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新しい婚約者と書いて「ものずき」とよむ
しおりを挟む記憶喪失になって数週間。
ついに公爵さんが「大事な話がある」と切り出してきた。
「ダミアンがお前に婚約を申し込んでくれている。生まれたときから知っているがいい青年だ。騎士としての務めも立派に果たしているし家も隣でなにかと安心だ。このままこの縁談を進めようと思うがどう思う?」
「私に拒否権があるんですか?」
「実質ないな。ははははは」
「あはははは」
公爵さん的にはまた変なのと勝手にくっつかれる前に、身元のはっきりしたダミアンをあてがいたいのだろう。王子との婚約解消の経緯もあたしが帰国喪失なのも知っていて、それでもいいと言ってくれるなんてどこの聖人君子かと思う。
ダミアンはシルビアを好きだったらしいけど、はっきり言ってあたしは「シルビア」であって「シルビア」じゃない。
いまいち納得できなくて、ある日の晩餐後に本人に聞いてみることにした。
ダミアンは仕事が早く終わった日や非番の時はこうしてよく我が家で食事を共にするようになった。「ちょっとでも顔が見たいんだろう」とは公爵さんの見解だけど、あながち間違いではないと思う。
なぜならダミアンは食事中も歓談中もひたすらあたしの顔を見ている。それはもう穴が開くほどに。
一度冗談で「似顔絵をプレゼントしようか?」と言ったところ「さっそく絵師を手配する」と頷かれてしまった。その時悟った。
ダミアンには遠回しな聞き方をしないこと。
いつでも直球なのだから。望むところだ。
「ダミアンはあたしでいいの?」
「もちろんいい」
「ふうん……。本物じゃないのにいいの?」
「本物?」
「うん。だってあたしは前とは違うでしょ? 全然淑やかじゃないし、下ネタも好きだし」
「……。下ネタはともかく、君は淑やかだし十分魅力的な女性だと思うが」
「本当に?」
「本当に」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない。疑うなら結婚してくれ。一生かけて証明してみせる」
あたしは思わず口を両手で塞いでいた。
「ダミアン……」
「なんだ」
「今のすっごくグッとキた」
「それはよかった」
軽やかに笑うダミアンにしばし見とれ、うん、やっぱりアリだと思った。
「末長くよろしくね?」
そう言って微笑むと、ダミアンが目を見開いて固まった。そして次の瞬間、力強く抱き締めてきて──
「「「きゃーーーーっ!」」」
突然の歓声にハッとした。
何事っ? とキョロキョロ辺りを見渡し、ミオンとリリアンとクリスタの三人に目を止めた。目を潤ませ手を取り合って、輪になってぴょんぴょん跳び跳ねている。
そっか、いまダミアンとの婚約の経緯を話してるところだったんだっけ。
「よかったぁ! 二人ともお幸せにね♡」
「式には呼んでね♪」
「ていうかブライズメイドよね?」
「やだあちょっとダイエットしなきゃ!」
「あたしもーっ」
「あたしも~っ」
きゃっきゃと喜ぶ三人に思わず笑みがこぼれた。
こんなに我が事のように喜んでもらえてあたしも嬉しい。そして学園での個人カリキュラムも終わりに近づき、ダミアンとの新しい生活が始まる。
はじまりは王子とのいざこざでちょっと先行きが怪しかったけど、なんだかんだで順風満帆な日々になりそうだ。
「あと何回学園に行くの?」
ミオンの言葉にあたしは指を折って数えて見せた。
「1、2、3、4回かな。毎日じゃなくて好きなときに行けばいいみたい。課題を仕上げて提出して面談して先生方が話し合って結論を出すから、数日ずつあけたほうがいいんですって」
「ダミアンも一日くらい付き添いたいんじゃない?」
クリスタの言葉に首をかしげた。
「どうかな。今夜聞いてみる」
今日はダミアンが早番の日なので夜は観劇に行くことになっている。
「楽しんできてね」
「ダミアンによろしく」
「またねシルビア」
「ありがとう」
玄関で三人を見送って、さて、と息をつき自室に戻る。
今夜のための準備をするためだったけれど、まさか劇場であんなことが起こるなんて、その時のあたしはこれっぽっちも予期していなかった──
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