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15 ノーマ救出
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「アンバー様、中を見ても大声だけは上げないで頂きたい」
「……中にノーマがいるのか」
リニ神官は静かに頷き、重い扉を開けた。
中は静かで物音一つしない。
部屋に入ると、立ち込めた嫌な臭いにアンバーは顔を顰めた。
甘い匂い、そして青臭い精の臭いが入り混じり、それはこの部屋でつい先程まで情事が行われていた事を仄めかしていた。
中央に置かれた寝台から、細く長い足が垂れ下がっているのが見える。
アンバーは駆け寄ると、その姿を見て息を呑んだ。
あれほど頑なに脱ぐことをしなかった神官服はぐちゃぐちゃにされ、腹に巻きつけていた腹帯は取り去られ、床に丸められ転がされている。
特徴的な色の長い髪は寝台に乱れ、身につける物は何一つなくノーマは露な姿を晒していた。
「————ノーマ!!」
よく見ると体にはまだ誰が吐精したものかもわからぬものがこびりついている。
目は焦点があっておらず、呼びかけには反応なくピクリとも動かない。
「これはどういうことだ!?何故こうなった!」
アンバーが寝台のシーツでノーマの体を拭いながらこらえきれず声を荒げると、リニ神官は深い溜め息を吐いた。
「……薬を使い過ぎたのです」
「なぜ止めなかった!!」
「我々は神殿の命令に逆らえぬのです」
リニ神官は苦しそうに眉を寄せ、顔を歪めた。
「ここに私が初めて連れて来られた時、ノーマ神官はまだ神官らしい振る舞いは何一つ出来ない状態で、祈りの言葉一つ教えてもらってもいませんでした。しかし、すでに神官としての役目を与えられており、我々は彼に神官としての知識や振る舞いを教え込みました。この奉仕でなるべく自身の負担にならぬよう対処することも」
リニ神官はノーマの元へ来て、手を取り治癒を施す。
「過去に、やはりあなたと同じようにノーマ神官を助けようとした者もおりました。しかし神殿側はそれを逆手にとり、結局その者は身をやつすようなことになり、今では犯罪まがいのようなことをして生活していると聞きました」
治癒を終えると、ノーマの手をそっと胸に下ろした。
「彼は無垢で高潔で、そして誰よりも敬虔な神の信徒です。————アンバー様、私はこれまで神殿を疑うことなくやって参りましたが、ここ数日のノーマ神官への対応は酷すぎる。ノーマ神官がいなくなればこの神殿は、街は、存続できないかもしれません。しかしもう見てみぬふりはできません」
リニ神官はアンバーの足元に跪いた。
「ノーマ神官を助けて下さい」
アンバーはリニ神官を睨みつけると、無言でノーマを自分の着ていた長衣で包み、担ぎ上げた。
そしてリニ神官に声をかけることなく部屋を出ると、石の階段を駆け下り始めた。
塔を出るとやっと神兵共がやってきたのか、回廊に厳かな神殿には似つかわぬ男達の低い怒声が響き渡っていた。
アンバーは回廊を駆け抜けると、神兵には目もくれず、ノーマを担ぎ直し殿を背にし走り出した。
△△△
「すまぬ!手を貸してくれ!!」
逗留先である娼館に駆け込み、ここで懇意にしてくれている男娼スルトを探す。
奥から出てきたスルトはアンバーが抱えたノーマの姿を見るなりすぐに何事かを察し、奥の部屋に布団を敷きノーマを寝かせてくれた。
「あるじどの、これはひどいですね……薬ですか?すっかりやられてしまって」
「……すぐに医者の手配をお願いしたい」
「……まずは体を清めましょうか。清拭は俺がしますので、あるじどのはちょっとお外へ」
焦り混乱しているアンバーに、スルトは宥めるように話しかけ、部屋の外に追い出した。
廊下で胡座をかき、眉間に手をやり項垂れていると、娼館の女将がやってきて水の入った碗をアンバーに手渡す。
「……すまぬ」
「酒の方がいいかい」と聞かれたが、アンバーはゆるゆると首を振った。
「まあ、こういう店ですから、割とあるんですよ。男でも女でも。ひどい辱めを受けたり薬を飲まされたりってね。お客人が連れてきた子がどんな子かあ知りませんがね、これからお客人が大事にしてやればきっと回復しますよ。うちの子等も慣れておりますからね、まあ頼りにすればよろしいや」
そう言うとアンバーの肩をポンと叩き、医者を呼んどきますよと言い去って行った。
水を煽りしばらく廊下で待っていると、中から「入って良いよ」と声をかけられた。
扉を開けると、綺麗に清拭してもらい娼館の客用の寝巻きを着せられたノーマが布団で寝息を立てていた。
「強淫かなと思ったけど、少し腫れてはいるけど後ろも前も酷い状態ではなかったから安心していいよ。まあ体も髪もぐっちゃぐちゃだったけど、一応きれいにはなったからね。起きたら風呂に入れてやるといいよ」
そう言って、起きたらこれ飲ませてやんなと水の入った吸い口を置いてくれた。
「主従揃って世話になる」
「いやーいいって。あるじどのもお客人も金払いいいしね。それにここではこう言うことはお互い様だよ。じゃあ何かあれば呼んでくれ。医者がきたら通すよ」
それだけ言うと、スルトは何も聞かずノーマと二人にしてくれた。
清拭でややしっとりした髪を撫で、静かに寝息を立てるノーマを見る。
次に起きたときに彼の心は正常なままだろうか。
神殿で見たあの悲惨な光景が頭から離れない。アンバーは思い出すだけで怒りで腸が煮え返った。
よくリニ神官を殺さなかったなと我ながら感心する。あの懺悔がなければきっとどうにかしていただろう。
ふうっとアンバーは深い溜息を吐いた。
サーシャは首尾よく賊どもを討ち取ってくれただろうか。
アンバーは悶々とし今にも飛び出して行きそうな自分を宥めつつ、柔らかなノーマの髪を撫で心を落ち着けた。
「……中にノーマがいるのか」
リニ神官は静かに頷き、重い扉を開けた。
中は静かで物音一つしない。
部屋に入ると、立ち込めた嫌な臭いにアンバーは顔を顰めた。
甘い匂い、そして青臭い精の臭いが入り混じり、それはこの部屋でつい先程まで情事が行われていた事を仄めかしていた。
中央に置かれた寝台から、細く長い足が垂れ下がっているのが見える。
アンバーは駆け寄ると、その姿を見て息を呑んだ。
あれほど頑なに脱ぐことをしなかった神官服はぐちゃぐちゃにされ、腹に巻きつけていた腹帯は取り去られ、床に丸められ転がされている。
特徴的な色の長い髪は寝台に乱れ、身につける物は何一つなくノーマは露な姿を晒していた。
「————ノーマ!!」
よく見ると体にはまだ誰が吐精したものかもわからぬものがこびりついている。
目は焦点があっておらず、呼びかけには反応なくピクリとも動かない。
「これはどういうことだ!?何故こうなった!」
アンバーが寝台のシーツでノーマの体を拭いながらこらえきれず声を荒げると、リニ神官は深い溜め息を吐いた。
「……薬を使い過ぎたのです」
「なぜ止めなかった!!」
「我々は神殿の命令に逆らえぬのです」
リニ神官は苦しそうに眉を寄せ、顔を歪めた。
「ここに私が初めて連れて来られた時、ノーマ神官はまだ神官らしい振る舞いは何一つ出来ない状態で、祈りの言葉一つ教えてもらってもいませんでした。しかし、すでに神官としての役目を与えられており、我々は彼に神官としての知識や振る舞いを教え込みました。この奉仕でなるべく自身の負担にならぬよう対処することも」
リニ神官はノーマの元へ来て、手を取り治癒を施す。
「過去に、やはりあなたと同じようにノーマ神官を助けようとした者もおりました。しかし神殿側はそれを逆手にとり、結局その者は身をやつすようなことになり、今では犯罪まがいのようなことをして生活していると聞きました」
治癒を終えると、ノーマの手をそっと胸に下ろした。
「彼は無垢で高潔で、そして誰よりも敬虔な神の信徒です。————アンバー様、私はこれまで神殿を疑うことなくやって参りましたが、ここ数日のノーマ神官への対応は酷すぎる。ノーマ神官がいなくなればこの神殿は、街は、存続できないかもしれません。しかしもう見てみぬふりはできません」
リニ神官はアンバーの足元に跪いた。
「ノーマ神官を助けて下さい」
アンバーはリニ神官を睨みつけると、無言でノーマを自分の着ていた長衣で包み、担ぎ上げた。
そしてリニ神官に声をかけることなく部屋を出ると、石の階段を駆け下り始めた。
塔を出るとやっと神兵共がやってきたのか、回廊に厳かな神殿には似つかわぬ男達の低い怒声が響き渡っていた。
アンバーは回廊を駆け抜けると、神兵には目もくれず、ノーマを担ぎ直し殿を背にし走り出した。
△△△
「すまぬ!手を貸してくれ!!」
逗留先である娼館に駆け込み、ここで懇意にしてくれている男娼スルトを探す。
奥から出てきたスルトはアンバーが抱えたノーマの姿を見るなりすぐに何事かを察し、奥の部屋に布団を敷きノーマを寝かせてくれた。
「あるじどの、これはひどいですね……薬ですか?すっかりやられてしまって」
「……すぐに医者の手配をお願いしたい」
「……まずは体を清めましょうか。清拭は俺がしますので、あるじどのはちょっとお外へ」
焦り混乱しているアンバーに、スルトは宥めるように話しかけ、部屋の外に追い出した。
廊下で胡座をかき、眉間に手をやり項垂れていると、娼館の女将がやってきて水の入った碗をアンバーに手渡す。
「……すまぬ」
「酒の方がいいかい」と聞かれたが、アンバーはゆるゆると首を振った。
「まあ、こういう店ですから、割とあるんですよ。男でも女でも。ひどい辱めを受けたり薬を飲まされたりってね。お客人が連れてきた子がどんな子かあ知りませんがね、これからお客人が大事にしてやればきっと回復しますよ。うちの子等も慣れておりますからね、まあ頼りにすればよろしいや」
そう言うとアンバーの肩をポンと叩き、医者を呼んどきますよと言い去って行った。
水を煽りしばらく廊下で待っていると、中から「入って良いよ」と声をかけられた。
扉を開けると、綺麗に清拭してもらい娼館の客用の寝巻きを着せられたノーマが布団で寝息を立てていた。
「強淫かなと思ったけど、少し腫れてはいるけど後ろも前も酷い状態ではなかったから安心していいよ。まあ体も髪もぐっちゃぐちゃだったけど、一応きれいにはなったからね。起きたら風呂に入れてやるといいよ」
そう言って、起きたらこれ飲ませてやんなと水の入った吸い口を置いてくれた。
「主従揃って世話になる」
「いやーいいって。あるじどのもお客人も金払いいいしね。それにここではこう言うことはお互い様だよ。じゃあ何かあれば呼んでくれ。医者がきたら通すよ」
それだけ言うと、スルトは何も聞かずノーマと二人にしてくれた。
清拭でややしっとりした髪を撫で、静かに寝息を立てるノーマを見る。
次に起きたときに彼の心は正常なままだろうか。
神殿で見たあの悲惨な光景が頭から離れない。アンバーは思い出すだけで怒りで腸が煮え返った。
よくリニ神官を殺さなかったなと我ながら感心する。あの懺悔がなければきっとどうにかしていただろう。
ふうっとアンバーは深い溜息を吐いた。
サーシャは首尾よく賊どもを討ち取ってくれただろうか。
アンバーは悶々とし今にも飛び出して行きそうな自分を宥めつつ、柔らかなノーマの髪を撫で心を落ち着けた。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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