11 / 68
11 特別な奉仕のあと
しおりを挟む
カツーンカツーンと薄暗い回廊を、ランプの灯りを頼りにノーマ神官は歩く。
最近はこの時間によくここを通る。それはいつもこれくらいに『特別な治癒』による奉仕が終わるだからだ。
そしてノーマは今日、思いがけない人物と邂逅したことに思いを巡らせていた。
彼はわざわざ偽名を使い“ノーマ神官”に会いにきた。それはノーマ自身にとって思いも寄らない出来事だった。
彼はリニ神官の申し出を受けるとばかり思っていたし、それに寄付者の名前が偽名になっていた。
だから何にも思わず今日の奉仕の話を受けてしまったのだ。
彼に会うと心が乱れる。神に仕える神官には不必要な心だ。そう思っていた。
彼は魅力的な男だ。彼に会いたいと願い出す前にここで気持ちを止めたかった。
……だが、今日、奉仕の内容を知り彼はひどく怒っていた。
治癒もまともに行えなかったし、あの状況で彼ももうノーマを友人だ、なんて言うこともなくなるだろう。明日自分も名前を偽っていたことを詫び、もうそれで本当に終わりにすればいい。
ノーマの心の中は訳のわからない焦燥感と落胆とが目まぐるしくぶつかり合っていた。
「ノーマ神官」
回廊を抜け、神官の宿舎に辿り着くところで神官長に声を掛けられた。
ノーマはその場で膝を付き頭を下げる。
「今日は何人に特別な治癒を行ったのかね」
「……本日は三名です。神官長」
「もう少し人数を増やしなさい。まだ相手ができるだろう」
「しかし、これ以上は私の体が持ちません」
「はっ!お前も気持ちが良いだけであろう!?濃密に相手をし過ぎなのではないかね。今日はアンブリーテスとかいう者にえらくサービスしていたという話ではないか」
神官長は、にやにやといやらしい笑みを浮かべてノーマを見る。
「……」
「それにしてもあの男、アンブリーテスと名乗っていたようですが、本物ではないようですね。なんとも紛らわしい。我が神殿をお気に召していただけたのなら、今後の寄進も期待できそうだったのに。まあご本人であるならば寄進ではなく直接神殿へ言ってこられるか……」
神官長はボソボソと独言ると、目の前にノーマがいることを思い出し、こほんと咳払いをした。
「もう少し予定を調整するように」
「……はっ」
神官長が立ち去るとノーマは立ち上がった。そして宿舎には戻らず神殿の祈りの場に向かった。
『神の御心のために』
ここに来てからノーマは何度もこの言葉で自分を奮い立たせて来た。
そして心が潰れそうな時は、こうして神に祈る。
誰もいない広い祈りの場には、月明かりがステンドグラスを灯し、暗い床には色とりどりの絵画が浮かび上がっている。
ノーマはこの神殿で最も尊い神像の前に出ると、蝋燭に火を点す。
すると暗い室内に神像が淡く浮かび上がり、この場になんとも神々しく荘厳な空気が満ちあふれた。
そして光から身を逃すように一歩下がる。
誰もいないこの美しい場所で、ノーマは神の像に向かって膝を折り、祈りを捧げる。
「サスリーム神よ、あなたの慈悲がすべての者に届きますように」
△△△
アンバーは特別な治癒を終えると、神殿の塔から一人宿へ戻った。
『明日お会いできますか』という彼の言葉を反芻する。
彼の治癒は完璧で、腹の痛みはもう感じない。
今日の邂逅は驚きと呆れの両方をアンバーにもたらした。
明日はきっとディー、いやノーマ神官からあの不愉快な奉仕について、詳しい話が聞けるだろう。
全てはそこからだ。
「サーシャ!必要な説明を省いただろう!」
宿に戻るなり、寝台でのんびりと横になっていたサーシャに、アンバーは詰め寄った。
「はて。何か問題がありもうしたか」
サーシャは惚けた顔で問い返した。
「サーシャ」
アンバーがじろりと睨みつけると、サーシャが起き上がりニッと笑った。
「まあまあ、何とかなりましたでしょう?」
むうとアンバーは押し黙る。
「あの特別な治癒はいかがでありましたか。ノーマ神官殿の治癒は強烈だったで有りましょう」
確かに強烈だった。
サーシャが言っていた通り、確かに下半身にくる。あの熱はまだ燻ってはいるが、アンバーは今日は他の者を抱く気にはなれなかった。
「腹の痛みはもうない。……ノーマ神官殿の治癒は完璧であったな」
「ときに、ノーマ神官殿の正体もお分かりに?」
「サーシャ、やはりお前は気づいていたのか。流石に勘が良すぎて恐ろしいな」
サーシャは、はははと声をあげて笑った。
「いくら調査しても、ディー神官を知るものは誰もおりませんでした。それにアンバー様から聞いた風貌などから普通の神官ではないと感じておりましたからな。治癒の力に長い髪は必須だと、それはどこの神殿でも共通でありましょう。まるで幻のようなノーマ神官と重なる違和感と言いましょうかな」
まあ諜報の経験値の差ですなと一笑した。
「仲直りはできましたかな」
「明日夜に会うことになった」
「これはこれは!逢引とは。さすがでございますな!」
なぜだか今回に関してはサーシャは嬉しそうだ。
アンバーは今日の淡々とことを進めるノーマ神官の姿を思い起こす。
全ては明日。
ノーマ神官に会ってからだ。
最近はこの時間によくここを通る。それはいつもこれくらいに『特別な治癒』による奉仕が終わるだからだ。
そしてノーマは今日、思いがけない人物と邂逅したことに思いを巡らせていた。
彼はわざわざ偽名を使い“ノーマ神官”に会いにきた。それはノーマ自身にとって思いも寄らない出来事だった。
彼はリニ神官の申し出を受けるとばかり思っていたし、それに寄付者の名前が偽名になっていた。
だから何にも思わず今日の奉仕の話を受けてしまったのだ。
彼に会うと心が乱れる。神に仕える神官には不必要な心だ。そう思っていた。
彼は魅力的な男だ。彼に会いたいと願い出す前にここで気持ちを止めたかった。
……だが、今日、奉仕の内容を知り彼はひどく怒っていた。
治癒もまともに行えなかったし、あの状況で彼ももうノーマを友人だ、なんて言うこともなくなるだろう。明日自分も名前を偽っていたことを詫び、もうそれで本当に終わりにすればいい。
ノーマの心の中は訳のわからない焦燥感と落胆とが目まぐるしくぶつかり合っていた。
「ノーマ神官」
回廊を抜け、神官の宿舎に辿り着くところで神官長に声を掛けられた。
ノーマはその場で膝を付き頭を下げる。
「今日は何人に特別な治癒を行ったのかね」
「……本日は三名です。神官長」
「もう少し人数を増やしなさい。まだ相手ができるだろう」
「しかし、これ以上は私の体が持ちません」
「はっ!お前も気持ちが良いだけであろう!?濃密に相手をし過ぎなのではないかね。今日はアンブリーテスとかいう者にえらくサービスしていたという話ではないか」
神官長は、にやにやといやらしい笑みを浮かべてノーマを見る。
「……」
「それにしてもあの男、アンブリーテスと名乗っていたようですが、本物ではないようですね。なんとも紛らわしい。我が神殿をお気に召していただけたのなら、今後の寄進も期待できそうだったのに。まあご本人であるならば寄進ではなく直接神殿へ言ってこられるか……」
神官長はボソボソと独言ると、目の前にノーマがいることを思い出し、こほんと咳払いをした。
「もう少し予定を調整するように」
「……はっ」
神官長が立ち去るとノーマは立ち上がった。そして宿舎には戻らず神殿の祈りの場に向かった。
『神の御心のために』
ここに来てからノーマは何度もこの言葉で自分を奮い立たせて来た。
そして心が潰れそうな時は、こうして神に祈る。
誰もいない広い祈りの場には、月明かりがステンドグラスを灯し、暗い床には色とりどりの絵画が浮かび上がっている。
ノーマはこの神殿で最も尊い神像の前に出ると、蝋燭に火を点す。
すると暗い室内に神像が淡く浮かび上がり、この場になんとも神々しく荘厳な空気が満ちあふれた。
そして光から身を逃すように一歩下がる。
誰もいないこの美しい場所で、ノーマは神の像に向かって膝を折り、祈りを捧げる。
「サスリーム神よ、あなたの慈悲がすべての者に届きますように」
△△△
アンバーは特別な治癒を終えると、神殿の塔から一人宿へ戻った。
『明日お会いできますか』という彼の言葉を反芻する。
彼の治癒は完璧で、腹の痛みはもう感じない。
今日の邂逅は驚きと呆れの両方をアンバーにもたらした。
明日はきっとディー、いやノーマ神官からあの不愉快な奉仕について、詳しい話が聞けるだろう。
全てはそこからだ。
「サーシャ!必要な説明を省いただろう!」
宿に戻るなり、寝台でのんびりと横になっていたサーシャに、アンバーは詰め寄った。
「はて。何か問題がありもうしたか」
サーシャは惚けた顔で問い返した。
「サーシャ」
アンバーがじろりと睨みつけると、サーシャが起き上がりニッと笑った。
「まあまあ、何とかなりましたでしょう?」
むうとアンバーは押し黙る。
「あの特別な治癒はいかがでありましたか。ノーマ神官殿の治癒は強烈だったで有りましょう」
確かに強烈だった。
サーシャが言っていた通り、確かに下半身にくる。あの熱はまだ燻ってはいるが、アンバーは今日は他の者を抱く気にはなれなかった。
「腹の痛みはもうない。……ノーマ神官殿の治癒は完璧であったな」
「ときに、ノーマ神官殿の正体もお分かりに?」
「サーシャ、やはりお前は気づいていたのか。流石に勘が良すぎて恐ろしいな」
サーシャは、はははと声をあげて笑った。
「いくら調査しても、ディー神官を知るものは誰もおりませんでした。それにアンバー様から聞いた風貌などから普通の神官ではないと感じておりましたからな。治癒の力に長い髪は必須だと、それはどこの神殿でも共通でありましょう。まるで幻のようなノーマ神官と重なる違和感と言いましょうかな」
まあ諜報の経験値の差ですなと一笑した。
「仲直りはできましたかな」
「明日夜に会うことになった」
「これはこれは!逢引とは。さすがでございますな!」
なぜだか今回に関してはサーシャは嬉しそうだ。
アンバーは今日の淡々とことを進めるノーマ神官の姿を思い起こす。
全ては明日。
ノーマ神官に会ってからだ。
2
※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる