面に叩きつけた。
急な攻撃のせいかそれとも酔いのせいか、受け身を取れなかった男は「ウッ」と声をあげると、そのまま失神しのびてしまった。
この男はいつも店に来てはスルトにちょっかいをだす。しつこいので他の客にも嫌がられてはいたが、まさか帰宅時間を狙って外で襲うとは。
しかもどうやらコウも同類だと思ったらしい。二人なら言いくるめて手込めにでもできると考えたのだろう。
もし仮にスルトのことが好きだったとしても、こんな卑怯なマネなど絶対にしない。
見くびるなよとコウは心の中で男に唾棄した。
「あ、あの、コウさん」
後ろからスルトの戸惑う声が聞こえる。そりゃそうだろう、今までの流れだと、コウもこの男と同じ立場だと思われて当然だ。警戒されるのは致し方ない。
「あーーーースルトさん。俺はあなたにそういう気持ちはないので警戒しなくて大丈夫ですよ」
「え、へ?」
頭を掻いたコウに、スルトが驚いて変な声を上げた。
「俺がそんな目で見てるなんて勘違いされると、サーシャさんに怒られてしまう」
そう片目を瞑って笑ってみせると、スルトはどれだけびっくりしたんだというくらいポカンとした顔でコウを見た。
「嘘、サーシャの知り合い……?」
力が抜けたのか、スルトはその場に座り込んだ。
「いらっしゃいませ! お一人ですか? 詰めてもらいますからこちらどうぞ」
仕事終わりで空腹だったコウは、北通りに差し掛かったところで、うまそうな匂いにつられてある定食屋の前で立ち止まった。
この匂いからして絶対味に間違いはないだろう。そう躊躇いなく店の入り口を開けると、ここはかなりの人気店らしく、まだ夕食には早い時間なのにすでに混んでいた。
酒が入り盛り上がる賑やかな店内。混み合った狭い席の間をすり抜け、奥の席に案内されると、コウはなるべく他の客の邪魔にならないように椅子ごと端に寄って座り直した。
元はサリトール近くの村で人足仕事を請け負っていたコウだが、アンバーがサーシャやノーマとこの国へ戻るときに荷物持ちのポーターとして雇われ、ともにこの国へやって来た。
いつもなら復路での仕事を見つけて村へ帰るのだが、今回ばかりは羽振り良いこの国でちょっと一旗揚げようとこの街に居残り、アンバーから支払われた賃金を元手に土木作業や運搬などの人足業を請け負う仕事を始めたのだが……。さすが大国。
コウへの依頼は途切れることなく順調に舞い込み、今日だって遠方での運搬仕事を終えて約半月ぶりにこの国へ戻ってきたところだ。
しかし家に帰り着くまでの間、空腹に耐えきれず、ふらふらと匂いにつられて入ったのがこの店だった。
「ご注文は何にされますか?」
注文を取りにきた従業員を見て、コウはおおっと目を見張った。
(へえーこういう庶民の定食屋にしては、結構キレイな子だな)
やっぱり大きな街だと、こんな定食屋にもそれなりにキレイな子がいるんだなぁとついニヤけた。
「えーっと、おすすめは」
「そうですねぇ、お酒はどうします? お酒を飲まれるなら、これとかおすすめですよ」
「じゃあそれと、飯モノでおすすめありますか?」
「あ、ならこれおすすめです。俺好きなんですよ。お客さんたちにも人気なんです」
「じゃあそれでお願いします。お酒はこれで」
「はい! ではすぐお持ちしますね」
その従業員は慌ただしい中でも接客は丁寧で愛想もいい。終始笑顔なのもすごくいい。
(この店の看板ってとこだなぁ)
コウは目の保養とばかりに、注文を取り終えて去っていく従業員を目で追いながらニマニマしていると、隣の席に座る常連らしい客に気安く声をかけられた。
「兄ちゃん、スーちゃんかわいいだろ!この店のアイドルだぜ」
「スーちゃん?」
「そうそう、さっきの子! えーっと名前はスルトだっけ? みんなスーちゃんって呼ぶから、忘れちまったなぁ」
そう言うとガハハと隣の客は大口を開けて笑い、酒をガブガブと飲み干した。
コウは従業員の名前を聞いて、あれ?と思った。
スルト? スルトって名前ってどこかで……。
記憶を辿りつつしばし考え、そうだ、サーシャさんだ! とコウははっと思い出した。
(サーシャさんが待ってた人の名前が、確かスルトさんだったはず)
コウも三人の話を横から聞いていただけなので、ややうろ覚えだが、おそらく、いや名前はスルトで間違いはない。人に対して無頓着なイメージのサーシャが気にしていた人物の名前だったこともあり、コウはその名前が頭に残っていた。
(ひえ、サーシャさんの想い人か! こんなところで巡り会うとはなあ)
ちゃんとサーシャと会えたのか知りたくて、コウはスルトに声をかけようとしたが、少し考えてやめた。
(うーん。でも本当にサーシャさんの探しているスルトさん本人かどうかも分からないし。声かけて違っていたら嫌だしなあ)
悶々としつつ、きびきびと働くスルトを眺めていると、またもや先程の客が話しかけてきた。
「兄ちゃん、スーちゃんに惚れてもだめだぜ。スーちゃん男追っかけてここに来たらしいからな。待ってる相手がいるんだ。狙ってもムダムダ」
そう牽制するとまたガハハと笑った。
それを聞いてコウは思わず声を上げそうになった。
(あーーーー絶対そうだよ! 待ってるてことはもしかして、まだ会えていないのか?!)
サーシャはもうとっくの昔にこの地に戻ってきているのに、まだ会えていないという事実にコウは唖然とした。
道中の会話を聞く限りでは、サーシャは表にこそ出さなかったがスルトと合流できることを待ち望んでいたように見えたのだが。
常連客の様子だとスルトがこの店に来て結構日が経っているみたいなのに、なぜまだ会えていないのか。
(ぐう~~~気になる! ああああでもとっくにサーシャさんたちとの縁が切れた自分が首を突っ込んでもなあ)
このまま無視してもいいのだが、どうにもこうにも気になってしまう。仕事も終えたばかりで懐も温かいし、遠方の仕事はしばらく控え、コウはひとまずしばらくこの店に通って、興味がそれるまでスルトの様子を見てみることにした。
△△△
「コウさん、今日も人足の帰りかい? 今日はあいにくスーちゃんもう仕事終わって帰ったところなんだよ」
コウは中距離の運搬の仕事が入っていたため、2週間ぶりにこの店に訪れた。
あれから仕事帰りには必ずこの定食屋に顔を出し、来たら来たで毎回スルトをジロジロと眺めるので、今ではすっかりスルト目当ての常連客として定着してしまった。
もちろん変な意味はなく目の保養だと、店の者や他の常連には言い訳をしている。
(あー今日はちと遅すぎたか)
今日は予定外に帰りが遅くなったせいで、スルトはもう仕事を上がってしまったようだ。
それでは長居は無用とばかりに持ち帰りを頼むと「コウさんはほんとスーちゃん目当てなんだねぇ」と呆れられたが、面倒なので言い訳せず、笑ってごまかした。
コウは夜食用にと持ち帰り用のおかずを詰めて貰うと店を出た。
家にはまだ酒もある。これをアテに酒でも呑んで寝るかと、いつものように自宅に向かって路地に入ったところで、人が争うような声がしたのをコウは聞き逃さなかった。
(ん? 喧嘩か? 何事だ?)
一人はやや甲高い若い男の声にもう一人は低く野太い男の声。よく聞くと若い男は嫌がっているようだ。人足仕事で、ある程度腕っぷしには自信のあるコウは、助太刀せんとばかりに声の方へ向かった。
「ちょ、ちょっとやめて下さい! 離して! 離せ!」
「ほら送って行くだけだって。な、家にちょっと上がらせてくれりゃいいんだからさ」
どうやら痴話喧嘩っぽいが……と、コウは一旦物陰で様子を窺うことにしたが、どう考えても相手は嫌がっている。やはりここは止めるべきだろうと、物陰から飛び出すと男の腕を掴み、捻り上げた。
「もういい加減にしておけ! 嫌がっているではないか! 見苦しいぞ」
「いててててててッ」と痛がる男の顔を見て、コウはあれ? と思った。
(こいつ、定食屋の常連だ)
振り向くとコウが庇ったのは、なんとスルトだった。
「な、なんだよ! コウさんじゃねえか。あててて離せよ!」
相手が思わぬ知り合いだったため、コウは手を離してしまった。
「一体何があったんだ」
「へへ、コウさんもスーちゃん好きなんだろう? だったらさ今がチャンスだぜ? スーちゃんもさ、もう会えねえ男なんか忘れて他に男作っちまいなって。だから俺が今日は慰めてやるっての」
ヒックと赤い顔をしながら、なおも男はスルトに迫ろうとしていた。
それを見てコウは男の腕を掴み上げると、容赦なくその体を地面に叩きつけた。
急な攻撃のせいかそれとも酔いのせいか、受け身を取れなかった男は「ウッ」と声をあげると、そのまま失神しのびてしまった。
この男はいつも店に来てはスルトにちょっかいをだす。しつこいので他の客にも嫌がられてはいたが、まさか帰宅時間を狙って外で襲うとは。
しかもどうやらコウも同類だと思ったらしい。二人なら言いくるめて手込めにでもできると考えたのだろう。
もし仮にスルトのことが好きだったとしても、こんな卑怯なマネなど絶対にしない。
見くびるなよとコウは心の中で男に唾棄した。
「あ、あの、コウさん」
後ろからスルトの戸惑う声が聞こえる。そりゃそうだろう、今までの流れだと、コウもこの男と同じ立場だと思われて当然だ。警戒されるのは致し方ない。
「あーーーースルトさん。俺はあなたにそういう気持ちはないので警戒しなくて大丈夫ですよ」
「え、へ?」
頭を掻いたコウに、スルトが驚いて変な声を上げた。
「俺がそんな目で見てるなんて勘違いされると、サーシャさんに怒られてしまう」
そう片目を瞑って笑ってみせると、スルトはどれだけびっくりしたんだというくらいポカンとした顔でコウを見た。
「嘘、サーシャの知り合い……?」
力が抜けたのか、スルトはその場に座り込んだ。
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