神官の特別な奉仕

Bee

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スーシリアム神皇国

30 サーシャとアンバー

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 アンバーがサーシャと初めて出会ったのは、アンバーが6歳、サーシャが11歳の時だった。

 将来皇王に仕えることになるであろう名門名家の少年らと皇子を引き合わせることが目的の謁見の日、その少年らに混じってサーシャはいた。

 他の少年らと同じように形式的に紹介を受けただけで、まさか自分と同じ父親を持つ者がそこにいるとはその時アンバーは思ってもみなかった。

 大人たちに言われているのか、みな幼いアンバーに気を使ったり、遊びを提案したりと、アンバーの気を引くためあれこれおべっかを使っていたが、サーシャだけは違った。
 皇子であるアンバーの機嫌をとるでもなく子供らしからぬむっつりと冷めた表情で、ただ近くに控えるのみ。まるで侍従か護衛だ。

 サーシャ自身、もうこの頃から大人に混じり武術の腕を磨き、家門の期待を一身に背負うほど既に自立した大人のような子供で、皇子たる幼いアンバーと父が同じと聞いても兄弟として何か感じるところなど何もなく、むしろ赤の他人でしかなかった。

 お互い無関心であったこともあり、その後もアンバーもサーシャも人生を交える事なく別々の道を歩んで来たが、あの旅がきっかけで二人の人生は大きく交わることになった。



「サハル=ディファ殿、こうしていると旅で雑魚寝した日々が懐かしいな」

 アンバーはサーシャの私邸に招かれ、客間に通されると、分厚い絨毯敷きの床にどっかりと胡座をかき寛いだ。

 サーシャの私邸はかなり大きい。
 以前戦で武勲をあげ、その褒賞として国から与えられた邸宅だ。
 ひとり住まいにもかかわらず、一体何人家族が住むのだというくらい部屋数が多いのだが、アンバーを迎えるにあたりその中でもサーシャはわざわざ庶民的な床座の部屋を選んだ。

 皇子をもてなすのに床座は不適切であり不敬とされ、本来忌避されるものだが、今宵のアンバーならばこの床座が適切だろうと、サーシャが敢えて整えさせたのだ。

 案の定アンバーは旅の日々を思い出し、懐かしそうに腰を降ろして寛いでいる。

「今宵はあの懐かしき旅の日々のように、我のことはサーシャと。アンブリーテス様のことはアンバー様でよろしいかな。それとも主人殿がよろしいか」

 旅の思いに浸るアンバーをからかうように、互いの呼び名を改めると、
「俺のことはアンバーでよい」
 その不遜な物言いに、アンバーはククッと喉の奥で笑った。
 今宵の酒の肴はその旅の間に知り合ったあの二人のことだ。その呼び名のほうが都合も良い。

 サーシャは床に酒瓶を大胆に並べると、杯とつまみの置かれた膳をアンバーと自分の前に置いた。

「もう使用人どもは下がらせたゆえ、これでゆっくりと話ができますぞ」

 サーシャはアンバーの杯に、旅でよく好んで飲んでいた安酒を注ぎ、自らも手酌で飲み干した。

「サーシャの私邸には初めて来るが、ここにスルトを住まわせる予定なのか?」
「左様。屋敷の者も皆、奥方を娶られよとうるさいことこの上ない。正式に婚姻するつもりのないことをここではっきりさせておこうと思いましてな」

 サーシャの母は父と正式に婚姻を結びサーシャを産んだが、婚姻を結んだ後も父は各地で胤をばら撒き、家には寄り付かず、結果母は実家に戻りサーシャを育てた。
 そんな母を見ているからこそ、父と同じく次期皇子の父親役を引き継ぐならば、特定の者との婚姻は避けるべきだと考えているようだった。

 ……身勝手な話だが、男で子を産めぬが物分かりの良いスルトが、サーシャにとって伴侶として一番適任なのだ。

「そのスルトはまだこの国には来ていないのか?」

 そうアンバーが問うと、サーシャが珍しく溜息を吐いた。

「サリトールの街の娼館に使いを出したが、もう三月も前にスルトは街を出たらしい。乗合馬車を使ったことだけは分かっておるのだが、その後の足取りが掴めず行方知れずとなりましてな。この国に到着しているならそれで良いのだが……」

 どうやらスルトはもうとっくに街を出立していたらしい。乗合馬車をうまく繋げば一月かからずここには来られるはずだ。

「どこかに寄るとか、そういう事は言っていなかったのか?」
「出立時には、我の元へ行くとは言っていたらしいが……。まあ途中で気が変わることもあろうかと、まだ探すところまではいっておらぬ」

 珍しくサーシャが弱気だ。
 まあ元が男娼と客という妙な間柄であった二人なのだから、急に熱が冷めてもおかしくはない。

 事件にでも巻き込まれて行方知れずにでもなったのであればサーシャも血眼になって探すだろうが、自ら消えた可能性を考えると、さすがにそういう訳にもいかない。

「ここの家は教えておりますし、もしかするとノーマ殿には会いに行くかもしれませぬからな。しばらくは様子見ですかな」

 来る者拒まず去る者追わずといった姿勢のサーシャが、それでも未練がましくスルトを待つという。
 サリトールの街でもまるで夫婦かというくらい仲睦まじかった二人だ。きっとスルトにも何か事情があってのことだろう。
 行方だけでも早く分かれば良いなと、アンバーはサーシャに酒を注いだ。

「さて、アンバー様が一番聞きたかったノーマ殿の話でも致しましょうぞ」

 サーシャが話題を変えようと、戯けたようにノーマの話を切り出した。

「ノーマ殿ですが、まあアンバー様の思っていらっしゃる通り、神殿でうまく馴染めてはおりませんな。……やはり我等が連れ帰ったというだけで、若い神官どもから反感があったようで。あと、あの事件が拍車をかけましたな」

 サーシャがあの事件のことを思い出し、ブフッと吹き出し笑いを漏らした。

 あの事件とは、神殿で行われたノーマの治癒力審査での審査員失神吐精事件のことだ。

 それは、連れ帰ったノーマの所在をどうするか決めている時のことだった。
 アンバーとしては、ノーマを囲い込むため、自分の専属侍従にでもして自室の続きにある侍従部屋に住まわせることを希望していた。

 神に仕える神官や皇子、皇王は一生独身でいないといけない決まりだが、婚姻せず子さえ成さなければ問題ないという考え方が今は一般的だ。現皇王も伴侶として迎え入れている者がいるくらいだから、皇子であるアンバーがそれをやっても問題はない。
 それだからノーマがうんと言ってくれるのであれば、侍従などではなく公式に伴侶として迎え入れることも考えていた。

 しかしあの街での事件の顛末を知る神殿側が、ノーマを皇子の傍に置くことに難色を示したのだ。
 賊による偽りの神殿で奉仕を行っていたノーマを信用して良いものか、またその治癒力は本物か否か。

 要は皇子が誑かされ騙されてはいないかと疑い、治癒力とは微々たるもので媚薬でも盛られているのではないかと糾弾したのだ。

 もちろんアンバーはノーマの力が本物であること、そしてあの事件で彼が被害者であることを主張した。
 しかしそれならば皇子が主張するノーマの治癒力というものがいかほどなのか、神殿が審査鑑定をしたいと申し出たのだ。

 ノーマの治癒力を軽んじた神官の一人が自分が実験台になろうと名乗り出て、アンバーやサーシャも含め神殿の関係者が見守る中、ノーマの治癒力の実験が行われたのだが……それはもうひどい有様だった。

 ノーマが緊張のあまり力の制御ができず被験者が失神した挙句、なんと吐精し漏らしてしまったのだ。

 アンバーは頭を抱え、サーシャは笑いを堪えるために普段よりもさらに仏頂面になっていた。
 そしてノーマ本人も、粘膜からの治癒ならともかく、手から送り込んだ力だけで相手を失神させ吐精させたのは初めてで、もうどうして良いか分からず顔面蒼白でその場に立ち尽くすしかなかった。

 もちろん治癒の力自体は立証され、神殿には認められた。
 そして結局力が強すぎるためアンバーの元ではなく、きちんと訓練し人の役に立てるようになった方が良いと、見習い神官として中央の神殿の預かりとなってしまったのだ。

 ただ神殿というのは非常に狭い世界の中で成り立っている。

 サーシャは剛の者として兵士に人気があるが、反対にアンバーは神の印を持つ者として神官からの人気が高い。皇子に見染められたというだけでノーマは若い神官等からの反発に合い、孤立しているという。

 また審査員をやった神官がまた神殿で立場のある者だったようで、それもまた拍車をかけているということだ。

 その話を聞き、今度はアンバーが溜息を吐く番だった。
 こういう場合、皇子である自分が一言注意すれば済む話かといえばそうではない。
 逆にアンバーやサーシャのような権力を持つ者が庇い立てすれば、それはそれで反感を買いやすい。だから立場のある二人が大っぴらに動くことはできないのだ。
 ノーマの場合、下手に動くと余計ことが大きくなるだろう。

 最終的に神殿から彼を奪い返せば良い話だが、ノーマが治癒力の訓練を頑張っているのなら、そういう訳にもいかない。

 二人とも恋しい者と過ごすために国に戻ったのに、うまくいかぬものだなと大きく嘆息した。

 お互い愚痴をこぼしつつ、この夜は二人でたらふく酒を酌み交わした。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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