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6 宿屋でのトラブル
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アンバーが宿に戻った頃にはもう日は沈み、街は日の光の代わりにランプの灯りが煌々と照らしていた。
さすがのサーシャも戻っているだろう。戻っていたら宿の者に旨い店を聞いて飯に行こうと考えながら、宿の入口をくぐると、何やら揉めている声が耳に入った。
声の方を見やると、受付の前で仏頂面で腕を組み相手を睨み据えるサーシャがいた。声を荒げているのはサーシャではなく、その目の前の男だ。
仁王立ちのまま黙って相手を見据えるサーシャに、男は今にも掴みかからんばかりの勢いだ。自分よりも遥かに大きなサーシャに向かって行くとは、なんと命知らずか。
こんな面白いもの見逃してはなるものかと、アンバーがいそいそと近寄ると、気配を察したサーシャが振り返った。
「これは主人殿。良い所に」
「何があった?」
「神殿で我等が不正を働いたと、この男が難癖をつけてきましてな」
こそこそとサーシャがアンバーに耳打ちをするが、それも男は気に入らなかったらしい。
「おい! そっちの男もそうだろう! 皆が待っているのに、それを無視して横入りしやがって! 俺達は何日も前から予約をするためにここに泊まっていたんだ!」
「ふむ」
どうやらリニ神官が融通をきかせたことが問題になっているらしい。
おそらくアンバー達が案内された時、この男は待機の列にでもいて、一部始終を見ていたのだろう。
だが不正と言われても何もしておらぬのだから、言いがかりでしかない。
「不正とはなんだ。俺達は普通に神殿で予約をして、神官殿に案内されただけだ」
「嘘だ! お前等はここに来たばかりなのに、そんなに早く予約が通る筈がない! 神官を金で買収して横入りをしたんだろう!!」
男は二人が不正を働いたと思い込んでいる。
「我らはリニ神官殿にお誘いを受け、治癒をして頂いたに過ぎぬ。言い掛りはよして頂こう」
サーシャがギロリと目を眇め、睨みをきかせた。
「リニ神官に裏で金を握らせたに違いない!!」
「なんと無礼な。それでは我らではなくリニ神官を貶めることになりますぞ。口は慎みられよ」
サーシャが男の物言いを咎めると、さすがの男もぐっと口を噤んだ。
これ以上の反論は分が悪いと悟ったのか、男はちっと舌打ちをし、謝罪もせず部屋へ戻って行った。
「やれやれですな。言いがかりも甚だしい。折角好い気分であったのに台無しですな」
嘆息するサーシャと共に部屋へ戻ろうとすると、店の主人に呼び止められた。
「申し訳ございません、お客人方。広い部屋が空きそうなので、明日にでも部屋をお取替えいたします」
何事かとアンバーが主人の顔を見ると、これまでにないくらいの愛想笑いを顔に貼り付けている。
「リニ神官様のお知り合いとは存じ上げませんでした。本日はもう遅いので、明日すぐにお部屋をご用意致します」
なるほど。リニ神官の名前をだすと風向きが変わった。
隣でサーシャも意味ありげにこちらを見ている。
「そうか、それならば宜しく頼む」
明日は風呂付きのひろい部屋に移動できるらしい。もうあの風呂屋には行きたくなかったので、風呂付きに移れるのは助かる。
どうやら来た当初のボロを纏った姿から見下され、わざと下位の狭い部屋に通したのだろう。
最初からリニ神官に勧められたと言っておけば、こんな狭い部屋に押し込められなかったのかもしれないと思うと、腹正しさを通り越して呆れてしまう。
リニ神官からしてみれば、自分の勧めで来た客は手厚くもてなすと思っていたのだろうが、客層もあまり良くない上、この対応だ。 大きな宿としての品位が、あまりにもなさすぎる。
品位がない。
これはリニ神官と面したときのアンバーの感想でもある。
美しく取り繕ってはいるが、神官としてはあまりに俗物的で、不快感すらあった。
この街は立派に見えて、中身はまるで張りぼてのようにスカスカだ。
それはまるであのきらきらと光る神殿そのものだと、アンバーは思った。
あの浮華の神殿で、ディー神官殿は何を思い神に祈るのだろうか。
「サーシャ、今日こそ夕餉を食べに参ろうか」
「そうですな。今日は酒しか口に入れてはおりませぬから、旨いものが食べとうございますな」
「なんだ、もう呑んでいるのか」
「これは口が滑りましたな」
アンバーが咎めると、サーシャがはははと誤魔化し豪快に笑った。
自分たちにまとわりつく周囲の視線など物ともせず、二人は宿を後にした。
さすがのサーシャも戻っているだろう。戻っていたら宿の者に旨い店を聞いて飯に行こうと考えながら、宿の入口をくぐると、何やら揉めている声が耳に入った。
声の方を見やると、受付の前で仏頂面で腕を組み相手を睨み据えるサーシャがいた。声を荒げているのはサーシャではなく、その目の前の男だ。
仁王立ちのまま黙って相手を見据えるサーシャに、男は今にも掴みかからんばかりの勢いだ。自分よりも遥かに大きなサーシャに向かって行くとは、なんと命知らずか。
こんな面白いもの見逃してはなるものかと、アンバーがいそいそと近寄ると、気配を察したサーシャが振り返った。
「これは主人殿。良い所に」
「何があった?」
「神殿で我等が不正を働いたと、この男が難癖をつけてきましてな」
こそこそとサーシャがアンバーに耳打ちをするが、それも男は気に入らなかったらしい。
「おい! そっちの男もそうだろう! 皆が待っているのに、それを無視して横入りしやがって! 俺達は何日も前から予約をするためにここに泊まっていたんだ!」
「ふむ」
どうやらリニ神官が融通をきかせたことが問題になっているらしい。
おそらくアンバー達が案内された時、この男は待機の列にでもいて、一部始終を見ていたのだろう。
だが不正と言われても何もしておらぬのだから、言いがかりでしかない。
「不正とはなんだ。俺達は普通に神殿で予約をして、神官殿に案内されただけだ」
「嘘だ! お前等はここに来たばかりなのに、そんなに早く予約が通る筈がない! 神官を金で買収して横入りをしたんだろう!!」
男は二人が不正を働いたと思い込んでいる。
「我らはリニ神官殿にお誘いを受け、治癒をして頂いたに過ぎぬ。言い掛りはよして頂こう」
サーシャがギロリと目を眇め、睨みをきかせた。
「リニ神官に裏で金を握らせたに違いない!!」
「なんと無礼な。それでは我らではなくリニ神官を貶めることになりますぞ。口は慎みられよ」
サーシャが男の物言いを咎めると、さすがの男もぐっと口を噤んだ。
これ以上の反論は分が悪いと悟ったのか、男はちっと舌打ちをし、謝罪もせず部屋へ戻って行った。
「やれやれですな。言いがかりも甚だしい。折角好い気分であったのに台無しですな」
嘆息するサーシャと共に部屋へ戻ろうとすると、店の主人に呼び止められた。
「申し訳ございません、お客人方。広い部屋が空きそうなので、明日にでも部屋をお取替えいたします」
何事かとアンバーが主人の顔を見ると、これまでにないくらいの愛想笑いを顔に貼り付けている。
「リニ神官様のお知り合いとは存じ上げませんでした。本日はもう遅いので、明日すぐにお部屋をご用意致します」
なるほど。リニ神官の名前をだすと風向きが変わった。
隣でサーシャも意味ありげにこちらを見ている。
「そうか、それならば宜しく頼む」
明日は風呂付きのひろい部屋に移動できるらしい。もうあの風呂屋には行きたくなかったので、風呂付きに移れるのは助かる。
どうやら来た当初のボロを纏った姿から見下され、わざと下位の狭い部屋に通したのだろう。
最初からリニ神官に勧められたと言っておけば、こんな狭い部屋に押し込められなかったのかもしれないと思うと、腹正しさを通り越して呆れてしまう。
リニ神官からしてみれば、自分の勧めで来た客は手厚くもてなすと思っていたのだろうが、客層もあまり良くない上、この対応だ。 大きな宿としての品位が、あまりにもなさすぎる。
品位がない。
これはリニ神官と面したときのアンバーの感想でもある。
美しく取り繕ってはいるが、神官としてはあまりに俗物的で、不快感すらあった。
この街は立派に見えて、中身はまるで張りぼてのようにスカスカだ。
それはまるであのきらきらと光る神殿そのものだと、アンバーは思った。
あの浮華の神殿で、ディー神官殿は何を思い神に祈るのだろうか。
「サーシャ、今日こそ夕餉を食べに参ろうか」
「そうですな。今日は酒しか口に入れてはおりませぬから、旨いものが食べとうございますな」
「なんだ、もう呑んでいるのか」
「これは口が滑りましたな」
アンバーが咎めると、サーシャがはははと誤魔化し豪快に笑った。
自分たちにまとわりつく周囲の視線など物ともせず、二人は宿を後にした。
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