神官の特別な奉仕

Bee

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22 ノーマを攫った者

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 つめたく冷えた風が頬を撫で、ノーマはぼんやりと目を開けた。そこはうす暗く冷たく、そして酷く静かだった。


 スルトはどこだろう。


 頭が痛い。
 寒い。
 体が動かない。


 朦朧とした頭で何とか状況を把握しようとするが、分かるのは体が動かない理由。それは縛られて床に転がされているから。それだけだ。

 長く動かしていなかったせいか体が固まってしまい、最初は動かせない理由すら分からなかったが、意識が戻ってからしばらくすると縛られた腕に痛みが出てきた。

 頬も床にぴったりと密着し過ぎて、頬骨が痛い。頬が平らな形のまま戻らなくなるのではないかと心配するくらいには固まっている。

 どうにか血を巡らせようと、ノーマが体を動かし身をよじった時、人の気配を感じ心臓がどきりと大きく跳ねた。


「————!?」


 暗がりの中、すぐ傍にに人がいたことに初めて気がついた。恐れに一気に体が芯から冷たくなった。


「……ノーマ、気がついたんだな」
「だ、誰だ……?」


 声がかすれる。


 ふいに男が頭に触れ、ノーマは振り払おうとしたが、手が固定されているので、いやいやと頭を床に擦り付けることしか出来ない。


「ノーマ?ノーマ、ノーマ、俺だよ、ノーマ…」


 男が自分の顔をノーマに認識させようと、上から覆い被さる。
 ノーマは恐怖で震える瞳を男に向けた。


「……マクシム…様」


 暗い室内の唯一の光でもある、打ち付けられた窓の隙間から漏れる月の光に照らし出された顔。

 それは、あのノーマとアンバーが初めて会った日に、アンバーから金を盗ろうとつけ狙っていた賊の男だった。


「……これはどういうことですか」


 状況を把握できない混乱と恐怖で、叫びだしたくなるのを何とか抑え、精一杯冷静なふりをし目の前の男を見る。


「ノーマ、君が神殿からいなくなって探していたんだよ。急に神殿が閉鎖になって驚いたさ。この前は久々に会えたのにあんな口を聞いて悪かったよ。君が俺の仕事の邪魔をするから苛立っていただけなんだ」


 男は猫なで声でノーマに囁いた。


「君が娼館なんかにいるって知って、なんとか助けないとと思ってね。まさか神官が男娼になるなんて思いもしなかったさ。……まあもともと君は、神官の癖にひどくいやらしくはあったけど」


 そして顔をノーマの首に近づけ「……やっぱり甘い匂いがする」と呟いた。

 耳元に息がかかり、ノーマは不快感から体全体にぞぞぞと怖気が走った。
 男を振り払いたいが、縛られ自由にできないため体をよじることしかできない。


「ノーマ、 俺とこの街から出よう。他の男に体を許していたことは、俺も目をつむるよ。これからは俺だけを見てくれたらそれだけでいいさ」


 ノーマの上で男はニタリと笑った。

 そして耳元に顔を寄せ、唇が当たるほどの距離で囁いた。


「俺がお前のためにどれだけ使ったと思ってるんだ?これからは俺のものだ」


 ノーマの心臓は掴まれたようにギュッと縮こまり、背中には冷たい汗が流れ落ちた。



 ノーマとこの男、マクシムとの出会いは、神殿での治癒による奉仕であった。



 それはノーマがこの街に連れて来られてから1年ほどのこと。神殿は建設されたばかりで、塔に至っては外壁のあのきれいな装飾はまだ施されてもいなかった。

 その頃はまだこの街もそれほど大きくはなく、移住してくる住民のため、まさに都市開発真っ只中といったところで、マクシムもこの発展途中の街で一旗揚げようとやってきた移住者の一人だった。

 ノーマはリニ神官等に手ほどきをして貰い、なんとか神官らしく振る舞うことを覚え、神殿は『特別な治癒』の知名度を上げるため、ノーマの神官としての価値を高めることに力を注ぎ、治癒に訪れる信者を増やすことに躍起になっていた。

 そんな時だった、ノーマ神官による治癒の噂を聞いたマクシムが治癒の奉仕を受けに来たのは。


 当時ノーマはまだ力の加減がうまくできず、強く力を注ぎ過ぎたりすることがあり、マクシムの時も少し強めに治癒を施してしまった。

 ノーマが強く力を注げば、まるで媚薬を盛ったかように男は昂り、女は濡れる。 


「申し訳ありません 、少し力が強すぎたようで……」


 戸惑うノーマに、昂りを抑えきれずマクシムはノーマの手を強く握った。

 マクシムの目には、フードの下から覗く切れ長の目や薄い唇はなんとも麗しく魅力的に映った。
 マクシムの心からは欲望が顔を出し、ノーマをもっと触りたいという欲求が溢れてくる。

 彼はこれを、恋だの愛だのからくる欲求だと、勘違いしてしまっていた。


 ここからマクシムの転落が始まった。


 マクシムは側に控えていた護衛にノーマから手を離すように言われると、渋々言う通りにしたが、未練がましくもその後も往々とノーマの治癒を受けに訪れた。

 決して安くはないこの治癒を受けるだけでも、それなりのお金を使っただろうことは想像に難くない。



 度々ノーマの治癒を求める彼に神殿は『特別な治癒』という甘い餌を与えることにした。 金を搾り取るため、ノーマに触れるチャンスをやろうと、甘言したのだ。

 ある日何度目かのノーマの治癒が終わったあとに、マクシムはリニ神官に呼ばれた。

 リニ神官は、寄付を頂ければノーマ神官を独り占めできますよ、ゆっくりと彼の治癒を受けたくはありせんか? と、いかにも神官らしい高潔そうな笑みを浮かべそう告げた。


 マクシムはその言葉に有頂天となった。


 本来であれば、さっさと起業し、儲けたお金でノーマの治癒を受けるなりなんなりすれば良いものを、寄付のためにそのお金をつぎ込んだのだ。

 その甲斐あって支度金の3分の2を使ったあたりで、『特別な治癒』を受ける機会に恵まれた。まだお金も残っているし、マクシム自身そのころはまだ余裕があったのは確かだ。


 そして『特別な治癒』の内容を知り、歓喜したのは言うまでもない。
 好いた相手との逢瀬を公認で約束して貰ったようなものだ、と、マクシムは勝手に勘違いするほどに。

 心踊らせて奉仕を受けに行くと、ノーマは素っ気なく、また神官服は着たままの奉仕だった。

 しかしその素っ気ない態度も、マクシムからすれば愛らしく、またスリットからチラチラ覗く足は蠱惑的だった。



 その頃まだ奉仕の仕方について試行錯誤していたノーマは、まだ腹帯はしていなかった。

 どうせ服で隠れるから問題ないと思っていたのだが、そのせいで奉仕の最中にマクシムは彼の陰茎を執拗に見たがった。

 マクシムは彼が勃っていないからと服の上からでも触ろうとし、もっと奥まで入れさせろと腰を動かそうとした。

 君が好きだ、愛している、もっと触りたい、気持ちよくなりたくないか?、服を脱いでくれ、抱きあいたい、口付けをしてくれ、君とイきたい……マクシムの要求は尽きなかった。

 ノーマはこれに嫌気がさし、身を守るためにも陰茎を隠す腹帯をし、 自分に触らせないようルールを徹底するようになった。
 ……自衛を徹底できたのはマクシムのお陰とも言えようか。

 それでもマクシムは、もっとノーマと深い間になりたくなり、何度も寄進をし、『特別な治癒』を希望し続けた。


 大好きなノーマから軽くとはいえ口付けを貰え、さらには自分の上に跨ってもらえるのだ。

 そしてあの甘美な治癒による吐精は、マクシムをノーマに夢中にさせるのに充分だった。

 しかし、一つだけ彼にとって懸念があった。
 それは、この奉仕をお金さえ積めば誰でも受けられることだった。


 マクシムは神殿側にノーマを還俗させたいと申し出た。もしくは『特別な治癒』をもうさせない、 もしくは自分だけにしかさせないようにと進言したのだ。

 神殿側はのらりくらりとその申し出をかわし、気がついたらマクシムは神殿に全てを搾り取られ無一文の状態になっていた。


 いや無一文どころではない。

 起業のためのお金も使い果たし、それは借金をしてまで作ったお金だったのに、彼はノーマのためとすべてをつぎ込んだのだ。

 彼は借金取りから逃げるようにして、身を隠し、追い剥ぎやかっぱらいなどをして生活するしかなくなった。

 マクシムがこの街を訪れた時、発展途中のこの街での成功を夢見る、野心あふれる若者だった。 

 しかし今は犯罪者まがいの荒くれ者として、住民から畏怖の対象にみられるほど身をやつしてしまっていた。

 それでも何度かノーマに会いに行った。彼はノーマを忘れられなかった。しかし門前払いを食らい、次第に彼はノーマを恨むようになっていった。





 たまに神官らと街を歩く時、マクシムが悪い仲間と歩いているのをノーマは見かけた。

 彼らは神殿に良い思いを抱いていないのか、ノーマたちを見かけると、執拗に追いかけ、因縁をつけてきた。

 マクシムもノーマに対し憎々しげな目を向けるようになっていたし、純粋に好きだの一緒になりたいだの言ってきていた頃とはもう違うのだろうと考えていた。

 ちなみにただ仕事として奉仕をしてきたに過ぎないノーマにとって、彼がこのようなことになった原因など知る由もない。

 自分とは預かり知らぬところで勝手に懸想し、勝手に身をやつしたマクシムによって、今ノーマは拉致監禁の憂き目にあっていた。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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