神官の特別な奉仕

Bee

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スーシリアム神皇国

33 スルトの今

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※最後に軽い性的表現があります。


——————



「スーちゃん、できたよッ。これお願い!」
「はーい!! 昼定食、お待ち遠さま!」

  ここはスーシリアム神皇国の中央都市の中でも、いわゆる庶民、低所得層の居住地区である北通りの一角にある定食屋だ。

 この北通りには労働者階級の者が多く住み、この店のような安くて量のたっぷりとした定食屋はとても人気があり、今日も昼前からもうお客でいっぱいだった。

「スーちゃん、お会計!」
「スーちゃん、こっちおかわりね」
「スーちゃん、こっちメニュー持ってきて!」

 スーちゃんスーちゃんと、この店の看板息子としてくるくると目まぐるしく働く青年。
 それはあのスルトだった。

「スーちゃんは別嬪さんだよねー。ほんとこの店にはもったいないよ」
「ほんとマジマジ。スーちゃんが来てからお客増えたもんなー」

 常連客らは昼定食をかきこみつつ、楽しそうに働くスルトを眺めては、次々に勘定を終え慌ただしく午後の仕事へ向かう。

「スーちゃんここに来てから二カ月くらいか?」
「そうだな。もうそれくらいか? いやいい子がきてくれたよな」

 スルトはそんな常連客の話に耳を傾けながら、客が去った後のテーブルを片付けていた。

(そうか、もう二カ月も経つのか)

 ここに到着した時はまだサーシャに会えることが嬉しくて、それしか考えてなかったなあと、あの頃の自分を振り返る。

 二カ月前にこの都に到着してから、スルトはサーシャのすぐ近くにいるにかかわらず、会いに行くことができぬまま、結局ここで仕事をしながら一人で暮らしていた。



 あの日サーシャと契りを交わしてから数日後、スルトの怪我が良くなったのを見計らい、サーシャ、アンバー、ノーマらはサリトールの街を出立した。それを名残惜しく見送ってから、実はスルトもそう日を置かずして、サーシャを追いかけてサリトールの街を出立していた。

 本当は借金の額からして、まだもう少し客を取らなければならなかったのだが、娼館の旦那さんと女将さんが身請けが決まった祝いにと、なんとご祝儀を出してくれたのだ。
 しかもこれまでスルトについてくれていたお客までもが、ご祝儀だはなむけだと祝いをくれ、そのおかげで早々に借金を全て返済することができた。

(みんなには本当に感謝しかないよ)

 みんなのお陰でスルトはその後客を取らずに済み、サーシャに操を立てることができたのだ。感謝してもしきれない。

 女将さん曰く、サーシャが置いていった金がえらい大金で、ほんとなら借金も全部返し終えても余るほどの額だけど、“スルトがそれを使いたくないというのならそれでも良い、気の済むように使え”と、身受けのお金を差し引いても、しばらく生活には困らぬくらいの金を渡されたのだという。

『お客人がさ、“もし追いかけて来ぬようなら自立できるよう支えてやってくれ”だってさ。泣けるよねえ。この金はスルトが思うように使えばいいだなんて、恰好いいじゃないか。あんたがここで男娼やってた話は内密にしとくからさ、安心して旦那の元に行くといいよ』

 女将さんは最後の最後でいい旦那に巡り会えたと、古株のスルトの門出を大いに喜んでくれた。

 そんなこともあって、サーシャたちが去ってから大して日を空けずにスルトは出立することができたのだ。

(でも俺、本当に浮かれてたよな。サーシャがこの国でどれだけ凄い人かなんて考えたことなかった)

 スルトはサーシャに会えることで頭がいっぱいで、これから行く国がどんな国なのかもろくに調べもせずに来てしまったことを後悔していた。

 近隣諸国でも随一活気横溢で繁栄を極めるこの広大な国で名を馳せた者の凄さを、スルトはこの国に来てからようやく知ることになる。

 そもそもあんな辺鄙な街までわざわざエロい奉仕を受けに来るような金持ちなど、商家の成金かどこか怪しげな貴族くらいで、名門名家の貴人と聞いてもスルトはピンときていなかったのだ。

 この都に着いて早々、スルトはサリトールの街とは比べものにならないくらい発展した都市に呆気に取られつつ、とりあえずサーシャに会えばなんとかなると、サーシャが証しにとくれた彼の正式名が刻まれた銀の腕輪を片手に、教えられていた住所の先にある屋敷を訪ねたのだが……。

 そこには驚くほど、いや腰を抜かすほど立派なお屋敷があった。

 何やらいかつい紋様飾りのついた大きな門に、そこから遠くに見える巨大な邸宅。呼び鈴を鳴らすどころか門の前には門兵がいて怖くて近づくことすらできない。

 人に怪しまれぬよう注意しつつ塀の隙間から中を覗いてみたものの、サリトールで一番の公園でもこうはいかないと言うほどに美しく立派に手入れされた庭が見えるだけで、肝心の家の全貌なんか見えやしない。

 ————スルトは完全に怖気付いてしまった。

 逃げるようにその場を去ると、預かった腕輪を誰からも見られないようすぐに布に包んで懐に隠し、とりあえず一旦どこか生活できる場所を探すことにした。

 サーシャから貰った金を使えば、物価の高そうなこの国であってもしばらくは裕福に暮らせるだろう。だが、サーシャに会えないかもしれない今、この金を無駄に使うわけにはいかない。

 スルトは広いこの街を行く当てもなくウロウロと歩きまわり、立派な街並みに追い立てられるようにして逃げ込んできたのが、他の地区にくらべ庶民臭さのある北通りだった。

 実をいうと、本当はまた娼館で働こうかとも考えていた。

 が、その店にサーシャの馴染みの男娼がいたら? スルトはサーシャの隣に他の男娼が寄り添うのを見て、耐えられるだろうか。そして、自分が他の男の相手をしているのを彼に見られでもしたら?
 そう思うととてもじゃないが、やっていけそうになかった。それにサーシャはそういう仕事から足を洗うことを望んでいたからこそ、あの金を置いていったのに。

 これからどうすべきか、悶々と悩みつつ商店が連なるこの通りを彷徨いていた時、偶然この定食屋の従業員募集の張り紙を見つけたのだ。

 貴族や名士など位階のある者らが住む地区とはずいぶんと離れたこの北通りなら、偶然サーシャに会うこともないだろう。それに飲食店であれば、学のないスルトのような者でもなんとかやっていけるかもしれない。そう思って定食屋の扉を叩いたのが、ここで仕事をすることになったきっかけだ。

 こうして定食屋での仕事も運良く決まり、スルトは彼のことをここで見守りながら暮らすことを決心したのだった。



   △△△



「スーちゃん、今日はもうあがりなよ」

 一日中働き通して、夜の客がある程度落ち着いて来た時間、店主がスルトに声をかけた。

「はーい。今日もありがとうございます! 今日もお疲れ様!」
「スーちゃん帰るのか? 俺が送って行こうか?」
「すぐ近くだから大丈夫。飲み過ぎはダメだよ! おやすみなさい」

 もう閉店近くにもかかわらずまだ居残る常連客を軽くあしらい、スルトは家路についた。

 近くの路地に入り、店からそう遠くない狭いアパートに戻ると、着ていた服もそのままにドサッとベッドに横になった。

 今日も常連客に声をかけてもらって、美味しい定食も賄いでたらふく食べさせてもらって、疲れはしたがとても楽しくて充実した良い1日だったなとスルトは反芻した。

 お店の人や常連客にはスルトの素性について隠している。だが、想い人がいて、彼に会いにこの国に来たということだけは伝えてある。

この国に来た理由が思いつかなかったというのもあるが、あの気のいい人たちに嘘を言いたくなかったのだ。

 スルトは目を閉じると、サリトールの娼館で過ごしたサーシャとの日々を思い出す。

 サーシャが初めて来た日のことや、ノーマをけしかけるためサーシャがスルトの喘ぎ声を聞かせようとわざとねちっこく抱いたこと。そしてまだ傷が癒えていないのに、スルトの部屋でお互いの手で抜き合いをしたこと。

 (ああ、あの蜜すごく甘かったなあ)

 そしてサーシャと携帯食の甘い蜜を分け合ったことも思い出す。

 体の中をジンとした甘い疼きが湧き上がり、愛しい彼の顔を思い出そうとすると、つい最近見たばかりの彼の面影が脳裏に思い浮かんだ。



 ————それはつい三日ほど前、神兵の演習が街で行われた日のことだった。

 ちょうど演習を追えた騎兵隊がこの通り近くに進軍するというので、その一行をぜひ見ようじゃないかと、物見高い店の連中に誘われたのだ。

 あまり乗り気じゃなかったスルトだが店もその間閉めるというので、断りきれず一緒に行軍を見に出かけた。

 屈強そうな騎兵隊が隊列を組み、広い街道に進軍するのをスルトはぼんやりと人にまぎれて見物していた。

 どの兵も凛々しく勇ましく見えたが、中でも一際立派な馬に跨り、燃えるように鮮やかな緋色のマントをなびかせ威風堂々と馬を操る人物が目を引いた。

 ————それがサーシャだった。

 最後に会った時よりも短く刈り込まれた真っ赤な髪に、前を見据える鋭い目つき。美しい彫刻が刻まれた立派な鎧をその逞しい体に纏い、馬を巧みに操るその姿は、スルトの知っているサーシャではなかった。

 周囲にいた者らは彼のことを「サハル=ディファ様」と呼び、口々に褒め称え、手を振り声援をあげる。

 その人々の声の大きさが、彼のこの国での功績を物語っていた。

 こんな立派な人が俺を見受けしたなんて、信じられない。やはり貴人の遊びくらいの感覚だったんじゃないだろうかと、スルトは茫然と、馬に乗り遠ざかっていくあの広い背中を見送った。

 もう住む世界の違う人だ。
 そんなことわかっている。それでもサーシャのことが忘れられない。

 スルトは寝台の中で一人サーシャを思い、下衣の中に手を滑らせた。

 彼のごつごつとした太い指には到底及ばないが、自身の指で彼の面影を辿り、彼の跡をなぞりながら行為に耽る。

 たまにはサーシャも自分を思い出して、こんな悩ましい夜を過ごしてくれているだろうか。

 指で後ろの自分のいいところを擦り上げ、ゆるく勃ち上がった前を上下に扱く。鈴口から透明な液が溢れだし、指で先を刺激すると、吐息とともに声が漏れだす。

腰が揺れ足がピンと張るころ、スルトはサーシャサーシャと彼の名をうわ言のように繰り返し、自分の手の中で果てた。

 ————彼の名を呼んでも虚しさだけが心に残る。

 脱力した体を気怠げに起こし、汚したあとをきれいにするついでに体も拭くと、スルトは今日もサーシャから預かった腕輪を胸に抱き、布団に潜った。
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