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11 ブライズ、バドに会う

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 ブライズは暗い室内に呆然と1人座っていた。

 石造りの壁の小さな明り取りの窓からは、月明かりなのか白くて淡い光が差し、床に光と影を作っている。

 塔の中はあっけないほど狭く、すぐに見渡せるほどの広さだ。

 いくら目をこすっても、無限かのごとく広がっていた迷宮も不気味なモンスターももういない。

 そしてブライズのすぐ近く、手が届くところに迷宮で失くしたはずの鞄や毛布が落ちているのが見えた。


————迷宮は解除された!


 ブライズは勢いよく立ち上がった。

 この腕輪が解除キーだったんだ!


 この腕輪を痛いからと外しはしたものの、バドのためにと持ってきておいて良かったと、心から自分に感謝した。

 鞄を拾い、剣を鞘にしまうと、階段に向かう。

 そう、階段も普通に壁に沿って作りつけられていたのだ。ただ迷宮のせいで隠れて見えなくなっていただけ。

 ブライズは幅の狭い石の階段を一歩一歩ゆっくりと進む。

 下からはあれほど高く見えた天井を難なくくぐり抜け、次の階へ移る。

 何も手を加えられていないむき出しの石の床のフロアが続き、本当にバドのいる部屋に辿り着くのかやや不安にはなるが、明り取りの窓からのぞく景色はどんどん高くなり、自分が登った木の高さと同じくらいにまで上がってきた。


 もうすぐ、もうすぐだ!!


 この上にバドがいる! そう思うと顔がニヤけて止まらない。


 バドは自分を受け入れてくれるだろうか。自分を見てがっかりしやしないだろうか。

 いらぬ心配が頭をよぎり、心臓がばくばくと音を立てる。


 ここは何階になるのだろうか、そろそろかと思いつつ同じような天井の穴をくぐり抜けると、そこは今までとはまったく違う————どこかの豪邸の1室にでも転移してしまったのかと慌ててしまうほど整えられたフロアが目の前に広がっていた。

 貴族の豪邸にでも使われていそうな白く艷やかな石の床に、細かい植物の絵が描かれた上品な壁紙。そして正面には、金の装飾が施された立派な扉がブライズを待ち構えていた。


 たぶん、このドアの向こうにバドがいる。

 絶対にそうだ。


 ブライズの心臓は早鐘のように鳴り続け、音が大きすぎて耳がうるさい。

 汗をかいた手を上着に擦り、ブライズは乱れた髪を整えた。

 そして大きく深呼吸をして、ドアノブに手をかける。



 ガチャリ

 鍵はかけられていない。
 押すと、なんの抵抗もなく、キーと音を立ててドアが開いた。

 扉の隙間から、なんとも甘い匂いが流れ込み、大きく扉を開放すると匂いは強くなりブライズは一瞬クラリとめまいがしたように感じた。


「……ブライズ?」


 窓のそばの椅子に腰掛けた人物が立ち上がった。


 ————バドだ!! バドが名前を呼んでくれた!


「あ、あの、バド?……時間がかかってごめん……」


 挨拶をしようと思っているのに、バドの容姿のほうに気持ちがいってしまう。

 肩までの流れるような金の髪に、大きな紫の瞳。極端に丈の短いふわふわのレースのワンピースからは、細く長い手足が覗いている。


 か、かわいい……


 まだ言葉を続けようとしたのに、ブライズからは言葉が途切れ、体は固まったまま動けなくなってしまった。

 最初に会った時は、男らしく騎士の礼をとり、恰好良く挨拶をする予定だったのに、肝心なときに言葉が出ない自分が情けない。


「ブライズ! おめでとう! 迷宮を攻略したんだね!」


 バドはワンピースをふわふわと翻しながら嬉しそうに走り寄り、ブライズの首に抱きついてきた。

 ブライズの鼻に、芳しい甘い香りが漂い、サラサラの髪が肌を流れる。



 これはもうだめだ。



「ちょ、ちょっと離れて」


 ブライズは顔を背けてバドを押し返した。押し返した肌の感触すら悩ましい。


「あ、ご、ごめんね。どこか痛いの? 迷宮で怪我したの? それとももしかしておれ、ブライズの好みのタイプじゃなかった? がっかりさせちゃったのかな」


 バドが悲しそうに眉根を下げるのを見て、ブライズは慌てて否定をする。


「いや、いやそうじゃないんだ」


 そう言いつつ、顔に手をやり、あらためて上から下までバドを凝視する。


 美しい艷やかな金髪に、まつげバシバシの大きな瞳。

 唇は小さくてピンクの蕾のようで、その口元には細く白い指が添えられている。

 体つきは細く、中性的で、少女のようであり未発達の少年のようにもみえる。

 肌の透けたレースのワンピースからは、下着がモロ透けて見え、その下から覗く太ももはややむっちりといやらしく、足首は折れそうなほど細い。


「あ、あのその服はどーなってるんだ」


 ブライズは透けたレースのワンピースから目が離せない。


「あ、これ? ブライズ嫌いだった? 好きかなーと思ったんだけど」


 ヒョイと裾を持ち上げると、レースに覆われ少しこんもりとした股間が目に入る。


「!!!」


 ブライズは耐えられずうずくまった。


「え? あ、ほんと、だめだった? おれでごめんね」

「………………い」


 ブライズが小さい声で何か言ったのを、バドが聞き返した?


「ん?」

「……股間が痛い」




△△△





 バドにはちょっと離れて貰って、ブライズはなんとか張り裂けそうだった股間を落ち着けた。

 少しでもバドを見ると昂ぶってしまうので、なるべく見ないようにする。

 そんなブライズを見て、バドはかわいらしく笑っているが、笑っている顔を見ることができないのもつらい。


 (だめだ、だめだぞブライズ。落ち着け~)


 これ以上にみっともないことはもうないような気もするが、訳のわからないまますべてが終わるのだけは避けたい。


 心と体を落ち着けるため、気をそらすように室内をブライズは見回した。

 あらためて見るとここはあの魔導士の寝室よりもさらに、豪華で美しい部屋である。

 毛足の長い落ち着いた色の絨毯には、可愛らしい小鳥と花の意匠が施され、壁紙もお揃いの柄で、色味だけが異なっている。

 広い部屋の中央にはベッドが鎮座しているのはあの部屋と同じで、これまたサイズも大きい。

 天蓋付きの大きなベッドには、艷やかで薄い布が垂れ下がり、植物の柄の刺繍が入った真っ白なシーツが、清白さと豪奢、両方の雰囲気を醸し出していた。

 そしてよく見るとベッドにも家具にも、あちらこちらに小鳥の意匠が見える。

 この部屋に小鳥の意匠とは、鳥かごのようなこの部屋に、ピッタリだなとブライズは思った。

 バドという小鳥を閉じ込めていた部屋。本当にそういう意味なのかもしれない。



 しばらくぼんやりと部屋を眺めていると、バドがしびれを切らして声をかけてきた。


「ブライズ、もう大丈夫? これからどうする? もう帰っちゃう?」


ブライズは再び床にうずくまった。
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