神官の特別な奉仕

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23 ノーマの行方

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 アンバー等はノーマ救出に向け、 警吏に貧民街捜索の申し出を行なった。

 捜索など勝手に行っても良かったのだが、何にせよ圧倒的に人手が足りない。

 どこにいるかも分からない相手を探すため、貧民街を隈なく捜索しなければならず、人海戦術をするしかない現状では、警吏どもも引っ張り出す必要がある。そう考えてのことだった。


「アンバー様、先ほど警吏からぶんどってきた書付けに気になる事柄が」


 サーシャが何やら書付けをアンバーに見せる。


「アンバー様がお探しのあの行方不明の男、すでに死んでおりますぞ」
「……何?!」


 サーシャの言うあの行方不明の男とは、ノーマが最後に『特別な治癒』を行った男のことだ。アンバーは思わずサーシャからその書付けを奪い取った。

 そこにはつい先日、山裾の獣道にて男性の身元不明の遺体を発見したとの報告だった。

 それによると、獣道からやや逸れた木々の間に隠されるように遺体は捨て置かれた状態で、持ち物は荒らされ、衣服は身に着けてはいるものの獣によって遺体ごと食い散らされていたとのことだ。


「食い散らかされているのではっきりと断定しかねるが、この男、足の大きさが異様に小さい」


 サーシャが横から書付けにある、遺体の特徴を記した該当箇所を指差す。


「行方不明の男も足の大きさが異様に小さくありました。これは家族に特徴を聞いた時に判明した事柄なので間違いありますまい。それにあの男が気に入っていつも使っていた煙管と似たものが遺留品にありましてな。少し変わった形ということで、家族に見せればすぐに分かるかと」


「事故か、それとも」


 何かまずいことに巻き込まれ、殺されたか。

 アンバーに問われ、サーシャはふむと顎に手をやった。


「状況的には"遺体をここに遺棄した"というのは確実かと。事故かどうかについては遺体を検案せねば断定はしかねますな」
「お前の見立ては」
「何者かの手にかかったかと。……気になる点としては、殴られた可能性ですな」


 遺体は酷く打ち付けられたようで、死後に獣によってつけられたもの以外の損傷も書付けからは見て取れる。

 何らかの事故に巻き込まれできた傷なのか、それとも殴打のあとか。


 スルトも殴られ大怪我を負っている。
 これが偶然なのかそれとも————。


「すぐに動くぞ」
「はっ」


 アンバーとサーシャは、警吏らを待たず、娼館で用心棒の如く腕の立つ使用人数名と共に貧民街へ向かった。

 貧民街捜索の申し出が通っていようがなかろうがもう関係ない。人手が足りないが、事態は緊急を要する。

 二人は無理を押し通すべく動き始めた。




   △△△




「ねえノーマ。君、最後に『特別な治癒』をした奴と最後までやったんだって?」


 暗い室内、覆いかぶさられたまま唐突にそうマクシムに囁かれた。


「……は? 」


 最後の治癒。アンバー様に助け出された日の信者様のことか。

 唯一の光源だった僅かな月明かりも位置が変わり、室内はほとんど目がきかないほど暗い。マクシムの声は冷たく、顔が見えない分余計に恐ろしく感じる。


「ノーマ、君と最後までやったって、あのクソ商人の野郎が言いふらしてやがった。ぺらぺらぺらとな! 君はあのクソ野郎の言いなりで、腹帯もとったんだって?  俺の時は服で隠して見せてもくれなかったじゃないか!!」


 ノーマのすぐ横にマクシムは拳を叩きつけた。
 ドンッという音が響き、ノーマの体もびくりと震える。

 男のことを口にすればするほどマクシムの口調は興奮で、早口で汚く、荒々しいものに変わっていく。


「クソ!! 思い出すだけで腹が立つ!! あの野郎たった2回の奉仕で、ノーマの特別になっただなんて! しかも合意だと!? 君が受け入れたなんて、聞いたときは信じられなかった!!」


 頭上で口汚く荒れ狂うマクシムに、ノーマはただひたすら黙って刺激しないよう努めた。
 今の状況はかなりまずい。下手をすると強淫だけでは済まされない。


「ノーマ、俺はあの野郎が許せなくて、こっそり呼び出して、殴りつけてやった。あの男、君の髪の毛まで持ってやがった!! 眠っている間に頂いたと自慢気にしていたな。……俺ですらこの髪に今日まで触ることなどできなかったのに!!」
「……っ!!!」


 マクシムはノーマの長い後ろ髪と後頭部の短い髪をまとめて乱雑に掴むと、引っ張り上げた。

 頭が床から持ち上がり痛みで顔が引きつる。だがノーマは声を出さぬよう必死で耐える。


「君はやっぱり淫乱だな。あの野郎、君の中は具合がよすぎて何度もイったといっていた。俺のときは先だけしか入れなかったじゃないか。他の男にはやらせていたのか? なあノーマ、教えてくれ」


 ノーマはいよいよ恐怖した。震える声で弁解せざるを得ない。


「……誰にもさせていない。あの男のときは薬で昏倒していたから、覚えていない」
「……ふん、そうか。君がそう言うなら、信じるしかないが。じゃああの男は大嘘つきだな。なら殺して正解だった」


 殺した……?


 室内が暗すぎて男の顔が見えない。マクシムはどんな顔で言っている?
 人を殺したと?信じられなかった。


「ノーマ、今日は遅いから明日の朝早くにここを出よう。君はもう俺だけのものだ」


 先ほどの怒声とは打って変わり、そう甘い声で囁いた。


 ここを発つ?

 ノーマはアンバーやサーシャと明後日には旅立つ予定だった。断じてマクシムとではない。

 何とか脱出を試みなければと、ノーマは必死で考えを巡らせる。


 彼が望むことはただ一つ。ノーマを手に入れることだけだ。


 それならば。


「マ、マクシム様。なんでここはこんなに暗いのですか?ここはいったいどこなんですか?」


 ノーマはできるだけ甘えた声で、マクシムに声をかけた。

 きっとマクシムは、ノーマが従順であれば気を許し、どこかに隙を作るはず。それに賭けた。

 そんな思惑ともつゆ知らず、マクシムはノーマの甘い声に顔を輝かせた。


「ノーマ! やっと話しかけてくれたね! ここは君の大好きな神殿の祈りの場だよ。神殿が閉鎖されてから、隙を見て中に入れるようにしたんだ。今日のためにね。でも生憎ランプを持ってないんだ。暗くて怖いよな。ごめんよノーマ」


 暗がりの中、マクシムが愛おしそうにノーマを抱き寄せる。

 祈りの場!
 ノーマは密かに歓喜した。

 神兵による封鎖で室内の様子が変わっていたから気が付かなかったのだが、ノーマにとってここは馴染み深い場所だ。考えれば何か思いつくかもしれない。

 抱き寄せられ不快な気分ではあるが、これをチャンスと捉えるしかない。


「マクシム様、手が痛いです。これを取ってくれませんか?ずっと同じ体勢で体も痛いんです」


 マクシムに凭れかかり、今度は声だけではなく、仕草でも甘えてみた。

 するとマクシムがわざとらしく悲しそうな声を出し「すまない、まだ外せないんだ」と言った。

 どうやらノーマが逃げてしまうことを警戒しているらしい。ここであまりしつこくすると、逆効果かもしれないと一旦引き下がり、次の手を考える。

 そういえばさっきまで完全に封鎖されていない窓から、月明かりがさし込んでいた。隙をみて窓から何か合図を送れないかと考えていると、ハッと思いついた。

 そうだ明かりだ。
 中からの明かりが外に漏れれば誰かに気づいて貰えるかもしれない。



「マクシム様、では明かりだけでも。マクシム様、私の顔をゆっくり見たくありませんか?  私もマクシム様のお顔を久々に見とうございます」


 ノーマの自分を求める発言にマクシムも「そうだな」とそわそわし始めた。


「ここが祈りの場ならば、蝋燭のある所を知っております。連れて行ってくれませんか?」


 そう可愛らしくお願いすると、マクシムもそれならばと ノーマを抱き抱えたまま立ち上がった。

 そして、ノーマに言われるがまま神像が安置されていた場所まで連れて行った。

 近くの床に、屋根に取り付けられた小さなステンドグラスからの淡い光がほんのりと落ちている。それに少しだけ目を惹かれながらも、燭台を探した。


 神兵等によって、神像は引き取られて行ったが、思っていた通り蝋燭などの備品はそのままになっていた。

 意を得たりとばかりに、ノーマはマクシムに蝋燭に火をつけるように指示すると、マクシムも言われた通りに、燭台に残っていた蝋燭に火を点した。

 オレンジ色の柔らかな光が辺りを照らす。
 太い蝋燭はだいぶちびてはいるが、それでも今晩一晩くらいは余裕で持つだろう。
 だがこの程度の光量で、外にまで明かりが漏れるだろうか。ノーマは当てが外れたかもしれぬと不安で背筋が凍えた。


「……ノーマ」


 マクシムがノーマを抱いたまま、蝋燭に照らし出されたノーマの顔をじっと見つめていることに気が付き、たじろぎすぐに俯いた。

 マクシムの容貌は、自分が覚えていたよりも遥かに痩せこけ、粗暴さに満ちた目つきは、以前の若き起業家として善良さが売り物だった彼とは全く異なっていた。


 これはまずいかもしれない。

 蝋燭の明かり越しでも、ギラギラとしたマクシムの目にはノーマに対する欲望がありありと見える。

 口付け一つで終わらせられるならそうするが、ノーマを抱いたと吹聴した男を殺してしまうような男が、それだけで終わらせるだろうか。


「ノーマ、こんなに真近で君の顔を見るのは初めてだ……。ああ、やはり美しい。この目、この唇……」


 そう言うと、ノーマの頬を手で包んだ。そしてまずは目を親指で撫でると、次は唇の柔らかさを確かめるようにそっと辿った。


「この髪、街で見た時驚いた。これはこれで可愛らしいけど、俺は伸ばしてほしい。ここの髪くらいに」


 今度は先ほどまであんなに乱暴に扱った短い髪の毛に優しく手を差し込み、指で梳きつつ、長い髪も弄ぶ。


「ああ、ノーマ! 君の全てが見たいよ。あのクソ野郎には見せたんだろう? ここを離れてからのお楽しみと思っていたが、今ここでというのも捨てがたい」


 そう言うとねっとりとした視線で、ノーマの体を舐めるように見つめた。


「……マクシム様、ではこの縛っている縄を取ってくださいませんか?これを取らないと服を脱ぐことはできませんよ?」


 手足さえ自由になれば、まだ何とかなるかもしれぬと、ノーマは考えた。
 裸体くらい好きなだけ見せてやる! そう 覚悟を決め、マクシムに迫った。

 すると、マクシムはしばらく考えこんでいた。
 ノーマを自由にしていいものかどうか、考えあぐねている様子が手に取るように分かる。

 あともうひと押しか、と考えたところでマクシムが笑った。


「別に服はそのままでも、楽しめることはあるな」
「!!」


 マクシムはノーマの体を後ろから抱きしめると、首筋に顔を寄せた。 そして耳朶を噛み、うなじに舌を這わせた。


「マ、マクシム様…!」
「やっぱり君からは甘い匂いがする。ああ堪らないな!こちらを向いてノーマ。口づけを」


 匂いを嗅ぐように深く息を吸い込むと、無理やり手でノーマの顔を振り向かせる。


「ああ、言っておくけど、強い治癒をかけたらどうなるかわかるよね。例え失神したとしても、そんなの、ものの数秒で目が覚めるさ。 そのあとは君を殴らないといけなくなる。俺にそんな真似はさせないでおくれよ? まあ、俺と楽しむためなら、俺は全然構わないけどね」


 ……ノーマは抵抗できないまま口づけを受け入れた。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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