神官の特別な奉仕

Bee

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12 ノーマとの逢瀬

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 その日、夜遅くまでアンバーは約束の場所で待っていた。

 ノーマ神官が来たのはもう日が変わるくらい遅い時間で、そろそろ諦めようかと思っていたところだった。

 だから彼がこちらに歩いて来る姿を見たときは、心から安堵した。

 しかし彼はすっぽりとフードを被り、昨日よりも気力なく、俯き、ヨタヨタと歩を進める姿が気になった。


「何か…あったのか」


 湖のほとり月明かりの中、ノーマのフードを取り去ると、手で顔を持ち上げる。

 顔に触れても嫌がらず、酷く疲れた顔で、覇気なくぼんやりとこちらを見ている。


「具合が悪いのか」
「……なんでもありません。ただちょっと薬が抜けきれず辛い……」
「いつも終わったあとは、このような感じなのか」


 昨日の様子を知っているアンバーは、この日のノーマの様子を訝しんだ。


「……今日から特別な治癒のご奉仕の人数が増えたんだ」


 ぐらぐらと頭が揺れる。倒れる前にアンバーは自分の着ていた長衣でノーマを包むと、彼を横たえ、頭を膝に乗せた。


「……増えた、とは。今日は何人だったのだ」
「……5人だ」
「5人!? 昨日は何人だったのだ」
「アンバー様を含めて3人」


 昨日は冷たくあしらわれたが、今日は余程辛いのか、素直に答え、口調も素に戻っているようだ。


 この様子、考えられることと言えば、あの丸薬の過剰摂取か何かか。薬の中毒症状が出ていると考えて間違いはなさそうだった。


「おかげで今日は遅くなった……」


 ぐったりと身を横たえたままボソボソと呟く。


「辛そうだ。今日はもう戻るか?」


 赤子の如く柔らかな短い髪を撫でると、ノーマはゆるゆると首を振った。


「もう来られないかもしれない。やはり昨日のアンバー様との事も筒抜けだった。今日から特別な治癒の奉仕の人数を増やせと命ぜられ、このような……」


 神官長に命ぜられたとは。神に仕える者が男娼の如く扱いを受けるとは、なんと無体なことか。


「ノーマ神官殿、ここを出ることは考えておらぬのか」
「……神殿に家族へ金を都合して貰っている。俺がいなくなれば生きては行けぬだろう」
「家族はどこに」
「ここから西南の方角にある、山中の村だ。酷く貧しい村で、俺は治癒の力が発現した時にここに連れてこられたんだ」
「いつの話だ」
「そんなに昔ではない。6、7年ほど前だ」
「ふむ」


 西南の方角。この街に来るときに通ったかも知れぬなとアンバーは思った。
 調べる必要がある。この状況を何とか打破してやりたいが、それまでノーマは耐えられるのか。


「治癒をやめたいとは思わないのか」
「俺の力は神からの賜り物だ。神のために使うのは正しいことだ」


 こんな目に合っていてもノーマは、神のためならと自らを捧げることを厭わない。


「貴殿は美しいな」
「俺はこの顔が嫌いだ」


 フードをギュッと手で掴む。


「顔ではない。いや、顔も好いが、心根のことだ」


 ノーマは驚いた顔でアンバーを見た。

 アンバーはノーマに笑いかけると、腰の袋から干した果物の入った小袋を取り出した。
 包みを解き中からノーマの好きな杏の実を取り出すと、小さくちぎる。


「ほら口を開けてみろ」


 ノーマはそろっと口を開けると、アンバーが指で口に押し込む。
 ちゅという音を立て、唇が一瞬指に吸い付いて離れた。
 もぐもぐと咀嚼するノーマの双眸が弓なりに細まる。


「これはやはり甘くて美味いな」
「まだあるぞ。ほら」


 まるで雛鳥へ餌を与える母鳥のように、次から次へと口へ運ぶ。


「ふふふ、アンバー様は変わっておられる」


 杏を飲み込みながらノーマは涙を溢した。アンバーは親指で涙を拭うと、上から被さるようにそっと口づけを落とした。
 顔を近づけると、あの甘い匂いが鼻をくすぐる。



「アンバー様、俺の身の上を聞いてくれないか」
「俺が聞いても良いのなら」
「アンバー様に聞いて貰いたい」


 ノーマはアンバーの目を真っ直ぐに捉えると、少しまだ潤んだ瞳で見つめた。
 アンバーが彼の髪を撫で頷くと、彼はこれまでのことを語り始めた。




「俺たち家族は移民で、小さい頃その村に越してきたんだ。酷く貧しくて、俺も大きくなったら街へ奉公することが決まっていたんだが、成長するにつれ髪が白くなってきた。」


 ノーマの髪は根元が黒いが先はシルバーのグラデーションで、神官でも珍しい色合いだ。


「これは遺伝ではないんだな」
「ああ、シルバーの色なんて俺だけだ。家族は皆この根元の色と同じ、黒だ」


 根元が黒いため、まさか治癒の力があるとは知らず、シルバーの所だけ切り、いつも短くしていたそうだ。


「ある日男達が村にやってきて、俺の髪に気がついたんだ。それからすぐに俺はこの街に連れて来られた。親にはたっぷりお金を支払うから、ここで神官になれと。どうせ奉公に出る予定だったから、俺は何も疑うことなくここに来た」


 そこまで言うとノーマは手で顔を覆った。


「男達はすぐに俺の力に気が付いた。俺はこの顔だろう? ここに来てすぐに男達に凌辱されたんだ。俺の治癒が気持ちが良いと言って、気が付いたら信者達から寄付金をたくさんもらって、その見返りとして俺が奉仕することになった」


 最初は数人の信者から始まったこの奉仕は、今では街の経済を支える程にまでなった。


「それからどんどん寄付者が増えてきて街もどんどん大きくなって。最初髪も伸ばしていたんだけど、髪が長いと力が強すぎて、俺が治癒を流すと失神しちゃうんだ。だから一部を残して切られた」


 そう言って、切られず残ったシルバーの長い一房を指で弄んだ。

 陵辱され、まるで贄の如く扱いに、アンバーは胸が詰まった。
 思わずノーマを抱き起こし、膝に横抱きにすると強く抱きしめた。


「アンバー様、名前嘘をついてごめん。ディーは移民になる前、故郷での名だ。何も知らない旅の人に、ノーマという名前を言いたくなかった」


 ディーは神官ではないから“ディー神官”と呼ぶのは間違いなんだと、自虐的な笑みを零した。

 そんな彼に、アンバーは思わず唇を重ね合わせる。


「嫌か?」
「嫌ならもう帰っている」
「ふふ、そうか」


 優しく啄むように何度も口付けを交わすと、お互いの唇を吸い、舌を絡め口内を探り合う。

 散々舌を絡めあった後、ノーマはアンバーの逞しい胸に顔を埋めた。


「本当はもうしたくない、あんなこと。同じ神官なのに男娼の如くと嘲笑われ、それなのに責務ばかりが伸し掛かる。……心も体も潰れてしまいそうだ」


 ノーマの節の目立つ細い指が、アンバーの服を掴み、シワを寄せる。

 しばらく抱き合うとノーマが小さく「もう帰らなくては」と呟いた。


「……また会えないか」
「今日の外出もきっとバレている。明日から見張りがつくかもしれない。俺には自由がない」


 そう言うと目を伏せた。


「アンバー様、リニ神官にご注意を。もしリニ神官口利きの宿であれば、宿替えを。そして出来ればもうこの街から出た方が良い」

 彼はそれだけを言い残すと、神殿へと帰っていった。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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