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11 特別な奉仕のあと
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カツーンカツーンと薄暗い回廊を、ランプの灯りを頼りにノーマ神官は歩く。
最近はこの時間によくここを通る。それはいつもこれくらいに『特別な治癒』による奉仕が終わるだからだ。
そしてノーマは今日、思いがけない人物と邂逅したことに思いを巡らせていた。
彼はわざわざ偽名を使い“ノーマ神官”に会いにきた。それはノーマ自身にとって思いも寄らない出来事だった。
彼はリニ神官の申し出を受けるとばかり思っていたし、それに寄付者の名前が偽名になっていた。
だから何にも思わず今日の奉仕の話を受けてしまったのだ。
彼に会うと心が乱れる。神に仕える神官には不必要な心だ。そう思っていた。
彼は魅力的な男だ。彼に会いたいと願い出す前にここで気持ちを止めたかった。
……だが、今日、奉仕の内容を知り彼はひどく怒っていた。
治癒もまともに行えなかったし、あの状況で彼ももうノーマを友人だ、なんて言うこともなくなるだろう。明日自分も名前を偽っていたことを詫び、もうそれで本当に終わりにすればいい。
ノーマの心の中は訳のわからない焦燥感と落胆とが目まぐるしくぶつかり合っていた。
「ノーマ神官」
回廊を抜け、神官の宿舎に辿り着くところで神官長に声を掛けられた。
ノーマはその場で膝を付き頭を下げる。
「今日は何人に特別な治癒を行ったのかね」
「……本日は三名です。神官長」
「もう少し人数を増やしなさい。まだ相手ができるだろう」
「しかし、これ以上は私の体が持ちません」
「はっ!お前も気持ちが良いだけであろう!?濃密に相手をし過ぎなのではないかね。今日はアンブリーテスとかいう者にえらくサービスしていたという話ではないか」
神官長は、にやにやといやらしい笑みを浮かべてノーマを見る。
「……」
「それにしてもあの男、アンブリーテスと名乗っていたようですが、本物ではないようですね。なんとも紛らわしい。我が神殿をお気に召していただけたのなら、今後の寄進も期待できそうだったのに。まあご本人であるならば寄進ではなく直接神殿へ言ってこられるか……」
神官長はボソボソと独言ると、目の前にノーマがいることを思い出し、こほんと咳払いをした。
「もう少し予定を調整するように」
「……はっ」
神官長が立ち去るとノーマは立ち上がった。そして宿舎には戻らず神殿の祈りの場に向かった。
『神の御心のために』
ここに来てからノーマは何度もこの言葉で自分を奮い立たせて来た。
そして心が潰れそうな時は、こうして神に祈る。
誰もいない広い祈りの場には、月明かりがステンドグラスを灯し、暗い床には色とりどりの絵画が浮かび上がっている。
ノーマはこの神殿で最も尊い神像の前に出ると、蝋燭に火を点す。
すると暗い室内に神像が淡く浮かび上がり、この場になんとも神々しく荘厳な空気が満ちあふれた。
そして光から身を逃すように一歩下がる。
誰もいないこの美しい場所で、ノーマは神の像に向かって膝を折り、祈りを捧げる。
「サスリーム神よ、あなたの慈悲がすべての者に届きますように」
△△△
アンバーは特別な治癒を終えると、神殿の塔から一人宿へ戻った。
『明日お会いできますか』という彼の言葉を反芻する。
彼の治癒は完璧で、腹の痛みはもう感じない。
今日の邂逅は驚きと呆れの両方をアンバーにもたらした。
明日はきっとディー、いやノーマ神官からあの不愉快な奉仕について、詳しい話が聞けるだろう。
全てはそこからだ。
「サーシャ!必要な説明を省いただろう!」
宿に戻るなり、寝台でのんびりと横になっていたサーシャに、アンバーは詰め寄った。
「はて。何か問題がありもうしたか」
サーシャは惚けた顔で問い返した。
「サーシャ」
アンバーがじろりと睨みつけると、サーシャが起き上がりニッと笑った。
「まあまあ、何とかなりましたでしょう?」
むうとアンバーは押し黙る。
「あの特別な治癒はいかがでありましたか。ノーマ神官殿の治癒は強烈だったで有りましょう」
確かに強烈だった。
サーシャが言っていた通り、確かに下半身にくる。あの熱はまだ燻ってはいるが、アンバーは今日は他の者を抱く気にはなれなかった。
「腹の痛みはもうない。……ノーマ神官殿の治癒は完璧であったな」
「ときに、ノーマ神官殿の正体もお分かりに?」
「サーシャ、やはりお前は気づいていたのか。流石に勘が良すぎて恐ろしいな」
サーシャは、はははと声をあげて笑った。
「いくら調査しても、ディー神官を知るものは誰もおりませんでした。それにアンバー様から聞いた風貌などから普通の神官ではないと感じておりましたからな。治癒の力に長い髪は必須だと、それはどこの神殿でも共通でありましょう。まるで幻のようなノーマ神官と重なる違和感と言いましょうかな」
まあ諜報の経験値の差ですなと一笑した。
「仲直りはできましたかな」
「明日夜に会うことになった」
「これはこれは!逢引とは。さすがでございますな!」
なぜだか今回に関してはサーシャは嬉しそうだ。
アンバーは今日の淡々とことを進めるノーマ神官の姿を思い起こす。
全ては明日。
ノーマ神官に会ってからだ。
最近はこの時間によくここを通る。それはいつもこれくらいに『特別な治癒』による奉仕が終わるだからだ。
そしてノーマは今日、思いがけない人物と邂逅したことに思いを巡らせていた。
彼はわざわざ偽名を使い“ノーマ神官”に会いにきた。それはノーマ自身にとって思いも寄らない出来事だった。
彼はリニ神官の申し出を受けるとばかり思っていたし、それに寄付者の名前が偽名になっていた。
だから何にも思わず今日の奉仕の話を受けてしまったのだ。
彼に会うと心が乱れる。神に仕える神官には不必要な心だ。そう思っていた。
彼は魅力的な男だ。彼に会いたいと願い出す前にここで気持ちを止めたかった。
……だが、今日、奉仕の内容を知り彼はひどく怒っていた。
治癒もまともに行えなかったし、あの状況で彼ももうノーマを友人だ、なんて言うこともなくなるだろう。明日自分も名前を偽っていたことを詫び、もうそれで本当に終わりにすればいい。
ノーマの心の中は訳のわからない焦燥感と落胆とが目まぐるしくぶつかり合っていた。
「ノーマ神官」
回廊を抜け、神官の宿舎に辿り着くところで神官長に声を掛けられた。
ノーマはその場で膝を付き頭を下げる。
「今日は何人に特別な治癒を行ったのかね」
「……本日は三名です。神官長」
「もう少し人数を増やしなさい。まだ相手ができるだろう」
「しかし、これ以上は私の体が持ちません」
「はっ!お前も気持ちが良いだけであろう!?濃密に相手をし過ぎなのではないかね。今日はアンブリーテスとかいう者にえらくサービスしていたという話ではないか」
神官長は、にやにやといやらしい笑みを浮かべてノーマを見る。
「……」
「それにしてもあの男、アンブリーテスと名乗っていたようですが、本物ではないようですね。なんとも紛らわしい。我が神殿をお気に召していただけたのなら、今後の寄進も期待できそうだったのに。まあご本人であるならば寄進ではなく直接神殿へ言ってこられるか……」
神官長はボソボソと独言ると、目の前にノーマがいることを思い出し、こほんと咳払いをした。
「もう少し予定を調整するように」
「……はっ」
神官長が立ち去るとノーマは立ち上がった。そして宿舎には戻らず神殿の祈りの場に向かった。
『神の御心のために』
ここに来てからノーマは何度もこの言葉で自分を奮い立たせて来た。
そして心が潰れそうな時は、こうして神に祈る。
誰もいない広い祈りの場には、月明かりがステンドグラスを灯し、暗い床には色とりどりの絵画が浮かび上がっている。
ノーマはこの神殿で最も尊い神像の前に出ると、蝋燭に火を点す。
すると暗い室内に神像が淡く浮かび上がり、この場になんとも神々しく荘厳な空気が満ちあふれた。
そして光から身を逃すように一歩下がる。
誰もいないこの美しい場所で、ノーマは神の像に向かって膝を折り、祈りを捧げる。
「サスリーム神よ、あなたの慈悲がすべての者に届きますように」
△△△
アンバーは特別な治癒を終えると、神殿の塔から一人宿へ戻った。
『明日お会いできますか』という彼の言葉を反芻する。
彼の治癒は完璧で、腹の痛みはもう感じない。
今日の邂逅は驚きと呆れの両方をアンバーにもたらした。
明日はきっとディー、いやノーマ神官からあの不愉快な奉仕について、詳しい話が聞けるだろう。
全てはそこからだ。
「サーシャ!必要な説明を省いただろう!」
宿に戻るなり、寝台でのんびりと横になっていたサーシャに、アンバーは詰め寄った。
「はて。何か問題がありもうしたか」
サーシャは惚けた顔で問い返した。
「サーシャ」
アンバーがじろりと睨みつけると、サーシャが起き上がりニッと笑った。
「まあまあ、何とかなりましたでしょう?」
むうとアンバーは押し黙る。
「あの特別な治癒はいかがでありましたか。ノーマ神官殿の治癒は強烈だったで有りましょう」
確かに強烈だった。
サーシャが言っていた通り、確かに下半身にくる。あの熱はまだ燻ってはいるが、アンバーは今日は他の者を抱く気にはなれなかった。
「腹の痛みはもうない。……ノーマ神官殿の治癒は完璧であったな」
「ときに、ノーマ神官殿の正体もお分かりに?」
「サーシャ、やはりお前は気づいていたのか。流石に勘が良すぎて恐ろしいな」
サーシャは、はははと声をあげて笑った。
「いくら調査しても、ディー神官を知るものは誰もおりませんでした。それにアンバー様から聞いた風貌などから普通の神官ではないと感じておりましたからな。治癒の力に長い髪は必須だと、それはどこの神殿でも共通でありましょう。まるで幻のようなノーマ神官と重なる違和感と言いましょうかな」
まあ諜報の経験値の差ですなと一笑した。
「仲直りはできましたかな」
「明日夜に会うことになった」
「これはこれは!逢引とは。さすがでございますな!」
なぜだか今回に関してはサーシャは嬉しそうだ。
アンバーは今日の淡々とことを進めるノーマ神官の姿を思い起こす。
全ては明日。
ノーマ神官に会ってからだ。
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