9 / 68
9 神殿への寄進
しおりを挟む
「はははは!!主人殿にしては失策でしたな!」
アンバーがディー神官から拒絶された話を聞き、サーシャは腹を抱えて笑った。
「笑い過ぎだ」
「相手が悪うございましたな。それほど真面目なお方なら、距離を詰めるのが早すぎでしょうな」
そういってサーシャは旨そうに、酒を呑み干した。
サーシャは宣言通り二日後の夜には、ここサリトールに戻ってきた。
無事荷を確認し、また荒されない場所に荷を隠すと、必要な金銭だけを持ち帰ってきた。
彼は荷を確認するだけではなく、管理まで怠ることなくきっちり遂行して無事戻って来た。
従者であるサーシャがしっかり己の仕事をこなして帰ってきたというのに、主人のアンバーは何の収穫もなし。しかも懐柔するはずだったディー神官から、逆に拒絶されてしまうという何とも情けない結果で終わってしまった。
「しかしまさかアンバー様が振られるとは、これは傑作!」
サーシャは一仕事終えた後で、旨い酒の肴ができたと大喜びだ。
「別に振られた訳ではない」
「ははは! いやはや、一度見てみたかったですな。どのような男だったのか私めも興味がありますのう」
にやにやと笑いながら杯を傾けるサーシャに腹を立てつつも、もしかすると目敏いサーシャが彼を神殿で見ているやも知れぬと、アンバーはディー神官の特徴を述べた。
「神官にしては髪の短い、日に焼けた浅黒い肌の男だ。治癒の日の神殿でサーシャは見た覚えはあるか?」
「神官で日焼けした肌に短髪とは珍しいですなぁ」
ふむとサーシャはあの日のことを思い巡らしたが、短髪で浅黒い肌の神官など見た覚えはなかった。
「アンバー様よりも中で待つ時間は長くありましたが、そのような神官は見た記憶はありませんな。とはいえ、殆どの者はフードを被り、顔などよく見えませんでしたが」
確かにそうだ。あの日フードを取っていたのは、覚えているだけでもリニ神官のみ。
皆同じローブ姿で、フードで顔は殆ど見えない。あの中で見分けるのは、よほど懇意の相手でない限り至難の業だ。
それにディー神官はあまり表には出ないと言っていた。人がごった返したあの場にはいなかった可能性もある。
アンバーはふうと吐息すると頭を抱えた。
「未練がましいですな」
「言うな。殆ど会話をしておらんのに、別れ方が酷かったせいか、気になって仕方がない」
ふむと、サーシャが腕を組み何か思案する。
「次に会えるとすれば、『特別な治癒』ですかな。治癒の際に聞いてみれば宜しかろう」
神官を探すなら、神殿近くに張り込んで見張ってでもいればその内行き当たるだろうが、さすがのアンバーも、神殿で神官を付け回すような恥知らずにはなりたくなかった。
それにそんなことをしても彼のことだ、不審がって余計に逃げられるのではないだろうか。
そこはやはり当初の予定通り、正統な手順で特別な治癒を受け、そこでディー神官に取り次いで貰う方が話が早い。
もし取り次いでもらえないのなら、もうディー神官のことはこれきりで終いと、諦めれば良い。
「では、サーシャ。神殿に寄進を頼む。名前は、……そうだな。アンブリーテスで」
「その名前をお使いになるので?」
アンブリーテスの名を出すと、サーシャは目を丸くした。
アンブリーテスとはアンバーの正式名、すなわちアンブリーテス皇子の名だ。中央神殿のある国の皇子の名を、この街の神殿が知らぬ筈はない。
「アンバーだとリニ神官が怖い。それにまあアンブリーテスの名は牽制にもなるだろう」
「ははは!色男は大変ですのう! ではノーマ神官殿宛に寄進をして参りますかな。ついでに我が主人殿の愛しのディー神官殿の噂も聞いて参りましょう」
サーシャは豪快に笑って、胸を叩いた。
△△△
サーシャはあれからすぐに神殿へ金を寄進した。送り主はアンブリーテスで、受取人にはノーマ神官を指名。
一度だけではなく一定の額を定期的に寄進し、神殿の反応を待っていた。
さてどのように出るやらと、サーシャが楽しみにしていると、4回目の寄進でさり気なく札を渡された。
それは一見護符のような物だが、一週間後それを塔まで返納にきてくれという。その際『特別な治癒』をもって寄付の礼をするのだと。言わば札が引換券という訳だ。
これは釣れたなと、サーシャはさも楽しそうにほくそ笑んだ。
今回実は寄付した額はそれほど多くはなく、用意した金の半分ほどだ。思っていたよりも早く話が進んだのは、相手がアンブリーテスの名前の意味に気がついたのかもしれない。
そしてサーシャは、ディーやノーマについて、この特別な治癒とは何かについても、実は薄々気がついていた。
調べていくうちにまあ何となく勘付いた訳だが、主人であるアンバーには報告していない。
アンバーもそれとなしに気がついてはいるかと思うが、やはり自身で解決して頂くのが一番。主人の成長を見守るのも従者の役目。
というのは表向きで、普段滅多に見られぬアンバーが翻弄される姿を酒の肴にして楽しみたいだけである。
まあ特別な治癒についても、実はしっかり説明を受けたのだが、それも言うつもりはない。
1週間後の約束の日、
愉しんで来られよと、サーシャは内心ニヤつきながらアンバーに札を渡した。
アンバーがディー神官から拒絶された話を聞き、サーシャは腹を抱えて笑った。
「笑い過ぎだ」
「相手が悪うございましたな。それほど真面目なお方なら、距離を詰めるのが早すぎでしょうな」
そういってサーシャは旨そうに、酒を呑み干した。
サーシャは宣言通り二日後の夜には、ここサリトールに戻ってきた。
無事荷を確認し、また荒されない場所に荷を隠すと、必要な金銭だけを持ち帰ってきた。
彼は荷を確認するだけではなく、管理まで怠ることなくきっちり遂行して無事戻って来た。
従者であるサーシャがしっかり己の仕事をこなして帰ってきたというのに、主人のアンバーは何の収穫もなし。しかも懐柔するはずだったディー神官から、逆に拒絶されてしまうという何とも情けない結果で終わってしまった。
「しかしまさかアンバー様が振られるとは、これは傑作!」
サーシャは一仕事終えた後で、旨い酒の肴ができたと大喜びだ。
「別に振られた訳ではない」
「ははは! いやはや、一度見てみたかったですな。どのような男だったのか私めも興味がありますのう」
にやにやと笑いながら杯を傾けるサーシャに腹を立てつつも、もしかすると目敏いサーシャが彼を神殿で見ているやも知れぬと、アンバーはディー神官の特徴を述べた。
「神官にしては髪の短い、日に焼けた浅黒い肌の男だ。治癒の日の神殿でサーシャは見た覚えはあるか?」
「神官で日焼けした肌に短髪とは珍しいですなぁ」
ふむとサーシャはあの日のことを思い巡らしたが、短髪で浅黒い肌の神官など見た覚えはなかった。
「アンバー様よりも中で待つ時間は長くありましたが、そのような神官は見た記憶はありませんな。とはいえ、殆どの者はフードを被り、顔などよく見えませんでしたが」
確かにそうだ。あの日フードを取っていたのは、覚えているだけでもリニ神官のみ。
皆同じローブ姿で、フードで顔は殆ど見えない。あの中で見分けるのは、よほど懇意の相手でない限り至難の業だ。
それにディー神官はあまり表には出ないと言っていた。人がごった返したあの場にはいなかった可能性もある。
アンバーはふうと吐息すると頭を抱えた。
「未練がましいですな」
「言うな。殆ど会話をしておらんのに、別れ方が酷かったせいか、気になって仕方がない」
ふむと、サーシャが腕を組み何か思案する。
「次に会えるとすれば、『特別な治癒』ですかな。治癒の際に聞いてみれば宜しかろう」
神官を探すなら、神殿近くに張り込んで見張ってでもいればその内行き当たるだろうが、さすがのアンバーも、神殿で神官を付け回すような恥知らずにはなりたくなかった。
それにそんなことをしても彼のことだ、不審がって余計に逃げられるのではないだろうか。
そこはやはり当初の予定通り、正統な手順で特別な治癒を受け、そこでディー神官に取り次いで貰う方が話が早い。
もし取り次いでもらえないのなら、もうディー神官のことはこれきりで終いと、諦めれば良い。
「では、サーシャ。神殿に寄進を頼む。名前は、……そうだな。アンブリーテスで」
「その名前をお使いになるので?」
アンブリーテスの名を出すと、サーシャは目を丸くした。
アンブリーテスとはアンバーの正式名、すなわちアンブリーテス皇子の名だ。中央神殿のある国の皇子の名を、この街の神殿が知らぬ筈はない。
「アンバーだとリニ神官が怖い。それにまあアンブリーテスの名は牽制にもなるだろう」
「ははは!色男は大変ですのう! ではノーマ神官殿宛に寄進をして参りますかな。ついでに我が主人殿の愛しのディー神官殿の噂も聞いて参りましょう」
サーシャは豪快に笑って、胸を叩いた。
△△△
サーシャはあれからすぐに神殿へ金を寄進した。送り主はアンブリーテスで、受取人にはノーマ神官を指名。
一度だけではなく一定の額を定期的に寄進し、神殿の反応を待っていた。
さてどのように出るやらと、サーシャが楽しみにしていると、4回目の寄進でさり気なく札を渡された。
それは一見護符のような物だが、一週間後それを塔まで返納にきてくれという。その際『特別な治癒』をもって寄付の礼をするのだと。言わば札が引換券という訳だ。
これは釣れたなと、サーシャはさも楽しそうにほくそ笑んだ。
今回実は寄付した額はそれほど多くはなく、用意した金の半分ほどだ。思っていたよりも早く話が進んだのは、相手がアンブリーテスの名前の意味に気がついたのかもしれない。
そしてサーシャは、ディーやノーマについて、この特別な治癒とは何かについても、実は薄々気がついていた。
調べていくうちにまあ何となく勘付いた訳だが、主人であるアンバーには報告していない。
アンバーもそれとなしに気がついてはいるかと思うが、やはり自身で解決して頂くのが一番。主人の成長を見守るのも従者の役目。
というのは表向きで、普段滅多に見られぬアンバーが翻弄される姿を酒の肴にして楽しみたいだけである。
まあ特別な治癒についても、実はしっかり説明を受けたのだが、それも言うつもりはない。
1週間後の約束の日、
愉しんで来られよと、サーシャは内心ニヤつきながらアンバーに札を渡した。
4
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説


【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる