神官の特別な奉仕

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21 ノーマ誘拐

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「サーシャ、あの男は見つかったのか」


 アンバーがこの街を立つ前に、排除しておきたい問題がまだ残っていたことを思い出したのは、出立前にこの街でのことを清算するため、報告の漏れがないかをサーシャに確認している時だった。

 ほとんどの事柄については中央の神殿やこの国の官吏や警吏によって収束に向かっており、アンバー自らの心に留めおく必要のないことばかりだったが、よりにもよって一番気がかりだったあのノーマが最後に行った『特別な治癒』を受けた信者の男の行方についてだけが、不明のまま未解決になっていた。


 動けぬノーマに散々好き勝手し陵辱したあの男のことは、アンバーの心に火種となって燻っていた。

 あの男を取り逃がすことだけは許されない。


「街でもその後の行方を調査致したのですが、ノーマ神官を好き勝手にしたことをあちこちで自慢気に言いふらしていたという情報が上がってくるのみで、我々が神殿を占拠して以降、おかしなことにあやつがどこに行ったのか知っている者はおりませんでした。
泊まっていた宿はすでに引き払っており、荷物もなく、さすれば自宅へ戻っているのかと思えば、家族はまだ戻ってきてはおらぬの一点張り。奴の家はこの街からさほど遠くではないのですがな。今は街の周辺も当たらせております」


 ノーマへの陵辱を勝手に合歓として周囲に吹聴し彼を辱めたと聞き、男に対する怒りでこめかみがピクリと動いた。が、アンバーは努めて冷静を装った。


「何度も多額の寄付をするだけの財力があったようだな。金目当ての賊にでも狙われた可能性もある。身元不明者リストも含めもう一度洗い直し報告するように官吏に伝えろ」

「はっ」


 明後日の朝にはここを出立する。

 それまでに奴の足取りが掴めると良いがと、アンバーはここの官吏共の無能さを忌々しく思いながらも、もしどこかで出会う事にでもなればもう二度とノーマの前に姿を現すことなどできぬようにしてやろうとも考えていた。そう考えれば少しは気が晴れる。

 支度を整え、片付けておかなければならないことを整理したり、そうこうしているうちにもう夕刻となっていた。

 日は傾き、部屋の中は薄暗さが増し、ランプに火を灯しましょうかという段になり、アンバーはノーマの帰りが遅いことに気がついた。


「女将、スルトは戻っているか」


 ノーマはスルトと出かけている。スルトの行方が分かればノーマのことも聞けるだろうと娼館の女将に声を掛けたが、まだ戻っていないとの返事だった。

 探しに出るのは過保護過ぎだろうかとアンバーが思案していると、男娼の一人が駆け込んできた。


「お、女将さん旦那さん!! スルトが!!! スルトが暴行にあったって!!!」
「!!!」


 女将とここの主人が駆け出て来た。


「どこでだい!? 何があったって!?」
「ここの近くの路地で倒れていたのを通りかかった人が保護したって! 今、そこで聞いて! は、早くお医者のところへ!!」


 二人はサッと顔色を変えた。
 そして慌てて保護された医者のところで向かって行ったのを見て、アンバーもすぐにサーシャを呼び、二人の後を追いかけた。


 スルトの様子は見るも無残だった。とうが立っているとは言え、それでも顔が売り物の男娼だ。

 そんな男を相手は容赦なく殴りつけたようで、顔は鬱血し腫れ上がり、見るからに痛ましく、すぐにスルトだとは分からないほどだった。


 女将はサーシャが部屋に入ることを禁じた。
 この酷い顔を馴染みの相方であるサーシャには見られたくないだろうという配慮からだった。
 これにサーシャは黙って従い、部屋の外で一人待つことになった。

 部屋の中にはノーマの姿は見えず、アンバーはスルトに話しかける。


「スルト、酷い目にあったな」
「ごめん、あ、あるじさま。ノーマが……」


 顔が腫れ、意識もまだちゃんと覚醒していないスルトはうまく話ができない。しかし、なんとかアンバーに事の次第を説明しようと必死で口を動かす。


「ノーマが、きゅうに、なぐられて、それで、おれが、た、たすけようと、して……」
「……誰がやったか見たか?」
「わ、若いおとこ……ノーマを、つ、つれさろう、と…」
「……」
「おれ、おれ、ノーマにし、しがみ、ついたけ、ど、なんども、なぐられ、て、もう……」


 何度も息を継ぎ、懸命にスルトがここまで話し涙をこぼした瞬間、壁がドガンっと大きな音を立て揺れ、一瞬皆の背が揃ってビクリと跳ねた。


「……サーシャ」
「……すまぬ」


 どうやら壁の向こうで聞いていたサーシャが、怒りにまかせて拳を壁に叩きつけたようだった。


「ひとまず、ノーマを探したい。女将、人手が欲しい。店の者でこの辺に詳しい者を何人か貸してくれまいか」


 そう女将に告げると、女将はスルトの涙を拭ってやりながらアンバーに頷いた。


「人手についてはうちの旦那に聞いてくれたら分かるよ。スルトのためにもどうかお願いします」


 スルトの話だけでは要領を得ない。とりあえず犯人の目星をつけぬことには、動く事も難しい。


 本来こういう場合街の自警団を頼るべきなのだが 、偽の神殿という大賊に支配されていたこの街で、そのようなものは全く機能していなかった。

 その上警吏らも能無しで、情けないことに頼れるのは娼館の者だけである。

 この辺りに詳しい者らとの話し合いの最中、サーシャは険しい顔つきのまま終始無言で男娼や娼妓等を怖がらせていた。

 しかし馴染みとはいえほんの行きずり程度の間柄ともいえる男娼に対し、客がこれだけ怒りを向けてくれることに、実は皆密かに感動していた。


 そして彼らはスルトという仲間が襲われたことについて、この街の治安の悪さにも辟易していたこともあり、明日は我が身かと犯人捕縛について皆協力的であった。

 彼らの話も踏まえ、ノーマを攫い、スルトを暴行した犯人について、アンバーは考えを巡らせる。

 スルトを暴行しノーマを攫う必要のある者。

 ノーマを元神官と知ってなのか、それともたまたまあの容姿に目をつけて攫ったか。アンバーはありとあらゆる可能性を考えた。



「サーシャ、例のあの男は関係あると思うか」

「……行方不明のあの信者の男ですかな。ノーマ殿への執着を考えると濃厚かと。そう思うて、今警吏の方にもあの者の行方について報告を急かしております」


 スルトが行き倒れていた段階で警吏にも連絡が行っていたはずだが、あまりに動きが鈍いことに痺れを切らし、サーシャ自らがせっついて動かした。


 警吏からの連絡を待つ間、もう一つの可能性も考える。それは神殿や神官に恨みを持つ者についてだ。

 もともとこの街にもスリなどがいたが、神殿が閉鎖されてから、やたらと賊が増えたということだった。

 娼館の者ら曰く、今はこの街に残っている者も少なく、空き家が増えたことで貧民街と化した地区に賊徒が陣取っているという話だ。

 貧民街の者らはこの街で身をやつした小物らが集まってできた烏合の衆だと言う。


 娼館の者らもあのあたりには近寄ることはなく、街でも厄介者として忌避されているため、詳しいことは分からないと言うことだ。


「……その貧民街の者等の可能性が高いか」


 この街が廃れていく原因となった神官を恨んでいる者もいるだろう。


 そしてあの行方不明の男。

 あの男がもしどこかに隠れているとすると、その貧民街は隠れ家としても都合がいい。



 その時ふと、アンバーの脳裏に初めてノーマに会った時のことが思い出された。


 アンバーから金を奪おうとして、ノーマが止めたあの賊。

 奴もノーマを知っていて攫う可能性のある男ではないか?


『あの男は実は私に懸想していたようでして。何度か治癒に訪れていたのですが、気持ちには応えてやれず。気がついたらあのように身を持ち崩しておりました。』


 二人で湖畔で話をした時、ノーマはあの賊の男のことをそう言っていなかったか。



「……サーシャ、貧民街だ。まずは警吏らに話だ」


 アンバーが立ち上がると、サーシャもアンバーの顔色を察してかそれに無言で続いた。
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