神官の特別な奉仕

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1 プロローグ/サリトールの街

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 ————ここを訪れたのは本当に偶然だった。



「ノーマ神官様!本日は宜しくお願い致します!多額の寄付を何度も続けた甲斐がございました」


 ここはサリトールの街にある神殿の塔の一室。
 そこは宿泊施設でもないにも関わらず、中央に大きな寝台が備え付けられ、神殿の中でも異様な雰囲気を醸し出していた。

 そこでそわそわと落ち着きなく待っていた男は、扉が開くと嬉しげに口元に笑みを浮かべ、部屋に入ってきた神官に歩み寄る。


「此度は多額のご寄付をありがとうございます。神殿を代表しお礼の————」
「ああ、もう挨拶はよろしいので、早う奉仕を!」


 男はいてもたってもいられないのか、神官の手を取ると寝台へ導く。


「————では始めさせて頂きます」


 ノーマと呼ばれた神官は、男を寝台の縁に座らせると、フードを深く被ったまま何の表情も浮かべぬまま男の顔に顔を寄せた————。




     △△△




 大きな荷物を背中に背負い、腰に帯剣をした大柄な男が二人、山道を急ぎ歩いていく。

 彼らは長い旅を終え、自国へ戻る途中、近道にと選んだ山中で盗賊に襲われた。二人で何とか仕留めたのはいいが、せっかく雇ったポーターと案内人を失うことになった。


 土地勘がなく、二人でさ迷いながらも途中鄙びた山村で街に向かう道を聞き、ようやく今開けた場所にまで辿り着いた。

 断崖からは、眼下に山々に囲まれた美しい街が広がる。


「アンバー様、ここからの眺めは素晴らしいですな」
「ああ、とてもよい景色だ」


 二人は木に手を掛け、街を上から確認するように眺めると、安堵したようにひと息ついた。


 アンバーとその従者として付き添うサーシャは、国では皇子と兵士、また血のつながった兄弟とも言える間柄ではあったが、今はその身分を隠し名家の主人と従者と肩書を偽り旅をしていた。


 皇子ともなれば、大名行列のごとく侍従などを引き連れての巡行が当然だが、今回の旅は非公式であり、また同行するサーシャは国では神兵の隊を率いる隊長職を担うほど腕が立つ。
 そのため他に共はつけず、途中人を雇いつつ最低限の人数でここまで来たのだが、今回ばかりは参ってしまった。

 このまま戻るにしても国はまだ遠く、一度どこか町にでも寄り体勢を立て直さなければ、ここから先はかなり厳しい。

 そこで山の民から聞いたサリトールとかいう大きな街を目指して進んでいたのだが、教えられた道はあまりにも険しく、本当にその街へ辿り着けるのかと不安ではあったが、無事ここまで来られてアンバーは安堵した。



 眼下に広がるサリトールの街は、家々が賽の目のように綺麗に並び、こんな辺鄙な場所に違和感を覚えるほどに整然と美しい街だった。

 街の中央には、塔のある大きな建物が見える。あれが街のシンボルだろうか。
 アンバーは一際目立つ建物に注目した。日を反射する建材でも使っているのか、そこだけがやけにきらきらと光を纏っていた。

 これだけ規模のでかい街だ。ここならばうまい飯と良い宿にありつけそうだ。


「ここから下に降れば、あの街に着くようだな。今日は宿に泊まれるぞ。サーシャ」
「それはよろしいですな」


 断崖から街の方へと続く道を確認すると、普段むっつりと仏頂面のサーシャも、さすがに嬉しげな様子で頷いてみせた。



 盗賊に襲われた際、殺されてしまったポーターが背負っていた荷は山中に隠し、最低限持てるだけの荷でここまで辿り着いたのだ。
 サリトールは本来寄る予定の街ではなかったが、これでようやく温かい飯にありつける。

 疲れた体に鞭打って、転がり落ちないように注意しつつ、二人は山道を下った。



     △△△



「これは、想像以上に賑やかな街ですな」


 二人は街に入った早々、人の多さに息を呑んだ。
 まさかこんなに栄えた街が、辺鄙な山間にあるとは。


 断崖の道を下りてここまで来たのだが、街道に出るまで人とすれ違うこともなかった。だが街に入った途端、どこから湧いたのかと驚くほど人が溢れており、サーシャが思わず感嘆の声をあげるほどだ。


「もし、旅の方ですか」


 キョロキョロと物珍しく周囲を見回していると、背後からいきなり声をかけられた。
 声の方に振り向くと、白い神官服に長いローブを着た集団が立っており、その中のひとりが微笑みながらこちらを見ていた。


「ああ、今この街に着いたばかりだ」
「左様ですか。今晩の宿はもうお決めで?」
「いや、まだどこにも決めてはいない」
「ならばこの先にある鳥の看板が目印の宿がおすすめですよ。この街で一番大きな宿ですから、今の時間でもまだ空きがあるでしょう」


 そこ以外宿に空きがないかもしれないと聞き、驚いたサーシャが問い返した。


「今日は祭りでもあるのか?」
「はて?」
「いや、やけに人が多いからな。宿に空きがない程盛況とは、何か祭りでもあるのではと思ったのだが」


 こんな事を聞けば、何も知らぬ余所者がと馬鹿にされるかと思ったが、声をかけてきた神官は特に気にした風でもなく、「ここはいつもこうなのですよ」とさらりと答えた。


「この街は栄えているのだな」


 サーシャがさらに驚いていたが、神官はそれに答えるでもなくにこりと笑った。


「お疲れのご様子。神殿で癒しも行っておりますので、ぜひいらして下さい」
「神殿?」
「あの塔がある所ですよ」


 神官が指をさした先には、あのきらきらと光り輝く塔が見えた。

 あれが神殿だったのか。
 我が国の神殿の如く立派だ。

 故郷の神殿と比較し、アンバーは舌を巻いた。


 まあこれだけの人だ、信者の数も多いのだろう。信者が多ければ寄付も多い。立派な建物はその証と言えよう。


「神殿の治癒のことか。ああ、また寄らせて貰う」


 ちょうど盗賊から受けた傷が治りきらず、長引いていたところだ。
 神殿の治癒なら治りも早いだろう。


「では」


 神官は優雅にお辞儀をすると、裾の長いローブを翻し、神殿に向かって去っていった。


「珍しいな神官様方が勢揃いだ」
「ノーマ様だ」
「ノーマ様もいらっしゃる」


 周囲の人々が去りゆく集団を目で追いつつ、ノーマという人物の名を口々に囁いていた。


「ノーマ様?」


 サーシャが隣にいた男に聞いた。


「兄さん達、ノーマ神官様に会いに来たのではないんかい?」
「いや、ここには偶然来たんだ。どの方だ? 先程のお人か?」
「いや、さっきの方はリニ神官様だ。ノーマ神官様はあのリニ神官様と同じローブのフードを被った方だよ」
「有名な方なのか?」
「旅の方、本当に何も知らずにここに来たんだね!」


 何も知らないサーシャに男は目を丸くした。


「ここでノーマ神官様の名を知らない人なんかいないくらい有名さ。ノーマ神官様は治癒のお力がとても強くて、みんなその治癒が目当てで集まっているんだよ。おかげで街に滞在する人が増えて、この有様さ」
「なるほど。しかしその治癒の力はそんなにすごいのか?」
「そりゃ、小さな町をここまで立派にしたくらいだからね。ノーマ神官様の治癒は特別だから、寄付も多額で治癒も順番待ちさ」


 ここではそのノーマとかいう神官の力が観光資源みたいなものだろう。神官の力に付加価値を付けて売り込むとは。我が国の神官長が聞いたら泡を吹きそうな話だ。

だが逆にそれが興味をそそった。
そんなに人々を夢中にさせる治癒力ならば、一度試してみたくなる。

ここにいる間、サーシャと試す価値はあるかもしれぬとアンバーは思った。


だが今はそれよりも寝る所だ。


「サーシャ、宿をとりに行くぞ」
「はっ」


そろそろ日が暮れる。もう宿に行かねば満室でなくとも、受付も閉まってしまうかもしれない。

二人は神官に紹介された宿に行くことにした。
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※現在、コウとセイドリックの話『失恋した神兵はノンケに恋をする』を新作として公開しています。閑話コウの受難の続きでセイドリック視点で始まります。コウの受難の続きが気になっていた方がいればぜひ。
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