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9 神殿への寄進
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「はははは!!主人殿にしては失策でしたな!」
アンバーがディー神官から拒絶された話を聞き、サーシャは腹を抱えて笑った。
「笑い過ぎだ」
「相手が悪うございましたな。それほど真面目なお方なら、距離を詰めるのが早すぎでしょうな」
そういってサーシャは旨そうに、酒を呑み干した。
サーシャは宣言通り二日後の夜には、ここサリトールに戻ってきた。
無事荷を確認し、また荒されない場所に荷を隠すと、必要な金銭だけを持ち帰ってきた。
彼は荷を確認するだけではなく、管理まで怠ることなくきっちり遂行して無事戻って来た。
従者であるサーシャがしっかり己の仕事をこなして帰ってきたというのに、主人のアンバーは何の収穫もなし。しかも懐柔するはずだったディー神官から、逆に拒絶されてしまうという何とも情けない結果で終わってしまった。
「しかしまさかアンバー様が振られるとは、これは傑作!」
サーシャは一仕事終えた後で、旨い酒の肴ができたと大喜びだ。
「別に振られた訳ではない」
「ははは! いやはや、一度見てみたかったですな。どのような男だったのか私めも興味がありますのう」
にやにやと笑いながら杯を傾けるサーシャに腹を立てつつも、もしかすると目敏いサーシャが彼を神殿で見ているやも知れぬと、アンバーはディー神官の特徴を述べた。
「神官にしては髪の短い、日に焼けた浅黒い肌の男だ。治癒の日の神殿でサーシャは見た覚えはあるか?」
「神官で日焼けした肌に短髪とは珍しいですなぁ」
ふむとサーシャはあの日のことを思い巡らしたが、短髪で浅黒い肌の神官など見た覚えはなかった。
「アンバー様よりも中で待つ時間は長くありましたが、そのような神官は見た記憶はありませんな。とはいえ、殆どの者はフードを被り、顔などよく見えませんでしたが」
確かにそうだ。あの日フードを取っていたのは、覚えているだけでもリニ神官のみ。
皆同じローブ姿で、フードで顔は殆ど見えない。あの中で見分けるのは、よほど懇意の相手でない限り至難の業だ。
それにディー神官はあまり表には出ないと言っていた。人がごった返したあの場にはいなかった可能性もある。
アンバーはふうと吐息すると頭を抱えた。
「未練がましいですな」
「言うな。殆ど会話をしておらんのに、別れ方が酷かったせいか、気になって仕方がない」
ふむと、サーシャが腕を組み何か思案する。
「次に会えるとすれば、『特別な治癒』ですかな。治癒の際に聞いてみれば宜しかろう」
神官を探すなら、神殿近くに張り込んで見張ってでもいればその内行き当たるだろうが、さすがのアンバーも、神殿で神官を付け回すような恥知らずにはなりたくなかった。
それにそんなことをしても彼のことだ、不審がって余計に逃げられるのではないだろうか。
そこはやはり当初の予定通り、正統な手順で特別な治癒を受け、そこでディー神官に取り次いで貰う方が話が早い。
もし取り次いでもらえないのなら、もうディー神官のことはこれきりで終いと、諦めれば良い。
「では、サーシャ。神殿に寄進を頼む。名前は、……そうだな。アンブリーテスで」
「その名前をお使いになるので?」
アンブリーテスの名を出すと、サーシャは目を丸くした。
アンブリーテスとはアンバーの正式名、すなわちアンブリーテス皇子の名だ。中央神殿のある国の皇子の名を、この街の神殿が知らぬ筈はない。
「アンバーだとリニ神官が怖い。それにまあアンブリーテスの名は牽制にもなるだろう」
「ははは!色男は大変ですのう! ではノーマ神官殿宛に寄進をして参りますかな。ついでに我が主人殿の愛しのディー神官殿の噂も聞いて参りましょう」
サーシャは豪快に笑って、胸を叩いた。
△△△
サーシャはあれからすぐに神殿へ金を寄進した。送り主はアンブリーテスで、受取人にはノーマ神官を指名。
一度だけではなく一定の額を定期的に寄進し、神殿の反応を待っていた。
さてどのように出るやらと、サーシャが楽しみにしていると、4回目の寄進でさり気なく札を渡された。
それは一見護符のような物だが、一週間後それを塔まで返納にきてくれという。その際『特別な治癒』をもって寄付の礼をするのだと。言わば札が引換券という訳だ。
これは釣れたなと、サーシャはさも楽しそうにほくそ笑んだ。
今回実は寄付した額はそれほど多くはなく、用意した金の半分ほどだ。思っていたよりも早く話が進んだのは、相手がアンブリーテスの名前の意味に気がついたのかもしれない。
そしてサーシャは、ディーやノーマについて、この特別な治癒とは何かについても、実は薄々気がついていた。
調べていくうちにまあ何となく勘付いた訳だが、主人であるアンバーには報告していない。
アンバーもそれとなしに気がついてはいるかと思うが、やはり自身で解決して頂くのが一番。主人の成長を見守るのも従者の役目。
というのは表向きで、普段滅多に見られぬアンバーが翻弄される姿を酒の肴にして楽しみたいだけである。
まあ特別な治癒についても、実はしっかり説明を受けたのだが、それも言うつもりはない。
1週間後の約束の日、
愉しんで来られよと、サーシャは内心ニヤつきながらアンバーに札を渡した。
アンバーがディー神官から拒絶された話を聞き、サーシャは腹を抱えて笑った。
「笑い過ぎだ」
「相手が悪うございましたな。それほど真面目なお方なら、距離を詰めるのが早すぎでしょうな」
そういってサーシャは旨そうに、酒を呑み干した。
サーシャは宣言通り二日後の夜には、ここサリトールに戻ってきた。
無事荷を確認し、また荒されない場所に荷を隠すと、必要な金銭だけを持ち帰ってきた。
彼は荷を確認するだけではなく、管理まで怠ることなくきっちり遂行して無事戻って来た。
従者であるサーシャがしっかり己の仕事をこなして帰ってきたというのに、主人のアンバーは何の収穫もなし。しかも懐柔するはずだったディー神官から、逆に拒絶されてしまうという何とも情けない結果で終わってしまった。
「しかしまさかアンバー様が振られるとは、これは傑作!」
サーシャは一仕事終えた後で、旨い酒の肴ができたと大喜びだ。
「別に振られた訳ではない」
「ははは! いやはや、一度見てみたかったですな。どのような男だったのか私めも興味がありますのう」
にやにやと笑いながら杯を傾けるサーシャに腹を立てつつも、もしかすると目敏いサーシャが彼を神殿で見ているやも知れぬと、アンバーはディー神官の特徴を述べた。
「神官にしては髪の短い、日に焼けた浅黒い肌の男だ。治癒の日の神殿でサーシャは見た覚えはあるか?」
「神官で日焼けした肌に短髪とは珍しいですなぁ」
ふむとサーシャはあの日のことを思い巡らしたが、短髪で浅黒い肌の神官など見た覚えはなかった。
「アンバー様よりも中で待つ時間は長くありましたが、そのような神官は見た記憶はありませんな。とはいえ、殆どの者はフードを被り、顔などよく見えませんでしたが」
確かにそうだ。あの日フードを取っていたのは、覚えているだけでもリニ神官のみ。
皆同じローブ姿で、フードで顔は殆ど見えない。あの中で見分けるのは、よほど懇意の相手でない限り至難の業だ。
それにディー神官はあまり表には出ないと言っていた。人がごった返したあの場にはいなかった可能性もある。
アンバーはふうと吐息すると頭を抱えた。
「未練がましいですな」
「言うな。殆ど会話をしておらんのに、別れ方が酷かったせいか、気になって仕方がない」
ふむと、サーシャが腕を組み何か思案する。
「次に会えるとすれば、『特別な治癒』ですかな。治癒の際に聞いてみれば宜しかろう」
神官を探すなら、神殿近くに張り込んで見張ってでもいればその内行き当たるだろうが、さすがのアンバーも、神殿で神官を付け回すような恥知らずにはなりたくなかった。
それにそんなことをしても彼のことだ、不審がって余計に逃げられるのではないだろうか。
そこはやはり当初の予定通り、正統な手順で特別な治癒を受け、そこでディー神官に取り次いで貰う方が話が早い。
もし取り次いでもらえないのなら、もうディー神官のことはこれきりで終いと、諦めれば良い。
「では、サーシャ。神殿に寄進を頼む。名前は、……そうだな。アンブリーテスで」
「その名前をお使いになるので?」
アンブリーテスの名を出すと、サーシャは目を丸くした。
アンブリーテスとはアンバーの正式名、すなわちアンブリーテス皇子の名だ。中央神殿のある国の皇子の名を、この街の神殿が知らぬ筈はない。
「アンバーだとリニ神官が怖い。それにまあアンブリーテスの名は牽制にもなるだろう」
「ははは!色男は大変ですのう! ではノーマ神官殿宛に寄進をして参りますかな。ついでに我が主人殿の愛しのディー神官殿の噂も聞いて参りましょう」
サーシャは豪快に笑って、胸を叩いた。
△△△
サーシャはあれからすぐに神殿へ金を寄進した。送り主はアンブリーテスで、受取人にはノーマ神官を指名。
一度だけではなく一定の額を定期的に寄進し、神殿の反応を待っていた。
さてどのように出るやらと、サーシャが楽しみにしていると、4回目の寄進でさり気なく札を渡された。
それは一見護符のような物だが、一週間後それを塔まで返納にきてくれという。その際『特別な治癒』をもって寄付の礼をするのだと。言わば札が引換券という訳だ。
これは釣れたなと、サーシャはさも楽しそうにほくそ笑んだ。
今回実は寄付した額はそれほど多くはなく、用意した金の半分ほどだ。思っていたよりも早く話が進んだのは、相手がアンブリーテスの名前の意味に気がついたのかもしれない。
そしてサーシャは、ディーやノーマについて、この特別な治癒とは何かについても、実は薄々気がついていた。
調べていくうちにまあ何となく勘付いた訳だが、主人であるアンバーには報告していない。
アンバーもそれとなしに気がついてはいるかと思うが、やはり自身で解決して頂くのが一番。主人の成長を見守るのも従者の役目。
というのは表向きで、普段滅多に見られぬアンバーが翻弄される姿を酒の肴にして楽しみたいだけである。
まあ特別な治癒についても、実はしっかり説明を受けたのだが、それも言うつもりはない。
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愉しんで来られよと、サーシャは内心ニヤつきながらアンバーに札を渡した。
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