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ここは温かくて気持ちいい。
ノーマはそう思った。
ついさっきまで体も心もぼろぼろで、辛くて辛くて、どうにかなってしまいそうだったのに。どういう訳か今は心も体も穏やかで心地よい。
ああ、あの信者の方はもう帰られたのだろうか。
俺はきちんと治癒を施せたのか。
……なにもかもが曖昧で覚えていない。
ここはあの部屋ではないな。
リニ神官があの塔から俺をどこかに運んでくれたのだろうか?
俺に何かをしてくれるとしたらリニ神官くらいだと思うが……。
布団もなんだかいつもよりもフカフカしている。
ああ、遠くで誰かの話し声がする。
仲良さげに笑っている。誰だろう?リニ神官じゃない。
こんなに楽しそうに話をする人なんて、神殿にはいなかった。
神殿の者も神官も皆、金のことばかり。寄進寄進寄進……。
俺のことは金のための慰みものと陰で嘲笑っているのも知っている。
あいつらだってたまに俺を呼びつけるくせに。
————それにしてもなんだかお腹が空いた。
アンバー様に食べさせてもらったあの杏は美味しかったな。
でもあれはもう貰えない。
アンバー様はもう街を出たと神官長は言っていた。
もうお前に色目を使う者はいなくなったと。
……あれが最後だったのかと、ならばちゃんと挨拶をすれば良かった。
ここから出て行った方がいいなんて、
俺もバカだな。
ぼんやりと遠くに誰かが見える。
ふふ、あの背中、アンバー様に似ているな。黒い髪に広い背中。
体躯が立派すぎだろ。何もかもがでかい。
あの日の奉仕の時、入らなくて正直驚いた。
————あの杏の味を思い出してしまったから、ちょっと都合のいい夢を見ているのかもしれない。
△△△
「サーシャ、首尾よく終わったか」
「はは。万事終わりましてございます」
サーシャは神殿に神兵等と攻め入り、早々に陥落させると後は任せてアンバーの元へ戻ってきた。
「我らが押し入った時、神官長はすでに事切れておりました。リニ神官が犯人のようですが、仔細はまだ」
「————そうか」
昨日ノーマをアンバーに託したリニ神官の姿が頭をよぎった。"自分たち"ではなくノーマを助けて欲しいとアンバーに跪いたあの姿を。
確かに様子はおかしかった。あの時すでに事を終えた後だったのか。
「神殿奥に隠れていた者どもも引っ捕らえてございます。他に賊徒がいるか今確認しておりますが、この街の見張りにと賊徒が周辺の山々に散らばっていたようですな。どうも我々を山中で襲った盗賊もその一派だったかと」
それでかとアンバーは合点がいった。
「街について早々に見張りがついたのはそれか」
「そのようでございますな。我々が何者か警戒していたようです」
アンバーもサーシャも最初から招かれざる客であったのだ。
「またここの神官等は見習いの時分に拐かされ連れて来られたようで、とうの昔に神職から籍を抜かれておりました。とりあえずこの神殿は閉鎖でしょうな」
神官等もノーマ同様被害者というわけか。うまくすれば神職に復帰できるやもしれぬがどうであろうな。
ふむ、とアンバーは顎に手をやった。
「しかし神殿が閉鎖となるとこの街もどうなるかわからんな」
「そうですな。しかしここは色街として有名でありましょうからな」
サーシャは片眉を上げてニヤリと笑った。
「いずれはこの国、いや大陸随一の楽土として花開くやもしれませんぞ」
「ははったしかに」
アンバーの国の神兵等は神殿を占拠し、今はその処理に追われている。
しかしこの街の者たちは、それを遠巻きに眺めては、いつもと変わらぬ暮らしを続けている。
暫くすればノーマ神官の奉仕を求める人々もいなくなるだろう。
彼はもう『特別な治癒』の奉仕などすることはないのだから。
栄枯盛衰は世の習いと言うように、中身のないがらんどうなこの街がこれからどう発展するかは、この街の者次第だ。
「また、例のノーマ神官殿の最後の客ですが、アンバー様の言いつけ通り探しておりますが、未だ行方は分からずといったところです」
薬で朦朧としたノーマに無体を働いた男をアンバーは許す気はなかった。寄進の額といいノーマにかなり執着していたことも気になる。どのような形であろうと処罰し、二度とノーマには近付かせないようにしなければならない。
「そうか。引き続き行方を探し、暴行罪で捕縛し警吏へ引き渡せ」
「はっ」
アンバーはサーシャに命じて引き続き行方を探すよう命じた。
△△△
「この子まだ目を開けないね」
あれから2日経ったが、ノーマはまだ起きる気配はない。
「顔きれいだよね。ツルツルに磨いた木に彫った人形みたい」
「なかなか個性的な表現ですな」
サーシャは馴染みの男娼スルトの独特な表現に目を丸くした。
しかし人形みたい、という表現にはアンバーも同意だ。無駄な線のない造形をしていると思う。
「お客人たちも整ってる。整い方がよく似てるよ。同じ国の人だから?雰囲気がそっくり」
「ああ、兄弟だからな」
「え?!主人と従者じゃないの!?」
「クッ!ははは!!」
サーシャがこらえ切れず吹き出した。
「なんだよ、冗談か」
スルトは気を悪くし、拗ねたように口を尖らせた。
「いやいや、嘘は言うておりませんぞ。我らは血を分けた兄弟。アンバーは腹違いの弟よ」
「うむ、サーシャは兄だな」
「え!?本当に!?」
「まことだ。とはいえ、兄弟という付き合いはしてはおりませんな。父は同じだが、それだけですなあ」
「同意」
「……なんだか、複雑」
スルトのなんとも言えない表情に、ははは!とサーシャが豪快に笑い飛ばした。
その時、サーシャが何かに気づき、アンバーに目配せした。
アンバーが後ろを振り返ると、ノーマが目を覚ましたようで、寝台で横になったままぼんやりとこちらを見ていた。
思わず駆け寄ると、彼はまだ完全には起きてはおらず、何だか寝ぼけているようだった。
「……ノーマ。目が覚めたか?」
「……アンバー、さま?」
「ああ、俺だ。気分は悪くないか」
「ここは…どこです?神殿、ではない?」
「ここは安全なところだ。もう貴殿に無理強いする者はおらぬ。ゆっくり休め。腹はすかぬか?」
ぼうっとはしているが、顔色は悪くない。
アンバーが顔を撫で穏やかに話かけると、ノーマは目を細めて小さく呟いた。
「杏の実が食べたい」
その言葉に、アンバーは慌てて腰の袋に手を伸ばした。
ノーマはそう思った。
ついさっきまで体も心もぼろぼろで、辛くて辛くて、どうにかなってしまいそうだったのに。どういう訳か今は心も体も穏やかで心地よい。
ああ、あの信者の方はもう帰られたのだろうか。
俺はきちんと治癒を施せたのか。
……なにもかもが曖昧で覚えていない。
ここはあの部屋ではないな。
リニ神官があの塔から俺をどこかに運んでくれたのだろうか?
俺に何かをしてくれるとしたらリニ神官くらいだと思うが……。
布団もなんだかいつもよりもフカフカしている。
ああ、遠くで誰かの話し声がする。
仲良さげに笑っている。誰だろう?リニ神官じゃない。
こんなに楽しそうに話をする人なんて、神殿にはいなかった。
神殿の者も神官も皆、金のことばかり。寄進寄進寄進……。
俺のことは金のための慰みものと陰で嘲笑っているのも知っている。
あいつらだってたまに俺を呼びつけるくせに。
————それにしてもなんだかお腹が空いた。
アンバー様に食べさせてもらったあの杏は美味しかったな。
でもあれはもう貰えない。
アンバー様はもう街を出たと神官長は言っていた。
もうお前に色目を使う者はいなくなったと。
……あれが最後だったのかと、ならばちゃんと挨拶をすれば良かった。
ここから出て行った方がいいなんて、
俺もバカだな。
ぼんやりと遠くに誰かが見える。
ふふ、あの背中、アンバー様に似ているな。黒い髪に広い背中。
体躯が立派すぎだろ。何もかもがでかい。
あの日の奉仕の時、入らなくて正直驚いた。
————あの杏の味を思い出してしまったから、ちょっと都合のいい夢を見ているのかもしれない。
△△△
「サーシャ、首尾よく終わったか」
「はは。万事終わりましてございます」
サーシャは神殿に神兵等と攻め入り、早々に陥落させると後は任せてアンバーの元へ戻ってきた。
「我らが押し入った時、神官長はすでに事切れておりました。リニ神官が犯人のようですが、仔細はまだ」
「————そうか」
昨日ノーマをアンバーに託したリニ神官の姿が頭をよぎった。"自分たち"ではなくノーマを助けて欲しいとアンバーに跪いたあの姿を。
確かに様子はおかしかった。あの時すでに事を終えた後だったのか。
「神殿奥に隠れていた者どもも引っ捕らえてございます。他に賊徒がいるか今確認しておりますが、この街の見張りにと賊徒が周辺の山々に散らばっていたようですな。どうも我々を山中で襲った盗賊もその一派だったかと」
それでかとアンバーは合点がいった。
「街について早々に見張りがついたのはそれか」
「そのようでございますな。我々が何者か警戒していたようです」
アンバーもサーシャも最初から招かれざる客であったのだ。
「またここの神官等は見習いの時分に拐かされ連れて来られたようで、とうの昔に神職から籍を抜かれておりました。とりあえずこの神殿は閉鎖でしょうな」
神官等もノーマ同様被害者というわけか。うまくすれば神職に復帰できるやもしれぬがどうであろうな。
ふむ、とアンバーは顎に手をやった。
「しかし神殿が閉鎖となるとこの街もどうなるかわからんな」
「そうですな。しかしここは色街として有名でありましょうからな」
サーシャは片眉を上げてニヤリと笑った。
「いずれはこの国、いや大陸随一の楽土として花開くやもしれませんぞ」
「ははったしかに」
アンバーの国の神兵等は神殿を占拠し、今はその処理に追われている。
しかしこの街の者たちは、それを遠巻きに眺めては、いつもと変わらぬ暮らしを続けている。
暫くすればノーマ神官の奉仕を求める人々もいなくなるだろう。
彼はもう『特別な治癒』の奉仕などすることはないのだから。
栄枯盛衰は世の習いと言うように、中身のないがらんどうなこの街がこれからどう発展するかは、この街の者次第だ。
「また、例のノーマ神官殿の最後の客ですが、アンバー様の言いつけ通り探しておりますが、未だ行方は分からずといったところです」
薬で朦朧としたノーマに無体を働いた男をアンバーは許す気はなかった。寄進の額といいノーマにかなり執着していたことも気になる。どのような形であろうと処罰し、二度とノーマには近付かせないようにしなければならない。
「そうか。引き続き行方を探し、暴行罪で捕縛し警吏へ引き渡せ」
「はっ」
アンバーはサーシャに命じて引き続き行方を探すよう命じた。
△△△
「この子まだ目を開けないね」
あれから2日経ったが、ノーマはまだ起きる気配はない。
「顔きれいだよね。ツルツルに磨いた木に彫った人形みたい」
「なかなか個性的な表現ですな」
サーシャは馴染みの男娼スルトの独特な表現に目を丸くした。
しかし人形みたい、という表現にはアンバーも同意だ。無駄な線のない造形をしていると思う。
「お客人たちも整ってる。整い方がよく似てるよ。同じ国の人だから?雰囲気がそっくり」
「ああ、兄弟だからな」
「え?!主人と従者じゃないの!?」
「クッ!ははは!!」
サーシャがこらえ切れず吹き出した。
「なんだよ、冗談か」
スルトは気を悪くし、拗ねたように口を尖らせた。
「いやいや、嘘は言うておりませんぞ。我らは血を分けた兄弟。アンバーは腹違いの弟よ」
「うむ、サーシャは兄だな」
「え!?本当に!?」
「まことだ。とはいえ、兄弟という付き合いはしてはおりませんな。父は同じだが、それだけですなあ」
「同意」
「……なんだか、複雑」
スルトのなんとも言えない表情に、ははは!とサーシャが豪快に笑い飛ばした。
その時、サーシャが何かに気づき、アンバーに目配せした。
アンバーが後ろを振り返ると、ノーマが目を覚ましたようで、寝台で横になったままぼんやりとこちらを見ていた。
思わず駆け寄ると、彼はまだ完全には起きてはおらず、何だか寝ぼけているようだった。
「……ノーマ。目が覚めたか?」
「……アンバー、さま?」
「ああ、俺だ。気分は悪くないか」
「ここは…どこです?神殿、ではない?」
「ここは安全なところだ。もう貴殿に無理強いする者はおらぬ。ゆっくり休め。腹はすかぬか?」
ぼうっとはしているが、顔色は悪くない。
アンバーが顔を撫で穏やかに話かけると、ノーマは目を細めて小さく呟いた。
「杏の実が食べたい」
その言葉に、アンバーは慌てて腰の袋に手を伸ばした。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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