神官の特別な奉仕

Bee

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2 宿屋にて

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「何? 今日は空きがないだと?」


 リニ神官に教えて貰った宿屋の受付で、サーシャが驚き目を見開いたまま、声を荒らげた。


「そんなに盛況なのか、この街は」
「申し訳ありません、旅の方。もう予約でいっぱいでして。本日はもう空きがないのでございます」


 宿の主人も申し訳無さそうな顔で二人を見た。


「なぜこんなに盛況なのだ? やはり治癒の順番待ちか?」


 部屋がいっぱいなら仕方がないと、諦めた様子でサーシャが尋ねた。


「はぁ、左様でございます。皆様神殿での治癒の順番待ちをされているのです。神殿の治癒は直接予約をしなければなりませんので、まずは街に入られて長逗留されるのが常でして」
「そんなになのか!」


 サーシャの呆れたような声が響く。
 街の者が言っていた通り、どうやらここの神殿での治癒は、相当有名らしい。
 皆それ目当てで訪れ、長く順番待ちをしているから宿も絶えずいっぱいだと言うことか。


「諦めて帰られる方もいらっしゃるのですが、本日はそういったキャンセルもございませんね」


 それは困った。ここはこの辺では一番大きい宿屋らしい。ならば他の宿でもなかなか空きはないだろう。

 どうすべきかサーシャと顔を見合わせたところで、宿の者が主人に耳打ちをした。

「お客人、狭い一人部屋でございますが一室用意ができそうです。改装前の古い部屋で、今は物置として使っている部屋ですが、掃除は済んでおります。お二人には窮屈かとは存じますが、そちらでも宜しければご用意できます」


 聞くと寝台はあるが一台のみで、一人は床に布団を直に敷いて寝ることになるようだ。
 部屋代も安く、一人分のみで良いということで、部屋が空き次第優先的に移動させて貰うことを条件に借りることにした。

 通された部屋は、思ったよりも綺麗に掃除され悪くはなかったが、いかんせん狭い。
 武人でもある体の大きなサーシャと並んで座るともういっぱいであった。


「これは狭苦しいですな」


 サーシャも苦笑し、どっかりと床に腰をおろす。備え付けの椅子は邪魔なので下げて貰った。


「まあ野宿よりはマシだがな」


 アンバーがそう言うと、サーシャも同意した。

 こうして座り込むといかに疲れていたかが分かる。もう動くのも億劫だが、この垢まみれの体をどうにかしなければ、布団に入ることも憚られる。


「サーシャ、俺は風呂にいくぞ」
「我もお供いたします。では宿の主人に風呂の場所を聞いて参りましょう」


 サーシャが風呂屋の場所を聞いて戻ると、二人は宿の外に出た。





   △△△





「兄さんたち、傷だらけだがいい体だね。武人かい?」


 風呂屋の洗い場で体を洗い、ゆったりと湯に使っていると見知らぬ男がアンバーに声をかけた。


「まあ、そんなところだ」
「ここは貴族みたいな金持ちが来ることが多いもんで、兄さんたちみたいな旅のモンが来るのは珍しいんだよ」
「そうなのか」


 そう言いながら男はアンバーの体をジロジロと不躾に見てくる。

 その男から視線を逸らすように体の向きを変え、周囲を見渡すと、確かに男が言うようにこちらに衆目が集まっていた。

 なるほど、たしかに自分達のような筋骨隆々とした逞しい男は見当たらない。それにここでは珍しい自分たちのこの褐色の肌も、注目を浴びる原因か。


「アンバー様、なんだか少々居心地が悪うございますな」


 さすがのサーシャも自身の裸体に注がれる人々の目に嫌気がさしたようだ。
 これではまるで視姦でもされているかのようで、まったくもって落ち着かない。


「ふむ、さっさとあがるか」


 久々の湯に長湯を決めたかったが、これだけ居心地が悪いと退散したくもなる。

 ザバリと湯からあがると、その鍛え抜かれ隆々とした筋肉を見せつけるように、二人は前も隠さず堂々と湯殿から出た。




 宿へ戻ると宿の主人からサービスと称して、果実酒が部屋に用意されていた。
 この街で造られたもので、土産としても人気があるのだという。そして酒のつまみまでもが提供された。


「ほう、酒とは気が利きますな」


 酒好きのサーシャが、すぐに果実酒を手に取る。


「アンバー様、せっかくなので頂こうではありませんか」


 もう手には杯が用意されている。


「ああ、そうだな。今日は酒でも飲んで寝るか」


 今日は散々だったとアンバーは振り返った。宿でも風呂屋でも。 酒でも飲んで気持ちよくなって眠るのが一番良い。

 そう思っていると、サーシャが従者のくせして、主人を差し置き先に杯を煽り、「これは酸っぱい!」と声をあげた。

 相当酸っぱかったのか眉間に皺を寄せ、仏頂面がしわしわになるほど顔をしかめる。


「こりゃ酸っぱすぎるぞ」
「そんなにか」


 アンバーも試しに飲むが、サーシャの言った通りかなり酸っぱい。口直しにと思わずつまみに手を伸ばした。


「サーシャ、この果実を食べると酸っぱさも和らぐぞ」


 つまみの中に甘く漬けた果実があったが、これがどうやら酒の酸味と相性が良いらしい。

 こうやって食べ合わせの良いものが出てくるのはいいが、つまみでごまかすのではなく、酒の味自体を改善すべきだろうと、アンバーは酸っぱい酒を煽った。

 大きく立派な街だと思ったが、街の者の様子といい、案外見てくれだけで中身のない街なのかもしれんなと、アンバーは眉をひそめた。
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