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スーシリアム神皇国
29 サーシャとの再会
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「サーシャ!」
サーシャの姿を捉えると、アンバーは思わずその名を呼んでしまった。
サーシャは旅の時の簡素な衣服とは異なり、武官らしく訓練用の簡易鎧を身に付け、堂々たる風格でそこに立っていた。
同じ鎧でも他の神兵等とは一線を画しているのが、その緋色のマントだ。神兵を統率する者だけが身に纏える深い赤は、サーシャの髪色そのものだ。
誰かに呼ばれたことに気がついたサーシャははたと振り返り、アンバーの姿を捉えるとマントを翻し膝を折った。
「アンブリーテス様、ご無沙汰を。ここではサハル=ディファと、お呼びいただきとうございます」
この国に一歩でも入ればサーシャはサハル=ディファであり、もうアンバーの従者サーシャではない。
こうして膝も折るが、それは皇子に対する礼儀的なもので、サーシャはアンブリーテスの家臣ではなく、神兵を統率する武の名門シュタウ家のサハル=ディファだ。
本来あの旅に地位のある者を連れて行く予定はなく、適当に腕の立つ者を従者に据えて出立する予定であった。しかし何故かサーシャが自ら手を挙げたのだ。
それを聞き、兄弟とはいえこれまでろくに話をしたこともないのにと、アンバーは不思議に思ったものだが、なぜ同伴すると言ったのか聞いてみたところ、『父の足跡を辿ってみたかった』とただそれだけを答えた。
「して、どのような用件で」
「ああ、急にすまぬ。……久々に貴殿と話がしたいと思ってな」
アンバーがやや気まずそう言うと、サーシャが目を細めニヤリと笑った。
「なんと、アンブリーテス様。まだあれから一カ月ですぞ。思い出話にはまだ早うございますぞ」
旅の間によく聞いたサーシャの軽口を聞くと安堵し、心が緩む。こう言ったサーシャとの軽口は、旅に出る前にはなかったことだ。お互い立場は戻ってしまったが、旅のときのような親しい物言いは嬉しいものだ。
「お前は相変わらずだな」
嬉しさについこちらも砕けた物言いになってしまったが、サーシャはニヤリとするだけで今度は咎めて話を遮ることなく話を続けた。
「ははあ、お話とはノーマ殿のことですかな。当たりでございましょう?」
「……何か耳に入っていることはあるか」
相変わらず聡いなと内心苦笑しつつ、ノーマのことを聞いた。
位が高すぎ身動きできぬ皇子よりも、位は高いが神殿の兵の一員であるサーシャの方がまだ神殿内の情報に触れる機会が多い。
それに何かと敏い彼は情報通だ。内情を探るよりもこうして彼に聞くほうが早い。
「……あまり良い感じではないということだけは確かですかな」
「……そうか。さきほどプリースカにも聞いたが、ひどい扱いをされておらねば良いのだが」
「プリースカの言うことはあまりあてにせぬ方がよろしいでしょう。あの娘は噂好きですからな」
プリースカの名を出すとサーシャは皮肉げに鼻で笑った。この様子だとどうやらご執心なのはプリースカだけのようだ。
「そういえば、スルトは……」とアンバーが話を続けようとした時、横から若い神兵が「あの!サハル=ディファ様」と口を挟んできた。
サーシャはじろりとその若い神兵を睨むと、「目上の者の会話に口を挟むとは何事か」と一喝した。
だがその若い神兵は、一瞬びくりとその体を跳ねさせはしたが、それでも怯むことなく話を続けた。
「あ、あの、今日の夜、私はサハル=ディファ様の元へ行ってもよろしいでしょうか」
サーシャは目を眇めた。
「……必要ない。下がれ」と、それだけ答えるとその若い神兵は少しがっかりしたような顔で去っていった。
「躾がなっておらず申し訳ありませぬ」
サーシャは部下の非礼を侘びたが、アンバーは若い神兵がサーシャを役職名ではなく名前で呼んだことに違和感を持った。
「さっきの者は良いのか」
「お気なさらず。伽をしたいと我に願い出るおる者の1人でしてな。たかが伽に何か勘違いしておるようで困る」
ああ、とアンバーは納得した。
サーシャは昔から性に対して奔放なところがあり、特定の相手こそ作らぬものの欲の発散相手として来るものは拒まずという姿勢をとっていた。
サーシャは若き頃から武功をあげ、容姿や家門の良さのみならず、その豪胆さに心酔する兵士らも多く、彼と特別な関係を持ちたいがために神兵を希望する者までいると聞いた。
とある噂では 、神兵は寄宿舎に各自部屋が与えられるのだが、サーシャが私邸ではなくその寄宿舎に泊まる日は、若い神兵らの間で誰が伽をするかでかならず揉めるという。
おそらく今日も誰が伽をするかで揉める前に先に約束を取り付けてしまおうと、先ほどの神兵は機嫌の良さそうな時を見計らって抜けがけをしたのだろう。
「サハル=ディファ隊長殿は今日、寄宿舎に泊まる予定だったか」
アンバーがからかい半分そう言うと、当の本人は「あやつらが勝手にやっているだけですぞ」と否定もせずしれっとしていた。
「ところでアンブリーテス様、先ほどの話ですがまたお時間のある時にでもゆっくりと」
「そうだな。……今日の夜、寄宿舎での用事がないのなら、久々に酒でもどうだ」
「今日どころか今後も寄宿舎にてそのような用事はつくりませぬ」
サーシャはニヤリと笑った。
「スルトのためか」
「我の傍らに違う者がいることが分かれば、がっかりさせてしまいましょうからな」
「ほう」
あのサーシャが、スルトに対しては誠実な面を覗かせた。彼の意外な面に驚いたが、逆に感心もした。
だがこの様子だとサーシャもまたスルトには会えていないらしい。
話したい事はたくさんある。
夜サーシャの私邸に赴くことを約束し、アンバーはその場を離れた。
サーシャの姿を捉えると、アンバーは思わずその名を呼んでしまった。
サーシャは旅の時の簡素な衣服とは異なり、武官らしく訓練用の簡易鎧を身に付け、堂々たる風格でそこに立っていた。
同じ鎧でも他の神兵等とは一線を画しているのが、その緋色のマントだ。神兵を統率する者だけが身に纏える深い赤は、サーシャの髪色そのものだ。
誰かに呼ばれたことに気がついたサーシャははたと振り返り、アンバーの姿を捉えるとマントを翻し膝を折った。
「アンブリーテス様、ご無沙汰を。ここではサハル=ディファと、お呼びいただきとうございます」
この国に一歩でも入ればサーシャはサハル=ディファであり、もうアンバーの従者サーシャではない。
こうして膝も折るが、それは皇子に対する礼儀的なもので、サーシャはアンブリーテスの家臣ではなく、神兵を統率する武の名門シュタウ家のサハル=ディファだ。
本来あの旅に地位のある者を連れて行く予定はなく、適当に腕の立つ者を従者に据えて出立する予定であった。しかし何故かサーシャが自ら手を挙げたのだ。
それを聞き、兄弟とはいえこれまでろくに話をしたこともないのにと、アンバーは不思議に思ったものだが、なぜ同伴すると言ったのか聞いてみたところ、『父の足跡を辿ってみたかった』とただそれだけを答えた。
「して、どのような用件で」
「ああ、急にすまぬ。……久々に貴殿と話がしたいと思ってな」
アンバーがやや気まずそう言うと、サーシャが目を細めニヤリと笑った。
「なんと、アンブリーテス様。まだあれから一カ月ですぞ。思い出話にはまだ早うございますぞ」
旅の間によく聞いたサーシャの軽口を聞くと安堵し、心が緩む。こう言ったサーシャとの軽口は、旅に出る前にはなかったことだ。お互い立場は戻ってしまったが、旅のときのような親しい物言いは嬉しいものだ。
「お前は相変わらずだな」
嬉しさについこちらも砕けた物言いになってしまったが、サーシャはニヤリとするだけで今度は咎めて話を遮ることなく話を続けた。
「ははあ、お話とはノーマ殿のことですかな。当たりでございましょう?」
「……何か耳に入っていることはあるか」
相変わらず聡いなと内心苦笑しつつ、ノーマのことを聞いた。
位が高すぎ身動きできぬ皇子よりも、位は高いが神殿の兵の一員であるサーシャの方がまだ神殿内の情報に触れる機会が多い。
それに何かと敏い彼は情報通だ。内情を探るよりもこうして彼に聞くほうが早い。
「……あまり良い感じではないということだけは確かですかな」
「……そうか。さきほどプリースカにも聞いたが、ひどい扱いをされておらねば良いのだが」
「プリースカの言うことはあまりあてにせぬ方がよろしいでしょう。あの娘は噂好きですからな」
プリースカの名を出すとサーシャは皮肉げに鼻で笑った。この様子だとどうやらご執心なのはプリースカだけのようだ。
「そういえば、スルトは……」とアンバーが話を続けようとした時、横から若い神兵が「あの!サハル=ディファ様」と口を挟んできた。
サーシャはじろりとその若い神兵を睨むと、「目上の者の会話に口を挟むとは何事か」と一喝した。
だがその若い神兵は、一瞬びくりとその体を跳ねさせはしたが、それでも怯むことなく話を続けた。
「あ、あの、今日の夜、私はサハル=ディファ様の元へ行ってもよろしいでしょうか」
サーシャは目を眇めた。
「……必要ない。下がれ」と、それだけ答えるとその若い神兵は少しがっかりしたような顔で去っていった。
「躾がなっておらず申し訳ありませぬ」
サーシャは部下の非礼を侘びたが、アンバーは若い神兵がサーシャを役職名ではなく名前で呼んだことに違和感を持った。
「さっきの者は良いのか」
「お気なさらず。伽をしたいと我に願い出るおる者の1人でしてな。たかが伽に何か勘違いしておるようで困る」
ああ、とアンバーは納得した。
サーシャは昔から性に対して奔放なところがあり、特定の相手こそ作らぬものの欲の発散相手として来るものは拒まずという姿勢をとっていた。
サーシャは若き頃から武功をあげ、容姿や家門の良さのみならず、その豪胆さに心酔する兵士らも多く、彼と特別な関係を持ちたいがために神兵を希望する者までいると聞いた。
とある噂では 、神兵は寄宿舎に各自部屋が与えられるのだが、サーシャが私邸ではなくその寄宿舎に泊まる日は、若い神兵らの間で誰が伽をするかでかならず揉めるという。
おそらく今日も誰が伽をするかで揉める前に先に約束を取り付けてしまおうと、先ほどの神兵は機嫌の良さそうな時を見計らって抜けがけをしたのだろう。
「サハル=ディファ隊長殿は今日、寄宿舎に泊まる予定だったか」
アンバーがからかい半分そう言うと、当の本人は「あやつらが勝手にやっているだけですぞ」と否定もせずしれっとしていた。
「ところでアンブリーテス様、先ほどの話ですがまたお時間のある時にでもゆっくりと」
「そうだな。……今日の夜、寄宿舎での用事がないのなら、久々に酒でもどうだ」
「今日どころか今後も寄宿舎にてそのような用事はつくりませぬ」
サーシャはニヤリと笑った。
「スルトのためか」
「我の傍らに違う者がいることが分かれば、がっかりさせてしまいましょうからな」
「ほう」
あのサーシャが、スルトに対しては誠実な面を覗かせた。彼の意外な面に驚いたが、逆に感心もした。
だがこの様子だとサーシャもまたスルトには会えていないらしい。
話したい事はたくさんある。
夜サーシャの私邸に赴くことを約束し、アンバーはその場を離れた。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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